技術解説

射出成形メーカーにおける化学物質情報の収集・管理・提供

射出成形メーカーにおける化学物質情報の収集・管理・提供
シリーズコラム第7回

化学物質管理は、材料メーカーから成形メーカー、そしてセットメーカーへと続くサプライチェーン全体の信頼性を支える重要な基盤です。部品に含まれる化学物質の情報が正確でなければ、最終製品のコンプライアンスは成立しません。 
筆者は前職において、欧州市場向け機器製品の化学物質管理体制の構築を主導し、全社的な導入を行いました。現在はその経験を生かし、府中プラにおける管理体系および実務プロセスの整備を進めています。本コラムでは、府中プラがどのように化学物質情報を収集し、管理し、そして正確にお客様へ提供しているかを、成形メーカーの実務視点で整理し解説します。 

化学物質情報管理の基本思想:材料情報を正確に扱う仕組みづくり 

成形メーカーにおける化学物質管理の要諦は、インプットである「材料情報」をいかに正確に把握し、管理するかにあります。 

化学物質情報は「材料情報」を起点に一元管理する 

成形メーカーにとって、化学物質情報の正確性は材料情報の適切な管理に直結します。私たちが製造する成形品に含まれる化学物質は、使用する樹脂ペレット、着色剤(マスターバッチ)、機能性添加剤の成分そのものだからです。 
府中プラでは、使用するすべての材料について、その基本スペックとなる「材料情報」と、紐づく「化学物質関連資料」を一元的に管理する仕組みを構築しています。SDS(安全データシート)、chemSHERPAデータ、各種不使用証明書、技術資料などをバラバラに保管するのではなく、体系化してデータベース化しています。これにより、特定の材料を使用した製品にどのような化学物質が含まれているか、検索・参照できる状態を維持しています。 

材料情報の信頼性を担保するための情報入手プロセス 

情報の信頼性を担保するためには、情報の入手元と鮮度が極めて重要です。当社では、原則として材料メーカーや着色剤メーカーといった「一次情報源」から発行された公式資料のみを管理対象としています。商社を経由する場合であっても、必ずメーカー発行の原本を入手します。また、情報入手時には、資料の発行日や改訂履歴を確認し、それが最新の法規制(REACH規則の最新SVHCリストなど)に対応しているかをチェックします。古い情報のまま管理を続けることは、コンプライアンスのリスクに直結するため、定期的な更新確認が必要です。 

必要な情報を必要な部署が使える状態にする運用 

化学物質情報は、品質保証部門だけが持っていればよいものではありません。 
営業部門は顧客からの初期的な問い合わせ対応や見積もり作成時に、技術部門は成形条件の設定や金型設計時に、購買部門は材料発注時に、それぞれ化学物質に関する情報を必要とする場面があります。 
当社では、整備された情報データベースを関連部署が共通して参照できる体制を整えています。これにより、例えば「この材料は特定の規制物質を含んでいるため、代替材を検討する必要がある」といった判断を、開発や見積もりの早い段階で行うことが可能になります。組織全体で情報を共有することが、手戻りのない効率的な業務遂行とリスク低減につながります。また、当社の化学物質情報管理プロセスは、ISO9001 をはじめとする国際的なマネジメントシステムと整合するよう設計しています。 

chemSHERPAをはじめとする情報提供の実務 

収集した情報は、お客様が利用しやすい形に加工して提供しなければなりません。現在、業界標準となっているchemSHERPAを中心に、当社の実務対応について説明します。 

各種化学物質情報フォーマットに対応した提供体制 

お客様の業種や管理方針によって、求められる情報の形式は異なります。最も一般的なのはchemSHERPAですが、それ以外にも、特定の化学物質不使用証明書、お客様独自の調査票(エクセル形式など)、SDSの提出など、要求は多岐にわたります。 
府中プラでは、これらの多様な要求に柔軟に対応できる体制を整えています。ベースとなる材料情報が正確に管理されているため、どのフォーマットであっても、根拠のあるデータを迅速に作成・提供することが可能です。 

chemSHERPAを活用した正確な情報伝達 

特にchemSHERPAについては、単なるデータ作成ツールとしてではなく、サプライチェーン全体での情報伝達を円滑にするための共通言語として捉えています。 
当社では、材料メーカーから入手したchemSHERPA-CI(化学品データ)やSDSの情報を基に、お客様の要望に応じて成形品としてのchemSHERPA-AIデータを作成します。また、着色剤を配合する場合は、その配合比率に基づいた成分計算を行い、正確な含有量を算出します。形式的なデータ作成にとどまらず、「お客様が自社製品の適合性判断を行うために真に役立つ情報」を提供することを優先しています。 

