摺動部品設計における評価試験の活用術─データが語る摩擦・摩耗の真実

摺動部品の設計では、摩擦や摩耗に関する理論を理解するだけでなく、適切な評価試験を通じて客観的なデータを取得し、それを具体的な設計判断へと落とし込むことが極めて重要です。本コラムでは、代表的な摺動試験方法とその特徴、さらに得られたデータを実務設計でいかに活用するかについて解説します。
摺動試験の基本的な考え方
摺動試験の本質は、複雑な現象を単純化して評価することにあります。実際の製品が使用されるすべての環境条件を完全に模擬することは困難であり、試験はあくまで材料の相対的な性能を比較評価するためのツールとして位置付けるべきです。このため、試験条件と実機条件との間に存在するギャップを正確に理解することが、試験結果を適切に解釈し、設計に反映させる上で不可欠となります。
主な評価試験法と特徴
テーバー摩耗試験(ASTM D1044 等)
テーバー摩耗試験は、材料の摩耗量を比較するために広く用いられる試験法です。ドーナツ状の試験片に、指定された荷重をかけた摩耗輪を回転させ、一定時間後の重量減少量から摩耗量を評価します。
利点としては、試験操作が簡便であり、結果の再現性が比較的高い点が挙げられます。そのため、異なる材料間の摩耗特性をスクリーニングする初期段階の評価に適しています。
特に、平滑な表面での摺動とは異なり、ざらついた表面に対する研磨的な摩耗性を評価する際に有効な試験であり、実機で発生し得る「異物や粗さが影響する摩耗挙動」を比較的簡易に把握できる点が特徴です。しかし、限界もあります。摩耗輪が試験片上を転がりながら摩耗させるため、実機でよく見られる線接触や面接触とは異なる接触形態であり、摺動メカニズムが実機と乖離する可能性があります。あくまで相対的な摩耗性の比較として活用することが重要です。
ピンオンディスク試験(ASTM G99)
ピンオンディスク試験は、円盤状の試験片を回転させ、その上にピン状の相手材を押し当てて摺動させる方法です。荷重、速度、相手材の種類を比較的自由に設定できるため、多様な摺動条件を模擬できます。
この試験法では、一定の面圧条件下での摩擦係数の動的な変化や、摩耗の進行状況を詳細に評価できます。特に、摩擦係数が時間経過とともにどのように安定していくか、あるいは特定の条件でスティックスリップが発生しないかといった挙動を確認するのに適しています。
ブロックオンリング試験(ASTM G77)
ブロックオンリング試験は、回転するリング状の試験片に対し、ブロック状の相手材を押し当てて摺動させる試験法です。ピンオンディスク試験と同様に、荷重や速度の設定が可能です。
この試験の特徴は、ブロックの接触面全体にわたる面圧変化が摩耗挙動にどのように影響するかを評価できる点です。また、摩耗粉の発生状況やその形状を詳細に観察できるため、どのような摩耗タイプ(研磨摩耗、凝着摩耗など)が支配的であるかを推定する手がかりとなります。
スラストワッシャ試験(ASTM D3702)
スラストワッシャ試験は、ワッシャ状の試験片を回転させながら、固定されたワッシャ状の相手材に荷重を加えて摺動させる方法です。樹脂製プレーン軸受の評価に近い摺動形態を模擬できます。
この試験では、摺動面全体に均一な面圧がかかる条件を設定しやすく、荷重と速度の両面を加味した評価が可能です。特に、樹脂材料が自己潤滑性を発揮する際の挙動や、熱による変形・劣化の傾向を把握するのに役立ちます。
指標としての比摩耗率とPV値
比摩耗率 k(mm³/N·m)
比摩耗率 k は、摺動部品の摩耗の進行度合いを数値化し、異なる材料間の摩耗性能を比較するための重要な指標です。これは、単位荷重、単位摺動距離あたりに失われる体積摩耗量を表し、以下の式で算出されます。
k = (摩耗体積) / (荷重 × 摺動距離)
単位は mm³/N·m であり、この値が小さいほど摩耗しにくい材料であることを示します。比摩耗率は、試験条件(面圧、速度、相手材、温度など)によって大きく変動するため、必ず試験条件を明記して解釈する必要があります。また、摩耗量が非常に少ない場合は算出精度に注意が必要です。
PV値(面圧×速度)
PV値は、摺動面に加わる面圧(P)と摺動速度(V)の積で表される値であり、摺動系の設計限界を判断するための基本的な指標として広く利用されます。
PV = 面圧 (MPa) × 速度 (m/s)
