エンプラの電気特性を理解する(前編):基本指標と絶縁性の原理

エンジニアリングプラスチック(エンプラ)と聞くと、皆さんはまず何を思い浮かべるでしょうか?高い「強度」や「耐熱性」、あるいは優れた「耐薬品性」といった、主に機械的・熱的・化学的な特性をイメージされる方が多いかもしれません。確かにそれらはエンプラの大きな魅力であり、金属代替材料として活躍する大きな理由です。しかし、現代の製品設計、特に電気・電子機器や精密機器、自動車の電装部品などにおいては、エンプラが持つ「電気的特性」もまた、極めて重要な役割を果たしています。部品が意図せず電気を通してしまえばショートの原因になりますし、逆に静電気を溜め込みすぎれば電子部品の破壊(ESD破壊)や機器の誤作動、ホコリの付着といった問題を引き起こします。高周波信号を扱う部品であれば、材料の電気的な性質が信号品質に直接影響を与えることもあります。
金属材料が基本的に「電気を通す(導電体)」であるのに対し、プラスチックは本来「電気を通しにくい(絶縁体)」性質を持っています。しかし、それはあくまで基本的な性質であり、添加剤や表面の状態、さらには温度や湿度といった環境要因によって、その電気的な振る舞いは大きく変化します。この「樹脂ならでは」の電気的挙動を理解しておくことは、設計者にとって、製品の信頼性を確保し、思わぬトラブルを未然に防ぐ上で不可欠な知識と言えるでしょう。
本コラムでは、エンプラの電気的特性について、設計者が最低限押さえておきたい基本的な考え方を解説していきます。まず前編となる今回は、電気的特性を評価するための基本的な4つの指標に焦点を当て、それぞれの意味と、なぜそのような性質を示すのかという原理について掘り下げていきます。電気特性というと少し難しく感じるかもしれませんが、その本質を理解すれば、材料選定の視野が広がるはずです。
押さえておきたい「電気的特性」4つの基本指標
エンプラの電気的な性質を評価し、比較するためには、いくつかの標準的な指標が用いられます。ここでは、特に重要となる4つの基本指標について、その意味と原理を解説します。これらは材料メーカーのデータシートにも必ず記載されている項目ですので、しっかり理解しておきましょう。
体積固有抵抗率(Volume Resistivity)
これは、物質内部の電気の「流れにくさ」を示す、最も基本的な指標です。抵抗率とも呼ばれ、数値が大きいほど電気が流れにくく、絶縁性が高いことを意味します。単位は通常「Ω・cm(オーム・センチメートル)」で表されます。これは、断面積1cm²、長さ1cmの立方体の両端間の電気抵抗値(Ω)に相当します。なぜプラスチックは基本的に体積固有抵抗率が高い(=絶縁性が高い)のでしょうか? 電流とは、通常、物質中の電子が移動する流れのことです。金属材料には、原子から離れて自由に動き回れる「自由電子」が豊富に存在するため、電圧をかけるとこれらの電子が一斉に移動し、大きな電流が流れます。一方、プラスチックを構成する原子の電子は、原子核に強く引きつけられたり、原子同士の化学結合(共有結合など)にがっちりと使われたりしており、自由に動き回れる電子がほとんど存在しません。そのため、電圧をかけても電子が容易には移動できず、電流が流れにくい、つまり抵抗率が高くなるのです。
一般的なエンプラの多くは、10¹³ Ω・cm以上という非常に高い体積固有抵抗率を示します。これは、ガラスやセラミックスといった代表的な絶縁材料に匹敵するレベルです。この優れた絶縁性は、電気が流れては困る様々な用途、例えば電線の被覆材、電気部品を保持・隔離するコネクタハウジングやスイッチ部品、電子回路基板の絶縁層などで不可欠な特性として活用されています。ただし、この抵抗率は絶対的なものではなく、温度の影響を受けます。温度が上昇すると、原子や分子の熱運動が活発になり、電子もエネルギーを得て動きやすくなるため、一般にプラスチックの体積固有抵抗率は温度上昇とともに低下(電気は流れやすく)する傾向があります。高温環境下での使用を想定する場合は、その温度での抵抗率を確認することが重要です。
