技術解説

低アウトガス・低イオン性エンプラの選び方 ― 半導体・分析機器のクリーン設計に効く材料特性 第2回

低アウトガス・低イオン性エンプラの選び方 ― 半導体・分析機器のクリーン設計に効く材料特性 第2回
シリーズコラム第2回

第1回コラムでは、クリーン用途で問題となるアウトガスとイオン性汚染の基礎知識、そして樹脂構造と汚染特性の関係について解説しました。第2回では、それを踏まえ、実際にクリーン用途で活躍する代表的なエンプラや、その評価方法、さらに設計・成形段階でクリーン性を高める工夫について掘り下げていきます。 

評価方法とデータの読み方 

クリーン用途の材料比較では、カタログ値だけを見て判断すると誤った結論に至ることがあります。アウトガス量もイオン溶出量も、測定条件・抽出溶媒・温度・時間・前処理によって数値が大きく変動するためです。ここでは、半導体・分析機器で一般的に用いられる評価方法と、データを読み取る際に注意すべきポイントを整理します。 

TGA(熱重量分析)とアウトガス評価 

アウトガス量の評価で最も一般的なのが「TGA(Thermogravimetric Analysis)」です。材料を加熱しながら重量変化を測定することで、以下の情報が得られます。 

  • 低分子量揮発分の放出開始温度 
  • 残留揮発分・可塑剤などの含有量 
  • 熱分解の開始温度 

クリーン用途では、100〜200℃での重量減少率を特に重視します。 

設計・成形でクリーン性を高める工夫 

クリーン用途の性能は、材料の選定だけで完結しません。半導体・分析機器の現場では、同じ材料でも「設計」と「成形条件」によってアウトガス・イオン溶出量が1桁以上変わることがあります。材料特性を活かし切るためには、成形メーカーと設計者が一体となり、発生源を構造的に抑制する視点が不可欠です。 

成形時における劣化・揮発の最小化 

アウトガスの大半は、材料由来の低分子の揮発、もしくは熱劣化による分解生成物です。そのため、成形時の熱履歴を適切に管理することがクリーン性の向上に直結します。 

① 滞留時間の最小化 

シリンダ内での滞留が長くなるほど、 

  • 分子鎖切断 
  • 酸化反応 
  • 添加剤の揮発 

が進み、アウトガスが増加します。 
特にPFA・PPSU・PEIのような高温樹脂は、数分の滞留で劣化が顕在化することも珍しくありません。 

成形では、 

  • 適切なショットサイズ 
  • 無理のない計量サイクル 
  • バックフローを防ぐ逆止弁管理 

を徹底し、滞留樹脂を最小化することが重要です。

② 乾燥条件の最適化 

吸湿した樹脂を高温溶融すると、 

  • 加水分解 → 分子量低下 
  • 水分の揮発 → ボイド・アウトガスが発生します。 

特にPA、PBT、PCなどの水分依存性が高い樹脂では、乾燥工程が直接クリーン性に影響します。乾燥不足と過乾燥(熱酸化)のどちらもアウトガスを悪化させるため、メーカー規格に依存せず、自社工程に最適化した乾燥プロファイルを設定すべきです。 

③ シリンダ温度と材料劣化の管理 

材料の“上限温度ギリギリ”での成形は、アウトガス増加を招く典型例です。特に高純度グレードは安定剤を極力減らしているため、PES・PEI・COCなどで熱安定性が相対的に弱くなる場合があります。 

