カーボンニュートラル時代のプラスチック国際規制
シリーズコラム第1回
カーボンニュートラルの加速により、プラスチックは「ごみ問題」だけでなく、製造段階でのCO₂排出源として各国の政策の中心に置かれつつあります。射出成形で広く利用されるエンプラも、欧州、米国、日本、アジアの政策動向と密接に結びつき始めました。本シリーズは全3回構成とし、第1回では各国の国際規制を俯瞰し、第2回ではエンプラの材料選定とLCAの考え方を整理し、第3回では射出成形プロセスから見た具体的なCO₂削減策を解説します。まずは、世界の潮流がどこへ向かっているのかを確認します。
カーボンニュートラル時代におけるプラスチック規制の構造変化
プラスチックが気候変動政策の核心に入った理由
近年、プラスチックは「廃棄物問題」だけの対象ではなく、製造段階でのCO₂排出源として国際議論の中心に位置づけられています。原料調達から重合、成形、廃棄までのライフサイクル全体で温室効果ガスを排出するため、気候変動対策そのものと深く結びつき始めました。特に射出成形で使用されるエンプラは、製造エネルギーが大きい一方で、用途の高付加価値性から政策の注視対象となり、世界的に「どの用途に、どの材料を選ぶべきか」という上流段階の議論が加速しています。
「廃棄物対策」から「上流規制」に広がる国際潮流
従来のプラスチック政策は廃棄物管理やリサイクルが中心でしたが、現在は“使う前”の段階に焦点が移っています。EUのSUPDやPPWRをきっかけに、軽量化、素材削減、単一素材化、再生材活用といった設計・材料選定への要求が世界的に強まっています。射出成形部品でも「どう作り、どう組み合わせるか」が環境性能として評価されるようになり、材料の選択理由や成形条件の根拠提示が求められる時代に入りました。
なお、国際規制が再生材利用や単一素材化を求める背景には、「材料起点のCO₂削減効果」があります。主要材料メーカーのLCA公開値では、PCR樹脂やPIR樹脂を使用した場合、バージン材と比較して おおむね10〜40%程度のCO₂削減 が報告されています(PETでは45〜80%)。このような“原料段階での削減幅”が政策側で重視されており、今後はエンプラでも同様に「再生材比率」、「環境配慮グレード」の導入が求められる方向です。
※上記のCO₂削減幅は、欧州委員会(EC)によるPPWR資料、主要材料メーカーが公開する製品別LCAデータ、ISO14040/44に基づく第三者検証レポートを参照した“傾向値”であり、特定樹脂を特定用途に適用した場合の値を保証するものではありません。国際制度が再生材利用を推進する根拠も、これら公開LCAに基づく「原料段階のCO₂削減可能性」が背景になっています。加えて、政策側が再生材利用を推進する根拠は、欧州委員会(EC)、Plastics Europe、EEA(欧州環境庁)などが公開するLCAデータにおいて、材料製造段階がライフサイクル全体のCO₂排出に占める割合が高いことが一貫して示されているためです。これらの公開情報では、原料段階のCO₂削減ポテンシャルが明確であり、各国の制度設計でも「材料起点の環境効果」が最も重視されています。
国連プラスチック条約がもたらす“世界標準化”の可能性
国連で議論が続く国際プラスチック条約では、生産量抑制、有害添加剤規制、リサイクル容易性など、グローバルで共通化される可能性のある項目が俎上に乗せられています。条約が成立すれば、国・地域ごとに異なる規制が一気に“世界基準”として統合される可能性があり、射出成形・エンプラ産業にも直接影響します。特に、製品のLCA評価や環境設計の妥当性を説明する能力は、企業間競争力の重要な要素となっていきます。
エンプラは“規制対象”であり“解決手段”にもなり得る素材
エンプラは耐熱性・強度・寸法安定性など高度な性能を持つ一方、その製造エネルギーは一般プラスチックより大きく、規制側から注目される存在です。しかし、金属代替による軽量化や耐久性向上によって製品全体のCO₂排出を削減できるため、適切に使えば脱炭素化の有力な手段にもなります。今後は「エンプラを使うべき理由」、「その設計がどの程度のCO₂削減につながるか」を示すことが企業に求められ、「高性能=環境価値」という新たな位置づけが重要になります。
国・地域別にみるプラスチック規制の最新動向
EU:世界で最も設計・材料選定に踏み込む規制

