エンプラの“導電性”を考える(後編):射出成形品の防爆・静電気対策の基礎

コラム前編「プラスチックの“導電性”を考える:射出成形で実現する“電気を通す”機能の基本」では、プラスチックに導電性を持たせる意義やその基本的な仕組み、そして射出成形における基礎知識について解説しました。絶縁体であるプラスチックに「電気を通す」という機能は、静電気対策やノイズ対策など、多岐にわたる分野でその価値を発揮しています。
そして、その中でも特に人命や設備保全に関わる重要な用途が「防爆対策」です。可燃性のガスや粉じんが存在する環境では、わずかな静電気放電が爆発や火災の引き金となり、甚大な被害をもたらす可能性があります。
本コラム後編では、この「防爆」というキーワードに焦点を当て、なぜ防爆用途で導電性プラスチックが必要とされるのか、どのような基準で導電性が求められるのか、そして導電性プラスチックを用いた防爆部品を設計・成形する上での具体的なポイントについて、より深く掘り下げて解説します。
防爆用途でなぜ導電性プラスチックが必要なのか
「爆発」は、「可燃性物質」「酸素」「着火源」の3つの要素が揃ったときに発生します。このうち「着火源」の一つとして、非常に厄介なのが「静電気放電(ESD)」です。
爆発性雰囲気における静電気リスク
石油化学プラント、塗装工場、粉体を取り扱う工場、鉱山、可燃性ガスを使用する施設など、私たちの身の回りには「爆発性雰囲気(Explosive Atmosphere)」、すなわち可燃性のガス、蒸気、粉じんなどが空気と混合し、爆発を引き起こす可能性のある環境が存在します。
このような環境下では、物質同士の摩擦、剥離、流動などによって容易に静電気が発生・蓄積します。そして、蓄積された静電気が一定レベルを超えると、火花放電、ブラシ放電、コーン放電といった様々な形態で放電し、これが可燃性物質に引火・爆発させる着火源となり得るのです。
特にプラスチックは本来絶縁性が高いため、静電気を帯電しやすく、一度帯電すると電荷が逃げにくい性質があります。そのため、爆発性雰囲気内で使用されるプラスチック部品には、静電気を安全に逃がすための対策、すなわち導電性の付与が不可欠となります。
静電気放電(ESD)が引火・爆発の着火源となるメカニズム
静電気が蓄積した物体が、接地された導体や異なる電位を持つ物体に近づくと、その間の絶縁が破壊され、火花となって電荷が移動します。この火花放電のエネルギーが、周囲の可燃性物質の最小着火エネルギー(MIE: Minimum Ignition Energy)を超えると、引火・爆発に至ります。例えば、作業者が絶縁性の高い床の上を歩くだけで数千ボルトに帯電することもあり、その作業者が金属部分に触れた際に発生する火花が、爆発性雰囲気では十分な着火源となり得ます。同様に、プラスチック製の容器や部品が帯電し、そこから放電が起きることも重大なリスクです。
導電性プラスチックは、発生した静電気を速やかに拡散・漏洩させることで、危険なレベルまで電荷が蓄積するのを防ぎ、放電エネルギーを抑制する役割を果たします。これにより、着火源となるリスクを大幅に低減できるのです。
金属ではなくプラスチックを使う意義
従来、防爆対策が必要な部品には、導電性に優れる金属材料が多く用いられてきました。しかし、前編でも触れたように、導電性プラスチックには金属にはない多くのメリットがあり、防爆用途においてもその採用が進んでいます。
⓵ 軽量化:製品の取り扱いや運搬が容易になり、作業負荷の軽減や輸送コストの削減に貢献します。
② 設計自由度:射出成形により複雑な形状や一体成形が可能となり、部品点数の削減や機能性の向上、コンパクト化が実現できます。
③ 耐食性:金属のように錆びることがないため、湿度の高い環境や腐食性ガスが存在する環境でも長期間性能を維持できます。
④ コスト:材料コスト自体は金属より高くなる場合もありますが、加工コストの低減や製品寿命の向上により、トータルコストで優位になるケースがあります。
⑤ 火花の防止:金属同士の衝突による機械的火花の発生リスクを低減できる場合もあります(ただし、フィラーの種類や使用環境によります)。
これらのメリットから、爆発性雰囲気で使用される機器の筐体、内部部品、搬送用具、安全保護具など、様々な用途で導電性プラスチックへの期待が高まっています。
防爆対策に必要な“導電性”の基準と考え方
爆発性雰囲気で使用される機器や部品には、その安全性を確保するために国際的・地域的な規格や指令が存在します。代表的なものに、欧州のATEX指令(Atmosphere Explosible)や国際規格であるIECExなどがあります。これらの規格では、使用される材料の電気抵抗値に関する要求事項が定められています。
防爆指令(ATEX等)で求められる表面抵抗値・体積抵抗値の目安
