PC/ABSの特性と射出成形設計ガイド – 筐体・ハウジングに最適なアロイ樹脂を解説
PC/ABS(ポリカーボネート/アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン)は、エンプラの中でも代表的なポリマーアロイの一つです。ポリカーボネート(PC)が持つ優れた剛性、耐衝撃性、耐熱性と、ABS樹脂の特長である良好な流動性、加工の安定性、美しい表面外観を高いレベルで両立させています。
この特性のバランスから、PC/ABSは家電製品、OA機器の筐体、産業用機器のハウジング、医療機器の部品など、外観の美しさと構造部材としての強度が同時に求められる様々な用途で採用されています。 本コラムでは、PC/ABSの基本的な物性、設計における特有の留意点、そして最適なグレードを選定するための考え方を体系的に整理し、解説します。
PC/ABSとは何か ― ブレンドの目的と構造
ブレンドの目的と基本特性
PC/ABSは、それぞれ異なる優れた特性を持つPCとABSを物理的にブレンドすることで、両者の長所を兼ね備えた材料です。この技術はポリマーアロイと呼ばれ、単一の樹脂では達成困難な性能バランスを実現する目的で開発されました。
PC(ポリカーボネート)の主な特長

- 高剛性・高強度:機械的強度に優れ、構造部材としての役割を果たします。
- 優れた耐衝撃性:プラスチックの中でもトップクラスの耐衝撃性を誇ります。
- 高い耐熱性:ABSと比較して、高温環境下でも変形しにくい特性を持ちます。
ABSの主な特長

- 高い流動性:溶融時の流動性が良く、複雑な形状や薄肉の製品でも成形しやすいです。
- 加工の安定性:成形条件の幅が広く、安定した生産が可能です。
- 良好な表面外観:美しい光沢を持つ表面仕上げが得やすく、塗装やめっきなどの二次加工性にも優れます。
PC単体では流動性が低く、特に大型で複雑な形状の成形が難しいという課題があります。一方、ABSは耐熱性や衝撃強度がPCに劣ります。PC/ABSは、PCにABSをブレンドすることでPCの成形加工性を改善し、ABSの耐熱性や強度を高めるという、互いの短所を補い合う関係にあります。これにより、設計の自由度と製品の信頼性を両立させることが可能になります。
相分離構造と界面の役割
PCとABSは分子構造が異なるため、溶融状態で混合しても完全には溶け合わず、「相分離構造」を形成します。これは、水と油のように、一方の樹脂がもう一方の樹脂の中に微細な粒子として分散した状態を指します。具体的には、PCの連続相の中にABSが分散する、あるいはその逆の構造をとります。

