AIに樹脂の材料選定をさせたら答えが割れた ― 府中プラの推奨材は変性PPE
以前、私は長瀬産業のplaplatで「AIに材料選定はできるのか」という対談をさせていただきました。結論は、AIは材料選定を「補助」できても「完結」はできない、というものでした。
【前編】AIに材料選定はできるのか?― 樹脂メーカー出身者2人が語る、樹脂選定で本当に見るべきこと – plaplat
【後編】AIに材料選定はできるのか?― 変性PPEが示す「バランスの本質」と、AI時代でも失われてはならない人間の知見 – plaplat
理由として挙げたのは三つです。AIは与えられた条件を満たす解を探すのは得意でも、条件そのものを疑うことができないこと。カタログに載らない一次情報、たとえば実際の成形現場で何が起きたかにアクセスできないこと。そして、耐熱・強度・寸法・コストといった複数の軸が衝突したときに、どれを優先するかを判断できないことです。
対談から数か月が経ち、AIの側も進化しています。当時の見立ては今も通用するのか。今回、実在しそうな案件を一つ設定し、2つのAIに同じ条件を渡してみました。
結果から申し上げると、答えが割れました。同じ要求仕様を渡したにもかかわらず、2つのAIは違う材料を推してきたのです。
材料選定の検証条件 ― 対象部品と要求性能
使用したのは、読者の皆さんが最もご存じのChatGPTと、最新のグレード情報を検索することを想定し、検索型AIであるPerplexityの2種類としました。各1回ずつ、独立したチャットで実施しました。生成AIの回答は同じ問いでも毎回変わりますので、1回の結果で優劣を論じるつもりはありません。ここで見たいのは、どちらが優秀かではなく、同じ問いに対して回答がどれだけ振れるかです。
お題は、工場内で使う産業用IoTセンサー端末の筐体カバー。外形40×30×12mm、一般肉厚2.0mm、最薄部1.0mmの浅い箱形状としました。
情報が少ないとき、AIは何を答えるか ― 両者とも第一候補は難燃PC/ABS
まず、設計者が普通に聞きそうな粒度で質問してみました。
産業用IoTセンサーの樹脂筐体カバーの材料を選びたい。使用環境は工場内で、内部の基板が発熱する。難燃性(V-0)が必要。落としても割れない材料がいい。おすすめを教えて。
<ChatGPTのチャット画面>

AIモデル:GPT-5.6 Sol (実施日:2026年9月13日)
ChatGPTは第一候補に難燃PC/ABS、次点に難燃PCを挙げ、この2系統が最もバランスを取りやすいとしました。以下、難燃mPPE、難燃PBT、PA66-GF難燃と続きます。mPPEには「電気特性・寸法安定性に優れる」、PBTには「コネクタ等にはよいが、落下衝撃ではPC系に劣る」、PA66-GFには「剛性は高いが、吸湿・落下衝撃を考えると優先度低め」という評価が付されています。
注目したいのは、この後に続く記述です。「重要なのは、単に『V-0グレード』と指定するのではなく、実際の製品肉厚でV-0を取得しているグレードを選ぶこと」とし、1.5mmでV-0なのか3.0mmで初めてV-0なのかでは意味が違う、と具体例を添えています。
<Perplexityのチャット画面>


AIモデル:Perplexity Pro(実施日:2026年9月13日)
