給湯・配管・浄水器の飲料水接触規制対応と材料選定 - FWAグレードによる規制適合へのアプローチ

近年、飲料水に接触する製品に対する規制は厳格化の一途を辿っており、特に「溶出」、「臭味」、「着色」、「微生物繁殖」といった観点から要求は高まるばかりです。製品開発において、これらの規制をクリアし、かつ品質と安全性を確保することは喫緊の課題となっています。そこで、本コラムでは、給湯器、配管、浄水器といった主要な用途別に、設計要件と適切な材料候補を整理します。特に、飲料水・食品接触用途に特化した「FWA(Food and Water Approved)グレード※」の樹脂材料に焦点を当て、その選定から活用、そして実務上の注意点までを網羅的にご紹介いたします。
※ 本コラムでいう「FWA(Food & Water Approved)グレード」は、特定の単一の公的制度名ではありません。WRAS、NSF/ANSI/CAN 61、KTW-BWGL、ACS 等の飲料水・食品接触関連の認証/適合実績を有するグレードの総称として便宜的に用いています。実務では、個々のグレードごとに認証範囲(温度、接触時間、色、用途)が異なるため、必ず最新の適合票・リスティングで条件を照合してください。
水回りの用途別設計要件と材料候補
飲料水接触製品の設計において、用途ごとの特殊性を理解し、それに応じた材料選定と試験計画を立てることが不可欠です。そこで、以下の3つの主要用途に着目し、それぞれの特性に応じたアプローチを提案いたします。
なお、本コラムで示す材料特性(例:非晶性ポリアミドの透明性・低溶出、PEI/変性PPEの耐塩素水性・低溶出など)は代表的傾向であり、全グレードに一律適用されるものではありません。添加剤や着色、厚み、成形条件等で溶出・臭味・色度・微生物付着性は変動します。最終判断は該当グレードのデータシートと各国認証リストでの条件確認に基づきます。
給湯器・熱交換系(高温水×滞留)
給湯器や熱交換器は、高温の飲料水が機器内部で比較的長時間滞留するという特性を持つため、他の用途に比べて材料への要求が非常に厳しくなります。特に、高温環境下での材料からの溶出は、臭味・着色の原因となるだけでなく、人体への影響も懸念されるため、細心の注意が必要です。
設計要件
- 溶出・黄変・微生物: 高温水に長時間接触することで、材料からの特定の物質の溶出が増加する傾向があります。これにより、水の臭いや味が変化したり、水が黄変したりする可能性があります。また、材料表面に微生物が付着し、繁殖することも問題となります。これらの事象を抑制するためには、低溶出性に加えて、抗菌性や防カビ性も考慮した材料選定が求められます。

- 表面積比・温度域: 部品内部の流路設計において、水と接触する表面積の比率が溶出量に大きく影響します。表面積が大きければ大きいほど、溶出リスクは高まります。また、最高使用温度はもちろんのこと、一時的な過熱や急激な温度変化にも耐えうる材料の選択が重要です。使用される水の性質(硬度、pH、塩素濃度など)も、材料の劣化や溶出に影響を与えるため、総合的な検討が必要となります。
材料候補
- 非晶性ポリアミド: 高温水環境下でも優れた耐加水分解性と透明性を維持できるため、内部の流路状況を視認したい部品に適しています。溶出性も低く、FWAグレードとして多くの実績があります。ただし、他の材料と比較してコストが高くなる傾向があります。
- PA12: 高温水に対する耐久性に優れ、機械的強度も高いため、圧力のかかる部品にも使用可能です。こちらもFWAグレードとしての適合実績が豊富です。
- PPS: 非常に高い耐熱性と耐薬品性を持ち、さらに長期的な耐加水分解性も優れているため、極めて過酷な高温水環境や特殊な水質での使用に最適です。
- 変性PPE・PEI: 高温域での耐加水分解性、寸法安定性に優れ、特に高温での長期使用において高い信頼性を提供します。一部グレードには優れた透明性を持つものもあり、内部の視認が必要な部品にも適用可能です。低溶出性であり、広範な飲料水接触規制への適合実績があります。
配管・継手・バルブ(圧力×接合部)
配管、継手、バルブは、飲料水供給システムにおいて水を輸送し、流れを制御する重要な役割を担います。これらの部品では、内部圧力への耐性、そして接合部からの物質移行や漏洩防止が主要な設計課題となります。
設計要件