表面抵抗率(Surface Resistivity)
こちらは、物質の「表面」における電気の流れにくさを示す指標です。体積固有抵抗率が材料「内部」の性質を表すのに対し、表面抵抗率は文字通り、材料の表面層での電気の流れやすさ(あるいは流れにくさ)を示します。単位は「Ω/sq(オーム・パー・スクエア)」または単に「Ω(オーム)」で表されます。これは、正方形の表面において、対向する辺の間に電極を設置したときの抵抗値を示しており、理論上、その正方形の大きさには依存しないという特徴があります。なぜ体積だけでなく、表面の抵抗率も重要なのでしょうか? それは、私たちの身の回りで問題となることが多い「静電気」の発生(帯電)や放電といった現象が、主に材料の表面で起こるからです。
プラスチックは本来絶縁性が高いため、摩擦などの様々な要因によって発生した静電気を表面に溜め込みやすい性質があります(帯電)。問題は、溜まった静電気が、ある限界を超えると一気に流れる「放電」を起こすことです。この静電気放電(ESD: Electrostatic Discharge)は、ピリッとした不快感を与えるだけでなく、微細な電子部品を一瞬で破壊したり、精密機器を誤作動させたり、あるいは可燃性のガスや粉塵がある環境では引火・爆発の原因になったりする可能性があり、工業分野では深刻な問題となり得ます。また、帯電したプラスチック表面は、空気中のホコリやゴミを静電気力で引き寄せてしまうため、製品の外観を損ねたり、クリーンな環境が求められる場面(半導体製造や医療分野など)で汚染の原因になったりします。
これらの静電気問題を防止するためには、材料表面の抵抗率をある程度低く抑え、発生した静電気が表面を伝って速やかに逃げていく(漏洩する)ようにする必要があります。一般的に、表面抵抗率が10¹² Ω/sq 以下であれば、静電気の蓄積がある程度抑制される「帯電防止性」があると見なされます。さらに抵抗率が低い領域、例えば 10⁵~10⁹ Ω/sq 程度は「静電気拡散性」、それ以下(10⁵ Ω/sq 未満)は「導電性」と分類され、より速やかに静電気を除去する能力があることを示します。
重要なのは、表面抵抗率は材料固有の性質だけでなく、成形品の表面状態(例えば、表面の粗さや滑らかさ、微細な凹凸)や、周囲の環境(特に湿度)、さらには表面の汚れや付着物などによっても大きく影響を受けるという点です。特に湿度の影響は大きく、空気中の水分がプラスチック表面にごく薄い水の膜を形成し、これが電気の通り道となるため、一般に湿度が高いほど表面抵抗率は低下(電気は流れやすく)します。逆に乾燥した環境では、表面抵抗率は上昇し、帯電しやすくなります。そのため、材料データシートに記載されている表面抵抗率の数値を見る際には、それがどのような温湿度条件下で測定されたものかを必ず確認し、実際の使用環境を考慮することが非常に重要になります。
誘電率(Relative Permittivity, εr)と誘電正接(Dielectric Tangent, tanδ)
これらは、特に高周波信号を扱う電子部品(例えば、スマートフォンや通信機器内部の回路基板、コネクタ、アンテナ部品など)や、コンデンサ(キャパシタ)のように電気エネルギーを蓄える機能を持つ部品において、材料の性能を左右する重要な電気的特性です。
誘電率 (εr)
物質が電界(電圧がかかった空間)の中に置かれたときに、その物質内部にどれだけ電気的な偏り(分極)を生じやすいかを示す指標です。言い換えれば、物質が電気エネルギーをどれだけ蓄える能力があるかを表すとも言えます。真空の誘電率を1とした相対的な値(比誘電率)で表されるため、単位はありません。数値が大きいほど、より多くの電気エネルギーを蓄えやすい(=分極しやすい)材料であり、コンデンサの材料(誘電体)としては高い誘電率が求められます。しかし、絶縁体として使う場合や、高周波信号を伝送する回路基板やケーブルの材料として使う場合には、一般に誘電率は低い方が望ましいとされます。なぜなら、誘電率が高いと、