Perplexityも第一候補は難燃PC/ABS(ハロゲンフリー系)でした。内部発熱が大きく使用温度が高い場合は難燃PC、さらに高温・薬品環境なら難燃PBTまたはPPSを検討する、という構成です。
推奨順位は、難燃PC/ABS、難燃PC、難燃PBT-GF、難燃PPS-GF、難燃ABSの5点。それぞれに推奨用途が併記され、PBT-GFは「発熱、寸法安定性、電装部品用途」、PPS-GFは「高温、薬品、長期信頼性を最重視」と位置づけられています。
この回答も、UL94だけで判断しないよう促しています。評価肉厚に加え、グローワイヤー試験やIEC 60695-11-10の要求、ハロゲンフリー要求の有無を確認項目として挙げ、さらに「樹脂の耐熱温度ではなく実際の筐体温度で評価する」と熱設計の順序にも触れました。
こうして内容を読んでみると、どちらも的外れではありません。平均的な初期検討より、むしろ整理されています。問題は別のところにあります。順序です。
両者とも、回答の末尾で条件を聞いています。ChatGPTは筐体内部最高温度、カバー肉厚、薬品接触、落下高さ、使用温度範囲の5条件。Perplexityは最高周囲温度、基板発熱量、筐体サイズ・肉厚、薬品環境、防塵防水等級、落下高さの6項目。つまり、情報が足りていないことは認識しているわけです。
にもかかわらず、その前に第一候補を確定させています。肉厚でV-0を取得しているグレードを選べと書いた同じ回答が、その肉厚を確認しないまま順位を出しています。
実務では逆になります。条件が欠けている時点で、候補順位は出しません。出せば、その順位が一人歩きするからです。
AIは聞き返さないのではありません。聞くのが答えの後になるのです。
要求性能を渡すと回答はどう変わるか ― ChatGPTは難燃PC、Perplexityは PA6T/66
次に、要求仕様を書き下して質問してみました。プロンプトは以下の通りです。
- 熱:連続使用85℃、ピーク100℃
- 難燃:UL94 V-0 @1.0mm、ハロゲンフリー
- 機械:1.2m落下(コンクリート、6面)、M2.6セルフタッピング、締結トルク0.5N・m、着脱10回
- 寸法:嵌合部公差±0.05mm、23℃/85%RH環境でも維持
- 薬品:IPA清拭 週1回、製品寿命5年
- 外観:黒・光沢、意匠面のヒケ不可
- 生産:年産12万個×5年、塗装・接着なし、単一材料
なお、これでも渡していない情報があります。リブとボスの配置、ゲート位置、表面粗さ、パーティング位置、金型の取り数。後の議論のために、条件の範囲は正直に書いておきます。
ChatGPTの回答は大きく動きました。 第一候補が難燃PCに変わり、変性PPEが第二候補に上がっています。前回の第一候補だったPC/ABSは「×に近い△」に落ちました。理由は1.0mm V-0です。代表的な難燃PC/ABSの品番を挙げ、V-0の認定肉厚が1.5mm、1.2mmであることを示して脱落させています。
Perplexityの回答も大きく動きました。 ただし行き先が違います。第一候補はPA6T/66、次点が難燃PBTの高靭性グレード。PCとPC/ABSは、いずれもIPAによる応力亀裂を理由に「不成立」と判定されました。
情報を足せば答えは変わる。これは両者に共通していました。ですが、動いた先が一致しませんでした。
材料選定の回答がなぜ割れたのか?
