技術解説

環境規制・供給リスクを踏まえたエンプラ難燃グレードの選定

環境規制・供給リスクを踏まえたエンプラ難燃グレードの選定
射出成形における難燃グレード完全解説(後編 

環境規制と市場動向(2025年最新) 

難燃剤の市場および技術開発は、環境保護意識の高まりと、それに伴う国際的な化学物質規制の強化によって、大きな変革期を迎えています。これらの規制は、製品設計の初期段階から考慮すべき必須事項であり、違反した場合には市場からの製品回収や販売停止といった深刻な事態を招く可能性があります。 

主要な化学物質規制とその影響 

RoHS (Restriction of Hazardous Substances) 指令 
EU(欧州連合)における電気・電子機器中の特定有害物質の使用を制限する指令で、環境保護と人の健康保護を目的としています。2006年に最初のRoHS指令(2002/95/EC)が施行され、鉛、水銀、カドミウム、六価クロム、そして難燃剤として広く使用されていたPBB (ポリ臭素化ビフェニル)とPBDE (ポリ臭素化ジフェニルエーテル)の6物質群の使用が原則禁止されました。その後、2011年には改正RoHS指令(RoHS 2:2011/65/EU)が施行され、CEマーキングの必須要件の一つとなるとともに、対象製品の範囲が拡大されました。さらに、2015年の改正((EU)2015/863、通称RoHS 3)により、DEHP、BBP、DBP、DIBPの4種類のフタル酸エステル類が新たに追加され、規制対象は計10物質群となっています。 
RoHS指令は、PBBおよびPBDEの使用をほぼ完全に市場から排除する効果をもたらし、難燃剤のノンハロゲン化を加速させる大きな原動力となりました。特にPBDEの中でも、PentaBDE、OctaBDE、DecaBDEが規制対象となっています。 

REACH (Registration, Evaluation, Authorisation and Restriction of Chemicals) 規則 
EUにおける化学物質の登録・評価・認可および制限に関する包括的な規則(EC No 1907/2006)で、2007年に施行されました。「No Data, No Market(データなければ市場なし)」の原則に基づき、EU域内で年間1トン以上製造または輸入される全ての化学物質(一部適用除外あり)について、製造業者や輸入業者に安全性評価データの登録を義務付けています。 
REACH規則の主要な柱は以下の通りです。 

登録 (Registration): 企業は、取り扱う化学物質の有害性情報やリスク評価情報を含む登録書類を欧州化学品庁(ECHA)に提出します。

評価 (Evaluation): ECHAおよびEU加盟国当局が、提出された登録書類の審査や、物質の有害性・リスクについて評価を行います。

認可 (Authorisation): 特に懸念の高い物質(SVHC: Substances of Very High Concern)については、認可対象物質リスト(附属書XIV)に収載され、ECHAから個別の認可を得なければEU域内での使用や上市が禁止されます。SVHCの候補物質は定期的に更新され、その中には一部の臭素系難燃剤(例:HBCDDは既にPOPs条約で規制、DBDPEはSVHC候補リストから認可対象候補物質へ)やリン系難燃剤の原料となりうる物質も含まれる可能性があります。企業は、製品中にSVHCが0.1重量%を超えて含有される場合、川下ユーザーや消費者への情報伝達義務(成形品の場合)が生じます。

制限 (Restriction): 特定の化学物質の製造、上市、使用が、人の健康や環境へのリスクが許容できないと判断された場合に、全面的に禁止されたり、特定の用途や条件でのみ許可されたりします(附属書XVII)。

POPs (Persistent Organic Pollutants) 条約(残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約) 
環境中での残留性、生物蓄積性、人や生態系への有害性、長距離移動性を有する化学物質(POPs)の製造・使用・輸出入を廃絶または厳しく制限することを目的とした国際条約で、2004年に発効しました。条約の対象物質は、附属書A(廃絶)、附属書B(制限)、附属書C(非意図的生成物の削減)にリストアップされ、定期的な締約国会議(COP)で見直し・追加が行われます。 
難燃剤関連では、既にHBCDD (ヘキサブロモシクロドデカン)、PBDE類(c-PentaBDE、c-OctaBDE、c-DecaBDEの工業用混合物)、SCCPs (短鎖塩素化パラフィン)などが規制対象となっています。そして、2023年5月に開催された第11回締約国会議(COP11)において、新たに塩素系難燃剤であるデクロランプラス(DDC-CO)およびUV-328が附属書A(廃絶)に追加されました。デクロランプラスについては、2025年2月11日から特定の適用除外を除き、製造・使用・輸出入が原則禁止となります。POPs条約は国際的な法的拘束力を持ち、加盟国は国内法を整備して規制を実施するため、グローバルに事業展開する企業はこれらの動向を常に注視し、対応する必要があります。 

