技術解説

設計者が知っておきたい最新EU環境規制の基礎 ─ REACH・RoHSからDPPまで

設計者が知っておきたい最新EU環境規制の基礎 ─ REACH・RoHSからDPPまで

EU発の環境規制は、今やグローバルな機器メーカーの製品開発戦略に不可欠な要素です。設計段階からこれらの規制を理解し、先手を打つことが、競争力維持と持続可能な社会への貢献に繋がります。本コラムでは、設計者が押さえるべき主要EU環境規制「REACH規則」「RoHS指令」、そして新たな潮流である「デジタルプロダクトパスポート(DPP)」と既存規制との関連について、基礎知識、設計への影響、対応の方向性を解説します。

EU主要環境規制の全体像 ─ 設計者が押さえるべき「3つの柱」と新たな潮流

EUの環境政策は、「欧州グリーンディール」のもと、気候中立とサーキュラーエコノミー実現を推進しています。この中で、機器メーカーの設計者が特に理解すべき規制は以下の3つです。

REACH規則 (Registration, Evaluation, Authorisation and Restriction of Chemicals) – 化学物質管理の基盤

EU域内のほぼ全ての化学物質の登録・評価・認可・制限を課す包括的規則。製品を構成する部品や材料(「成形品」)に含まれる化学物質も対象で、特に「高懸念物質(SVHC)」の含有情報の把握と伝達、特定有害化学物質の使用制限(附属書XVII)への対応が求められます。材料選定初期からの化学物質リスク考慮が重要です。

RoHS指令 (Restriction of Hazardous Substances) – 電気・電子機器の有害物質使用制限

電気・電子機器(EEE)中の特定有害10物質群(鉛、水銀、カドミウム、六価クロム、特定臭素系難燃剤、4種のフタル酸エステル類)の使用を制限。製品の均質材料ごとに最大許容濃度が定められ、EU市場上市の必須条件です。製品安全性向上と廃棄時の環境負荷低減が目的です。

WEEE指令 (Waste Electrical and Electronic Equipment) – 電気・電子機器の廃棄物管理とリサイクル促進

EEEの廃棄物削減、再利用、リサイクル促進が目的。製造業者に回収・リサイクルシステムの構築・資金拠出、情報提供等を義務付けます。設計段階からの「リサイクルしやすい設計」「解体しやすい設計」が求められます。

これらの「三本柱」を基盤に、より包括的な「エコデザイン規則(ESPR)」と、その情報伝達ツール「デジタルプロダクトパスポート(DPP)」が新たな潮流です。ESPRは製品の耐久性、修理可能性、リサイクル材含有率等、広範な持続可能性要件を課し、DPPはこれらの情報を製品に紐づけデジタル追跡を可能にします。DPPはREACH・RoHS情報も包含し、環境性能の「見える化」とサプライチェーン透明性向上を目指します。

REACH規則:見えない化学物質と設計者の向き合い方

REACH規則は複雑ですが、設計者が製品開発で押さえるべき主要ポイントは以下の通りです。

「成形品(Article)」と「物質(Substance)」、「混合物(Mixture)」の区別と理解

設計者が扱う部品や最終製品の多くは「成形品」に該当します。成形品自体は登録対象外ですが、成形品から意図的に放出される物質や成形品に含まれる特定の高懸念物質(SVHC)は情報伝達や届出義務の対象となります。

SVHC(Substances of Very High Concern:高懸念物質)への厳格な対応義務

ECHAが年2回更新するSVHC候補リストに注意が必要です。成形品供給者は、成形品中にSVHCが0.1重量%(w/w)を超えて含まれる場合、以下の義務を負います。

① サプライチェーン内の受領者への情報提供義務(REACH第33条1項):SVHC名称を含む安全使用情報を顧客企業に提供。

② 消費者からの要求に応じた情報提供義務(REACH第33条2項):消費者からの問合せに45日以内に情報提供。

③ SCIPデータベースへの届出義務:0.1%超SVHC含有成形品の情報をECHAのSCIPデータベースに届出。設計者はSVHC含有状況をサプライヤーから正確かつタイムリーに入手・管理する体制が必要です。

