射出成形部品設計者のための金型完全解説(第4回):ゲート・ランナー・温調系:金型内部のリアルを解剖

これまでの「射出成形部品設計者のための金型完全解説」シリーズでは、第1回で金型の全体像と製品設計への影響、第2回と第3回では成形品設計における具体的な形状の考慮点について解説してきました。製品設計者が金型の視点を持つことの重要性をご理解いただけたかと思います。シリーズ第4回となる今回は、視点を少し変え、金型そのものの基本的な構造と、溶融した樹脂を製品形状部へと導くための流路システム、そして高品質な成形に不可欠な温度調整について、より詳しく掘り下げていきます。これらの知識は、金型メーカーとのコミュニケーションを円滑にし、設計意図を的確に伝える上で役立ちます。
金型の主要な構造
射出成形金型は、一見すると複雑な金属の塊のように見えますが、その内部は多くの精密な部品が機能的に組み合わさって構成されています。ここでは、金型の最も基本的な構造であるプレート構造と、製品の品質を左右するパーティングラインについて解説します。
2プレート構造と3プレート構造:それぞれの構成と特徴、使い分け
射出成形金型の構造は、大別して「2プレート構造(ツープレート構造)」と「3プレート構造(スリープレート構造)」の2種類が基本となります。
「2プレート構造」は、金型が主に固定側型板と可動側型板の2つの主要なプレート群で構成され、金型が開く際に製品とランナー(樹脂を導く通路)が一体となって取り出される最もシンプルな構造です。この構造の金型は、パーティングライン(PL:金型の分割面)が一箇所のみとなります。メリットとしては、構造が比較的単純であるため、金型製作コストを抑えやすく、メンテナンスも比較的容易である点が挙げられます。また、ダイレクトゲートやサイドゲート、サブマリンゲート(トンネルゲート)といった様々なゲート方式に対応できます。デメリットとしては、特にサイドゲートなどを用いた場合、製品とランナーが繋がった状態で取り出されるため、後工程でランナーを製品から切り離す作業が必要になることです。また、ゲート位置の自由度も3プレート構造に比べるとやや制限されます。比較的単純な形状の製品や、ランナーを自動カットできるサブマリンゲートを使用する場合、あるいはゲート跡が製品の側面に残っても問題ない場合などに適しています。
一方、「3プレート構造」は、固定側型板、可動側型板に加えて、その間にランナーを分離するための「ランナーストリッパープレート」と呼ばれる中間プレートを持つ構造です。金型が開く際に、まずランナーストリッパープレートと固定側型板の間が開き、次にランナーストリッパープレートと可動側型板の間が開くという2段階の型開き動作を行います。この動作により、製品とランナーを金型内で自動的に分離させることができます。主にピンポイントゲート(製品表面に小さな点状のゲートを設ける方式)を使用する場合に採用され、ゲート位置の自由度が高いのが大きな特徴です。製品の意匠面など、目立たない位置にゲートを設定したい場合や、多数個取りで各製品に均等にゲートを配置したい場合に有効です。メリットは、ランナーと製品の自動分離による後工程の削減や、ゲート位置の自由度の高さです。デメリットとしては、構造が2プレート構造に比べて複雑になるため、金型製作コストが高くなり、金型全体の厚みも増す傾向があります。また、型開きストロークも大きくなるため、より大きな成形機が必要になる場合があります。
どちらの構造を選択するかは、製品の形状、ゲート位置の要求、生産量、許容されるコスト、そして使用するゲートの種類などを総合的に勘案して決定されます。
パーティングラインの選定と考え方
「パーティングライン(PL)」とは、金型の固定側と可動側が合わさる分割面のことです。成形品には、このパーティングラインに沿って細い線状の跡(バリとは異なります)が残ることが一般的です。パーティングラインの位置は、製品の外観品質、金型からの離型性、そして金型構造の複雑さに大きな影響を与えるため、その選定は非常に重要です。
パーティングラインを選定する際の基本的な考え方としては、まず製品の外観上、線状の跡が残っても目立ちにくい位置、あるいは機能的に問題のない位置を選ぶことが挙げられます。例えば、製品の角やエッジ部分、あるいは他の部品と隠れる部分などが候補となります。
次に、金型からの離型性を考慮します。製品がスムーズに金型から取り出せるように、アンダーカット形状を極力発生させないようなパーティングラインを設定することが望ましいです。
また、パーティングラインは、できるだけ平坦でシンプルな形状にすることが、金型加工の容易性や金型の密着性を高め、バリの発生を抑制する上で有利です。複雑な曲面や段差のあるパーティングラインは、金型製作の難易度を上げ、コストアップの要因となります。