その他の地域・国の規制 
EUの規制が先行していますが、他の国や地域でも同様の化学物質規制が導入・強化される傾向にあります。 

米国: TSCA (Toxic Substances Control Act:有害物質規制法) に基づき、EPA(環境保護庁)が化学物質の審査や規制を行っています。近年、難燃剤を含む一部の化学物質に対するリスク評価が進められ、規制措置が取られています。また、カリフォルニア州のプロポジション65(安全な飲料水および有害物質施行法)は、特定の化学物質への暴露に関する警告表示を義務付けており、リストには多くの難燃剤が含まれています。 

中国: 「中国RoHS」(電器電子製品有害物質使用制限管理弁法)や「新化学物質環境管理弁法」など、EUの規制に類似した制度を導入・運用しています。 

日本: 化学物質審査規制法(化審法)や化学物質排出把握管理促進法(PRTR法)などに基づき、化学物質の製造・輸入・使用などが管理されています。POPs条約の対象物質については、化審法の第一種特定化学物質に指定され、製造・輸入・使用が原則禁止されます。 

これらの規制は、設計者が使用できる難燃剤の選択肢を狭めるとともに、製品のライフサイクル全体を通じた化学物質管理の重要性を高めています。特に、規制対象物質の閾値管理、サプライヤーからの情報収集、代替物質の評価・導入といった対応が不可欠です。 

市場のトレンドと企業の対応 

環境規制の強化は、難燃剤市場の構造と技術開発の方向性に大きな影響を与えています。 

⓵ ノンハロゲン化への加速 

RoHS指令やPOPs条約によるハロゲン系難燃剤(特に臭素系・塩素系)の規制強化は、ノンハロゲン難燃剤へのシフトを決定的なものにしました。リン系難燃剤、無機系難燃剤、窒素系難燃剤、シリコン系難燃剤などがその受け皿となっています。この流れは今後も継続し、ノンハロゲン難燃剤の市場シェアはさらに拡大すると予測されます。企業は、ハロゲンフリーを前提とした材料選定と製品開発を進める必要があります。 

② 三酸化アンチモンの代替 

ハロゲン系難燃剤の優れた相乗剤として長年使用されてきた三酸化アンチモンですが、2023年後半からの急激な価格高騰と供給不安により、その使用を回避する動きが急速に広がっています。「アンチモンフリー」は、コスト削減とサプライチェーンリスクの低減という観点からも重要なキーワードとなっており、代替となる相乗剤(例:ホウ酸亜鉛、スズ酸亜鉛など)や、三酸化アンチモンを必要としない難燃システム(高性能なノンハロゲン難燃剤単独、あるいはノンハロゲン系同士の相乗効果を利用するシステム)の開発・採用が進んでいます。 

③ 高性能化と多機能化の追求 

ノンハロゲン難燃剤は、一般的にハロゲン系に比べて難燃効果がマイルドであったり、多量添加が必要で物性低下を招きやすかったりする課題がありました。そのため、より少ない添加量で高い難燃性を発揮し、かつ樹脂本来の機械的特性、電気特性、成形加工性への影響を最小限に抑える高性能な製品の開発が活発です。また、難燃性に加えて、耐熱性、耐候性、耐加水分解性、低ブリードアウト性など、複数の機能を併せ持つ難燃剤へのニーズも高まっています。 

④ サステナビリティへの関心の高まり 

地球環境問題への意識の高まりから、持続可能な社会の実現に貢献する難燃剤技術が求められています。 

– バイオベース難燃剤: 植物由来のリグニン、セルロース、デンプン、あるいは農業廃棄物などを原料とするバイオベース難燃剤の研究開発が進められています。カーボンニュートラルや化石資源依存からの脱却に貢献する可能性がありますが、現状ではコスト、安定供給、性能面で課題があり、実用化は一部に留まっています。 

– リサイクル適合性: 難燃剤を含むプラスチックのリサイクルは、難燃剤の熱分解による有害物質の発生や、リサイクル材の物性低下が課題となることがあります。リサイクルプロセスに耐えうる安定した難燃剤や、リサイクルを阻害しない、あるいはリサイクル材の品質向上に貢献する難燃システムの開発が重要視されています。 

– LCA(ライフサイクルアセスメント)の視点: 難燃剤の選定において、製造から廃棄に至るまでの環境負荷を総合的に評価するLCAの考え方が取り入れられつつあります。 

サプライチェーンマネジメントの強化 

化学物質規制の複雑化とグローバル化、そして原料価格の変動や地政学的リスクの高まりは、企業に対してサプライチェーン全体での化学物質管理とリスク管理の強化を求めています。製品に含まれる化学物質情報を正確に把握し、川上から川下まで情報を伝達する体制の構築、代替材料の探索・評価プロセスの確立、複数の供給元の確保などが重要になっています。設計者は、材料選定の初期段階からこれらの要素を考慮に入れる必要があります。 

