技術解説

エンプラによる金属代替の基礎知識 ─ 樹脂と金属の物性差を正しく理解する

エンプラによる金属代替の基礎知識 ─ 樹脂と金属の物性差を正しく理解する

成功の鍵は“物性の違いを前提にした設計思考”

軽量化、コスト削減、高機能化などを目的に、金属部品をエンジニアリングプラスチック(エンプラ)などの樹脂に置き換える「金属代替」は、現代のものづくりにおいて重要な選択肢となっています。しかし、この取り組みを成功させるためには、単に金属部品の形状や寸法をそのまま樹脂でコピーするだけでは不十分です。なぜなら、金属と樹脂は、その成り立ちからして根本的に異なる物性を持つ素材だからです。安易な材料置換は、「剛性が足りず、たわんでしまう」「熱で変形して嵌合が緩む」「長期間使っているうちに割れてしまった」といった予期せぬトラブルを引き起こしかねません。金属代替を成功させるために最も重要なのは、金属と樹脂の“物性の違いを前提にした設計思考を身につけることです。それぞれの素材の長所と短所を正しく理解し、樹脂の特性を最大限に活かし、弱点を補う設計を行う必要があります。

本コラムでは、金属代替を検討する上で特に重要となる「代表的な物性差」に焦点を当て、それが実際の部品設計にどのような影響を与え、どのような点に注意すべきかを具体的に解説していきます。この知識は、失敗しない樹脂化設計のための基礎となるはずです。

ヤング率(剛性)の違い:たわみやすさを考慮した形状設計

物体に力を加えたときの「変形のしにくさ」、すなわち剛性を示す指標がヤング率(縦弾性係数)です。この値が大きいほど、材料は硬く、変形しにくいことを意味します。

金属と樹脂の差

金属:数十 GPa 〜 200 GPa (例:アルミニウム 約70 GPa、鋼 約200 GPa)

樹脂(非強化エンプラ):一般的に 2 〜 4 GPa 程度

樹脂(ガラス繊維(GF)強化エンプラ):GF含有率にもよりますが、10 〜 20 GPa 程度

この数値を見てもわかる通り、樹脂のヤング率は金属に比べて1桁から2桁も低いのが一般的です。ガラス繊維などで強化されたエンプラでも、金属の剛性には及びません。

設計への影響

ヤング率が低いということは、同じ形状で同じ荷重を受けた場合、樹脂部品は金属部品よりもはるかに大きく変形(たわむ)ということです。金属部品と同じ感覚で薄肉に設計してしまうと、必要な剛性が得られず、使用時に「ぐにゃぐにゃする」「荷重で大きくしなってしまう」「部品同士が干渉する」といった問題が発生します。

設計上の対策
樹脂で金属と同等の剛性を確保するためには、材料のヤング率の低さを補う形状設計が必要です。

⓵肉厚を増す:最も基本的な対策ですが、単純に肉厚を増やすだけでは重量増やコスト増につながるため、効率的ではありません。また、ヒケやボイドの発生等、成形不良が発生するリスクが生じます。

②リブ(補強骨)の活用: 部品の強度や剛性を高めるために、効果的な位置にリブを設けるのが樹脂設計の定石です。リブの高さや形状、配置を最適化することで、少ない材料で効率的に剛性を高めることができます。これは射出成形ならではの設計自由度を活かしたアプローチです。

③断面形状の工夫: I字断面や箱型断面など、断面二次モーメント(曲げにくさを示す指標)が大きくなるような形状に設計することも有効です。

④一体成形による構造的剛性の向上: 複数の部品を一体化することで、部品単体ではなく構造全体として剛性を確保する考え方もあります。

金属の設計図を流用するのではなく、樹脂の低いヤング率を前提として、「たわみ」や「がたつき」が発生しないよう、リブや断面形状を工夫した樹脂ならではの剛性設計を行うことが不可欠です。

線膨張係数(熱変形)の違い:温度変化による寸法変化に注意

物質は温度が上昇すると膨張し、下降すると収縮します。この温度変化に対する寸法変化の度合いを示すのが線膨張係数(熱膨張係数)です。

金属と樹脂の差

金属:10 〜 20 × 10⁻⁶ /K (例:鉄 約12、アルミニウム 約23 × 10⁻⁶ /K)

樹脂:50 〜 200 × 10⁻⁶ /K (ガラス繊維強化グレードでも金属の2〜5倍程度)

樹脂の線膨張係数は、金属と比較して非常に大きく、一般的に5倍から10倍、場合によってはそれ以上になります。ガラス繊維などを配合して線膨張係数を抑えたグレードもありますが、それでも金属より大きい傾向があります。

