技術コラム

三酸化アンチモン価格高騰の衝撃:エンプラへの影響と今すぐ取るべき対策

三酸化アンチモン価格高騰の衝撃:エンプラへの影響と今すぐ取るべき対策

近年、エンプラに使用される添加剤の中でも、難燃性能を確保する上で不可欠となっている三酸化アンチモン(Sb₂O₃)の価格が急激に高騰しています。特に2024年9月以降、わずか半年の間に国際市況価格は約228%上昇し、2025年3月時点では22,522 USD/MTというかつてない水準に達していることが、プラスチック業界のみならず産業界で大きな話題となっています。この背景には、世界的な地政学リスク、特に米中間の経済摩擦の深刻化と、中国による戦略物資の輸出規制が密接に関係しています。

三酸化アンチモンは、ハロゲン系難燃剤との併用によって難燃性を大きく向上させる「難燃助剤」として広く使用されてきました。ABSやPBT、PCなどのエンプラに添加されることで、UL94 V-0相当の難燃グレードを達成する上で非常に重要な役割を果たしています。しかし、今回の価格高騰により、これらの材料に依存した製品設計や製造工程には大きなリスクが生じています。また、中国による輸出規制の影響で供給自体も不安定化しつつあり、調達リードタイムの長期化や、コスト上昇による製品競争力の低下が現実のものとなっています。特に量産体制にある製品では、材料の選定や加工条件の見直しを余儀なくされるケースも増えており、設計段階での対応力が問われる状況となっています。

このような状況を踏まえ、本コラムでは、三酸化アンチモン高騰の影響を多角的に分析し、射出成形部品を調達する会社が取るべきリスク対策や代替材料の検討ポイントについて解説し、当社が提案可能な技術的ソリューションについてもご紹介いたします。射出成形部品の設計や調達をされている関係者の皆様にとって方針検討の一助となれば幸いです。

三酸化アンチモンと市場構造

 三酸化アンチモンの基本特性と用途

三酸化アンチモン(Sb₂O₃)は白色の粉末状無機化合物であり、融点656℃という比較的低い融点を有しながら、熱分解時には酸素を消費する性質を持つことから、難燃材料として広く使用されています。特に、ハロゲン系難燃剤との併用により、気相および凝縮相の両面で難燃効果を発揮する点が大きな特徴です。気相中では、ハロゲン化水素の発生を促進し、燃焼の連鎖反応を遮断する役割を果たします。また、固相では炭化層の形成を助け、酸素の供給を遮断することで燃焼の進行を抑制します。
この相乗効果により、三酸化アンチモンは以下のような幅広い分野で使用されています。

– エンプラ(ABS、PBT、PC、PAなど):家電製品の筐体、自動車用部品、電子基板の部品など
– 電線・ケーブル:被覆材における難燃性能の付与
– 建築材料:断熱材や内装材の防火対策
– その他:難燃繊維、塗料、ゴム製品など多岐にわたる用途

難燃性が要求される製品群にとって、三酸化アンチモンは欠かせない難燃助剤であり、とりわけUL94 V-0規格の取得には非常に有効な添加剤として認知されています。

アンチモン産業の国際的構造

三酸化アンチモンの供給は、主にアンチモン鉱石からの製錬により得られるアンチモン地金を原料としています。その生産は非常に偏在しており、世界の供給構造に大きな偏りがあります。

– 中国:世界の生産量の約48%を占め、年間10万トン近くを生産
– ロシア:約23%、年間5万トン前後
– その他:タジキスタン、ボリビア、オーストラリアなどが残りを分担

このように、中国が最大の生産国かつ輸出国であることから、世界のアンチモン市場は中国の政策や経済動向に極めて敏感です。特に日本は、2023年時点で輸入の93%を中国に依存しており、欧米諸国でも依存率は60〜70%に達するとも言われています。こうした一極集中型のバリューチェーンは、安価で安定した供給が可能な反面、供給リスクが極端に高まる構造的な脆弱性を内包しています。近年では、中国における環境規制の強化によって一部の製錬所が操業停止に追い込まれるなど、供給側の制約が強まりつつあります。さらに、地政学的緊張、特に米中対立の影響で中国政府が輸出管理を強化し始めたことにより、世界の製造業は供給不安という新たな課題に直面しています。こうした状況を踏まえると、エンプラに難燃性を発現させるために三酸化アンチモンを使用することは、中長期的な供給リスクおよびコストリスクを抱える選択肢であるといえます。代替難燃剤や新たな難燃技術の導入検討が急務とされています。