設計者視点での選定ポイント 

難燃グレードのエンプラを選定する際には、単に難燃規格をクリアするだけでなく、製品全体の要求性能や生産性、コスト、そして環境規制への適合性など、多岐にわたる要素を総合的に評価する必要があります。 

要求性能と規格の明確化 

まず、製品が使用される市場や用途で求められる具体的な難燃規格(UL94規格のV-0、V-1、5VAなど、あるいは業界特有の規格)を正確に把握することが出発点です。その上で、引張強度、曲げ弾性率、衝撃強度といった機械的物性、耐熱性(荷重たわみ温度など)、電気特性(絶縁性、耐トラッキング性など)、耐候性、耐薬品性など、製品に不可欠な基本性能の要求レベルを明確にします。難燃剤の添加は、これらの物性に影響を与えることが多いため、バランスの取れた材料選定が求められます。 

難燃剤添加による影響の考慮 

難燃剤を添加すると、樹脂本来の特性が変化することがあります。例えば、無機系難燃剤を高充填すると、流動性が低下して成形性が悪化したり、機械的強度が大幅に低下したりすることがあります。また、一部のリン系難燃剤は耐加水分解性に劣る場合があり、高温高湿環境下での使用には注意が必要です。成形品表面への難燃剤のブリードアウトやジューシングは外観不良や接触不良の原因となり得ますし、金型への付着は生産効率を低下させます。これらの潜在的な副作用を事前に評価し、対策を講じるか、影響の少ない難燃システムを選択する必要があります。 

成形加工性とコスト 

選定する難燃グレードの成形加工性も重要なポイントです。溶融粘度、推奨成形温度範囲、ガス発生の有無などを確認し、既存の成形設備や金型で問題なく生産できるか検討します。難燃剤の種類によっては、通常よりも高いシリンダー温度や金型温度が必要になることや、腐食性ガスが発生して金型のメンテナンス頻度が上がることもあります。 
材料コストは製品全体のコストを左右する重要な要素です。一般的に、高性能なノンハロゲン難燃剤や特殊な自己消火性樹脂は高価になる傾向があります。要求される難燃レベルとその他の性能を達成できる範囲で、最もコスト効率の高いソリューションを見つけ出す努力が求められます。 

環境規制とサプライチェーンの安定性 

最新の環境規制(RoHS、REACH、POPs条約など)に適合していることは当然として、将来的な規制強化の動向も見据えた材料選定が望まれます。特にグローバルに製品を展開する場合は、各仕向け先の規制をクリアする必要があります。 
また、近年の三酸化アンチモンやリン鉱石の価格変動・供給不安からも明らかなように、特定地域に依存した原料を使用する難燃剤は、サプライチェーンのリスクを抱えています。調達の安定性や価格変動リスクも、長期的な視点での材料選定において考慮すべき重要なファクターです。 

用途に応じた一般的な選択肢 

参考として、樹脂種類ごとの一般的な難燃剤の選択肢を挙げますが、これらはあくまで一例であり、最終的な選定は詳細な検討が必要です。 
ABS系の樹脂では、かつては臭素系が主流でしたが、現在はリン酸エステル系や他の有機リン化合物が用いられます。PCには、リン酸エステル系や有機スルホン酸塩系、シリコーン系が適しています。PBT では、臭素系(規制強化で使用減)、マイクロカプセル化赤リン、縮合リン酸エステルなどが検討されます。PAには、マイクロカプセル化赤リン、MCA (メラミンシアヌレート)、MPP (メラミンポリリン酸)、一部の縮合リン酸エステルが用いられます。m-PPE (変性ポリフェニレンエーテル)は、元々難燃性が比較的高いため、リン酸エステル系の少量添加で効果が得やすい場合があります。 

まとめ 

エンプラ部品の難燃化は、情報通信機器、産業機器、家電製品など、私たちの生活や産業を支える多くの製品の安全性を根底から支える基盤技術です。本コラムで概説したように、難燃剤の種類、作用機構、そしてそれらを取り巻く市場や環境規制は、非常にダイナミックに変化しています。特に、ハロゲン系からノンハロゲン系への移行、三酸化アンチモンの代替といった動きは、今後もますます加速するでしょう。 

射出成形部品の設計・開発に携わる技術者にとって、これらの動向を的確に把握し、要求される難燃性能はもとより、機械的物性、成形加工性、コスト、そして何よりも環境適合性や法規制遵守といった多角的な視点から、最適な難燃化ソリューションを選定する能力が不可欠です。難燃剤に関する体系的な知識と最新情報へのアップデートを怠らず、より安全で、より環境に優しく、そして競争力のある製品開発に繋げていくことが、これからのものづくりにおいて一層強く求められています。 

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