化学物質不適合はなぜ起きるのか? - 業界の不適合事例から学ぶリスクポイント -
シリーズコラム第8回
製造業における化学物質不適合は、単なる成分の確認ミスだけでなく、サプライチェーン全体での情報連携の遅れや、製造現場における工程管理の不備など、複合的な要因によって発生します。特に射出成形ビジネスにおいては、材料メーカーから成形メーカー、そしてセットメーカーへと情報が伝達される過程で、認識の齟齬や情報の断絶がリスクとなります。
本コラムでは、化学物質管理の重要性を再確認するために、業界で一般的に報告されている典型的な不適合事例を題材に取り上げます。これらは、サプライチェーンのどこに落とし穴があるのかを理解するための重要なケーススタディです。府中プラでは、こうした事例を分析し、「想定すべきリスク」として予見することで、未然防止のための強固な管理体制を構築しています。
化学物質不適合が発生する典型パターン(業界事例ベース)
化学物質管理において、不適合が発生するパターンはある程度類型化できます。ここでは主要な4つのパターンについて、その発生メカニズムと成形メーカーが学ぶべき視点を解説します。
材料変更・仕様変更の“連絡遅延”による不適合
最も頻繁に課題となるのが、サプライチェーン上流での変更情報が下流に届くまでにタイムラグが生じる、あるいは情報が途絶えるケースです。
<不適合事例>
材料メーカーが、製品の性能向上や原材料の入手難などを背景に、添加剤の配合を微修正することがあります。この際、新たな添加剤に規制対象物質が含まれていなかったとしても、不純物として微量の規制物質が含まれてしまうケースがあります。
業界では、材料メーカーからの変更通知が商社止まりになっていたり、成形メーカーの担当者が「性能に影響しない些細な変更」と判断して顧客へ連絡しなかった結果、後に製品分析でRoHS指令などの規制値を超える物質が検出される事例が散見されます。
<成形メーカーが学ぶべき視点>
情報は「材料メーカー → 商社 → 成形メーカー → 顧客」という多段階のルートを流れます。この伝言ゲームの中で、情報の遅延や欠落は構造的に発生し得るリスクです。
成形メーカーとしては、材料メーカーからの変更通知(PCN:Process Change Notice)を確実にキャッチする体制を持つこと、そして「化学物質管理においては、どんなに小さな変更でも顧客への報告が必要である」という認識を徹底することが重要です。
着色剤(マスターバッチ)・添加剤由来の不適合
樹脂のベースポリマーそのものではなく、そこに添加される副資材が原因となるケースです。
<不適合事例>
ベースとなる樹脂材料はRoHS指令やREACH規則に適合しているにもかかわらず、顧客の要望に合わせて調色した着色剤(マスターバッチ)の中に、意図せず規制物質が含まれていたという事例です。
特に注意が必要なのが、特定の鮮やかな色を出すための顔料や、成形性を良くするための可塑剤(フタル酸エステル類)、難燃助剤、帯電防止剤、紫外線吸収剤などです。これらは機能を発揮させるために高濃度で配合されることがあり、成形品全体で見ても規制閾値を超えてしまうことがあります。過去には、特定の赤色や黄色系の顔料、あるいは軟質材向けの可塑剤で不適合が報告されています。
<成形メーカーが学ぶべき視点>
「樹脂メーカーの大手グレードを使っているから大丈夫」という油断は禁物です。成形メーカーにとってのリスクの核心は、自社で選定・配合する着色剤や添加剤にあります。
材料単位での厳格な化学物質情報管理を行い、着色剤メーカーからSDS(安全データシート)やchemSHERPAだけでなく、使用する顔料や分散剤の詳細な成分情報を入手し、評価するプロセスが不可欠です。
再生材(リサイクル材)に混入していた旧規制物質
環境配慮型製品へのニーズが高まる中で、再生材(リサイクル材)の利用に伴うリスクが顕在化しています。
<不適合事例>
市場から回収されたプラスチック(PCR:ポストコンシューマー材)を再利用する場合、その回収ルートや分別の精度によっては、予期せぬ物質が混入します。
典型的な例として、過去の電気製品に使用されていた筐体をリサイクルした際、現在では使用が禁止されている臭素系難燃剤(PBDEなど)が混入してしまうケースがあります。これらは「レガシー物質」と呼ばれ、リサイクル材特有の問題です。製造当時は合法であったとしても、現在の規制基準では不適合となります。
<成形メーカーが学ぶべき視点>
再生材を採用する場合、単に物性やコストだけでなく、「出所と履歴の透明性」を確認することが最大の課題となります。どのような製品からリサイクルされたのか、分別の工程で異物除去がどう行われているのか、ロットごとの成分変動はどの程度か。これらを管理できない再生材は、コンプライアンスリスクが高すぎるため採用には慎重な判断が必要です。
成形工程に由来する“微量混入”
材料そのものは適合していても、成形メーカーの工場内で規制物質が混入してしまうケースです。
<不適合事例>
成形機の段取り替え(色替え・樹脂替え)の際、洗浄が不十分だったために、前のロットで使用した着色剤や難燃剤が、次の製品に混入する事例です。また、金型のメンテナンスで使用する防錆剤や離型剤、洗浄スプレーなどに、PRTR法や有機溶剤中毒予防規則などで管理が必要な成分が含まれており、それが製品に付着・残留するケースもあります。さらに、成形後の二次加工(印刷や塗装)で使用したインキや溶剤に、顧客の禁止物質が含まれていたという報告もあります。
<成形メーカーが学ぶべき視点>
工程起因の不適合は、意図的な添加ではなく「コンタミネーション(汚染)」として発生します。たとえ微量であっても、分析機器の感度が上がっている現在では検出されてしまいます。これを防ぐためには、段取り替えの手順化(パージ材の量や洗浄回数の規定)、使用する副資材(スプレー類)の成分確認、そして二次加工の委託先管理が要となります。
なぜ不適合は“属人的対応”で起きやすいのか?
