POM(ポリアセタール)射出成形のトラブル対策ガイド ─ ガス焼け・寸法変化・ウェルドラインを防ぐ成形条件

POM(ポリアセタール)は優れた特性を持つ反面、その物理的・化学的性質に起因する特有の成形不良が発生しやすい材料でもあります。代表的なものとして「ガス焼け」、「寸法変化」、「ウェルドライン」が挙げられ、これらは製品の外観を損なうだけでなく、強度や精度といった機能面にも深刻な影響を及ぼします。
これらのトラブルを未然に防ぐためには、成形段階での対策はもちろんのこと、製品設計や金型設計の段階から不良発生のリスクを予測し、対策を織り込む「予防設計」の考え方が極めて重要です。本稿では、府中プラがPOM成形におけるこれら3つの代表的な不良に焦点を当て、その発生メカニズムから具体的な対策までを解説します。
ガス焼け対策
ガス焼けは、成形品の末端や隅部に黒色の焦げ付きとして現れる不良です。外観を損なうだけでなく、材質の劣化を引き起こし、製品の強度低下にもつながります。
ガス焼けの発生メカニズム(分解ガス・金型排気不足)

ガス焼けの主な原因は、金型キャビティ内で空気が断熱圧縮されること、または樹脂自体が熱分解して発生するガスが適切に排出されないことです。POMは加熱されすぎるとホルムアルデヒド系の分解ガスを発生しやすい性質があります。射出成形の際、金型内に残存していた空気や樹脂から発生したガスが、流入してくる溶融樹脂によって金型の末端に追い込まれ、逃げ場を失うと急激に圧縮されます。この断熱圧縮によってガスが高温になり、樹脂を燃焼させることでガス焼けが発生します。
金型ベント設計と排気構造の最適化

ガス焼けを防止する最も効果的な対策は、金型内のガスを効率的に排出することです。そのため、金型のパーティングラインや、ガスの溜まりやすい最終充填部、リブの先端などに適切なガスベント(ガス抜き)を設けることが不可欠です。
ベントの深さは、樹脂が漏れ出さず、かつガスが十分に抜ける深さ(POMの場合、一般的に0.01mm~0.02mm程度)に設定し、そこから金型外部へつながる深い溝へと導きます。また、ベントが樹脂のヤニや汚れで詰まると機能しなくなるため、定期的な清掃も重要です。
成形条件調整(樹脂温度、射出速度)
金型での対策と並行して、成形条件の最適化も重要です。樹脂温度が高すぎると熱分解が促進され、ガスが発生しやすくなるため、必要以上に温度を上げるべきではありません。
また、射出速度が速すぎると、金型内の空気が排出される前に圧縮されてしまい、ガス焼けのリスクが高まります。そのため、ガスの発生状況を見ながら射出速度を適切に調整することが求められます。ただし、速度を落としすぎると湯ジワやショートショットの原因となる可能性があるため、多段制御などを用いて充填パターンを最適化することも有効な手段です。
寸法変化対策
POMは結晶性樹脂であり、成形収縮率が比較的大きいため、寸法管理が難しい材料の一つです。成形後の寸法変化は、製品の組み立て精度や機能性に直接影響します。
成形収縮と吸水による変形要因
寸法変化の主な要因は「成形収縮」と「吸水」です。成形収縮は、溶融した樹脂が金型内で冷却・固化する過程で体積が減少することによって起こります。この収縮は、製品の肉厚や形状、冷却速度のばらつきによって不均一に発生し、「ソリ(反り)」や「ヒケ」といった変形を引き起こします。
また、POMは吸水率が低い材料ですが、長期間の使用環境によっては吸湿により僅かに膨張し、寸法が変化する可能性があります。特に高精度が要求される部品では、この吸水による寸法変化も考慮に入れる必要があります。
冷却設計と保圧条件の適正化
均一な収縮を実現するためには、金型内の温度を一定に保つことが重要です。金型の冷却回路を適切に設計し、製品全体が均一に冷却されるようにコントロールします。金型温度は一般的に60℃~80℃程度に設定され、製品が金型内にある間に結晶化を十分に進行させることが、成形後の寸法安定性を高める上で効果的です。
また、射出後の保圧工程も重要です。樹脂が固化する過程で発生する体積収縮を補うため、適切な圧力と時間をかけて追加の樹脂を充填します。これにより、ヒケやボイド(内部の空洞)を防ぎ、寸法精度を向上させることができます。
材料選定(ホモポリマー/コポリマーの活用)