アンチモン価格推移と最新動向

2020年以降の価格推移と分析

アンチモンの価格は、2020年初頭から2025年3月にかけて大きな変動に見舞われています。以下に、その主な推移と要因をまとめます。

– 2020年初頭:​COVID-19パンデミックの影響で、世界的な需要が一時的に減少し、価格は低迷しました。​
– 2021年後半:​世界経済の回復に伴い、需要が増加し始め、価格は上昇傾向を示しました。​
– 2023年:​中国の環境規制強化により、生産が制限され、供給が逼迫。これにより、価格はさらに上昇しました。​
– 2024年9月:​中国がアンチモンを含む重要鉱物の輸出規制を開始。これにより、価格は急激に上昇し、2024年末には約39,500~40,000 USD/MTに達しました。 ​ 
– 2025年3月:​欧州市場におけるアンチモン価格は、56,000~58,000 USD/MTに達し、前年初頭と比較して約375%の上昇を記録しました。 

このような価格変動の背景には、供給側の制約と需要側の増加が複合的に影響しています。​

最新市況

2025年3月時点でのアンチモン関連製品の価格は以下の通りです。​

アンチモン地金(99.65%)2025年3月19日現在
中国国内価格:​22,017.37 USD/MT 
FOB中国価格:​35,914.30 USD/MT 
欧州倉庫価格:​49,648.33 USD/MT 

三酸化アンチモン(99.5%)2025年3月19日現在
中国国内価格:​19,071.19 USD/MT
FOB中国価格:​23,982.94 USD/MT ​

これらの価格動向から、アンチモン市場が引き続き供給制約と需要増加の影響を受けていることが明らかです。特に、中国の輸出規制や地政学的リスクが価格高騰の主要因となっており、今後も市場の不確実性が高い状況が続くと予想されます。​

アンチモン高騰の背景

アンチモン価格高騰の根本的な要因として、近年激化している米中間の戦略的対立が挙げられます。特に、半導体を中心とした先端技術分野での競争は、両国の貿易・安全保障政策に大きな影響を及ぼしており、その余波がアンチモンなどの重要鉱物にも及んでいます。

米国主導の対中半導体規制強化

米国は2022年10月に、先端半導体製造装置や関連技術の対中輸出規制を強化しました。これに続き、2023年8月にはAIチップを含む高性能演算用半導体の輸出も制限対象とされました。さらに2024年12月には、先端技術の軍事転用防止を目的として、中国企業140社が新たにエンティティリストに追加されるなど、規制網はより広範かつ厳格なものになっています。こうした動きは、AI、通信、防衛分野での中国の技術的台頭を抑止する狙いがある一方で、サプライチェーンにおける摩擦を誘発し、報復措置を引き起こす結果となりました。

中国による報復措置としてのアンチモン輸出規制

2024年9月15日、中国政府はアンチモン化合物を含む6品目の輸出規制を施行しました。対象となったのは三酸化アンチモンやアンチモン塩化物などで、これらは「戦略的資源」として輸出許可制の対象に指定されました。輸出には最終用途証明書の提出が義務付けられ、輸出量も前年比で30%削減されるなど、実質的な供給制限が行われています。この規制は名目上「国家安全保障および持続可能な資源利用のため」とされていますが、実質的には米国およびその同盟国への対抗措置と見る向きが一般的です。

市場への直接的影響

中国による輸出規制の直後、2024年10月には対米輸出が前年同月比で97%減少。さらに2025年1月~3月期にかけては、全世界向けの輸出量も65%減となりました。この供給ショックは市場に大きな混乱をもたらし、国際価格は乱高下。スポット価格では最大日間変動率15%超という不安定な状況が続いています。こうした中、各国では中国以外の供給源確保に向けた動きが加速していますが、新興国の採掘・精製能力には限界があり、短期間での代替は困難な状況です。今後も地政学リスクがアンチモン価格の大きな変動要因であり続けることが予想されます。

