材料選定は「優先順位」で決まる - 射出成形の体系的理解 課題解決編-3
射出成形の課題解決において、「材料を変えれば何とかなるのではないか」という発想は、ごく自然なものです。割れが出た、変形する、耐久性に不安がある。そうした状況に直面すると、より強い材料、より耐熱性の高い材料、より靭性のある材料へと目が向きます。実際、材料変更によって課題が解決するケースもあります。
しかし一方で、樹脂の種類を変更しても期待した改善が得られない、あるいは別の問題が表面化するケースも少なくありません。その理由は単純です。射出成形において、すべての要件を同時に満たす「完璧な材料」は存在しないからです。材料選定とは、材料の優劣を決める作業ではなく、設計要件の優先順位をどこに置くかを決める作業に他なりません。
本記事では、材料選定を「スペック比較」や「グレード選び」の話から切り離し、設計要件を俯瞰し、優先順位を付けるという観点から整理します。そのうえで、なぜ材料選定が設計者一人では難しくなりがちなのか、その構造的な理由を明らかにしていきます。
材料選定が迷走する典型パターン
材料選定がうまく進まない案件には、いくつかの共通点があります。そのひとつが、課題を「材料の性能不足」として捉えてしまうことです。たとえば、割れが起きた場合に「靭性の高い材料に変えればよい」、耐熱性が足りない場合に「より耐熱グレードへ変更すればよい」といった判断です。方向性としては間違っていませんが、この段階では、まだ材料を選ぶための前提条件が整理されていません。
プラスチックには必ず得意・不得意があります。靭性を上げれば剛性が下がることがあり、優れた耐熱性をもつ樹脂は流動性や成形性が犠牲になることもあります。耐薬品性、寸法安定性、外観性、難燃性、コスト、調達安定性といった要件をすべて高水準で満たす材料は存在しません。それにもかかわらず、材料のカタログスペックだけを見て「これなら全部いけそうだ」と判断すると、どこかで無理が生じます。
この段階で起きているのは、材料選定の失敗ではなく、要件整理の不足です。どの要件を最優先するのか、どこは許容できるのかが曖昧なまま材料を比較しても、判断は定まりません。
設計要件は想像以上に多層的である
設計者が材料選定を行う際、頭の中には多くの要件が同時に存在しています。機能要件、強度や耐久性、外観、使用環境、組付け条件、加工性、製品コスト、納期、量産時の安定性。これらは単独で存在しているのではなく、相互に影響し合っています。
たとえば、強度を優先すると肉厚やリブ設計が変わり、それが外観や寸法精度に影響します。耐熱性を重視すると材料選択が変わり、成形条件や金型設計に影響が及びます。コストを抑えようとすると材料グレードが制限され、調達性や品質ばらつきが問題になることもあります。
材料選定が難しくなるのは、これらの要件を一列に並べて比較できないからです。要件は縦にも横にも広がっており、どこを起点に考えるかによって結論が変わります。ここで必要なのは、すべての要件を同時に満たそうとする姿勢ではなく、どの要件を軸に据えるかを決めることです。
優先順位が決まらないと、材料は決まらない
材料選定で最も重要なのは、性能値の大小ではなく、優先順位の明確さです。たとえば、多少コストが上がっても信頼性を優先するのか、一定の性能を満たせばコストや調達性を重視するのか。短期的な性能だけでなく、量産時の安定性や長期供給のリスクをどう評価するのか。
優先順位が曖昧なままでは、材料メーカーの提案を受けても判断できません。提案された材料が「良い」のか「過剰」なのか、「別の制約を生まないか」を評価する軸がないためです。その結果、材料変更を繰り返したり、検証が長期化したりします。
材料選定とは、材料を選ぶ作業であると同時に、設計要件に優先順位を付ける意思決定プロセスです。このプロセスを省略すると、どれだけ材料候補を増やしても、課題解決には近づきません。
優先順位付けを実務でどう扱うか