この相分離構造において、PCとABSの界面の接着性が材料全体の物性を大きく左右します。界面の接着性が低いと、外部から力が加わった際に界面で剥離が起こり、材料の強度が著しく低下します。そこで、両者の「仲立ち」をする役割として「相溶化剤」が添加されるのが一般的です。
相溶化剤は、PCと親和性の高い部分とABSと親和性の高い部分を併せ持つ特殊なポリマーで、界面に配列することでPCとABSを強固に結びつけます。この界面接着性の向上が、PC/ABSの優れた耐衝撃性の源泉となります。衝撃エネルギーが加わった際、分散したゴム粒子が起点となって微細な破壊を多数発生させ、エネルギーを吸収・分散させることで、製品全体の破壊を防ぎます。
ブレンド比率と特性バランス
PC/ABSの最終的な特性は、PCとABSのブレンド比率によって大きく変化します。設計者は求める性能に応じて、このバランスを考慮する必要があります。
PCリッチ(PCの比率が高い)
- 長所:剛性、耐熱性、耐衝撃性が向上します。より高い強度が求められる構造部品に適します。
- 短所:ABSの比率が減るため、溶融時の流動性が低下し、成形がやや難しくなります。
ABSリッチ(ABSの比率が高い)
- 長所:流動性が非常に高くなり、薄肉成形や複雑形状の製品に適します。成形サイクルが短縮できるため、生産性も向上します。
- 短所:PCの比率が減るため、剛性や耐熱性は低下する傾向にあります。
一般的に市場で広く利用されているのは、PCが60〜70%、ABSが30〜40%程度の配合比のグレードです。この範囲は、PCの持つ強度・耐熱性と、ABSの持つ成形性のバランスが最も実用的であるため、多くの用途で標準的に採用されています。
PC/ABSの物性と成形特性の基礎
機械的・熱的特性の概要
PC/ABSの機械的特性および熱的特性は、PCとABSの中間に位置づけられますが、アロイ化による相乗効果も示します。
- 引張強度・曲げ強度:一般的に、PC > PC/ABS > ABSの順になります。PC/ABSはABSよりも高い剛性を持ち、筐体などの構造部材として十分な強度を発揮します。
- 衝撃強度:PCは非常に高い衝撃強度を持ちますが、厚肉部や低温環境下で性能が低下する(脆化する)傾向があります。PC/ABSは、ABSのゴム成分の効果により、PCの欠点であるノッチ感度(切り欠き部からの破壊されやすさ)が改善され、低温環境下でも安定した高い衝撃強度を維持します。
- 荷重たわみ温度(HDT):材料が荷重下で変形し始める温度を示す指標で、耐熱性の目安となります。これもPC > PC/ABS > ABSの順となり、PC/ABSはABSでは対応できないような、より高温環境下での使用が可能になります。
衝撃強度と耐熱性(HDT)は、多くの場合トレードオフの関係にあります。つまり、耐熱性を高めるためにPC比率を上げると流動性が低下し、衝撃特性が変化することがあります。逆に、流動性や衝撃特性を重視してABS比率を上げると、耐熱性は低下します。グレード選定時には、製品に求められる最も重要な特性を軸に、このバランスを考慮することが重要です。
吸水率・寸法安定性・熱膨張
- 吸水率:PCは吸水性が比較的高く、吸水によって寸法変化や物性低下(特に加水分解による強度低下)を引き起こす可能性があります。PC/ABSは、PC単体よりも吸水率が低く、寸法変化が比較的小さいため、精密な寸法精度が求められる部品にも適しています。ただし、成形前には予備乾燥が必須であり、吸湿した状態で成形すると、外観不良(シルバーストリーク)や物性低下の原因となります。
- 寸法安定性:PC/ABSは、成形後の収縮率が小さく、また経時的な寸法変化も少ないため、長期にわたる寸法安定性に優れます。この特性は、繰り返し着脱するカバーや、嵌合精度が求められる機構部品において大きな利点となります。
- 線熱膨張係数:温度変化に対する寸法の変化しやすさを示す指標です。PC/ABSの線熱膨張係数は、一般的な金属材料に比べると大きいですが、他の汎用プラスチックと比較すると小さい部類に入ります。金属部品と組み合わせて使用する際には、温度変化による応力発生を考慮した設計が必要です。
難燃性・高流動・耐薬品グレードの特徴
PC/ABSは、要求される性能に応じて特性を付与した様々なグレードが開発されています。

- 難燃グレード:電子機器やOA機器の筐体では、UL94規格への適合が求められます。PC/ABSは、PC自体が持つ自己消火性をベースに、難燃剤(主にリン系)を添加することで、UL94 V-0などの高い難燃性を達成することが可能です。ハロゲン系難燃剤を使用しないノンハロゲンタイプが環境対応の観点から主流となっています。

- 高流動グレード:製品の薄肉化やデザインの複雑化に対応するため、成形性をさらに向上させたグレードです。ポリマーの分子量や組成を調整することで、標準グレードよりも高い流動性を実現しています。これにより、射出圧力の低減、成形サイクルの短縮、微細な形状の転写性向上などのメリットが得られます。

- 耐薬品グレード:医療機器や分析装置など、消毒液や特定の化学薬品に接触する可能性がある用途向けに、耐薬品性を強化したグレードも開発されています。一般的なPC/ABSは、アルカリ性の薬品や特定の溶剤に対してストレスクラックを起こしやすい傾向があります。これに対し、耐薬品グレードでは、アロイの組成を最適化することで、特定の薬品に対する耐久性を高めています。
設計時に考慮すべきPC/ABS特有のポイント
肉厚設計とヒケ対策
PC/ABSは比較的成形収縮率が小さい材料ですが、設計が不適切だと「ヒケ」と呼ばれる表面の凹みが発生しやすくなります。ヒケは、製品の肉厚が厚い部分で、冷却・固化する際の体積収縮に樹脂の補充が追いつかないことが原因で発生します。

