技術解説

メラミンを含有した射出成形部品のREACH規制対応

メラミンを含有した射出成形部品のREACH規制対応

グローバル化の進展に伴い、射出成形部品の国際的な調達や輸出は、多くの機器メーカーにとって日常的な業務となっています。しかし、その一方で、世界各国で化学物質に対する規制は年々強化されており、特に欧州連合(EU)のREACH規則(化学品の登録、評価、認可及び制限に関する規則)は、製品をEU市場に投入する企業にとって避けては通れない重要な課題です。規制への対応を誤れば、EU域内での販売停止や罰金といった深刻な事態を招きかねず、企業のブランドイメージや経営に大きな影響を与える可能性があります。

本コラムでは、数ある化学物質の中でも、2025年現在、特に射出成形部品の設計・製造に関わる方々が注意すべき「メラミン」に焦点を当てます。メラミンは、近年REACH規則におけるSVHC(高懸念物質)に指定され、POM(ポリアセタール)の原材料として広く使用されてきた経緯があります。本稿を通じて、メラミン含有POM部品をEUへ輸出する際に求められるREACH規制上の対応、特に情報伝達義務やSCIPデータベースへの届出について、最新の動向を踏まえながら分かりやすく解説します。設計者の皆様が、規制の本質を理解し、実務的な対応を進めるための一助となれば幸いです。

メラミンのSVHC指定とPOM部品での利用 

メラミン(CAS No. 108-78-1)は、2023年1月に欧州化学品庁(ECHA)によってSVHC(Substance of Very High Concern:高懸念物質)の候補リストに追加されました。SVHCに指定される主な理由は、その物質が持つ人の健康や環境に対する深刻な有害性です。メラミンの場合、特に腎臓への影響や、特定の条件下での発がん性が懸念され、「人の健康に対して、CMR(発がん性、変異原性、生殖毒性)物質と同等の懸念がある物質(第57条(f))」として特定されました。

このメラミンは、射出成形材料として広く利用されるPOM(ポリアセタール)樹脂、特にコポリマータイプのPOMにおいて、安定剤や酸捕捉剤、あるいは滑剤としての機能を持たせるために、添加剤として意図的に使用されてきた歴史があります。POM樹脂は、成形時や使用環境下で微量のホルムアルデヒドを発生する可能性があり、メラミンはこれを捕捉し、樹脂の分解を抑制する役割や、成形時の流動性を改善する役割を担ってきました。

そのため、機械部品、自動車部品、電気電子部品など、様々な分野で使用されるPOM製の射出成形部品(ギア、ベアリング、ハウジング、レバーなど)には、過去に製造されたものや一部のグレードにおいて、依然としてメラミンが意図的に含有されている可能性があります。また、POM樹脂以外のエングプラスチックや熱硬化性樹脂においても、難燃剤の成分や架橋剤としてメラミン化合物が利用されるケースがあり、これらが最終製品に組み込まれることも考慮に入れる必要があります。

SVHCに指定されたからといって、直ちにその物質の使用や上市が禁止されるわけではありません。しかし、一定濃度以上含有する製品には、後述する情報伝達義務や届出義務が発生するため、自社製品や調達部品におけるメラミンの含有状況を正確に把握することが、REACH規制対応の第一歩となります。

REACH規制の基礎知識(成形品・部品への適用)

REACH規則は非常に広範な内容を含みますが、メラミンのようなSVHCを含有する「成形品(Article)」をEUへ輸出する際に、特に重要となるのは以下の義務です。

REACH規則 第33条:SVHC含有成形品の情報伝達義務

成形品中にSVHCが0.1重量%(wt%)を超えて含有されている場合、その成形品の供給者(製造者、輸入者、販売者など)は、受領者(業務上の顧客)に対して、安全な使用を可能にするための十分な情報(少なくとも物質名)を提供する義務があります。この情報は、サプライチェーンを通じて川下企業へ確実に伝達されなければなりません。
さらに、消費者から情報提供の要請があった場合、供給者は要請を受けてから45日以内に、同様の情報(SVHCの物質名と、安全に使用するための情報)を無償で提供する義務があります。

