技術解説

バイオエンプラの射出成形:持続可能な未来を拓く材料技術と設計者の役割

バイオエンプラの射出成形:持続可能な未来を拓く材料技術と設計者の役割

バイオプラスチックが注目される背景には、気候変動対策や資源循環への社会的要請の高まりがあります。エンプラ分野においても、持続可能性やサステナビリティを重視する企業活動の一環として、バイオベース材料の導入が積極的に検討されるようになっていますが、 ここにきて一般消費財だけでなく、産業用途を含む幅広い製品においてもバイオベースや生分解性といった環境配慮型素材への関心が急速に高まっています。こうした動向は、従来の性能要求を満しつつ、環境負荷を低減できる新たな素材選択肢として、バイオプラスチックの市場拡大を後押ししています。 

バイオプラスチックの基礎とエンプラへの展開 

バイオプラスチックの定義と分類 

「バイオプラスチック」という言葉を耳にする機会が増えましたが、その定義は一つではありません。大きく分けて「バイオマスプラスチック」と「生分解性プラスチック」という2つの異なる概念が存在します。 

バイオマスプラスチック 
植物などの再生可能な有機資源(バイオマス)を原料として、化学的または生物学的に合成することにより得られるプラスチックです。必ずしも生分解性を持つとは限りません。例えば、サトウキビ由来のポリエチレン(バイオPE)は、石油由来のポリエチレンと化学構造は同じであり、生分解性は持ちませんが、原料が植物由来であるためカーボンニュートラルに貢献するとされています。植物が成長過程でCO2を吸収するため、焼却時にCO2を排出しても、大気中のCO2総量を増やさないという考え方に基づきます。 

生分解性プラスチック 
使用後に微生物の働きによって最終的に水と二酸化炭素(またはメタン)にまで分解される性質を持つプラスチックです。原料がバイオマス由来であるもの(例:ポリ乳酸PLA)と、石油由来であるもの(例:PVA、PBS、PBATの一部)の両方が存在します。海洋プラスチックごみ問題や廃棄物処理の観点から注目されていますが、分解には特定の環境条件(温度、湿度、微生物の種類など)が必要であり、あらゆる環境で容易に分解するわけではない点に注意が必要です。 

これらの関係性を整理すると、バイオプラスチックは以下の4つのタイプに分類できます。 

① バイオマス由来かつ生分解性: 例)ポリ乳酸(PLA)、ポリヒドロキシアルカン酸(PHA) 

② バイオマス由来だが非生分解性: 例)バイオPE、バイオPP、バイオPA、バイオPCの一部 

③ 石油由来だが生分解性: 例)PCL(ポリブチレンサクシネート)、PCL(ポリカプロラクトン)、PBAT(ポリブチレンアジペートテレフタレート)の一部 

④ 石油由来かつ非生分解性: 従来の一般的なプラスチック 

エンプラ分野では、主に機械的強度、耐熱性、耐久性といった高い性能が求められます。そのため、現状では上記の「② バイオマス由来だが非生分解性」に該当するバイオエンプラが開発・導入の中心となっています。これらの材料は、従来の石油由来エンプラと同等の性能を維持しつつ、原料段階での環境負荷を低減することを目指しています。生分解性を持つバイオエンプラの開発も進められていますが、エンプラに求められる耐久性との両立が課題となる場合もあります。射出成形部品の設計者としては、製品の用途やライフサイクル、求められる環境性能に応じて、これらの分類を理解し、適切な材料を選択することが重要になります。 

バイオエンプラの材料設計と特徴 

エンプラ分野で注目されるバイオマスプラスチック、いわゆる「バイオエンプラ」は、植物由来の原料からモノマーを合成し、それを重合することで製造されます。代表的なバイオエンプラとその特徴をいくつか紹介します。 

① バイオPA 

ひまし油などの植物油を原料とするものが代表的です。PA11やPA610、PA1010などがあり、従来の石油由来ポリアミド(PA6、PA66など)と比較して、低吸水性、耐薬品性、摺動特性に優れるものがあります。バイオマス度も高いものが開発されており、電子部品やスポーツ用品などに利用されています。特に低吸水性は、寸法安定性が求められる精密部品において有利に働きます。 

② バイオPC 
植物由来のイソソルビドなどを原料として用いることで、バイオマス度を高めたポリカーボネートが開発されています。従来の石油由来PCと同等の透明性、耐衝撃性、耐熱性を維持しつつ、光学特性(高屈折率、低複屈折など)や表面硬度に優れたグレードも登場しています。電気電子機器の筐体、光学レンズ、スマートフォン筐体などへの応用が期待されます。 

③ バイオPBT 
植物由来のBDO(1,4-ブタンジオール)を使用することでバイオベース化されたPBTです。従来のPBTと同様に、電気特性、耐薬品性、寸法安定性に優れており、コネクタやスイッチなどの電気電子部品への展開が進められています。結晶化速度が速く、成形サイクル性に優れる点も特徴です。 