含有化学物質情報の管理とトレーサビリティ 

提供した情報の根拠を明確にし、後から追跡可能にしておくこと(トレーサビリティ)は、成形メーカーの責務です。 

情報の整理・保管ルール 

取得した各種資料(SDS、証明書、chemSHERPAデータ等)は、社内規定に基づき体系的に整理・保管します。 
保管においては、どの製品(品番)に、どのメーカーの、どのグレードの材料を使用したかが明確になるように紐付けを行います。また、材料メーカーにおいて仕様変更(4M変更)があった場合は、旧仕様の情報と新仕様の情報を明確に区分し、製造ロット番号とリンクさせることで、いつ製造された製品がどの仕様に基づいているかを追跡できるようにしています。 

含有調査対応の標準フロー 

お客様から化学物質調査の依頼があった場合、担当者の属人的なスキルに頼るのではなく、標準化されたフローに従って対応します。 
まず、対象製品の構成材料(樹脂、着色剤、インサート金具等)を特定し、それぞれの最新の化学物質情報を各メーカーから入手します。次に、お客様の要求事項(対象法規制、閾値等)と照らし合わせ、適合性を確認します。最後に、指定されたフォーマットで回答データを作成し、ダブルチェックを行った上で提出します。 
この一連の流れを標準化することで、回答の抜け漏れやミスを防ぎ、一定の品質とスピードを維持しています。 

記録管理と監査対応 

調査回答の記録や、その根拠となった材料メーカーの資料は、適切な期間保存します。 
これは、万が一市場で製品トラブルが発生した際に迅速に原因を究明するためであり、また、お客様によるサプライヤー監査や内部監査において、管理の妥当性を証明するためでもあります。「いつ、どのような根拠に基づいて、適合と回答したのか」を常に提示できる状態にしておくことは、お客様からの信頼を得るための必須条件です。当社では、これらの記録管理を徹底することで、サプライチェーン全体のコンプライアンス強化に貢献しています。 

お客様に提供する価値(当社の強み) 

このような管理体制を構築・運用することで、府中プラはお客様に対して以下のような価値を提供します。 

信頼性の高い化学物質情報を迅速に提供 

材料メーカーの一次情報に基づいた回答であるため、情報の精度と信頼性が高く、お客様は安心して調達判断を行うことができます。 

多様な規制や顧客基準への柔軟な対応 

REACH規則、RoHS指令、化審法、PRTR法、そして近年注目されるPFAS規制など、化学物質規制は複雑化する一方です。特にPFASについては、欧州・米国を中心に規制対象の見直しと追加検討が進められており、材料段階でのリスク評価がより重要になることが予想されます。また、お客様ごとのグリーン調達基準も多様です。 
当社は、これらの多岐にわたる要求に対しても、ベースとなる正確な材料情報管理と、柔軟な出力体制によって確実に対応します。「この規制には対応できません」と断るのではなく、お客様の課題解決に向けて必要な情報を提供する姿勢をとっています。 

材料メーカーとの協働による情報の正確性向上 

正確な情報は、成形メーカー単独では作れません。材料メーカーとの強固な信頼関係と連携が不可欠です。当社は、材料メーカーに対して定期的に最新情報の提供を求めるとともに、規制動向に関する情報交換も行っています。これにより、材料の仕様変更や、新たな規制物質の含有リスクなどを早期に察知し、お客様への影響を最小限に抑える対応をとることができます。単なる「購入者と販売者」の関係を超えた、情報共有のパートナーシップを構築していることが、当社の情報管理の強みです。 

まとめ 

化学物質情報の管理は、単なる事務作業ではありません。成形メーカーにおける品質保証の根幹であり、お客様の調達リスクを大きく左右する重要な業務です。府中プラは、JAMPガイドラインの考え方を基盤とした体系的な管理プロセスを整備し、材料情報の入手、社内での管理、そしてお客様への提供を確実に行う仕組みを構築しています。 
今後も、刻々と変化する法規制や、ますます高度化するお客様の要求に確実に対応し、正確な情報提供を通じてサプライチェーンの信頼性向上に貢献していきます。 

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