制限物質(REACH規則 附属書XVII)の遵守と設計への反映

附属書XVIIには、特定化学物質の製造・上市・使用が制限・禁止される条件が記載されています(例:玩具中のフタル酸エステル類、皮膚接触製品中のニッケル)。設計者は製品用途を考慮し、使用材料がこれらの制限に抵触しないか初期段階から確認し、必要なら代替材料への切り替えや設計変更が必要です。

【設計現場でのREACH対応チェックポイント】

① 情報収集と管理のシステム化:材料・部品選定時、SVHCリストとの照合。化学物質情報をPLM等で製品構成と紐づけ一元管理。
② サプライヤーへの要求事項明確化と連携強化:SVHC含有情報を標準フォーマットで定期提出要求。サプライヤー選定基準にREACH対応能力を含める。
③ SCIPデータベース届出プロセスの確立:届出対象製品の特定、情報収集、届出作業の担当とプロセスを明確化。
④ 設計変更管理との連携:設計・サプライヤー変更時、REACH適合性を再確認するプロセスを設計変更管理手順に組込む。

RoHS指令:電気・電子機器設計における必須条件とその深化

RoHS指令遵守は企業の信頼性に直結し、設計者は規制物質回避に加え、適用除外管理やサプライチェーン適合性確保といった深い対応が求められます。

① 規制対象10物質群と最大許容濃度(均質材料の概念)
鉛(0.1%)、水銀(0.1%)、カドミウム(0.01%)等10物質群の均質材料(機械的に分離できる最小単位の材料)中の濃度を規制。設計者は最小単位材料レベルで規制値超過なきよう管理が必要です。

② 適用除外用途(Exemptions)の戦略的な活用と厳格な期限管理
技術的に代替困難な特定用途は一時的に規制除外(附属書III・IV)されますが、有効期限があり定期的に見直されます。設計者は利用中の除外用途の適用範囲と有効期限をBOMや技術文書に記録・厳格管理し、期限切れ前に代替策移行計画が必要です。

③ CEマーキング、適合宣言書(DoC)、および技術文書(Technical Documentation)の作成と維持
RoHS適合EEEにはCEマーキング表示が義務。製造者はその根拠として「EU適合宣言書(DoC)」と「技術文書」を作成・保管(最終上市日から10年)します。技術文書には製品説明、設計図、部品リスト、リスク評価、適用規格、サプライヤー情報、試験報告等が含まれ、設計者は設計関連情報を正確・網羅的に提供する役割を担います。

④ サプライチェーン全体での適合性確保とデューディリジェンス
サプライヤーからの情報入手と協力体制が不可欠。適合証明書や含有物質データ要求、サプライヤー選定基準へのRoHS対応能力組込み、監査実施が有効。製品製造履歴のトレーサビリティシステム構築も重要です。

【設計現場でのRoHS対応チェックポイント】

① BOM管理システムの高度化:部品・材料のRoHS適合ステータス(10物質含有情報、適用除外項目・期限、エビデンス文書リンク等)を記録・最新維持。適用除外期限切れアラート機能も有効。
② サプライヤー情報の信頼性評価と検証:提出書類の信頼性評価基準設定。高リスク部品等はXRFスクリーニングや第三者分析等で検証。
③ 設計変更管理プロセスの徹底:設計・部品・サプライヤー変更時、RoHS適合性再評価プロセスを設計変更管理手順に組込み遵守。
④ 技術文書作成プロセスの効率化:設計段階から構造化情報を収集・蓄積し、品質保証部門等へスムーズに提供。整合規格EN IEC 63000を理解。
⑤ RoHS指令の将来動向の監視:規制物質追加・変更可能性を注視し、研究開発部門と連携し代替材料・技術開発を計画。

