射出成形部品の熱変形と寸法安定性を制御する設計手法 - 温度変化に強い構造設計
熱設計と環境信頼性設計シリーズ 第2回
樹脂部品の形は、温度の影響を強く受けます。熱膨張やクリープ、応力緩和といった変形は、外観だけでなく、機能精度にも直接影響します。電子機器の筐体や光学部品、シール構造のようにわずかな寸法差が性能に関わる部品では、温度変化による歪みやズレがトラブルの起点になることも珍しくありません。
こうした熱変形を「起きないようにする」発想では限界があります。むしろ、「どのように変形し、どの範囲であれば許容できるか」を把握し、予測と制御のもとで設計に反映することが重要です。樹脂は金属のように寸法安定性が高い材料ではありませんが、温度挙動の理解と構造設計次第で、信頼性を高めることができます。本コラムでは、樹脂の熱変形を支配する要因を整理し、設計段階での制御・予防の考え方を解説します。
熱変形を生むメカニズムを理解する ― 温度と時間の二軸で考える
熱膨張と弾性変形の違い
樹脂は温度上昇によって膨張しますが、これは単なる「伸び」ではありません。温度変化に即座に反応する弾性変形に加え、時間とともにゆっくり進行する粘弾性変形が重なって生じます。分子鎖の動きが温度によって緩み、内部応力が緩和していくことで、形が少しずつ変わっていくのです。したがって、同じ温度上昇でも保持時間が長いほど、変形量が大きくなる傾向があります。
この“時間依存の変形”は、熱設計における大きな盲点です。短時間の試験では変化が見られなくても、実際の使用環境ではわずかな応力が積み重なり、数百時間単位で形状が変わっていきます。設計段階では、瞬時の変形ではなく「一定時間経過後の形」をイメージしておくことが必要です。
結晶性と非晶性で異なる変形挙動
樹脂の熱挙動は、結晶性か非晶性かによって大きく異なります。結晶性樹脂は、分子鎖が規則正しく並ぶため、ある温度までは安定していますが、融点付近で急激に変形します。一方、非晶性樹脂はガラス転移点(Tg)を超えると、弾性率が急低下して変形しやすくなります。
つまり、結晶性樹脂では「急激な変化」、非晶性樹脂では「なだらかな変化」が特徴です。いずれの場合も、使用温度がTgあるいは融点の下限に近いほど、寸法安定性が低下します。設計では、材料がどの温度域でどのように変化するかを把握し、想定環境をその“安定領域”の中に収めることが基本です。
また、熱変形は温度だけでなく、応力の有無によっても変わります。例えば、荷重がかかった状態で加熱すると、応力緩和によって一方向に形が流れます。寸法を安定させるためには、温度・応力・時間を三つの変数として同時に考える必要があります。
冷却・保持条件が形を決める
成形時の冷却速度や金型温度も、最終的な寸法安定性に大きく関わります。急冷すると寸法精度は得やすい反面、内部応力が残りやすく、後の温度変化で反りや歪みを引き起こします。逆に、ゆっくり冷やすと内部応力は小さくなりますが、結晶化が進みやすく、体積変化を伴うことがあります。
設計段階で成形条件を完全に決めることは難しいものの、成形工程の影響を無視した設計は危険です。特に高精度部品では、「どの温度で、どの方向に動くか」を事前に想定し、図面寸法に反映しておくことが求められます。金型修正や組立調整で後追い対応するのではなく、熱変形を前提とした寸法設計が安定品質への近道です。
寸法安定性を設計で高める ― 変形を“許容範囲”に収める考え方
対称構造とリブ配置の重要性
反りや歪みは、内部応力が不均衡に分布することで生じます。肉厚差を抑え、形状をできるだけ対称に保つことで、応力の偏りを最小化できます。特に広い平面や筐体構造では、リブを補強目的で配置するだけでなく、変形方向を制御するための“案内構造”として設計することが有効です。
リブは多いほど良いわけではありません。冷却バランスを乱すリブ配置は逆に反りを誘発します。厚みを増すよりも、均一な冷却が得られる形状を優先することが、寸法安定性の第一歩です。
固定点の取り方で変形方向をコントロール
組立部品では、取り付け方が変形挙動を左右します。全ての位置を固定すると、膨張が拘束されて応力が集中します。そこで、基準点を一点に定め、他の位置は逃げ形状で自由度を持たせると、熱による伸縮を吸収できます。
寸法安定性とは「動かさない」ことではなく、「動かす範囲を管理する」ことです。膨張を完全に抑えるよりも、どこで吸収させるかを設計で決める方が、長期的には安定した構造になります。
異方性膨張を考慮した寸法基準
ガラス繊維強化樹脂では、流動方向と厚み方向で膨張率が大きく異なります。設計基準面をどこに置くかで、組立精度や嵌合の安定性が変わります。CTE(線膨張係数)の方向差を理解し、基準寸法を流動方向に合わせて設計することで、実使用温度下でのズレを抑えることが可能です。