設計への影響

線膨張係数が大きいということは、周囲の温度変化によって部品の寸法が大きく変化することを意味します。特に、精密な寸法精度が要求される部品や、異なる材料(金属など)と組み合わせて使用される部品では、この熱膨張・収縮が問題となる可能性があります。

①嵌合部品のクリアランス変化: 温度変化によって、軸と穴のはめあい(クリアランス)が変化し、きつくなったり緩くなったりする可能性があります。高温環境で嵌合がきつくなり摺動不良を起こしたり、低温環境で隙間が大きくなりガタつきや異音が発生したりすることがあります。

②異種材料との組み合わせ: 金属部品と樹脂部品をボルトなどで締結している場合、温度変化によって両者の伸び縮みの差から反りや内部応力が発生し、最悪の場合、破損に至ることもあります(特にインサート成形品)。

③寸法精度の維持: 高温環境と低温環境を行き来するような製品では、基準となる寸法そのものが変動するため、厳しい寸法公差を維持することが難しくなります。

設計上の対策

クリアランスの適切な設定: 想定される使用温度範囲を考慮し、温度変化による寸法変動を見越して、適切なクリアランス(隙間)を設定する必要があります。

①応力緩和構造: 異種材料と組み合わせる場合は、締結部に長穴を用いる、あるいは柔軟性のある材料を介在させるなど、熱膨張差による応力を吸収・緩和する構造を検討します。

②材料選定: 使用環境や要求精度に応じて、ガラス繊維やミネラルフィラーを配合した低線膨張グレードのエンプラを選定することも有効な対策です。

③寸法公差設定: 樹脂の大きな線膨張係数と、後述する成形収縮の影響を考慮し、必要以上に厳しい公差を設定しないことも重要です。機能上必要な箇所を見極め、適切な公差を設定することが、コストと品質のバランスを取る上で大切です。

特に、射出成形においては、成形時の高温状態から常温に冷却される過程で「成形収縮」も発生します。この成形収縮率も樹脂の種類や成形条件によって変動するため、熱膨張と合わせて寸法変化要因として考慮する必要があります。

クリープ(長期変形)の挙動差:持続荷重下での変形を予測する

物体に一定の荷重(応力)をかけ続けると、時間の経過とともに変形が進行していく現象をクリープといいます。金属の場合、よほど高温にならない限り、常温域ではクリープ変形はほとんど無視できます。一方、樹脂の場合、常温域であっても、持続的な荷重下ではクリープ変形が顕著に現れます。特に温度が高くなると、その進行は加速されます。金属の感覚で設計していると見落としがちですが、樹脂部品、特にエンプラを用いた構造部品の設計においては、クリープ現象の考慮が不可欠です。

設計への影響

クリープ変形は、特に長期間にわたって荷重がかかり続けるような用途で問題となります。

①締結部の緩み: ボルトやネジで締め付けられた樹脂部品は、クリープによって徐々に変形し(応力緩和)、初期の締結力が低下して緩みが発生する可能性があります。

②圧入部品の保持力低下: 金属軸などを樹脂部品に圧入している場合、樹脂側のクリープによって穴径がわずかに広がり、保持力が低下して抜けや緩みにつながることがあります。

③荷重支持構造のたわみ増加: 棚やブラケットのように、常に荷重を支えている部品では、初期のたわみに加えてクリープによるたわみが時間とともに増加し、機能不全や破損の原因となることがあります。

④シール性の低下: ガスケットやOリング溝など、一定の圧縮力でシール性を保っている箇所で、クリープによる変形(ヘタリ)が起こると、シール性が低下する可能性があります。

重要なのは、「初期の設計形状 ≠ 長期間使用後の形状」であるという認識を持つことです。

設計上の対策

①許容応力の設定: 材料メーカーが提供するクリープデータ(応力、温度、時間に対するひずみの関係を示したグラフなど)を参考に、長期的な使用を考慮した許容応力を設定します。単純な引張強度だけでなく、クリープ破断強度やクリープひずみを考慮する必要があります。

②リブや肉厚による応力分散: 荷重がかかる部分の断面積を大きくしたり、リブで補強したりすることで、部品にかかる応力レベルを低減し、クリープ変形を抑制します。

③締結方法の工夫: ボルト締結の場合、金属製のカラーを併用して樹脂部への直接的な圧縮応力を避けたり、皿バネ座金などを用いて緩みを防止したりする方法があります。

④材料選定: クリープ特性は樹脂の種類やグレードによって大きく異なります。一般的に、結晶性樹脂(POM, PA, PBTなど)は非晶性樹脂(PC, ABSなど)よりも耐クリープ性に優れる傾向があります。また、ガラス繊維強化によって耐クリープ性は大幅に向上します。使用条件(温度、応力、期間)に合わせて、適切な耐クリープ性を持つ材料を選定することが重要です。