- 肉厚の均一化:ヒケを防ぐための最も基本的な原則は、製品全体の肉厚をできるだけ均一に、かつ必要最小限にすることです。部分的に厚肉部が存在すると、その部分の冷却が遅れ、ヒケの発生源となります。
- リブ設計:製品の剛性を高めるためにリブを設ける場合、その設計には注意が必要です。リブの根元が厚くなりすぎると、その部分がヒケの原因となります。一般的な目安として、リブの厚みは、接合する本体の肉厚の1/2〜2/3程度に設定することが推奨されます。これにより、十分な補強効果を得つつ、ヒケや白化のリスクを低減できます。
リブ配置・補強構造の工夫
剛性確保のためのリブやボスの配置は、応力集中を避けるように工夫する必要があります。
- 応力集中:シャープな角は応力が集中しやすく、製品の破損起点となり得ます。リブやボスの根元には必ず適切な半径(R)のフィレットを設け、応力を分散させることが重要です。Rが小さすぎると応力集中が、大きすぎるとヒケの原因となるため、バランスの取れた設計が求められます。
- リブの間隔:リブを複数配置する場合、間隔が狭すぎると樹脂の流れを阻害したり、金型強度を低下させたりする原因となります。リブ間の距離は、本体肉厚の2倍以上を確保することが望ましいです。
- アンダーカット:金型からの離型を妨げる形状(アンダーカット)を設ける場合は、スライドコアなどの複雑な金型構造が必要となり、コストアップにつながります。設計段階で抜き方向を十分に考慮し、アンダーカットを極力避けるか、やむを得ない場合は最小限に留めることが賢明です。リブには離型を容易にするための「抜き勾配」を設けることが必須です。
金型冷却と光沢ムラ対策
PC/ABSの最終的な外観品質は、金型設計、特に温度管理に大きく影響されます。

- 熱履歴依存性:PCは、成形時の熱履歴や冷却速度によって樹脂の内部応力状態が変化し、それが光沢の差として現れやすい性質を持っています。金型内で温度にムラがあると、場所によって冷却速度が異なるため、製品表面に光沢の濃淡(光沢ムラ)が発生する原因となります。
- 金型温度の均一化:光沢ムラを防ぐためには、金型の冷却回路を適切に設計し、キャビティ表面の温度をできるだけ均一に保つことが極めて重要です。特に、外観が重視される製品では、コア側とキャビティ側の温度差を最小限に抑えるための精密な温度コントロールが求められます。
- ガスベント:射出成形時には、樹脂が充填される際に金型内の空気が圧縮され、高温の断熱圧縮ガスとなります。ガスベントが不十分だと、ガスが抜けきらずにガス焼けや充填不足、ウェルドラインの強度低下を引き起こします。定期的なベントのメンテナンスは、安定した品質を維持するために不可欠です。
グレード選定と用途展開
PC/ABSは、そのバランスの取れた特性から多岐にわたるグレードが存在します。用途に応じて最適なものを選択することが、製品の品質とコストを両立させる鍵となります。
標準グレード
- 特性:機械的強度、耐熱性、成形性のバランスが取れています。
- 適用用途:OA機器の筐体、電気製品のハウジング、雑貨など、幅広い分野で使用されます。特別な要求性能がない場合の第一選択肢となります。
高流動グレード
- 特性:標準グレードよりも溶融時の流動性が高く、射出成形性に優れます。
- 適用用途:ノートPCの薄肉筐体、コネクタ部品、複雑な形状を持つ部品に適しています。成形サイクルの短縮にも貢献するため、大量生産品にも有利です。
難燃グレード
- 特性:UL94 V-0などの高い難燃性を付与したグレードです。
- 適用用途:ACアダプターのケース、電源タップ、各種電装部品など、火災安全性が厳しく要求される電子・電気機器部品に必須の材料です。
まとめ
PC/ABSは、ポリカーボネートの剛性と耐熱性、ABSの成形加工性と表面美観を両立させた、非常に実用的でバランスの取れたエンプラです。その用途は家電やOA機器から医療分野まで多岐にわたります。
重大な成形不良が発生することは少ない材料ですが、その品質は設計段階の細やかな配慮によって大きく左右されます。特に、ヒケを防ぐための均一な肉厚設計、応力集中を避けるリブやボスの構造、そして光沢ムラを抑制するための精密な金型温度管理は、PC/ABSの性能を最大限に引き出すための重要な要素です。