- 回路の配線間などに意図しない静電容量(浮遊容量)が形成されやすくなり、信号の遅延や波形の乱れを引き起こす可能性がある。
- 高周波信号が材料中を伝わる速度が遅くなる(伝播速度は誘電率の平方根に反比例する)。
といった問題が生じ、高速・高周波での信号伝送品質を低下させる原因となるからです。分子レベルで見ると、誘電率の大きさは、分子の「極性」と密接に関係しています。分子内に電気的な偏り(プラスとマイナスの重心のずれ)が大きい極性分子からなるプラスチックは、外部から電界がかかると、分子がその電界の向きに沿って回転・整列しようとします(配向分極)。この分極の度合いが大きいほど、誘電率は高くなります。一方、電気的な偏りがない無極性分子からなるプラスチックは、このような配向分極が起こりにくいため、誘電率は低くなります。一般に、PA(ナイロン)のように極性の高いアミド結合を持つ材料は誘電率が高く、PEやPTFE(フッ素樹脂)のような無極性の材料は誘電率が低い傾向があります。
誘電正接 (tanδ)
物質に交流電界(時間とともに電圧の向きと大きさが周期的に変化する電界)を加えたときに、材料内部で電気エネルギーの一部が熱として失われる度合いを示す指標です。「誘電損失」や「誘電損失角タンジェント」とも呼ばれ、単位はありません。数値が小さいほど、エネルギー損失が少なく、高周波特性に優れた(=信号をロスなく伝えられる)材料であると言えます。なぜエネルギー損失が起こるのでしょうか? 交流電界下では、材料内部の分極(分子の向きの変化など)も、電界の変化に合わせて周期的に向きを変えようとします。しかし、分子が向きを変える際には、周囲の分子との摩擦や、分子内部の振動などによってエネルギーが消費され、それが熱として発生します。これが誘電損失です。特に周波数が高くなるほど、分子の動きが電界の速い変化に追いつけなくなり、動きの遅れ(位相のずれ)が大きくなり、エネルギー損失(誘電正接)も増大する傾向があります。
誘電正接が大きい材料を高周波回路で使うと、信号エネルギーが熱として失われて信号が弱まったり(伝送損失)、場合によっては材料自身が発熱して問題を起こしたりする可能性があります。そのため、高速デジタル信号やマイクロ波・ミリ波といった高周波を扱う回路基板、コネクタ、同軸ケーブルの絶縁体、アンテナ部品などでは、誘電率が低いことと同時に、誘電正接が極めて小さい材料(低損失材料)が強く求められます。
分子構造との関連では、誘電率と同様に、極性分子を含むプラスチックは、交流電界下で分子が回転運動をする際のエネルギー損失が大きくなるため、誘電正接も高くなる傾向があります。無極性の材料は、分子の回転による損失が少ないため、誘電正接も低くなります。
エンプラの中では、例えば、LCP(液晶ポリマー)やPPS(ポリフェニレンサルファイド)、あるいはフッ素系の樹脂などは、分子構造の対称性が高かったり、極性が小さかったりするため、優れた低誘電率・低誘電正接を示し、5G通信関連などの高周波用途で重要な役割を担っています。材料データシートを見る際には、自分が使いたい周波数帯での誘電率と誘電正接の値を確認することが不可欠です。
耐電圧・絶縁破壊強度(Dielectric Strength)
これは、材料が絶縁体としての機能を失わずに、どれだけ高い電圧に耐えることができるかを示す指標です。絶縁材料に徐々に高い電圧をかけていくと、ある限界の電圧に達した瞬間に、突然、絶縁状態が破れて大電流が流れてしまう現象が起こります。これを「絶縁破壊」と呼びます。絶縁破壊が起こると、材料は導電性を帯びてしまい、絶縁体としての機能を果たせなくなります。多くの場合、材料には物理的な損傷(穴あき、炭化など)が伴います。