クリープは目に見えにくい現象ですが、製品の長期信頼性に直結します。特に高温環境下での使用や、高い荷重がかかる部品では、必ず考慮すべき項目です。

疲労強度・応力集中感受性:繰り返し荷重への耐性と破壊の起点

物体に繰り返し荷重(応力)が作用すると、静的な強度よりもはるかに低い応力レベルで破壊に至ることがあります。これを疲労破壊といいます。

金属と樹脂の差

金属では、多くの場合、「疲労限度」と呼ばれる、それ以下の応力であれば無限回の繰り返しに耐えられる限界が存在します(S-N曲線が水平になる)。樹脂は、明確な疲労限度が存在しない場合が多く、低い応力レベルでも繰り返しの回数が増えればいずれ破壊に至る傾向があります。また、金属に比べて応力集中に対する感受性が高いという特徴があります。

設計への影響

樹脂部品は、形状的な不連続部(ノッチ、シャープコーナー、穴、断面の急激な変化、リブの付け根など)に応力が集中しやすく、その部分が疲労破壊の起点となりやすい傾向があります。

①予期せぬ早期破壊: 金属と同じ感覚で鋭角なコーナーや小さな穴を設けると、その部分に応力が集中し、想定よりもはるかに少ない繰り返し回数で亀裂が発生・進展し、破壊に至る可能性があります。

②ウェルドラインの影響: 射出成形特有のウェルドライン(樹脂の合流部にできる線)は、強度的に弱点となりやすく、疲労破壊の起点になることがあります。

③ガラス繊維強化材の異方性: ガラス繊維強化エンプラの場合、繊維の配向方向によって疲労強度が大きく異なります(異方性)。荷重方向と繊維配向を考慮しない設計は、強度不足を招く可能性があります。

設計上の対策

①応力集中の緩和: 疲労破壊を防ぐ最も重要な対策は、応力集中を避ける設計です。

– フィレット(R形状)の付与: 部品のコーナー部やリブの根元には、可能な限り大きな半径のフィレット(丸み)を設けます。Rを大きくするほど応力集中は緩和されます。

– 段階的な断面変化: 肉厚などが急激に変化する箇所は、滑らかなテーパー形状にするなど、応力の流れがスムーズになるように設計します。

穴周りの補強: 穴を開ける場合は、周囲に肉盛りをするなどの補強を検討します。

②S-N曲線の参照: 材料メーカーが提供するS-N曲線(応力と破断までの繰り返し数の関係を示したグラフ)を確認し、想定される応力レベルと繰り返し数に対して十分な余裕があるか評価します。

③ゲート位置とウェルドラインの管理: 射出成形金型の設計段階で、応力集中部や重要箇所にウェルドラインが発生しないようにゲート位置を検討することが重要です。

④GF強化材の配向考慮: GF強化材を使用する場合は、主要な荷重方向に繊維が配向するように、ゲート位置や製品形状を考慮した設計が求められます。

樹脂部品の疲労設計では、「いかに応力集中を避けるか」が鍵となります。滑らかな形状を心がけることが、長期的な信頼性を確保する上で非常に重要です。

衝撃特性と破壊様式の違い:壊れ方(脆性 vs 延性)を理解する

物体に瞬間的に大きな力が加わった(衝撃を受けた)ときの壊れにくさ、すなわち靭性(じんせい)も、材料によって大きく異なります。壊れ方には、粘り強く変形してから破壊する延性破壊と、ほとんど変形せずに一気に割れてしまう脆性破壊があります。

金属と樹脂の差

金属は、常温域では一般的に延性に富み、衝撃を受けても大きく変形することでエネルギーを吸収し、割れにくい(延性破壊)性質があります。樹脂は、温度や応力速度(衝撃の速さ)によって、延性破壊と脆性破壊の両方を示します。 特に、低温環境下や、高速で衝撃が加わった場合、あるいはノッチ(切り欠き)が存在する場合に脆性破壊を起こしやすくなる傾向があります。

設計への影響

樹脂部品が予期せず脆性破壊を起こすと、破片が飛散するなど、大きな事故につながる可能性があります。

①低温環境での使用: 冷凍庫内の部品や寒冷地で使用される自動車部品などは、常温では十分な靭性を持つ材料でも、低温になると脆くなり、わずかな衝撃で割れてしまうことがあります(低温脆性)。

