技術解説

射出成形における公差の基礎知識:寸法・幾何・一般公差を体系的に理解する

射出成形における公差の基礎知識:寸法・幾何・一般公差を体系的に理解する

射出成形品の図面を設計するうえで欠かせない「公差」。部品のサイズを規定する「寸法公差」、形状の歪みを規制する「幾何公差」、そして特に指示がない場合に適用される「一般公差」など、いくつかの種類が存在します。これらの役割を正しく理解し、図面に適切に記載することが、品質トラブルや製造現場との誤解を防ぐための第一歩です。本コラムでは、これら公差の基礎知識から射出成形特有の注意点までを体系的に解説します。

公差とは何か――寸法と機能の“ゆるみ”を定義する考え方 

設計者が公差を与える理由とその意義 

現実のモノづくりにおいて、図面に書かれた理想寸法(基準寸法)通りの製品を作ることは不可能です。材料の収縮や加工機械の精度限界などにより、寸法には必ず「ばらつき」が生じます。この避けられないばらつきを、製品が機能を損なわない範囲でどこまで許容するか。その「許容範囲」を定義するのが公差です。
設計者が公差を設定する最大の理由は、品質とコストのバランスを取るためです。公差を厳しくすれば精度は上がりますが、高精度な金型や厳格な成形管理が必要となり、コストが急騰します。逆に緩すぎれば、部品の嵌合不良やガタつきなど、機能的な問題が発生します。
したがって、設計者は製品の機能を保証するために必要な最小限の精度を見極め、意図的に公差を図面に与えます。公差は、設計思想を製造現場に伝えるための重要なコミュニケーションツールなのです。 

公差がなければ品質は担保されない 

もし図面に公差の指示がなければ、製造現場は混乱します。出来上がった製品が良品か不良品かを判断する客観的な基準がなくなり、以下の問題が発生します。 

– 検査基準の欠如:検査員が合否を判断できず、品質が安定しない。
– 製造現場の混乱:作業者ごとに解釈が異なり、組み立て工程で不具合が多発する。
– 品質保証の不全:顧客に対し、製品品質を保証する根拠がなくなる。 

公差は、設計者、製造者、検査者が共有する「共通のルール」です。このルールがあるからこそ、製品の品質は一定範囲内に担保され、安定した生産が可能になります。 

寸法公差の考え方と記載方法 

公差の中で最も基本となるのが、長さや直径といった「サイズ」に関する寸法公差です。 

サイズ寸法に対する±表示の基本(例:±0.1mm) 

寸法公差は、基準寸法に「±(プラスマイナス)」を付けて表記するのが一般的です。例えば「100±0.1」という記載は、製品の仕上がり寸法が99.9mmから100.1mmの範囲内に収まっていれば合格、ということを意味します。 

基準寸法:100mm
最大許容寸法:100.1mm
最小許容寸法:99.9mm
公差域(公差幅):0.2mm 

このほか、嵌合(はめあい)などを考慮し、プラス側とマイナス側の許容差を変える「不等公差(例:100 +0.2/-0.1)」も用いられます。 

JISによる寸法公差区分と一般的な適用範囲 

個々の寸法に公差を指示する手間を省くため、JIS(日本産業規格)では標準的な公差等級が定められています。広く使われる「JIS B 0405」では、精度の厳しい順に以下の4等級があります。 

f (精級):高精度が求められる箇所 
m (中級):一般的な機械部品で多用 
c (粗級):比較的緩やかな精度で良い箇所 
v (極粗級):精度をほとんど問わない箇所

射出成形品は、材料の熱収縮が大きいため、金属加工品ほどの厳しい公差設定は困難です。一般的には中級(m)から粗級(c)が適用されることが多く、製品サイズが大きくなるほど公差も緩やかに設定するのが現実的です。

公差記載がない場合に適用される「一般公差」 

図面上のすべての寸法に公差を指示すると、図面が煩雑になります。そこで活用されるのが「一般公差(普通公差)」です。図面の注記欄などに「一般公差: JIS B 0405-m」と一括で指示しておけば、個別の公差指示がない寸法はすべて「JIS B 0405の中級」に従う、というルールになります。
これにより図面がシンプルになり、設計者は機能的に重要な箇所の公差指示に集中できます。ただし、嵌合部や組み立て基準面など、重要な箇所には必ず個別の公差を指示する必要があります。 

幾何公差とは何か――形状の精度を数値化する手法 

寸法公差だけでは、部品の「形状そのものの正確さ」は保証できません。例えば、寸法は公差内でも、棒が曲がっていたり、面が波打っていたりすると機能しません。このような、寸法公差では規制できない形状や位置関係の精度を定義するのが「幾何公差」です。 