REACH・RoHSからDPPへ:進化する情報開示と設計者の新たな役割

DPPの基本概要は既存コラム(「『製品の身分証明書』DPPとは何か」、「EU新エコデザイン規則(ESPR)徹底解説」)に譲り、本コラムではREACH・RoHS対応がDPP下でどう進化し、設計者に何が求められるかに焦点を当てます。

DPPにおける化学物質・有害物質情報の位置づけ

REACHのSVHC情報やSCIP届出内容、RoHSの規制物質含有情報は、DPPを構成する重要データ項目となります。これらが製品の材料組成、リサイクル性等の持続可能性情報と統合され、ライフサイクル全体で追跡可能な形で提供されることが期待されます。DPPは、標準化されたフォーマットで、サプライチェーン関係者が必要情報にデジタルでアクセス・活用できることを目指します。

設計者に求められる情報管理の高度化とデジタル化への対応

① データ粒度の深化とトレーサビリティ強化:部品レベルから材料組成レベルへ、詳細な情報(添加剤の種類・濃度、材料由来等)のトレースが求められる可能性があります。

② デジタル化と標準化への適応:紙やExcel管理から脱却し、PLMシステム等を活用した構造化デジタルデータの一元管理と、DPPが要求するデータスキーマや連携プロトコルへの対応準備が必要です。

③ サプライヤー連携の質的転換:詳細かつ正確な情報を効率的に入手するため、サプライヤーとの強固なパートナーシップと標準化された情報要求プロセスの構築が重要です。

設計思想への影響:情報透明性を前提とした「サステナブル・バイ・デザイン」

DPPは、設計段階から「情報開示」を前提とした製品開発を促します。化学物質選択において、規制適合だけでなく、環境負荷が低く情報開示しやすい材料を積極的に選ぶ判断が求められる可能性があります。「なぜこの材料を選んだのか」を根拠を持って説明できる設計プロセスの重要性が増します。

DPPは既存規制の「進化形」であり、持続可能性情報ハブ

DPPはREACHやRoHSを置き換えるのではなく、それらの情報を効果的に収集・伝達・活用する「情報ハブ」です。現在のREACH/RoHS対応は「DPP時代への準備」と捉え、情報管理の質と深度を高めることが将来の鍵となります。

設計者が今からできる対応・備え

EU環境規制の進化に対応し、持続可能な製品開発を推進するために、設計者は以下の取り組みを始めることが重要です。

① 情報収集体制の確立と最新動向の継続的な学習・社内共有
ECHA、欧州委員会、JETRO等の公式情報を定期チェックし、最新規制動向を把握。社内共有の仕組みを構築する。

② サプライヤーとの強固な連携と双方向コミュニケーション
規制対応方針や要求事項を明確に伝え、協力体制を構築。サプライヤーの課題にも耳を傾け、共に解決策を模索する。

③ 設計プロセスの見直しと環境配慮設計(DfE)の体系的導入
製品企画段階から環境目標を設定し、達成する設計(DfE)を導入。LCAツール等で環境負荷を評価・比較検討する。

④ 化学物質管理体制の社内強化と情報システム基盤の整備
化学物質情報の一元管理データベースを構築・運用。禁止・制限物質リストをシステム登録し、設計段階でスクリーニング。

⑤ DPPを見据えた製品ライフサイクル情報のデジタル管理戦略
材料、設計、製造、修理、リサイクル情報をデジタルで構造化し、収集・管理・活用できる情報基盤(PLM等)整備を検討。国際標準動向も注視する。

まとめ

EU環境規制は「制約」ではなく、製品価値を高め競争優位を築く「機会」です。設計者は、規制の本質を理解し、創造性を発揮して環境性能と製品価値を両立させるキーパーソンです。REACH・RoHS対応は標準となりつつありますが、今後はDPPに代表される情報透明性とトレーサビリティ確保がより重要になります。本コラムが、設計者の皆様にとって、複雑化するEU環境規制への理解を深め、未来志向の意思決定を行う一助となれば幸いです。変化を先読みし、積極的に対応することで、持続可能な社会と自社の価値向上に貢献しましょう。

>>お問い合わせはこちら

関連情報