②落下衝撃: スマートフォンや工具など、落下衝撃を受ける可能性のある製品では、衝撃エネルギーを吸収できずに脆性的に破壊してしまうリスクがあります。

③ノッチ効果: 前述の疲労と同様に、シャープコーナーや傷などのノッチ部は応力集中を引き起こし、衝撃に対する脆さを助長します。

設計上の対策

①使用温度域の考慮: 製品が使用される最低温度を考慮し、その温度域でも十分な靭性を維持できる材料を選定することが重要です。材料データシートに記載されている「脆化温度」などが参考になります。

②衝撃試験データの活用: 材料選定の際には、シャルピー衝撃試験やアイゾッド衝撃試験といった、標準化された衝撃試験の結果(衝撃値)を比較検討します。ノッチ付き試験片の結果は、ノッチ感受性を見る上で重要です。

③応力集中の回避: 衝撃に対しても、応力集中を避ける設計(フィレット、滑らかな形状)は有効です。

④衝撃吸収構造の設計: 必要に応じて、衝撃エネルギーを吸収するためのリブ構造や、バンパーのような別部品を設けるなどの対策も考えられます。

⑤材料改質: ゴム成分などを配合して耐衝撃性を高めたグレード(耐衝撃グレード)のエンプラも多く存在するため、用途に応じて検討します。

樹脂の衝撃特性は、温度や応力速度への依存性が大きいことを理解し、使用条件に合った材料選定と応力集中を避ける設計を心がけることが重要です。

熱伝導率・電気特性:放熱と絶縁の特性を活かす

熱の伝わりやすさを示す熱伝導率と、電気の通しやすさを示す導電率(またはその逆数の抵抗率)も、金属と樹脂で大きく異なります。

金属と樹脂の差

金属は、非常に高い熱伝導率と高い電気伝導性を持ちます(良導体)。樹脂は、基本的に熱伝導率は非常に低く(断熱材に近い)、電気はほとんど通しません(絶縁体)。

設計への影響

これらの特性の違いは、特に電子機器や熱を発する機械部品の設計において重要になります。

①放熱性の課題: モーターやLED、電子回路基板など、動作時に熱を発する部品の筐体や周辺部品に樹脂を使用する場合、金属のように熱が効率的に拡散・放熱されにくいため、内部に熱がこもり、部品の温度上昇を引き起こす可能性があります。これにより、性能低下や寿命の短縮、誤動作、最悪の場合は熱破壊につながることもあります。

②絶縁性のメリット: 一方で、電気を通しにくいという特性は、電気・電子部品のハウジングやコネクタ、スペーサーなどにおいて、短絡(ショート)防止や感電防止に役立ちます。金属部品では必要だった絶縁シートや複雑な絶縁構造が不要になり、設計の簡略化や小型化に貢献します。

設計上の対策

①放熱設計: 樹脂部品で放熱が必要な場合は、以下のような対策を検討します。

– 通気孔(ベント)の設置: 筐体などに通気孔を設け、空気の流れを作って熱を逃がします。

– ヒートシンクの併用: 熱源となる部品に金属製のヒートシンク(放熱板)を取り付け、樹脂部品を介さずに直接放熱させます。

– 熱伝導性樹脂の利用: 炭素繊維やセラミック系のフィラーを配合し、熱伝導性を高めた特殊なエンプラ(放熱樹脂)を使用します。ただし、高価であったり、他の物性(強度、成形性など)に影響が出たりする場合があるため、注意が必要です。

②絶縁設計: 樹脂の絶縁性を積極的に活用し、安全規格(沿面距離、空間距離)を満たす設計を行います。ただし、静電気対策が必要な場合は、導電性フィラーを配合した帯電防止グレードや導電性グレードの樹脂を選定する必要があります。

熱と電気に関する特性は、金属と樹脂でほぼ正反対と言えます。それぞれの特性を理解し、必要に応じて放熱対策や絶縁設計を適切に行うことが重要です。

まとめ:金属と樹脂は“根本から異なる素材”と認識する

ここまで見てきたように、金属と樹脂(エンプラ)は、剛性、熱膨張、クリープ、疲労、衝撃、熱・電気特性など、多くの基本的な物性において大きな違いがあります。 見た目の形状やサイズが同じ部品であっても、その背後にある設計ロジックは全く異なると言っても過言ではありません。金属代替を成功させるためには、これらの物性差を深く理解し、「なぜ金属ではこの形状で良かったのか」「樹脂で同じ機能を実現するにはどうすればよいか」を常に考える必要があります。樹脂の弱点(低い剛性、大きな熱膨張、クリープ、応力集中への弱さなど)を設計で巧みに補い、樹脂の利点(軽量性、設計自由度、一体成形性、耐食性、絶縁性など)を最大限に引き出すこと。これが、樹脂化設計の醍醐味であり、最も重要なポイントです。物性差を正しく知ることこそが、失敗しない樹脂化設計、そして金属代替による真の価値創造への第一歩となるでしょう。


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