④ バイオPET 
主原料の一つであるMEG(エチレングリコール)をバイオマス由来とすることでバイオベース化されます。もう一つの主原料であるPTA(テレフタル酸)もバイオマス由来とする研究開発が進んでいます。耐熱性や機械的強度、透明性に優れ、ボトル用途以外にも繊維やフィルム、さらには射出成形による工業部品への応用も検討されています。 

これらのバイオエンプラは、エンプラに求められる耐熱性、機械的強度、耐薬品性、寸法安定性といった基本特性を、従来の石油由来品と同等レベルで達成することを目指して材料設計が行われています。また、バイオマス度は、使用するバイオマス由来モノマーの種類や比率を調整することで制御されます。製品の環境性能をアピールする上で重要な指標となるため、設計者は材料選定時にこのバイオマス度も考慮する必要があります。バイオマス度の表示は、ASTM D6866などの国際規格に基づいた測定方法が用いられます。 

一方で、生分解性については、現状のエンプラ用途では必ずしも優先される特性ではありません。むしろ、製品としての耐久性が求められるため、非生分解性であることが多いです。しかし、特定の用途では生分解性が求められることもあり、そのようなニーズに対応するための生分解性を持つバイオエンプラの開発も進められています。重要なのは、製品のライフサイクル全体を考慮し、本当に生分解性が必要な場面かどうかを見極めることです。 

射出成形におけるバイオエンプラの活用 

バイオエンプラも、従来の石油由来エンプラと同様に、射出成形によって様々な形状の部品に加工されます。ここでは、射出成形によって部品化されたバイオエンプラの具体的な展開例と、その際の留意点について触れます。 

射出成形品の具体的な展開例 

バイオエンプラの射出成形品は、その環境配慮性と機能性から、既に様々な分野で実用化が進んでいます。 

① 電気・電子部品 
コネクタ、スイッチ、センサーハウジング、OA機器の筐体や内部機構部品などに、バイオPAやバイオPC、バイオPBTが使用されています。難燃性や寸法安定性、電気絶縁性が求められるこれらの部品において、従来の材料からの代替が進んでいます。特に、環境規制の厳しい欧州市場向けの製品で採用が先行する傾向があります。スマートフォンやタブレットの部品にも採用例が増えています。 

② 機械部品 
ギア、ベアリング、カム、ハウジングなど、摺動性や耐摩耗性、強度が求められる機械部品にもバイオPAなどが使われ始めています。特に植物油由来のバイオPAは、自己潤滑性に優れるものもあり、無給油化やメンテナンスフリー化に貢献する可能性があります。FA機器や精密機械の部品としての採用も期待されます。 

③ 医療機器 
医療用器具のハウジングや部品、使い捨て医療用品の一部などにも、生体適合性や滅菌耐性が確認されたバイオエンプラの採用が検討されています。安全性と信頼性が最優先される分野ですが、環境負荷低減への意識の高まりから、徐々に導入が進むと期待されます。特に、繰り返し使用される器具のパーツなど、耐久性が求められる部分での利用が考えられます。 

④ 日用品・雑貨 
高級筆記具の軸、化粧品容器、スポーツ用品(シューズのソール、スキーブーツのバックル、ゴルフティーなど)、アウトドア用品、ベビー用品など、デザイン性や質感が重視される分野でもバイオエンプラが活用されています。バイオマス由来であることを付加価値として消費者に訴求するケースも見られます。感触や風合いにこだわった製品開発も可能です。 

⑤ 建材・住宅設備 
窓枠の部品、配管部品、家具のパーツ、ブラインドの部品など、耐久性や耐候性が求められる分野でも、バイオエンプラの利用が始まっています。長期使用における信頼性が実証されれば、さらに用途が拡大するでしょう。 

これらの展開例では、単に石油由来材料を置き換えるだけでなく、バイオエンプラならではの特性を活かした意匠性の向上(例えば、バイオPCの優れた光学特性を活かした深みのある色彩表現や、植物由来ならではのナチュラルな質感)や、機能性の高度化(例えば、バイオPAの低吸水性を活かした寸法安定性の向上や、特有の柔軟性)といった付加価値が追求されることもあります。 

成形現場では、材料の特性を十分に理解した上での取り扱いが求められます。例えば、適切な乾燥、熱履歴への配慮、金型設計におけるガスベントの工夫などが、安定した品質の製品を得るための重要なポイントとなります。これらの課題に対しては、材料メーカーからの技術情報の入手、成形ノウハウの蓄積、そして試作成形を通じた検証を丁寧に行うことで、解決策を見出していくことができます。 