この値が材料の許容するPV値を大きく超えると、摺動部での発熱が急激に増大し、樹脂の軟化、溶着、焼付きといった深刻な問題につながる危険性があります。
試験で得られたPV許容値を実機設計に換算する際には注意が必要です。試験では理想的な条件で評価されることが多い一方、実機では荷重変動、温度変化、異物混入など、より過酷な条件にさらされることがあります。このため、試験結果をそのまま適用するのではなく、必ず安全率を見込む、あるいは実機に近い条件での追加試験を行うなどの配慮が求められます。
試験結果の読み方と実務への落とし込み
摺動試験結果を設計に活用する際は、単一の試験結果に依存せず、複数条件での傾向を把握することが重要です。試験は「比較評価」のツールであり、ある材料が他の材料よりも優れているかを示すものですが、「絶対評価」、つまり「この材料を使えば実機で何時間持つか」を直接的に予測するものではないことを理解する必要があります。
実機設計に活かす際のステップは以下の通りです。
①試験条件と実機条件を対応づける: まず、試験で設定した面圧、速度、温度、相手材、潤滑状態などが、実機での想定される最も厳しい条件や代表的な条件とどの程度対応しているかを検討します。
②試験で得られた指標を安全率込みで設計に反映: 比摩耗率やPV許容値などの指標は、そのまま設計値とするのではなく、不確定要素や変動要因を考慮し、必ず十分な安全率を見込んで設計に反映させます。例えば、許容PV値に対して、設計PV値を〇〇%以下に抑えるといったルールを設定します。
③必要に応じてユーザー環境を模擬した追加試験を行う: 特定のユーザー環境や製品の重要度が高い場合、より実機に近い特殊な条件(温湿度変動、粉塵環境、特定の薬品雰囲気など)を模擬した追加試験を実施し、より信頼性の高いデータを取得します。
代表的な失敗事例と教訓

摺動試験の結果を安易に適用し、設計判断を誤るケースは少なくありません。ここでは代表的な失敗事例とその教訓を挙げます。
事例1: テーバー試験で非常に低い摩耗量を示した材料を選定したが、実機に適用したところ、予想よりもはるかに短い期間で摩耗寿命を迎えてしまった。
➡テーバー試験は簡便な比較評価には優れますが、その接触形態は実機の面接触や線接触とは異なります。試験の限界を理解せず、実機での摩耗メカニズムと乖離があるにもかかわらず、その結果を鵜呑みにして実機摩耗寿命を誤予測することは危険です。必ず実機に近い接触形態や摺動条件を模擬できる試験と組み合わせるか、実機での確認を行う必要があります。
事例2: ピンオンディスク試験で安定した低い摩擦係数を示した材料であったが、粉塵が舞う環境で使用したところ、実機では急激な摩耗が進行し、異音も発生した。
試験は一般的に清浄な環境で行われますが、実機が稼働する環境には温湿度、異物(粉塵など)、特定のガスなどの因子が存在します。これら環境因子が摺動挙動に与える影響は非常に大きく、試験結果だけでは予測できません。粉塵や特定の化学物質が存在する環境下での使用が想定される場合は、その環境を模擬した追加試験を行うか、少なくとも材料選定の段階で環境耐性を十分に検討する必要があります。
➡これらの事例が示す教訓は、摺動試験は万能な予測手法ではなく、常に「実機での再現性」を意識して評価することの重要性です。試験データはあくまで出発点であり、最終的な設計判断には、試験の限界、使用環境、そして材料の特性を総合的に考慮する多角的な視点が必要となります。
まとめ
摺動試験は、優れた摺動部品を設計するための強力な「道具」ですが、万能な予測手法ではありません。それぞれの試験法が持つ特徴と限界を深く理解し、単一の指標に頼るのではなく、複数の試験結果や指標を組み合わせて総合的な設計判断を行うことが不可欠です。設計者は試験を単なる数値取得の作業として捉えるのではなく、摩耗メカニズムを解釈し、実機での挙動を予測するための手がかりとして能動的に活用すべきです。これにより、信頼性の高い、長寿命な摺動部品の実現に貢献できると考えます。に整理することが不可欠です。面圧、速度、相手材粗さ、潤滑状態、そして環境という5つの要素が互いに複雑に作用し、摩擦係数や摩耗のメカニズムを決定します。これらの因果関係が見えるようになれば、経験や勘に頼るだけでなく、より科学的な視点から設計方針を立てることが可能となります。次回は、評価試験の適切な使い分けと、そこから得られる実データを設計判断へと転換するための具体的な視点について考察します。