技術解説

射出成形部品の絶縁信頼性を高める材料選定 - 高CTI・高耐熱・高寸法安定エンプラの最新動向

射出成形部品の絶縁信頼性を高める材料選定 - 高CTI・高耐熱・高寸法安定エンプラの最新動向

電子機器の小型化と高機能化が進む中で、設計者の頭を悩ませるのが「高電圧環境における絶縁信頼性の維持」です。コネクタ、センサー、パワーモジュール、インバータ筐体などでは、使用電圧が上昇する一方で、部品間の沿面距離は年々短縮しています。高い絶縁性能(CTI)を確保しながら、高温動作と寸法安定性を両立させることが設計上の必須条件となっています。 
\実際の使用環境では、温度上昇・湿度変動・熱膨張差による応力などが複合的に作用し、単純なCTI値だけでは信頼性を評価しきれないケースが増えています。とりわけ、高温多湿環境では、“高CTI×高耐熱×高寸法安定性”を兼ね備えた樹脂材料が求められています。本コラムでは、これら3つの特性を軸に、近年注目されるエンプラとスーパーエンプラの最新動向を整理し、設計者が材料選定を行う際の実務的な視点を提示します。 

高CTIと高耐熱の両立が難しい理由 

難燃剤と絶縁性のトレードオフ 

高いCTI値を実現するには、材料表面に炭化導電層が形成されにくい構造が必要です。しかし、燃焼を抑制するために添加される難燃剤(特にリン系・窒素系)は、表面の化学的極性を高め、導電性を上昇させてしまうことがあります。 
また、耐熱性を向上させるために芳香族環を多く含む樹脂構造とすると、分子内に極性基が増え、吸湿性が高まります。この吸湿によって表面水膜が形成され、沿面トラッキングを誘発しやすくなるという問題もあります。つまり、「難燃性」、「耐熱性」、「絶縁性」の三要素は相互に影響し合う関係にあり、一方を高めると他方が低下するという構造的ジレンマを抱えています。このバランスをどのように最適化するかが、近年の材料開発の焦点となっています。 

高温・高湿環境下での絶縁劣化メカニズム 

高温・高湿条件では、樹脂内部や表面に吸収された水分がイオン化し、電圧印加によって局所的な放電経路を形成します。この微小放電が繰り返されることで、表面に炭化層が生成され、絶縁性能が低下します。これが沿面トラッキングの進行メカニズムです。吸湿性の高いPA系樹脂ではこの影響が顕著であり、乾燥状態では高いCTIを示しても、湿潤状態では数値が大きく低下する場合があります。そのため、樹脂選定時にはカタログ値だけでなく、吸水後特性や環境暴露後のCTI保持率を確認することが重要です。 

熱・湿・電界に耐えるPBT、PPS、PA9T、PEEK、PEI、PPSU 

絶縁信頼性は、材料の持つ特性値だけでなく、成形表面の清浄度・使用温度・電界分布といった設計条件によっても大きく変動します。特に高温高湿下では、局所的な温度上昇や微小放電が加速度的に劣化を進めるため、単一要素ではなく、熱・湿・電界を同時に管理する「複合的アプローチ」が求められます。この観点からも、高CTIを有しつつ高温環境に耐える材料、すなわちPBT、PPS、PA9T、PEEK、PEI、PPSU等の選定が注目されています。 

高CTI×高耐熱を実現する主要エンプラの比較 

電装部品に求められる特性は、単なる絶縁性にとどまりません。高温多湿下での寸法変化や、接触端子との組立精度、熱サイクルに対するクラック耐性も重要な評価要素です。ここでは、「CTI」、「HDT(荷重たわみ温度)」、「吸水率」、「線膨張係数」、「代表用途」の5項目を軸に、主要エンプラの特徴を整理します。 

PBT:高CTIの定番素材 

PBTは、絶縁材料として最も汎用的なエンプラの一つです。600V以上のCTIを持つグレードが種々あり、IEC規格でグループⅠに分類されます。吸水率が低く、寸法変化が小さいため、小型コネクタやスイッチハウジングなどに最適です。一方で、長期的な耐熱性には限界があり、150℃を超える連続使用では結晶構造の安定性が低下します。自動車エンジンルームやインバータ周辺のような高温域では、PBT単体では十分でなく、PPSやPA9Tなどの高耐熱樹脂が検討対象となります。 

PPS:高温環境下での絶縁安定性 

PPSは、200℃近い高温でも寸法・電気特性を安定して維持できる材料です。吸水率は0.03%以下と極めて低く、湿度の影響をほとんど受けません。難燃剤を添加せずともUL94 V-0を達成できる自己消火性を持ち、絶縁破壊強度・CTIの両面で高い安定性を発揮します。ただし、成形収縮が大きく、金型設計においてはキャビティ補正が必須です。また、ガラス繊維強化グレードでは繊維の露出が沿面トラッキングの起点となるため、金型表面仕上げやガス抜き構造の最適化が求められます。 

PA9T:高温高湿下での新基準材料 

PA9Tは半芳香族ポリアミドの代表的な材料であり、従来のPA66やPA6に比べて吸水率が大幅に低いのが特徴です。CTIは最大で600Vクラス、HDTは約250℃と高水準で、耐熱性と絶縁性を高次元で両立します。さらに、吸水による寸法変化が小さく、電装コネクタの嵌合精度を長期にわたって維持できるため、自動車や産業機器分野で急速に採用が進んでいます。成形時は溶融粘度が高く、金型温度を高めに設定する必要がありますが、成形収縮が安定しているため、量産適性にも優れています。一方で、ガラス繊維や難燃剤との界面相性がCTIに影響するため、充填材の種類と配合設計には注意が必要です。 