バイオエンプラの社会的価値と今後の展望 

バイオエンプラ導入のメリット 

バイオエンプラを導入することは、単に材料を変更するという技術的な側面だけでなく、企業活動や社会全体に対して多岐にわたるメリットをもたらします。 

⓵ 環境負荷低減とカーボンニュートラルへの貢献 
バイオエンプラの最大のメリットは、その原料が再生可能なバイオマスであるため、化石資源への依存を低減できる点です。また、植物由来のバイオマスは成長過程で大気中のCO2を吸収するため、製品のライフサイクル全体で見た場合にCO2排出量を削減する効果が期待できます。これは、地球温暖化対策やカーボンニュートラルの実現に向けた企業の取り組みにおいて、非常に重要な意味を持ちます。 

② 企業価値やブランドイメージの向上 
環境問題への関心が世界的に高まる中、環境配慮型素材を積極的に採用する企業は、消費者や投資家からの評価が高まる傾向にあります。サステナビリティやCSR(企業の社会的責任)を重視する姿勢を示すことは、企業価値の向上やブランドイメージの強化に繋がり、結果として競争力の向上にも貢献します。特に、環境意識の高い顧客層へのアピールや、ESG投資を呼び込む上で有利に働きます。 

③ 認証制度やLCA評価の活用 
バイオマスプラスチックに関する認証制度(例えば、日本のバイオマスプラマークや、欧米の認証ラベルなど)を取得することで、製品の環境性能を客観的に示すことができます。また、LCA評価を実施し、製品の原料調達から製造、使用、廃棄に至るまでの環境負荷を定量的に把握・開示することも、信頼性向上に繋がります。これらの取り組みは、グリーン調達基準を満たすためにも有効です。 

④ 新たな市場機会の創出 
環境配慮型製品へのニーズは、今後ますます高まると予想されます。バイオエンプラを活用することで、これまで参入が難しかった市場や、新たな付加価値を求める顧客層へのアプローチが可能になるかもしれません。イノベーションを促進し、持続可能なビジネスモデルを構築するきっかけにもなり得ます。 

技術開発動向と未来展望 

バイオエンプラの分野では、さらなる高性能化、高機能化、そしてコストダウンを目指した技術開発が活発に進められています。 

① 高機能化・新規用途開発の最前線 
従来の石油由来エンプラを凌駕するような特性を持つバイオエンプラの開発が進んでいます。例えば、より高い耐熱性、機械的強度、耐薬品性を持つ材料や、導電性、熱伝導性、生体適合性といった特殊な機能を付与した材料などです。また、これまでエンプラではあまり利用されてこなかった植物資源の活用も研究されています。これにより、より要求の厳しい用途への展開が期待されます。 

② 国内外の政策・規制動向、市場の成長予測 
世界各国で、プラスチックごみ問題への対策やカーボンニュートラル達成に向けた政策・規制が強化されています。これらは、バイオプラスチック市場の成長を後押しする要因となっています。例えば、特定の製品におけるバイオマスプラスチックの使用義務化や、化石資源由来プラスチックへの課税などが検討・実施されています。市場調査会社の予測によれば、バイオプラスチック市場は今後も年々拡大していくと見込まれており、特にアジア市場の成長が期待されています。 

③ 持続可能な社会実現に向けた今後の課題と期待 
バイオエンプラの普及には、いくつかの課題も残されています。例えば、安定的な原料供給体制の確立、食料との競合を避けるための非可食バイオマスの利用技術開発、リサイクルシステムの構築、そして石油由来品とのコスト競争力の確保などです。これらの課題を克服し、バイオエンプラが真に持続可能な材料として社会に広く受け入れられるためには、産官学連携による技術開発やインフラ整備、そして消費者理解の促進が不可欠です。将来的には、バイオマス原料の多様化、より効率的な製造プロセスの確立、そして使用後の適切な処理までを包含した、サーキュラーエコノミーの実現に貢献することが期待されています。 

まとめ 

本コラムでは、射出成形部品の設計者に向けて、バイオエンプラの基礎知識から材料特性、射出成形における活用ポイント、そして社会的価値と今後の展望について解説しました。バイオエンプラは、環境負荷低減と高性能化を両立し得る、持続可能な社会の実現に貢献するキーマテリアルの一つです。 

設計者の皆様には、バイオプラスチックの多様な種類と特性を理解し、製品の要求性能やライフサイクル、環境目標に応じて最適な材料を選択する目が求められます。成形性に関しては、従来の石油由来エンプラと共通する部分も多いですが、材料ごとの特性を把握し、適切な取り扱いを行うことが重要です。 

バイオエンプラの技術は日々進化しており、今後さらに多様な特性を持つ材料が登場することが期待されます。最新の技術動向を注視し、材料メーカーとの連携を密にすることで、環境性能と製品価値を両立させた革新的な製品開発が可能になるでしょう。バイオエンプラの活用は、企業の持続可能性を高めるだけでなく、より良い未来を創造するための一歩となるはずです。 

自社製品の射出成型部品でバイオエンプラの活用を検討したいとお考えの際は、どうぞ「 射出成形の駆け込み寺」までご相談ください。 

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