- シール材・接着剤の移行: 配管システムでは、Oリングやパッキンなどのシール材、あるいは接着剤が頻繁に使用されます。これらの補助材料から飲料水中に物質が移行しないよう、FWAグレードに適合した材料選定が必須です。特に、溶剤系の接着剤は残留溶媒の問題があるため、使用する場合は飲料水接触用途での承認済み品を選択し、適切な硬化・乾燥プロセスを徹底する必要があります。

- 接合段差による表面積比: 配管の接合部には、構造上わずかな段差が生じることがあります。この段差部分に水が滞留したり、微生物が付着・繁殖したりするリスクがあります。また、段差によって水と接触する表面積が増加し、溶出のリスクが高まる可能性も考慮する必要があります。可能な限りスムーズな流路を設計し、水が滞留しにくい構造とすることが望ましいです。
- 圧損: 配管システム全体の性能を考慮すると、圧力損失を最小限に抑える設計が求められます。特に、バルブや継手などの抵抗が大きい箇所では、適切な流路設計と材料選定により、滑らかな水の流れを確保することが重要です。
材料候補
- PA: 高い機械的強度と剛性を持ち、圧力に耐えることができます。また、耐加水分解性にも優れているため、長期的な信頼性が期待できます。FWAグレードとして多くの実績があり、適切なグレードを選択することで規制適合が容易になります。
- 変性PPE・PEI: 高い機械的強度と剛性、優れた耐加水分解性、および耐塩素水性を持つため、高圧がかかる配管や継手、バルブ部品に適しています。寸法安定性も高く、精密な設計が求められる箇所での使用実績が豊富です。
- 弾性体は適合実績優先: シール材などの弾性体については、新たにFWAグレードのゴム材料を開発するよりも、既にWRASやNSF 61などの公的認証を取得している既存の材料の中から、使用条件に合ったものを選択することが最も確実で効率的です。サプライヤーからの適合証明書を必ず確認してください。
英国:Regulation 4(製品要件)と BS 6920(材料試験)は別次元—“材料OK≠製品OK”
英国の給水器具規制では、Regulation 4 は最終製品の適合(設計・製造・設置を含む総合評価)を要求します。BS 6920 は非金属材料の溶出等を評価する“材料試験”に過ぎず、Reg.4 適合の証拠の一部です。したがって、材料で BS 6920 を満たしても=製品の Reg.4 適合とはならないため、製品レベル(形状・接合・他部品との相互作用)での評価・承認を別途実施してください。
浄水器・フィルタハウジング(長時間接触)
浄水器やフィルタハウジングは、飲料水が長時間にわたって材料と接触する可能性が高い製品です。このため、材料からのごく微量な溶出であっても、時間の経過とともに蓄積され、飲料水の品質に影響を与えるリスクを考慮する必要があります。
設計要件
- 長時間溶出・微生物: フィルタハウジング内では水が滞留し、濾過された水が長期間接触する状況が想定されます。このため、材料からの微量な溶出であっても、その影響が顕在化しやすくなります。低溶出性であることはもちろん、微生物の繁殖を抑制する材料特性や、構造設計が求められます。分解しやすい有機物が含まれる材料は避けるべきです。

- 洗浄剤による影響: 浄水器は定期的にフィルタ交換や洗浄が行われることがあります。この際、洗浄剤や消毒剤との接触も想定されるため、これらの薬品に対する耐性も材料選定の重要な要素となります。洗浄によって材料が劣化したり、溶出が増加したりすることがないよう、耐薬品性を十分に考慮する必要があります。
材料候補
- 非晶性ポリアミド: 高い透明性を持ち、内部のフィルタの状態や水の流れを視覚的に確認できる利点があります。低溶出性と優れた耐薬品性を兼ね備えているため、長時間の水接触や洗浄環境にも適しています。
- PA12: 高い機械的強度と耐加水分解性、そして耐薬品性を持ち、フィルタハウジングの筐体など、構造部品としても適しています。こちらもFWAグレードとしての実績が豊富です。
- 変性PPE・PEI: 高い耐加水分解性、耐塩素水性、寸法安定性を持ち、長時間の水接触や繰り返しの洗浄環境においても安定した性能を維持します。特にPEIは高い透明性も有するため、内部の状態を視認したいフィルタハウジングなどにも適しています。低溶出性であり、微生物繁殖の抑制にも寄与します。
FWAグレード一覧
NSF/ANSI/CAN 61 の実務ポイント