  • 材料メーカー値ではなく、自社条件で最適温度を再評価 
  • 樹脂の熱履歴ログを残す 
  • 成形開始前のパージ材を適正化 

など、工程に応じた温度管理が求められます。 

設計段階でアウトガスを抑える 

材料選定だけでは防げないアウトガスは形状と流れに大きく左右されます。 

① 樹脂の滞留ポイントを作らない形状 

流動末端の袋形状・急激な断面変化・薄肉と厚肉の混在は、滞留や焼けを誘発し、揮発分が蓄積する原因になります。特に分析機器の微細流路では、 

  • コーナーRを大きくする 
  • デッドスペースを作らない 
  • 均一肉厚を維持 

などの設計工夫によって、「劣化しやすい局所」をなくすことが重要です。 

② ガス抜き(ベント)構造の最適化 

クリーン用途では、「ガス焼け=アウトガス発生源」になります。 
金型設計では、 

  • 適正なベント幅と深さ 
  • 分割面の通気性 
  • エジェクタ周りの微小ガス抜き 

を確保することで、揮発成分の滞留と局所燃焼を防止できます。 

特にフッ素樹脂・PPS・PEEKなど高温樹脂は、金型内での揮発挙動が大きいため、一般エンプラよりもベントの精度と配置が重要になります。 

成形後の“清浄度を保つ処理” 

クリーン用途では、成形後の処理や洗浄工程も歩留まりを左右します。 

① 洗浄によるイオン溶出の“初期値低減” 

たとえば、分析機器の流路部品では、 

  • 超純水洗浄 
  • IPAリンス 
  • 真空ベーク 

などを組み合わせることで、初期イオン溶出量を10分の1以下に抑えるケースがあります。特に、PA・PBT・PCなど吸湿系樹脂は、水溶性イオンが吸着しやすい特徴があるため、洗浄後の乾燥方法にも注意が必要です。 

② ベーキングによるアウトガス安定化 

高温でのプレベーク処理は、 

  • 残留溶剤 
  • 分解揮発物 
  • 吸着水分 

の除去に有効です。ただし、樹脂が熱劣化する温度でのベークは逆効果のため、材料ごとに安全マージンを確保した温度設定が求められます。 

設計 × 成形 × 材料を一体で最適化する 

クリーン用途の開発で最も重要なのは、“材料の性能”と“部品設計”と“成形条件”を切り離さずに考えることです。実際、半導体・分析機器の現場では、次のような事例がよく見られます。 

  • 低アウトガス材料を採用したのに、成形条件が高温で劣化して性能が出ない 
  • 高純度COCを使ったが、金型のデッドスペースからの焼けが原因で不純物が増加 
  • PFA流路はクリーンだが、接合部材からのイオン溶出で装置全体の性能が悪化 

このように、“どこか1つの要素だけ”ではクリーン性は実現しません。設計者・成形メーカー・材料メーカーが同じ評価軸を共有し、プロセス全体で最適化することが、歩留まりと製品信頼性の向上につながります。 

これは、装置内部でのベーキング処理や、実使用温度に近い環境での揮発傾向を示すからです。ただし、TGAの数値は以下の要因で容易に変化します。 

  • 昇温速度(例えば 5℃/min と 20℃/min で結果が違う) 
  • 雰囲気(窒素・空気・真空) 
  • 乾燥前処理の有無 
  • 測定装置の検出感度 

そのため、メーカー間でTGA値を“横並び比較”する際は、評価条件が同一かどうかを必ず確認することが不可欠です。 

GC-MS/FTIRによる揮発成分分析 

アウトガスの「質」を把握するには、GC-MS(ガスクロ質量分析)や FTIR が利用されます。 

GC-MS 

揮発した成分の種類を特定でき、 

  • 潤滑剤 
  • 難燃剤の分解物 
  • モノマー残渣 
  • 添加剤の揮発成分 

など、装置汚染の原因となる化学種を特定できます。半導体や光学装置では、この成分分析が非常に重要で、単純な「重量減少率」よりも意味のある指標になることがあります。 

FTIR 

赤外吸収スペクトルにより、揮発成分の官能基を解析できます。特に、分子分解による小分子の発生を見抜くのに有効です。注意したいのは、“検出された成分の量”よりも、“どんな種類が出たか”が重要になるケースが多いという点です。例えば、分析機器では微量の可塑剤でもピークに干渉する一方、炭化水素系の低分子なら影響が小さい場合があります。 

イオン溶出試験(IC/ICP-MS) 