PEEK:極限領域での信頼性 

PEEKは、スーパーエンプラの中でも最高峰の耐熱性を誇る材料です。連続使用温度は250℃を超え、CTIは400〜600Vの範囲で安定します。難燃剤を添加しなくても自己消火性を示し、ハロゲンフリー設計にも適しています。さらに、熱膨張係数が小さく、金属との組合せにおける寸法精度維持にも優れています。一方で、PEEKは成形温度が370℃前後と非常に高く、金型も高温対応が必要です。成形コストが高く、一般部品への全面採用は難しいものの、高信頼性を要求されるセンサー、端子保持部、医療用絶縁構造部などでは極めて有効な選択肢です。PA9TやPPSでは熱変形や寸法歪みのリスクが残る場合に、PEEKは“最終解”として位置づけられます。 

高Tg非晶性スーパーエンプラ(PPSU/PES/PEI/PSU) 

非晶性スーパーエンプラ群は、結晶構造を持たないため成形収縮が極めて小さく、寸法安定性に優れる点が最大の特徴です。表面平滑性が高く、汚染や水膜の形成が抑えられるため、CTIの実効値を維持しやすいという利点もあります。 

  • PPSU/PES は耐熱水・薬品・蒸気滅菌環境に強く、医療・電装ハウジングに好適です。 
  • PEI はガラス転移温度が215℃と高く、難燃剤無添加でもUL94 V-0を達成します。絶縁破壊強度・CTI・寸法精度のバランスがよく、ハイエンドコネクタ材料として実績があります。 
  • PSU は透明性を保ちながら安定した絶縁特性を示し、電装筐体の外観部品などにも用いられます。 

これらの非晶性樹脂は、成形条件や厚肉部の冷却ムラに敏感な結晶性樹脂と異なり、均質な電気特性を得やすいという点でも優位性があります。 

材料開発トレンド:CTIを超える信頼性指標 

CTI+RTI+HWIの複合評価 

近年の国際規格(UL746、IEC 60112など)では、単一のCTI値ではなく、RTI(耐熱指数)HWI(耐アーク性)といった複合的指標での評価が主流になりつつあります。RTIは長期的な熱劣化を想定した指数であり、例えば150℃で1万時間以上の電気特性維持が求められる場合には、単なる“高CTI材料”では不十分です。設計者は、材料のCTIだけでなく、温度寿命曲線と熱酸化安定性を合わせて評価し、使用温度に見合う余裕を確保することが重要です。 

ハロゲンフリー×高CTIの新難燃技術 

環境規制の強化を背景に、ハロゲンフリー難燃剤の開発が進んでいます。リン系化合物をナノレベルで分散制御することで、表面導電性の上昇を抑えながら600V級のCTIを維持できるグレードが登場しています。さらに、ポリマーアロイ技術を応用し、PBTやPETに少量の芳香族ポリアミドやPPS成分をブレンドして、難燃性・寸法安定性・CTIを同時に向上させる手法も一般化しています。これにより、従来の「CTIを高めると寸法が不安定になる」、「難燃化すると絶縁性が下がる」といった相反関係を大きく緩和できるようになりました。 

絶縁信頼性を維持する設計・成形・評価の実務ポイント 

高CTI材料を活かす設計手法 

どれほど優れた材料を選定しても、設計が不適切であればCTIの実力を活かせません。沿面距離が短い箇所にはコーナRを設け、電界集中を分散させます。ボス根元やリブ交点には水切り勾配を付与し、湿気や結露の滞留を防ぎます。また、成形収縮やバリ高さを考慮して、図面上の沿面距離に0.2〜0.3mmの安全マージンを設けることが推奨されます。 

成形条件と表面清浄度 

CTIを維持するためには、表面の炭化・汚染を防ぐことが最重要です。高温成形時に発生する分解ガスや離型剤残渣は、トラッキング経路の起点となる可能性があります。乾燥温度・時間を厳守し、射出温度や背圧を過剰に設定しないことで、分解とガス焼けを抑制します。 

実環境を再現した評価の重要性 

材料データシート上のCTI値は、あくまで標準試験条件(23℃・50%RH)での値です。実際の使用環境では、温湿度・汚染度・電圧印加時間の影響により性能が変動します。そのため、量産設計段階では、高温高湿環境下での再評価やアーク試験・絶縁破壊試験を併用することが望ましいといえます。 

まとめ 

CTIの数値が高いことは、設計上の自由度を拡大する重要な指標ですが、それだけでは十分とはいえません。高温環境下での耐熱性、湿度による寸法変化、成形表面の清浄度など、多要素を同時に制御する“実効絶縁設計”こそが、これからの電装設計で求められます。特に、「高CTI×高耐熱×高寸法安定性」に“高湿信頼性”を加えた4軸最適化が今後のキーワードです。材料開発の進歩により、PA9T、PPS、PEI、PEEKなどが次世代の標準材料へと位置づけを変えつつあります。 
府中プラでは、これらの高性能樹脂を用いた試作・評価・量産支援を通じて、設計者が安心して使える絶縁部品の実現をサポートします。CTIを単なるデータではなく、“設計・製造・評価をつなぐ共通尺度”として活用することが、真の信頼性設計への第一歩といえるでしょう。 

<参考文献> 

[1] UL 746「Polymeric Materials – Use in Electrical Equipment Evaluations」Underwriters Laboratories Inc. 

[2] IEC 60112:2020 Method for the determination of the proof and the comparative tracking indices of solid insulating materials(国際電気標準会議: IEC 60112国際規格、最新版2020年)​ 

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