NSF 61 は最終製品カテゴリごとの健康影響評価を柱としており、材料名が“対応可”でも、最終製品としてのリスティング条件(温度区分、用途区分、構成部品)を満たす必要があります。選定時は NSF の公開リスティング検索で銘柄・温度・用途を都度確認し、材料証跡+製品証跡の両輪でエビデンスを整備してください。
FWA(Food and Water Approved)グレードとは、飲料水や食品との接触を想定して開発され、WRAS、ACS、KTW-BWGL、NSF 61などの公的認証機関の適合実績を持つ材料群を指します。これらの材料は、溶出試験や安全性評価において厳しい基準をクリアしているため、飲料水接触製品の設計において非常に有効な選択肢となります。しかし、FWAグレードであっても「自動的な国横断の製品適合」にはならない点に注意が必要です。認証範囲はグレード、色、温度域、用途によって変動し、特に英国のReg.4やNSF 61では、最終製品での試験が要求されるケースが多いです。以下に、主要なFWAグレードを提供しているメーカーとその特徴、注意点をご紹介いたします。
メーカー | 材料 | 代表製品 | 公的適合実績(例) | 使い方・注意点 |
EMSケミー | PA12・非晶性PA | Grilamid FWA、 Grilamid TR、 Grivory HT FWA | WRAS/ACS/KTW/NSF/FDA承認例: Grilamid LV-30H FWA、Grivory HT1V-4 FWA | グレード・色・温度域で承認条件が異なる(WRAS票参照)。製品承認(Reg.4等)は別途。 |
Envalior(旧DSM) | PPS | Xytron™ | NSF/KTW/WRAS/ACS承認例:Xytron™ G4020DW | 高温水・耐薬品向け。グレード別の飲料水対応をDSで確認(温度域・接触条件)。 |
SYENSCO(旧Solvay) | PPSU ・ PVDF | Radel® PPSU、 Solef® PVDF | NSF承認例:Solef® 6020/1001、Radel® R-5000 NT | 樹脂×温度×用途で承認差異。NSFリストで銘柄・温度区分を必ず照合。 |
旭化成 | 変性PPE・PA ・POM | XYRON™ Wシリーズ、LEONA™/TENAC™ | NSF/KTW-BWGL/ACS/WRAS承認例:XYRON™ Wシリーズ | 温水域の適合やグレード別の適合表を公開。用途・温度・接触時間の前提を要確認。 |
ポリプラスチックス | POM ・ PPS | DURACON®/DURAFIDE® | NSF/WRAS/ACS/KTW承認例:DURACON® M90-57、DURAFIDE®1140PA1 | WRAS/NSF/KTWの最新票で銘柄・色・温度域を都度チェック。 |
SABIC | 変性PPE | NORYL™ | NSF/KTW/ACS/WRAS/EN16421承認例:NORYL™ 731S | 詳細はグレード・色・温度域ごとに認証条件を要確認。 |
PEI | ULTEM™ | NSF/KTW-BWGL/ACS/WRAS/ EN16421/FDA承認例:ULTEM™ PW1000 | 高温水・耐薬品・寸法安定で飲料水接触用途適合。グレードと色ごとの認証範囲に注意。 |
注記:一覧は“実績例”の紹介にとどまり、最新の認証状態・適用温度・色・接触時間は各リスティング/適合票での照合が必須です。同一樹脂系でもグレード間差が大きいため、銘柄と条件(例:85℃まで等)をWRAS/NSF/KTW-BWGLの最新票で確認してください。
上記の一覧表から、FWAグレード選定と活用において、府中プラが特に重要と考える実務上の注意点を以下にまとめます。
- 「材料OK≠製品OK」: 英国Reg.4やNSF 61など、多くの飲料水接触規制では、完成品の試験が前提とされています。材料がFWAグレードとして承認されていても、それはエビデンスの一部に過ぎません。製品の構造、成形プロセス、他の部品との組み合わせによって、最終的な適合性が左右されるため、必ず完成品での評価が必要です。
- 条件依存: FWAグレードの承認は、特定のグレード、色、温度、そして接触時間に依存します。例えば、同じグレードであっても、着色品では承認範囲外となる場合や、「85℃まで」といった温度制限が付いている場合があります。メーカーが提供する適合票やデータシートに記載されている条件文言を必ず参照し、製品の使用環境と合致しているかを確認することが不可欠です。