前回のコラムでも触れた通り、POMにはホモポリマーとコポリマーがあり、その特性は異なります。一般的に、ホモポリマーの方が結晶化度が高く、収縮率が大きくなる傾向があります。一方、コポリマーは結晶化が緩やかで、寸法安定性に優れるとされています。したがって、特に高い寸法精度が求められる製品においては、コポリマーグレードを選択することが有効な対策の一つとなります。
ウェルドライン対策

ウェルドラインとは、金型内で複数の樹脂の流れが合流する箇所に発生する線状の痕跡です。外観不良となるだけでなく、その部分の機械的強度が低下する原因となります。
繊維配向・流動パターンと強度低下
ウェルドラインは、穴あき形状の部品や、複数のゲートを持つ金型で発生しやすいです。 障害物を避けて流れた樹脂や、異なるゲートから射出された樹脂が合流する際、それぞれの先端部分が冷えて粘度が高くなっていると、分子レベルで完全に一体化(融着)しきれずに境界線が残ってしまいます。この部分では分子の絡み合いが不十分なため、特に衝撃強度や引張強度が著しく低下する傾向があります。
ゲート位置・形状の見直し
ウェルドラインの発生位置や程度をコントロールするためには、ゲートの設計が最も重要です。製品に高い応力がかかる部分や、外観上目立たせたくない部分にウェルドラインが発生しないよう、CAE(樹脂流動解析)などを活用して最適なゲート位置を検討します。ゲートの位置を変更することで、樹脂の合流角度や合流時の温度・圧力を変化させ、ウェルドラインを目立たなくしたり、強度の低下を最小限に抑えたりすることが可能です。
成形温度・速度による改善事例
成形条件の調整によっても、ウェルドラインを改善することができます。樹脂温度や金型温度を高く設定することで、樹脂の流動性が向上し、合流時の温度低下を防ぐことができます。これにより、樹脂同士の融着が促進され、ウェルドラインが目立ちにくくなります。また、射出速度を上げることも、樹脂先端の温度低下を防ぐ上で有効です。ただし、これらの対策はガス焼けやバリの発生リスクを高める可能性があるため、他の不良とのバランスを考慮しながら慎重に調整する必要があります。
まとめ
POM射出成形におけるトラブル対策は、一つの不良に対して単独の対策を行うのではなく、複数の要因が相互に関連していることを理解した上で、総合的にアプローチすることが重要です。以下に、本稿で解説した不良ごとの優先対策をチェックリストとしてまとめます。
ガス焼け対策:
□ 金型に適切なガスベントが設計・配置されているか?
□ 樹脂温度が過度に高くなっていないか?
□ 射出速度が速すぎないか?
寸法変化対策:
□ 金型の冷却は均一に行われているか?
□ 保圧条件(圧力・時間)は適切か?
□ 用途に対して材料グレード(ホモ/コポ)は最適か?
ウェルドライン対策:
□ ゲート位置は製品強度や外観を考慮して最適化されているか?
□ 樹脂温度・金型温度は融着を促進するのに十分か?
□ 射出速度を上げることで改善の余地はないか?
これらのチェックリストを活用し、設計段階から成形現場まで一貫した品質管理を行うことが、高品質なPOM製品を安定して生産するための鍵となります。