純水または薬液中に樹脂を浸漬し、抽出液を分析する手法です。一般的には下記の分析装置を使用します。 

  • IC(イオンクロマトグラフィー):Cl⁻、SO₄²⁻、NO₃⁻などの陰イオン 
  • ICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析):Na⁺、K⁺、Ca²⁺などの金属イオン 

<イオン溶出の“数値比較”で注意すべきこと> 

イオン溶出の数値は測定条件に大きく依存します。 

  • 抽出液の種類(純水・酸・塩基・有機溶媒) 
  • 抽出温度(25℃、60℃、100℃など) 
  • 浸漬時間(1h、24h、168h など) 
  • 表面積/体積比(S/V) 
  • 前処理(洗浄・乾燥の有無) 

これらが異なると数値は比べ物になりません。 
たとえば、PFAの純水抽出は数ppbレベルですが、酸抽出では別の成分が検出されることがあります。また、COC/COPのイオン溶出は25℃と80℃で大きく変わるケースがあります。データシートに表示された値を鵜呑みにするのではなく、自社の工程条件に近い条件で評価されているかを確認することが極めて重要です。 

メーカーの「高純度グレード」データの読み方 

半導体・分析機器では、「高純度」、「低イオン」、「低アウトガス」仕様の材料が存在します。これらのスペックを見る際のポイントは以下のとおりです。 

① 測定値の“最小値”ではなく“保証値(Max)”で比較する 

データシートには平均値が記載されることが多いですが、実際の品質管理では最大値(Max)が重要になります。平均値が小さくても、ロットバラつきが大きければ実工程で問題が発生するからです。 

② 評価項目の“種類”を見る 

材料によって、 

  • Na⁺/K⁺などのアルカリ金属だけ記載 
  • Cl⁻/SO₄²⁻などの陰イオンも含む 
  • 有機成分のGC-MSスペクトルも添付 

などバラバラです。 
同じ“低イオン”でも、評価項目の網羅性が違えば比較になりません。 

③ 成形条件との依存性を確認する 

高純度材料ほど、熱劣化によるアウトガス増加が起こりやすい場合があります。「材料そのものが低アウトガス」でも、成形条件(乾燥・滞留時間・シリンダ温度)が悪ければ一気に劣化して数値が悪化するため、材料特性と成形プロセスをセットで理解する必要があります。 

自社評価の重要性 

最終的には、装置メーカー・成形メーカーが自社工程に合わせて評価することが不可欠です。 

  • 実使用温度でのベーキング 
  • 自社薬液によるイオン抽出 
  • 実部品形状(流路・肉厚・滞留)でのアウトガス測定 
  • 成形条件の違いによる劣化挙動の確認 

まとめ 

カタログ値や文献データは重要ですが、実際の使用条件での評価こそ最も信頼性が高いと言えます。半導体装置・分析機器・高純度流体制御といったクリーン用途では、アウトガス・イオン溶出・金属汚染のわずかな差が、歩留まりや計測精度に直結します。これらの性能は「材料の特性」だけでは決まらず、設計・金型・成形条件の三位一体の最適化によってはじめて発揮されます。
材料選定では、COC・PFA・PEEK・PEI・PPSUといった低アウトガス・低イオン性エンプラが有力候補となりますが、カタログ値の“平均値”や“公称値”だけで判断するのは危険です。評価条件が異なれば数値は大きく変わるため、自社の実プロセス条件で再評価し、材料メーカーの高純度グレード情報を正しく読み取る力が欠かせません。さらに、成形時の滞留・過加熱・乾燥不良は、優れた材料であってもアウトガス量を一気に悪化させます。 
一方、設計段階では、デッドスペースの排除、均一肉厚化、適正なベント設計など、流動とガス経路を意識した構造設計がクリーン性を根本から高めます。
最終的に重要なのは、材料・設計・成形を切り離して評価しないことです。“低アウトガス材料を選んだから安心”ではなく、工程全体の最適化こそが真のクリーン性能を生むという原則を、プロジェクトチーム全体で共有する必要があります。府中プラは、クリーン用途に特化した材料提案・成形条件最適化・試作まで一貫して支援いたします。ぜひお気軽にご相談ください。 

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