この絶縁破壊が起こる限界の電圧(破壊電圧)を、その時の材料の厚みで割った値が絶縁破壊強度(または絶縁耐力)であり、通常「kV/mm(キロボルト・パー・ミリメートル)」という単位で表されます。例えば、絶縁破壊強度が 20 kV/mm であれば、厚さ 1mm の材料は約20kV(2万ボルト)の電圧まで耐えられる、という目安になります(ただし、単純な比例関係ではありません)。この数値が大きいほど、高い電圧に耐えることができる、絶縁性能の高い材料であることを示します。絶縁破壊はなぜ起こるのでしょうか? そのメカニズムは完全には解明されていませんが、いくつかの要因が考えられています。非常に高い電圧(強電界)がかかると、通常は原子核に束縛されている電子が、その強い力によって無理やり引き剥がされて移動を開始し、他の原子に衝突してさらに電子を叩き出し…という連鎖反応(電子なだれ)が起こって大電流が流れるという説(真性破壊)。あるいは、材料内部に存在するわずかな欠陥や不均一部分、あるいは電極の尖った部分などに電流が集中して局所的にジュール熱が発生し、その熱によって材料が溶融・炭化・気化して導電性の経路(パス)が形成されるという説(熱的破壊)。実際にはこれらのメカニズムが複合的に関与していると考えられています。
絶縁破壊強度は、材料固有の性質だけでなく、様々な要因の影響を受けて変動します。
① 一般に、材料が厚くなるほど、絶縁破壊を起こすのに必要な電圧(耐電圧)自体は高くなりますが、単位厚みあたりの強度(kV/mm)でみると、薄い材料の方が高い値を示す傾向があります(厚み効果)。
② 温度が高いほど、また湿度が高いほど、分子運動が活発になったり、表面や内部に水分が存在したりするため、電子が動きやすくなり、絶縁破壊強度は低下する傾向があります。
③ 電圧を印加する電極の形状(針のように尖っていると、その先端に電界が集中して破壊が起こりやすくなります)や、材料表面の傷、凹凸、汚れ、吸着した水分なども、絶縁破壊の起点となりやすく、強度を低下させる要因となります。
④ 非常に短い時間だけかかるパルス状の電圧(インパルス電圧)に対しては高い強度を示しても、直流(DC)や商用周波数の交流(AC)電圧が長時間かかり続けると、より低い電圧で破壊に至ることがあります(時間効果、疲労破壊)。
特に、電源回路周りの部品(スイッチ、コネクタ、トランスのボビン、絶縁シートなど)や、高電圧を発生・利用する機器(例えばX線装置、静電塗装装置など)の絶縁部材においては、この耐電圧・絶縁破壊強度が、機器の安全性や信頼性を確保する上で最も重要な特性の一つとなります。設計においては、単にデータシートに記載されている絶縁破壊強度の数値を比較するだけでなく、実際の使用条件(かかる電圧の種類(直流/交流/インパルス)、波形、最大電圧、温度、湿度、部品の形状・厚み、沿面距離・空間距離など)を十分に考慮し、適切な安全率を見込む必要があります。また、材料表面の汚れや湿気による漏れ電流(リーク電流)の発生しにくさを示す耐トラッキング性(CTI: Comparative Tracking Index)や、長期間の使用における絶縁性能の劣化しにくさを示す相対温度指数(RTI Elec: Relative Thermal Index for Electrical Properties)なども、UL規格などで規定されており、長期的な絶縁信頼性を評価する上で重要な指標となります。
ここまでで、エンプラの電気的特性を評価するための基本的な4つの指標について解説しました。体積固有抵抗率と表面抵抗率は「電気の流れにくさ」、誘電率と誘電正接は「電気エネルギーの蓄えやすさと損失」、そして絶縁破壊強度は「電圧への耐性」を示す重要なパラメータです。これらの指標の意味と、その背景にある原理を理解することは、エンプラの電気的な側面を捉えるための第一歩となります。しかし、エンプラの電気的特性は、単に「絶縁性が高い」というだけではありません。現代の技術要求に応えるため、意図的に電気的な性質をコントロールした様々なグレードが存在します。
後編では、本来絶縁体であるエンプラに「帯電防止性」や「導電性」を持たせるための技術や、実際の用途例、そして材料選定における注意点など、より応用的な側面について詳しく解説していきます。どうぞご期待ください。