EUはSUPDやPPWRを通じ、プラスチック利用全体の削減と再生材活用を強力に進めています。特にPPWRでは、包装用途の再生材含有率義務化、リサイクル容易性の確保、単一素材化の推進など、設計段階への要求が顕著です。また、製品ごとにLCA情報開示が求められる方向にあり、射出成形部品でも環境性能を根拠づけて示す必要が高まります。さらに、難燃剤や添加剤など化学物質規制も強化されつつあり、エンプラの採用可否が変動する可能性もあります。EU向け部品は、今後「環境要件の適合性」そのものが調達基準の中心となります。
米国:連邦・州の二重構造がもたらす仕様分断

米国ではEPAが使い捨て削減や再生材活用を掲げる一方[1]、実務で大きな影響を与えるのは州ごとの規制です。カリフォルニアやメインではEPR制度が導入され、再生材含有率の義務化や特定添加剤の規制が進行中です。この“州ごとの差”により、同じ射出成形部品でも出荷先によって材料選定が異なる事態が生じています。エンプラの難燃要求や環境証明書の提出を求められるケースも増えており、調達リスクや材料切替コストが無視できなくなっています。米国市場向け製品では、仕様の標準化と環境情報の整備が課題となります。
日本:設計段階を対象に含めたプラスチック資源循環法

日本のプラスチック資源循環法は、企業の設計段階を明確に対象に含めている点が特徴です。軽量化、素材削減、単一素材化、再生材やバイオ素材の活用が推奨され、射出成形部品でも構造・材料選択の妥当性を示すことが求められ始めています。[2]国内市場向けであっても、環境配慮設計の説明を求める顧客が増えており、環境データを備えたエンプラの選定や、材料メーカーとの協働によるLCA情報取得が重要になっています。今後は調達上の条件や設計仕様書の中に、環境性能が項目として組み込まれる可能性もあります。
中国・ASEAN:製造拠点の環境要件が急速に高度化

中国は再生材利用促進政策や添加剤規制を進めており、高機能樹脂に対しても環境適合性の確認が求められるケースが増えています。ASEAN諸国では法整備は発展途上ながら、EUや米国向けの輸出産業が多いため、実質的に欧州準拠の環境基準が求められる場面が増加しています。特に家電・OA・精密機器など、エンプラを大量に使用する製品の生産が集中する地域では、再生材利用や環境証明書の提示が取引条件化する傾向が顕著です。これにより、日本の射出成形メーカーにも材料調達・品質管理面での影響が波及しつつあります。
射出成形・エンプラ産業に求められる対応と今後の視点
各国の規制強化により、射出成形メーカーは材料選定や設計方針を「環境面から説明する」ことが不可欠になりつつあります。エンプラを採用する場合でも、軽量化や長寿命化など、ライフサイクル全体でどの程度CO₂削減に寄与するのかを示すことが求められます。また、再生材やバイオ素材を採用する際は品質確保や調達安定性の説明が必要となり、成形現場でもサイクル短縮やスクラップ削減など環境性能と品質の両立が重要になります。今後は「環境要件を満たせる設計・成形プロセス」を提示できる企業ほど、国際市場で選ばれる存在へと移行していきます。
まとめ
カーボンニュートラルを巡る国際的な政策強化は、射出成形業界にとって単なる外部環境の変化ではなく、材料選定・設計・成形プロセスを含むものづくり全体に影響を及ぼす構造変化です。特にエンプラは、その性能の高さゆえに環境負荷と貢献の両側面を併せ持つ素材であり、その“使い方の妥当性”を説明できる企業が市場で選ばれる時代に向かっています。府中プラは、材料特性・金型・成形条件を総合的に捉える射出成形メーカーとして、環境要件への対応を含めた最適な材料選定や設計提案をお客様と共に進めていきます。次回は、こうした国際潮流を踏まえつつ、エンプラ材料選定とLCAの視点について整理します。
参考サイト
[1] 米国 EPAによるプラスチック政策の基本方針
米国環境保護庁(EPA) https://www.epa.gov/plastics
[2] 日本 プラスチック資源循環法の制度解説
環境省 https://plastic-circulation.env.go.jp