真円度、平面度、直角度、同心度などの意味と使い方 

幾何公差は専用の記号で示され、規制する内容によって分類されます。 

形状公差(単独の形体を規制) 
– 真直度 (-):直線の曲がり具合 
– 平面度 (⌓):面のうねりや反り 
– 真円度 (○):円の歪み 

姿勢公差(基準に対する姿勢を規制)
– 平行度 (∥):基準に対しどれだけ平行か 
– 直角度 (⊥):基準に対しどれだけ直角か 

位置公差(基準に対する位置を規制)
– 位置度 (⌖):穴などの理論的に正しい位置からのズレ 
– 同軸度(同心度) (◎):2つの円筒軸のズレ 

これらは「この面は0.1mm幅の平行な2平面の間に収まること」のように、形状を厳密に規制します。 

幾何公差と機能の関係 

幾何公差は製品の機能と直結しています。 

嵌合:軸と穴の寸法が正しくても、それぞれが曲がっていたり(真直度不良)、歪んでいたり(真円度不良)すれば、スムーズに嵌合しません。 

回転:ギアの取り付け穴と歯の外周の中心軸がズレている(同軸度不良)と、回転時にブレが生じ、振動や摩耗の原因となります。 

位置決め:基板を固定する複数のボスの位置がバラバラだと(位置度不良)、基板の穴と合わず組み立てられません。 

このように、寸法公差だけでは保証できない機能を担保するために、幾何公差は不可欠です。 

幾何公差の表記ルール 

幾何公差は「公差記入枠」という四角い枠で指示します。枠内には主に3つの情報が含まれます。 

幾何特性記号:平面度(⌓)や直角度(⊥)などの記号 
公差値:許容するズレの最大値(例:0.1) 
データム記号:姿勢や位置の基準となる面や軸を示すアルファベット(例:A)。「データムAに対して直角」のように、測定の不動の基準点となります。この「データム(基準)」の設定が極めて重要です。どこを基準にするかで規制の意味が全く変わるため、設計者は製品の機能を考え、最もふさわしい基準面・軸をデータムとして指定する必要があります。 

射出成形における公差の位置づけと注意点 

射出成形は、溶融した樹脂を冷却・固化させる工法です。このプロセスに起因する特有の現象を考慮した公差設定が求められます。 

成形部品では「寸法精度」だけでは足りない 

射出成形品には「ヒケ(肉厚部の表面の凹み)」や「ソリ(製品全体の反り)」がつきものです。特にソリは、寸法公差を満たしていても製品の機能を大きく損なう原因となります。
例えば、平らな書類トレーを設計した際、縦横の寸法が公差内でも底面が大きく反って(平面度が悪く)いれば、机の上でガタついてしまい製品になりません。箱とフタの嵌合部も、フタ自体が反っていては隙間ができてしまいます。
このように、射出成形品では寸法公差だけでは不十分であり、ソリのような形状の歪みを規制する平面度や真直度といった幾何公差の戦略的な活用が極めて重要になります。 

記載漏れ・過剰記載が製造現場を混乱させる例 

公差設定で陥りがちな失敗が「記載漏れ」と「過剰記載」です。 

記載漏れ(アンダースペック):必要な公差指示がない状態。例えば、組み立て基準面の平面度指示がなければ、製造側はソリの許容範囲を判断できず、組み立て不良を招きます。 

過剰記載(オーバースペック):「念のため」と機能的に不要なほど厳しい公差を指示する状態。製造側はこれを達成するために金型費や成形コストを大幅に上げざるを得ず、製品全体のコストアップに直結します。 

公差は、厳しければ良いというものではありません。機能的な根拠に基づき、必要十分な公差を設定することが設計者の責務です。 

図面作成時の留意点と公差の“意味づけ” 

優れた図面とは、設計者の意図が正確に伝わる図面です。公差を指示する際は、常に「なぜこの公差が必要なのか?」という“意味づけ”を明確にすることが重要です。「この穴の位置度は、相手部品のピンと嵌合するために必要」、「この面の平面度は、シール性を確保するために必要」といったように、それぞれの公差に機能的な裏付けがあれば、製造側との打ち合わせもスムーズに進みます。製造側から「この公差は厳しすぎる」と指摘された際に合理的な説明ができなければ、それは不要な公差かもしれません。公差は、設計者と製造現場が対話を通じて最適解を探るためのツールです。 

まとめ 

射出成形品においても「寸法公差」と「幾何公差」は品質定義の基本です。しかし、成形特有の「ソリ」という課題があるため、寸法精度だけでなく、製品の形状を維持するための幾何公差をいかに効果的に使うかが設計の成否を分けます。
図面に記載する公差は、単なる数字ではなく、製品機能と品質を保証するための設計者からのメッセージです。記載漏れは品質トラブルを、過剰記載はコストアップを招きます。それぞれの公差の役割を正しく理解し、明確な意図を持って図面に落とし込むこと。それが、実現可能性の高い設計の第一歩です。

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