こうした配慮は、特に長尺、大型の部品で顕著な効果を発揮します。温度による“全体の動き方”を予測し、基準点をどこに置くかを構造設計段階で定義することが、寸法安定化の要になります。
熱変形を予測する設計思考 ― 経験則と解析の融合
熱応力解析の限界を知る
CAE解析は、温度分布や変形傾向を把握する上で強力な手段です。しかし、解析結果をそのまま現実の寸法変化と結びつけるのは危険です。解析はあくまで、与えた条件に対する「理想的な応答」を示すものであり、成形収縮や繊維配向、冷却ムラなどの実際の要因は完全には反映されません。
設計段階で重要なのは、解析を「答え」として使うのではなく、「傾向を確認するための道具」として扱うことです。解析で得た結果を実機試作や評価と突き合わせることで、設計上の仮定を検証し、次の設計にフィードバックしていく。その繰り返しが、信頼性の高い熱設計を可能にすると府中プラは考えています。
経験値としての“変形地図”を持つ
樹脂設計において有効な予測手段は、経験の蓄積です。過去の部品や試験データから「この形状・この厚み・この材料は、この温度でこう動く」といった実測情報を整理しておくと、新しい設計での判断が速くなります。
特に、長尺の部品の反り方向や、薄肉部のねじれ傾向など、数値だけでは説明しにくい変形は、経験による“変形地図”として社内に蓄積しておくと効果的です。解析では拾い切れない成形条件の影響や、金型設計との相互作用も、こうした知見を通じて設計段階で予見できます。樹脂設計における寸法安定性は、数値解析よりも実績に基づく直感的な判断力に支えられていると言ってもいいかもしれません。
組立後の“温度荷重”を意識する
樹脂部品は単体での変形だけでなく、組立後に他部品との拘束を受けることで応力状態が変わります。たとえば、金属フレームやガラス部品と一体化した構造では、材料ごとの膨張差が内部応力を生じさせ、温度サイクルを繰り返すうちに歪みや浮き上がりが発生します。
こうした問題を防ぐには、組立構造を「温度荷重を受ける系」として捉え、全体の膨張方向と自由度を設計段階で整理しておくことが重要です。固定点を減らす、異材界面を柔軟に接合するなど、構造上の配慮が信頼性を大きく左右します。熱設計は、単品部品の評価では完結しない“系全体の設計”と言えます。
長期使用を見据えた熱変形対策 ― 時間と温度の複合劣化を防ぐ
繰返し熱サイクルによる変形蓄積
電子機器や制御装置のように、電源のON/OFFを繰り返す環境では、膨張と収縮がサイクル的に発生します。この応力の繰り返しによって、初期にはわずかだった変形が徐々に蓄積し、やがてクラックや応力白化として現れます。設計時にはこの「疲労的変形」を前提に安全率を設定する必要があります。
特に、ボルト締結部やコネクタ取り付け部など、局所的に拘束される領域では、サイクルごとに微小なズレが蓄積しやすくなります。金属の疲労とは異なり、樹脂の場合は割れではなく、位置ズレや永久ひずみとして表れるため、外観検査では見落とされがちです。寸法変化の観察を含む信頼性評価を行うことで、早期段階での劣化予兆を捉えられます。
クリープ変形と応力緩和の予測
温度が高い状態で荷重を受け続けると、樹脂は時間の経過とともに形を変えます。これがクリープ現象です。たとえ荷重が小さくても、長時間の応力下では、分子鎖のすべりによって寸法が変化し、固定部や締結部が緩むことがあります。
このような時間依存変形を防ぐには、荷重方向と温度条件をあらかじめ想定し、部品形状に“逃げ”を持たせることが有効です。特にボルト締結部では、座面を広く取って応力を分散させる、金属スリーブを挿入して応力を受ける構造にするなど、構造的に変形を遅らせる工夫が求められます。
材料選定と構造設計のすり合わせ
寸法安定性の設計は、材料の選定と切り離せません。結晶性樹脂は熱変形に強く、非晶性樹脂は加工精度に優れます。PBTやPPSのような材料は高温下でも寸法が安定しやすく、PCやPEIは高剛性を保ちながら加工しやすい特長があります。設計では、使用温度域や負荷条件、湿度環境を踏まえ、材料特性に合わせた寸法許容範囲を設けることが重要です。
材料の性能に頼るだけでなく、構造設計と成形条件を合わせて最適化することが、真の寸法安定化につながります。樹脂が“熱で動く”ことを前提にした設計思想こそが、長期信頼性の基礎です。
まとめ
温度変化による形状変化は、樹脂設計において避けられない現象です。しかし、それを正しく理解し、予測して制御すれば、十分に安定した構造を実現できます。寸法安定性とは、静的な数値精度ではなく、温度と時間の中で機能を維持する「動的な安定性」を意味します。
変形を抑え込むのではなく、どのように吸収し、どの範囲で許容するかを設計で決める。そこにこそ、信頼性設計の核心があります。材料の特性、構造形状、成形条件、組立拘束――それぞれを温度の視点で見直すことで、製品は初期性能を長く維持できる。熱変形“設計変数の一つとして扱うことが、次世代の樹脂構造設計に求められています。