難燃剤・エンプラへの影響

難燃剤市場全体への影響

三酸化アンチモンの価格高騰は、難燃剤市場全体に波及しています。主要メーカー各社は、2025年初頭より平均して35~40%の価格改定を実施しており、ユーザー側へのコスト転嫁が進んでいます。これにより、難燃剤配合設計を前提とした製品の原価構成に大きな変動が生じています。加えて、三酸化アンチモンの供給制約を受けて、代替難燃システムの研究開発が加速しています。特にリン系・無機系・窒素系の非ハロゲン難燃剤への関心が高まり、2024年比で新規難燃技術の特許出願数は45%増加、また市場参入企業も約20%増という活況を呈しています。

エンプラに対するコストインパクトと製品開発への影響

三酸化アンチモンの添加量は、一般的に難燃グレードのエンプラに対して8~12wt%とされており、ABSで10~12%、PBTやPCで8~10%、PA66で6~10%と言われています。仮に、ABSの難燃グレードにおいて10%の添加量を前提とすると、材料1kgあたりの三酸化アンチモン使用量が100g、2023年時点の価格が8,000 USD/MT(=8 USD/kg)であったとすれば、1kgあたりの添加コストは0.8 USDとなります。それに対して2025年3月現在、三酸化アンチモンの平均価格は21,000~23,000 USD/MT(=21~23 USD/kg)に達しており、同じ添加量では2.1~2.3 USD/kgのコストが必要になります。つまり、三酸化アンチモンによる原材料コストは1.3~1.5 USD/kgの上昇となり、材料原価に対して最大10%超の影響を与える計算となります。

三酸化アンチモンの高騰の影響は材料コストの上昇にとどまるものではありません。既に一部の材料については生産リードタイムが大幅に長期化しており、製品開発、量産立上げのスケジュールに影響が出始めています。また、今後の状況によっては、難燃剤の需給バランスが極端にタイトになり、十分な材料を確保することが難しくなる可能性すらあります。こうした動向は、今後の製品設計において、コスト変動だけでなく調達リスクの評価に加え、材料選定そのものも再検証すべきタイミングに入ったことを示しています。

三酸化アンチモン高騰への対応策とご提案

これまで述べてきました通り、三酸化アンチモンを取り巻く市場環境は、2024年後半以降、急速かつ構造的に変化しています。価格は2023年比で約2.5倍以上に上昇し、供給も政治的・制度的な理由から著しく不安定となりました。業界関係者や調査機関によると、こうした状況は一過性ではなく、2025年末までにさらに30%の価格上昇が見込まれるとの予測も出ています。また、中国政府高官は「戦略的資源としてのアンチモン輸出管理は国家安全保障上不可欠」と明言しており、短期的な規制緩和は期待しにくいのが現実です。一方で、他国による代替供給源の開発には最低でも2~3年を要する見通しであり、当面は高価格・不安定供給というリスクを抱えた状態が続くと考えられます。

このような環境下では、製品ライフサイクル全体を見据えた対応策を講じることが必要不可欠です。特に、設計段階で三酸化アンチモンへの依存度を低減することは、安定調達と価格抑制の観点からも有効な手段となります。当社では、こうした状況に対応すべく、用途、要求性能に応じて、非ハロゲン系難燃システムを活用した代替材料、グレードを始めとする最適な材質のご提案をさせていただきます。また、それらの材料に適した製品設計に関するご提案、金型製作はもとより、お客様における製品評価、量産立上げまで全面支援をさせていただきます。

従来の材料選定や設計に固執することは、事業継続のリスクを高める可能性があります。今こそ、三酸化アンチモンへの依存度を見直し、非ハロゲン系難燃材料など代替技術への移行を積極的に検討すべき時です。この難局を乗り越えるためのパートナーとして、ぜひお気軽にご相談ください。

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本記事の内容は、執筆時点での情報に基づいておりますが、当社は本記事の内容の正確性、完全性について保証するものではなく、記載内容は各メーカーの公式情報と異なる可能性がございます。読者の皆様におかれましては、このコラムを現状理解の一助として頂き、持続性のある製品開発に向けた取組みに繋げて頂ければと思います。

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