さらに、ガスベント(金型内のガスを逃がすための微細な溝)の配置や、ゲート位置との関連も考慮に入れる必要があります。
部品設計者は、製品設計の段階で、おおよそのパーティングラインの位置を想定し、それが製品の外観や機能に与える影響、そして金型構造の観点から問題がないかを検討しておくことが重要です。最終的なパーティングラインの決定は、金型メーカーの技術者との協議の上で行われますが、設計者側からの意図や要望を明確に伝えることが、より良い結果に繋がります。
樹脂を導く流路システム:スプルー、ランナー、ゲート
射出成形機のノズルから射出された溶融樹脂は、金型内部の流路を通って製品形状を形成するキャビティへと導かれます。この樹脂の通り道を総称して流路システムと呼び、主にスプルー、ランナー、ゲートから構成されます。
スプルーとランナー:役割と基本的な設計思想
「スプルー」は、射出成形機のノズルが直接接触する部分で、溶融樹脂が最初に金型内に流入する導入路です。通常、ノズルからの樹脂をスムーズに受け止め、ランナーへと効率よく導くために、テーパー(先細り)のついた円錐形状をしています。スプルーブッシュと呼ばれる部品で構成され、成形後にはランナーと一緒に固化して取り出されます。スプルーの太さやテーパー角度は、使用する樹脂の種類や一回の射出量(ショットサイズ)に応じて適切に設計されます。
「ランナー」は、スプルーから分岐し、各キャビティ(複数個取りの場合)または単一キャビティのゲート手前まで樹脂を運ぶ通路です。ランナーの設計においては、以下の点が重要となります。
まず、圧力損失を最小限に抑えることです。ランナーが細すぎたり長すぎたりすると、樹脂が流れる際の抵抗が大きくなり、キャビティの末端まで十分な圧力で樹脂を充填できなくなる可能性があります。
次に、温度低下を抑えることです。ランナー内で樹脂が過度に冷えると流動性が低下し、これも充填不良の原因となります。
そして、多数個取り金型の場合には、「ランナーバランス」を考慮することが不可欠です。これは、各キャビティへの樹脂の到達時間と圧力が均等になるように、ランナーの長さや太さを調整することです。ランナーバランスが悪いと、キャビティ間で充填量にばらつきが生じ、製品の寸法不良や外観不良を引き起こします。一般的には、全てのキャビティへの流路長が等しくなるようなトーナメント方式のランナーレイアウトが採用されます。
ランナーの断面形状には、円形、台形、U字形などがありますが、圧力損失や熱損失の観点からは円形断面が最も効率的です。しかし、加工の容易性から台形断面が用いられることもあります。
ゲートの基本的な役割と代表的な種類
(ゲートの種類と詳細については、既存の技術コラムで詳しく解説しておりますので、ここでは基本的な役割と代表的なものに簡潔に触れます。)
「ゲート」は、ランナーの末端に位置し、キャビティへの樹脂の最終的な入り口となる狭い部分です。ゲートにはいくつかの重要な役割があります。第一に、溶融樹脂の流入速度や方向を制御し、キャビティ内での樹脂の充填パターンを調整すること。第二に、射出が完了した後、キャビティ内の樹脂がランナー側へ逆流するのを防ぐこと(特に保圧工程)。第三に、製品とランナーを容易に分離できるようにすること、あるいは自動的に分離させることです。
代表的なゲートの種類としては、製品の側面に設ける「サイドゲート」、製品表面に小さな点状の跡が残る「ピンポイントゲート」、金型開閉時に自動的に切断される「サブマリンゲート(トンネルゲート)」などがあります。これらのゲートは、製品の形状、材質、外観要求、生産量などに応じて適切に選択され、その位置やサイズが製品品質に大きな影響を与えます。
コールドランナーとホットランナー:基本的な違いとそれぞれのメリット・デメリット、選択の考え方
ランナーシステムには、大きく分けて「コールドランナー」と「ホットランナー」の2つの方式があります。
「コールドランナー」方式は、射出された樹脂がスプルー、ランナー、ゲートを通過してキャビティに充填された後、スプルーとランナー部分の樹脂も製品と一緒に冷却・固化し、取り出される方式です。取り出されたスプルー・ランナー部分は、通常は廃棄されるか、リサイクルされます(ただし、リサイクル材の使用には注意が必要です)。
メリットとしては、金型構造が比較的シンプルであるため、金型コストもホットランナー方式に比べて安価である点が挙げられます。また、樹脂の色替えが比較的容易で、多様な種類の樹脂に対応しやすいという特徴もあります。
デメリットとしては、毎回スプルーとランナー分の材料ロスが発生することです。特に、製品サイズに対してランナーが大きい場合や、多数個取り金型の場合には、この材料ロスは無視できません。また、ゲートの種類によっては、成形後にゲートカットの工程が必要になる場合があります。