設計要件の優先順位付けは、机上で完結する作業ではありません。実務では、要件同士が衝突する場面が必ず現れます。強度を優先すると外観に影響が出る、耐熱性を上げると成形性が落ちる、コストを抑えると調達安定性に不安が残る。重要なのは、これらの衝突を避けることではなく、どの衝突を受け入れるかを決めることです。
この判断を誤ると、材料選定は迷走します。たとえば、性能面で最も安心できる材料を選んだ結果、成形条件が極端に厳しくなり、量産でばらつきが出る。あるいは、コストを優先して材料を選んだ結果、長期信頼性や環境耐性に不安が残る。いずれも、優先順位が明確でないまま材料を決めてしまったことが原因です。
優先順位付けとは、「どれを捨てるか」を決める行為でもあります。すべてを満たそうとしない。その覚悟を持てるかどうかが、材料選定の成否を分けます。
設計者が単独で材料を絞り込むことの難しさ
材料選定が難しい理由は、要件の多さだけではありません。設計者が把握できる情報と、量産現場で実際に問題になる情報との間に、どうしてもギャップが生じる点にあります。カタログスペックでは問題なさそうに見えても、実際には金型構造との相性や、成形条件の許容幅、ロット間ばらつきが影響することがあります。
また、材料メーカーの推奨グレードは、特定条件下での最適解であることが多く、設計要件全体を前提にしているとは限りません。設計者がその提案を評価しようとしても、どの制約が量産上のリスクになり得るのかを、事前に見抜くのは容易ではありません。
その結果、材料候補を増やして検証を重ねる一方で、判断が先送りされ、開発が停滞するという事態が起こります。これは設計者の判断力不足ではなく、材料選定が本質的に分業と統合を必要とする作業であることを示しています。
材料選定を「成立条件の設計」として捉える
材料選定を前に進めるためには、材料を選ぶ作業を「成立条件の設計」として捉え直す必要があります。どの材料を使えば成形が成立するかではなく、どの前提条件を組み替えれば、選択した材料が安定して成立するかを考える視点です。
この視点に立つと、材料選定は設計変更や金型条件の見直しと切り離せなくなります。材料を変えずに形状側で対応する方が合理的な場合もあれば、設計要件を維持するために材料側で妥協すべき場合もあります。重要なのは、材料だけを単独で評価しないことです。
材料選定がうまく進む案件では、設計要件の優先順位、材料特性、成形成立条件が一体として整理されています。逆に、材料だけが浮いた議論になっている案件ほど、試作や評価を繰り返しても結論に辿り着けません。
府中プラが支援する材料選定の考え方
府中プラでは、材料選定を単なるグレード選びとして扱いません。設計要件を俯瞰し、どの要件を最優先とするのかを整理したうえで、材料・設計・金型・成形の成立条件を一体として検討します。
材料候補の絞り込みから、試作評価、量産を見据えたリスク整理までを通して行うことで、「選んだ材料が本当に成立するのか」を構造的に判断します。これにより、材料変更を繰り返す無駄や、量産段階での想定外トラブルを減らすことができます。
設計者が一人で抱え込む必要はありません。材料選定を全体最適の問題として捉え直し、判断を前に進めるための支援を行う。それが府中プラの役割です。
材料選定は、課題解決の一部に過ぎません。
設計・材料・加工を横断して課題を整理し、どこから判断すべきかという全体像は、下記の記事でまとめています。
射出成形の課題解決ガイド- 設計・材料・加工の最適解を探る
まとめ
射出成形において、完璧な材料は存在しません。材料選定の本質は、材料の性能比較ではなく、設計要件を俯瞰し、優先順位を明確にすることにあります。優先順位が定まれば、材料選定は自然と収束します。
材料選定に迷ったときは、材料だけに答えを求めるのではなく、前提条件全体を見直す必要があります。そのプロセスを通じてこそ、課題解決は前に進みます。