却下の基準 ― V-0認定肉厚とIPA清拭の評価
ChatGPTは、グレード単位の実データで判定していました。PC/ABSを落とした根拠は品番ごとのV-0認定肉厚であり、変性PPEを上げた根拠は平衡吸水率0.06%という具体値です。±0.05mmという要求についても、40mmに対する比率が±0.125%であることを計算し、成形直後ではなく湿熱環境後の値であることの意味まで書いています。
一方、Perplexityは材料一般の性質で判定していました。PCをIPAで不成立としていますが、週1回の短時間清拭と浸漬を区別していません。ChatGPTは同じ条件を「5年で約260回」と換算し、加速評価は必須としつつ「浸漬用途とはまったく違う」として候補に残しました。この差は小さくありません。
検索型のPerplexityを選んだのは、最新のグレード情報に当たることを期待したためでした。結果は逆で、品番レベルのデータを引いてきたのは非検索型のChatGPTの方でした。
PA6T/66は成立するか ― 吸水率0.3〜0.5%と±0.05mmの解釈
Perplexityは推奨理由に「寸法安定性良好(吸湿率0.3-0.5%程度)」と書いています。ですが要求は、40mmに対して±0.05mm、率にして±0.125%です。ポリアミドの吸水による寸法増加はナイロン6の技術資料では吸水率1%あたり0.2〜0.3%程度とされますので、0.3〜0.5%の吸水があれば寸法変化は0.06〜0.15%。40mmなら0.024〜0.060mmになります。成形ばらつきも金型公差も熱膨張も、まだ一つも足していない段階で、公差の半分から全幅までを使ってしまう計算です。自分で挙げた数字が、自分の結論を否定しています。数字を引用はしても、要求に当てて計算はしていないわけです。
もう一点。この回答は、PA6T/66が強化グレードなのか非強化なのかを書いていません。半芳香族ポリアミドで難燃V-0を取得しているグレードは、実際にはガラス繊維強化が主流です。仮に強化グレードであれば、同じ回答の中でPBT-GFとPPS-GFに対して指摘していた「落下で脆い」、「意匠面での繊維浮き」が、そのままPA6T/66にも当てはまります。基準が一貫していません。
府中プラが変性PPEを推奨する理由
当社の推奨材は変性PPEです。理由を、AIと同じ土俵で書きます。
この案件で最も候補を絞るのは、V-0 @1.0mmとハロゲンフリーの重なりです。ここで汎用難燃グレードが落ちます。次に効くのが、23℃/85%RHでの±0.05mm。40mmで±0.125%という要求に対して、吸水率が一桁でも大きい材料は、それだけで全幅を食ってしまいます。変性PPEの平衡吸水率は0.06〜0.07%前後で、この条件では桁が違います。
三つ目が落下です。比重1.08は主要な候補の中で最も軽く、軽量であることが落下時に有利に働きます。加えて非晶性で非強化であれば、破壊は脆性ではなく延性側に寄ります。
四つ目に、セルフタッピング適性。M2.6・0.5N・m・着脱10回は材料だけで判定できる要求ではありませんが、ボス根元の応力に対する余裕は材料側にも必要です。
ここで、ChatGPTとの分かれ目に触れておきます。ChatGPTは落下を最優先してPCを、当社は寸法を最優先して変性PPEを選びました。これは正誤の問題ではなく、要求の重みづけの問題です。 どちらを先に守るかは、その製品が市場でどう壊れるかを知っている人間が決めるしかありません。カタログ値からは決まらないところです。
なお、実は当社がこの部品、用途で変性PPEを推奨する理由はこのほかにも複数あります。当社がこの種のお問い合わせを頂いた場合、ご相談の背景を踏まえ、あらゆる角度から検討したうえで最適な提案をさせて頂きます。材料選定でお困りのときは、ぜひ当社までお問い合わせください。
まとめ
今回わかったことは三つあります。
第一に、AIは的外れではありません。 情報が足りない状態でも、平均的な初期検討より整理された回答を返してきます。この点を過小評価すべきではないと考えています。
第二に、AIは不足を認識できますが、認識より先に答えを出します。 その答えを採用してよいか、保留すべきかを判断するのは、受け取る側の仕事になります。
第三に、聞き先によって答えが逆になります。 同じ要求仕様を渡して、片方はPCと変性PPEに絞り、片方はPA6T/66を推しました。そして後者は、自分が挙げた数字を要求に当てていませんでした。
つまり、AIの回答が妥当かどうかを判定できるのは、自分で答えを持っている人間だけということになります。そして今回、回答の質を決めたのは要求仕様の粒度でした。要求仕様を書けるのは、材料と成形の両方を知っている人間しかいません。AIに何を渡すかが、AIの答えを決めています。
材料が決まれば、次は形状です。肉厚比、抜き勾配、アンダーカット、ゲート位置。AIはこちらでは何ができるのか。次回コラムで同じ部品で検証します。