- KTW→KTW-BWGL: ドイツの飲料水接触材料に関する規制は、旧KTWガイドラインからKTW-BWGL(評価基準)へと移行しています。旧ガイドラインは撤回されており、現在ではKTW-BWGLの評価基準およびポジティブリストに基づく最新の要件を採用する必要があります。材料選定の際は、必ず最新のKTW-BWGL適合品であることを確認してください。
KTW-BWGL はプラスチック等の有機材料に対して法的拘束力を持つ評価基準として運用されています。エラストマー/TPEについては KTW-BWGL の適用に移行期間が設定され、2026年7月1日まで猶予が延長されています(トランジション文書・第3改訂/総則・第5改訂参照)。対象製品・材料によって適用期日が異なるため、最新の UBA 公表文書で適用時期と範囲を確認してください。
まとめ
本コラムでは、給湯器・熱交換系、配管・継手・バルブ、浄水器・フィルタハウジングという3つの主要な飲料水接触用途に焦点を当て、それぞれの設計要件と推奨材料について整理いたしました。特に、FWAグレードの活用は、規制適合に向けた効率的なアプローチとなりますが、材料承認が製品承認を意味しないこと、そして承認条件がグレード、色、温度、接触時間に依存することを理解することが不可欠です。
府中プラは、皆様の製品が国内外の厳格な飲料水規制をクリアし、安全で信頼性の高い製品として市場に提供されることを心より願っております。本ガイドが、皆様の製品開発の一助となれば幸いです。
参考文献
1.Water Regulations Approval Scheme (WRAS)
「Why should I get my Product WRAS Approved?」
https://www.wrasapprovals.co.uk/approvals/how_do_i_get_a_wras_approval/
2.Water Regulations Approval Scheme (WRAS)
「Materials Approval Process」
https://www.wrasapprovals.co.uk/material-approvals/materials/
3.Water Regulations Approval Scheme (WRAS)
「FAQs – Approvals」
https://www.wrasapprovals.co.uk/approvals/faqs/
4.Umweltbundesamt (UBA)
「Evaluation Criteria and Guidelines(KTW-BWGL/各種ガイドライン総合ページ)」
https://www.umweltbundesamt.de/en/topics/water/drinking-water/distributing-drinking-water/evaluation-criteria-guidelines
5.Umweltbundesamt (UBA)
「Evaluation criteria for plastics and other organic materials in contact with drinking water(KTW-BWGL:General Part, 第5改訂 英語版PDF)」
https://www.umweltbundesamt.de/sites/default/files/medien/5620/dokumente/ktw-bwgl_general_part_-_5._anderung_en.pdf
6.NSF International
「Certified Product Listings – Drinking Water System Components(NSF/ANSI/CAN 61)」
https://www.nsf.org/certified-products-systems(「Water and Wastewater」→「Drinking Water System Components NSF/ANSI/CAN 61」)
7.NSF International
「NSF/ANSI/CAN 61 Listings(カテゴリ検索ページ例:材料=PPS)」
https://info.nsf.org/Certified/PwsComponents/Listings.asp?MaterialType=PPS
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