ATEX指令などでは、静電気による着火リスクを評価する上で、プラスチック材料の表面抵抗値(Rs)や体積抵抗値(Rv)が重要な指標となります。具体的な要求値は、使用されるゾーン(爆発性雰囲気の生成頻度や滞留時間による危険場所の分類:Zone 0, 1, 2 や Zone 20, 21, 22など)や対象となる可燃性物質の種類、部品のサイズや用途によって異なりますが、一般的に以下のような目安があります。
⓵ 導電性または静電気拡散性:多くのケースで、表面抵抗値が 10⁹ Ω (1 GΩ) 未満であることが求められます。これにより、電荷が蓄積しにくく、安全に漏洩できるとみなされます。
② より厳しい要求:特に危険度の高いゾーンや、MIEの低い物質を扱う場合、さらに低い抵抗値(例:10⁶ Ω 未満)が要求されることもあります。
これらの抵抗値は、定められた試験方法(例:IEC 60079-0)に基づき、特定の温度・湿度条件下で測定される必要があります。
「帯電防止」「静電気拡散」「導電性」など用途ごとの抵抗値区分と使い分け
前編で触れた導電性のレベルは、防爆用途においても重要な考え方です。
⓵ 帯電防止(Antistatic):一般的に表面抵抗値が 10⁹~10¹² Ω 程度。静電気の帯電を抑制しますが、防爆用途としては単独では不十分な場合が多いです。
② 静電気拡散(Static Dissipative / ESD):表面抵抗値が 10⁵~10⁹ Ω 程度。電荷をゆっくりと、しかし確実に拡散・漏洩させます。多くの防爆用途でこの領域の材料が求められます。電荷の急激な放電を防ぎつつ、安全なレベルに保つバランスが重要です。
③ 導電性(Conductive):表面抵抗値が 10⁵ Ω 未満。電荷を非常に速やかに逃がします。より厳しい防爆要件や、電磁シールドなどの機能も併せて求められる場合に使用されます。
防爆用途では、単に「電気を通す」だけでなく、「どのように電気を逃がすか」が重要です。あまりに導電性が高すぎると、他の機器との間で短絡(ショート)を引き起こすリスクや、万が一帯電した人体などが触れた際に急激な放電による別の危険性を生む可能性も考慮する必要があります。そのため、用途や環境に応じて適切な抵抗値範囲の材料を選定することが肝要です。
導電性プラスチックを用いた射出成形品が防爆用途で使われる具体例
導電性プラスチックは、その特性を活かして、様々な防爆関連製品に採用されています。
⓵ 防爆ヘルメット、安全靴:作業者の帯電を防ぎ、静電気放電のリスクを低減します。
② 搬送用コンテナ、パレット、タンク:粉体や液体燃料などの輸送・保管時に発生する静電気を安全に逃がし、着火を防ぎます。
③ 機械カバー、ファンハウジング、ダクト部品:可動部分の摩擦や空気の流れによって発生する静電気の蓄積を防ぎます。
④ 電子部品ハウジング、センサーケース、コネクタ:爆発性雰囲気内で使用される電子機器の静電気対策および防爆構造の一部として機能します。
⑤ 工具のグリップ、バルブハンドル:作業者が触れる部分の帯電を防ぎます。
⑥ ポンプ部品、配管継手:流体の移送に伴う静電気の蓄積を防ぎます。
これらの製品は、軽量化や耐食性といったプラスチックの利点を享受しつつ、防爆安全性を確保するために導電性プラスチックが不可欠となっています。
導電性射出成形品の設計・成形上のポイント
防爆用途で求められる導電性プラスチック部品の性能を確実に実現するためには、材料選定だけでなく、設計から成形に至る各工程で細心の注意が必要です。
導電経路の安定確保
防爆用途では、製品のどの部分においても安定した導電性が発揮されることが絶対条件です。そのためには、前編でも触れた導電性フィラーの均一な分散が極めて重要になります。使用するフィラーの種類、粒径、アスペクト比、添加量に加え、母材樹脂との相性、適切な混練方法が、最終製品の導電性の均一性を左右します。
射出速度、保圧、スクリュ回転数、シリンダー温度などの成形条件は、フィラーの配向や分散状態に影響を与えます。特にウェルドライン部や薄肉部では導電パスが途切れやすいため、これらの発生を抑制したり、影響を最小限に抑えたりする工夫が必要です。
当社では、CAE解析などを活用し、充填時のフィラー挙動を予測しながら、最適な成形条件を設定することで、安定した導電経路の形成を目指します。
金型設計・成形時の注意点
導電性フィラーを含む材料は、一般的な樹脂と比較して、金型や成形機への影響も考慮する必要があります。
⓵ 金型摩耗対策:カーボン繊維や一部の金属系フィラーは硬度が高く、金型のゲート部、ランナー、キャビティ表面を摩耗させやすいです。金型材質の選定(高硬度鋼、耐摩耗性の高い特殊鋼など)や適切な表面処理(窒化処理、硬質クロムめっき、PVDコーティングなど)が不可欠です。
⓶ 清掃性とメンテナンス:導電性フィラー、特にカーボンブラックなどは金型に付着しやすく、定期的な清掃が重要です。金型設計時には、清掃しやすい構造を考慮することも求められます。