これらの不適合事例の多くに共通しているのは、「組織的な仕組み」ではなく「個人の判断」に依存していたという点です。
化学物質情報が組織で共有されていない
化学物質に関する情報が、営業担当者や購買担当者のメールボックスの中に留まり、品質保証部門や製造現場に共有されていないことが原因でトラブルが起きます。例えば、規制情報が更新され、ある物質がSVHCに追加されたにもかかわらず、その情報を知らない製造担当者が古い在庫の着色剤を使い続けてしまうといったケースです。情報が組織全体で同期されていないと、リスクの検知が遅れます。
材料メーカー・商社との情報連携が不足している
「メーカーから連絡が来るだろう」という受け身の姿勢では、情報のキャッチアップが遅れます。特に海外メーカーの材料や、商社を経由する材料の場合、情報伝達の経路が複雑になります。成形メーカー自らが能動的に最新情報を問い合わせ、エビデンスを入手する「一次情報の確実な入手」へのこだわりがなければ、不適合を防ぐことはできません。
工程管理が手順化されていない
成形機の洗浄や、再生材の混合比率管理などが、ベテラン作業者の「勘」や「コツ」に依存している場合もリスクが高まります。
「いつも通りやったつもり」でも、担当者が変われば作業品質が変わり、それがコンタミネーションの原因となります。化学物質管理においては、作業手順書に基づいた標準化された作業と、その記録が不可欠です。
府中プラが“想定すべきリスク”として重視している領域
以上の業界事例と分析を踏まえ、府中プラではこれらを「自社でも起こり得るリスク」として強く認識し、以下の領域を重点的に管理しています。
材料変更時の早期キャッチ体制
私たちは、材料メーカーにおける4M変更の情報を早期にキャッチするために定期的なデータの更新要求を心がけています。また、変更通知を受け取った際は、直ちに購買部門、品質管理部門、営業部門で情報共有し、顧客への報告要否を判断する仕組みを運用しています。
着色剤・添加剤の情報管理
業界事例でも最も不適合が多い「着色剤・添加剤」については、特に管理強度を高めています。新規採用時には、SDSだけでなく詳細な成分情報の開示を求め、規制物質の含有リスクを精査します。また、RoHSやREACHなどの法規制情報と照らし合わせ、将来的に規制対象となり得る物質が含まれていないかも確認の対象としています。
工程での意図せぬ混入防止
成形現場におけるコンタミネーション防止のため、段取り替え時の洗浄手順を標準化しています。特に、難燃グレードや特殊な着色剤を使用した後の洗浄については、パージ材の使用量や洗浄確認の方法を具体的に定めています。また、工場内で使用する洗浄剤や離型剤などの副資材についても、製品含有化学物質管理の観点から選定を行い、リスクのあるものは使用禁止とする運用を行っています。
再生材採用時のリスク評価
今後需要が増加する再生材については、コンプライアンスとの両立を最重要テーマとしています。採用にあたっては、リサイクル材メーカーに対して原料ソースの開示を求めるとともに、ロットごとの蛍光X線分析によるスクリーニング検査の実施など、品質保証体制が整っているかを確認します。リスクが高いと判断される場合は、お客様に対してリスク情報を開示し、代替案を提案する姿勢をとっています。
まとめ
第8回では、業界で実際に報告されている不適合事例をもとに、成形メーカーとして認識すべきリスクポイントを整理しました。
「連絡ミス」、「着色剤の管理不足」、「再生材の履歴不明」、「工程内の混入」。これらは決して他人事ではなく、どの成形メーカーでも起こり得る普遍的なリスクです。
府中プラでは、これらのリスクを「予見」し、組織的な仕組みによって「未然防止」することを徹底しています。過去の他社の事例から学び、自社の管理体制にフィードバックし続けることこそが、お客様に安心を提供する唯一の道であると考えています。
次回は、視点を再びグローバルに向け、米国のTSCA規制や、近年欧州で話題となっているミネラルオイル(MOSH/MOAH)規制、そしてアジア各国の最新規制動向へとテーマを進めます。より広範な視野で化学物質管理を捉え、実践的な体制強化につなげるための情報を提供します。