一方、「ホットランナー」方式は、金型内にヒーターを内蔵したマニホールド(樹脂分配ブロック)やノズルを配置し、スプルーやランナー部分の樹脂を常に溶融状態に保つ方式です。これにより、ランナー部分の樹脂は固化せず、次のショットでそのままキャビティへ供給されるため、材料ロスが大幅に削減されます。
メリットとしては、前述の通り材料ロスが大幅に削減できるため、環境負荷の低減と材料コストの削減に大きく貢献します。また、バルブゲートなどの特殊なゲート方式と組み合わせることで、ゲートカットが不要となり、成形サイクルの短縮や完全自動化も可能です。ゲート位置の自由度も高く、大型製品や薄肉製品の成形にも有利な場合があります。
デメリットとしては、金型構造が複雑になり、精密な温度制御も必要となるため、金型コストはコールドランナー方式に比べて高くなります。また、メンテナンスにも専門的な知識と技術が求められる場合が多く、樹脂の色替えに時間がかかることや、熱に敏感な一部の樹脂には不向きなこともあります。
どちらの方式を選択するかは、生産量(大量生産であればホットランナーのメリットが大きい)、使用する材料のコスト(高価な樹脂ほど材料ロス削減効果が高い)、製品サイズやゲート位置の制約、ゲート跡の要求品質、そして初期投資可能な金型コストなどを総合的に比較検討して決定されます。
金型における温度調整の重要性
金型内の温度を適切にコントロールすることは、高品質な射出成形品を効率的に生産するために不可欠な要素です。金型温度は、成形サイクルタイム、製品の寸法精度、外観品質、そして内部応力や変形といった特性に決定的な影響を与えます。
冷却回路の役割と設計の基本
射出成形における「冷却」の主な目的は、金型キャビティ内に充填された高温の溶融樹脂を、効率的かつ均一に冷却し、所定の形状で固化させることです。この冷却が不均一であったり、不十分であったりすると、製品内部に不均一な収縮が発生し、反りやヒケ、寸法不良といった問題を引き起こす原因となります。また、冷却時間が長すぎると、成形サイクルタイム全体が長くなり、生産性が低下します。
これを実現するのが、金型内部に設けられた「冷却回路(冷却水管)」です。この回路に冷却媒体(通常は水、場合によっては油)を循環させることで、金型温度をコントロールします。効果的な冷却回路を設計するための基本的なポイントとしては、まず、冷却回路をキャビティ表面からできるだけ近い位置に、かつ均等な距離で配置することです。これにより、製品全体を均一に冷却できます。また、製品の肉厚部や形状が複雑で熱がこもりやすい箇所には、集中的に冷却効果を高めるための工夫(例えば、冷却管の数を増やす、特殊な冷却部品を挿入するなど)が必要です。冷却管の直径や冷却水の流量、入口と出口の温度差なども、冷却効率に影響する重要なパラメータです。
効率的な冷却設計は、成形サイクルの短縮、寸法精度の向上、そして外観品質の安定化に直結します。
加熱が必要な場合とその対応
多くの熱可塑性樹脂では金型を冷却しますが、一部のエンプラク(PC、PA、PBTなど)や、結晶化度を高く保つことが求められる樹脂(PPSなど)では、流動性を高めたり、結晶化を促進したり、あるいは成形品表面の光沢を向上させたりする目的で、金型を特定の比較的高温(例えば80℃~150℃程度)に「加熱」する必要があります。
このような場合、金型にはカートリッジヒーターやプレートヒーターといった電気ヒーターが組み込まれたり、外部の温調機(金型温度調節機)で加熱された温水や熱媒体油が金型内の回路を循環したりします。金型温度を精密に、かつ安定して目標温度に維持することが、これらの樹脂の特性を最大限に引き出し、高品質な成形品を得るために重要となります。
加熱と冷却のどちらが必要か、そしてその目標温度は、使用する樹脂の種類、製品の要求品質、そして成形条件などによって決定されます。
まとめ(第4回)
今回は、「射出成形部品設計者のための金型完全解説」シリーズの第4回として、金型の主要な構造である2プレート構造と3プレート構造、パーティングラインの考え方、そして樹脂をキャビティへ導くためのスプルー、ランナー、ゲートといった流路システム、さらには金型温度調整の重要性について解説しました。これらの金型側の基本的な知識を持つことは、製品設計者がより実現性の高い設計を行い、金型メーカーとの連携を深める上で非常に有効です。
次回、第5回(最終回)では、単発型や複数個取り型、インサート金型や多色成形金型といった様々な金型の種類とその特徴、そして金型が実際にどのように製作されていくのか、その一般的な流れについて解説する予定です。