③ 寸法精度の確保:フィラーの配向による収縮異方性は、特に防爆部品のように嵌合精度や気密性が求められる場合に問題となります。ゲート位置や数の最適化、適切な冷却設計により、ソリや変形を抑制し、寸法精度を確保する必要があります。
④ ガス対策:材料によっては成形時にガスが発生しやすく、ショートショットやシルバー、ガス焼けの原因となるため、適切なガスベントの設置が重要です。
これらの課題に対し、長年の経験に基づく金型設計ノウハウと、精密な成形技術で対応します。
防爆用途で重視される「表面抵抗値の均一性」「耐久性」「環境(湿度・温度)への安定性」
防爆部品に求められるのは、初期性能だけでなく、長期間にわたる信頼性です。
⓵ 表面抵抗値の均一性:製品のどの部分を測定しても、規定の抵抗値範囲内にあることが求められます。一部でも抵抗値が高い箇所があれば、そこが帯電し、着火源となるリスクがあるためです。
② 耐久性:機械的強度(衝撃、摩耗)、耐薬品性、耐候性など、使用環境に応じた耐久性が求められます。特に、フィラー添加による物性低下を最小限に抑え、長期使用に耐えうる材料選定と設計が重要です。
③ 環境(湿度・温度)への安定性:プラスチックの導電性は、周囲の温度や湿度によって影響を受けることがあります。特に吸湿性の高い樹脂やフィラーを使用する場合、湿度変化によって抵抗値が大きく変動する可能性があります。ATEX指令などでは、特定の温湿度条件下での抵抗値測定が規定されており、実使用環境を考慮した材料選定と評価が必要です。
これらの特性を確保するためには、材料データだけでなく、実際の成形品での評価が不可欠です。
実際の認証・適合(ATEX等)には成形メーカー・材料メーカー・ユーザーの連携が必要
ATEX指令などの防爆認証を取得するには、最終製品だけでなく、使用される部品や材料も規定を満たしている必要があります。これには、個々の部品メーカーや材料メーカーの努力だけでは不十分であり、サプライチェーン全体での連携が不可欠です。
材料メーカー:要求される導電性レベルや耐久性を満たす材料を開発・供給し、適切なデータを提供します。
成形メーカー:材料特性を理解し、安定した品質で導電性部品を製造する技術と品質管理体制を構築します。成形条件や金型設計が導電性に与える影響を把握し、最適化します。
ユーザー(製品メーカー):最終製品の用途や使用環境、求められる防爆レベルを明確にし、適切な部品仕様を策定します。認証機関との連携も行います。
当社は、材料メーカーやお客様(ユーザー)と密接に連携し、材料選定の段階から試作、量産、品質保証に至るまで、一貫してサポートすることで、防爆認証取得に貢献しています。
導電性プラスチックによる防爆対策のメリットと今後の展望
導電性プラスチックは、防爆・安全対策分野において、従来の材料では難しかった課題を解決し、新たな可能性を切り拓いています。
金属代替による軽量化・設計自由度・コストダウン
改めて強調しますが、金属材料からの置き換えによるメリットは計り知れません。軽量化は、持ち運び機器の作業性向上や、大型構造物の設置負荷軽減に直結します。設計自由度の高さは、よりコンパクトで高機能な防爆機器の開発を可能にし、部品点数の削減によるコストダウンにも貢献します。耐食性は、メンテナンスコストの削減や製品寿命の延長をもたらします。
樹脂の着色・複雑形状対応など、射出成形ならではの利点
射出成形ならではの利点も、防爆部品の付加価値を高めます。例えば、ベース樹脂やフィラーの種類によっては、ある程度の着色が可能です。これにより、危険箇所を示すための警告色や、識別を容易にするための色分けなどが、塗装工程なしに実現できます。また、金属では加工が困難な複雑な三次元形状や微細構造も、射出成形であれば一体で成形可能です。これにより、防爆性能を損なうことなく、部品の小型化や多機能化、組み立て工程の簡略化などが期待できます。
まとめ
本コラム後編では、「防爆」という重要なテーマに焦点を当て、導電性プラスチックがどのように安全確保に貢献するのか、その基準や射出成形におけるポイントについて解説しました。
静電気という目に見えない脅威から人命や設備を守るために、導電性プラスチックとそれを精密に成形する技術は、今後ますますその重要性を増していくと考えられます。当社は、長年にわたり培ってきた射出成形のノウハウと、導電性材料に関する深い知見を活かし、お客様の様々なニーズにお応えしてまいりました。防爆用途をはじめとする導電性プラスチック部品の設計・開発・製造でお困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。材料選定から最適な成形条件の確立、そして安定した品質の製品供給まで、トータルでサポートさせていただきます。安全で安心な社会の実現に向けて、プラスチックの可能性を追求し続けることが、当社の使命です。