SCIPデータベースへの届出義務

上記の第33条の条件(SVHCを0.1wt%超含有)を満たす成形品をEU市場に上市する企業(EU域内の製造者、輸入者、組立業者、上市する販売業者など)は、その成形品に関する情報をECHAが管理するSCIPデータベース(Substances of Concern In articles as such or in complex objects (Products))に届け出る義務があります。SCIPデータベースの目的は、製品ライフサイクル全体(特に廃棄物処理段階)を通じてSVHC含有製品の情報を透明化し、リサイクル促進や有害物質の拡散防止に貢献することです。届出情報には、成形品の識別情報、SVHCの名称・濃度範囲・含有箇所、安全使用情報などが含まれます。

これらの義務は、EU域外の企業が直接的な法的義務を負うわけではありませんが、EU域内の輸入者や顧客から、これらの義務を果たすための情報提供を強く求められることになります。したがって、EUへ製品を輸出する日本の設計者やメーカーも、実質的にこれらの規制に対応していく必要があります。

実務上の対応ポイント 

自社が設計・製造するPOM部品、あるいはそれらを組み込んだ製品に、メラミンが0.1wt%を超えて含有されている疑いがある場合、以下のステップで対応を進める必要があります。

対応フローの確認:0.1wt%超のメラミン含有時に必要な対応

含有情報の確認

まず、使用しているPOM材料のグレードやサプライヤーからの情報を基に、メラミンの含有有無および濃度を確認します。SDS(安全データシート)や材料メーカーの製品仕様書、含有物質報告書(例:chemSHERPA)などが情報源となります。必要に応じて、分析試験による確認も検討します。

0.1wt%の閾値判定

メラミン含有が確認された場合、その濃度が成形品全体に対して0.1wt%(1000ppm)を超えるか否かを判定します。この「成形品」の定義が重要で、REACH規則では「特定の形状、表面、またはデザインを与えられた物体で、その形状、表面、またはデザインが化学組成よりも大きくその機能を決定するもの」とされています。個々のPOM部品がそれぞれ「成形品」と見なされるのが一般的です。

情報伝達義務の履行

0.1wt%を超える場合、EU域内の顧客(輸入者や販売代理店など)に対し、メラミンがSVHCであること、その名称、および安全な使用に関する情報(必要に応じて)を伝達します。

SCIPデータベースへの届出

EU域内の輸入者や上市事業者は、SCIPデータベースへの届出が必要になります。そのために必要な情報を、川上企業として適切に提供します。

サプライチェーンからの情報収集の重要性

自社でPOM樹脂をペレットから成形している場合だけでなく、POM部品を外部から調達している場合も、サプライヤーに対してメラミン含有情報の照会が必要です。サプライチェーン全体での情報共有体制の構築が不可欠です。

EU顧客・取引先への適切な情報提供

顧客からREACH規則に関する問い合わせがあった際に、迅速かつ正確に情報提供できる体制を整えておくことが、信頼関係の維持に繋がります。

SCIP届出手続きの理解

直接的な届出義務はEU域内事業者にありますが、届出に必要な情報は川上から提供される必要があります。どのような情報が必要とされるのか(成形品名、識別子、材質、SVHCの含有箇所、濃度範囲など)を理解しておくことが重要です。

「遊離メラミン」と「高分子中に組み込まれたメラミン」の違いについて

REACH規則におけるSVHCの濃度判定は、原則として成形品中に存在する物質の総量に基づきます。POM中のメラミンが化学的に反応して高分子構造の一部になっている場合でも、その構造単位がSVHCの定義に該当すれば、規制の対象となる可能性があります。そのため、化学的な結合の有無ではなく、SVHCとして認識されるかどうかが重要な判断基準となります。なお、具体的な解釈やECHAの最新ガイダンスは常に確認する必要があります。

禁止・制限ではなく、情報管理・開示義務であることの強調

現時点(2025年)において、メラミンがSVHCに指定されたことは、直ちにPOM部品への使用が禁止されたり、上市が制限されたりすることを意味するものではありません。重要なのは、含有情報を正確に把握し、サプライチェーン内で適切に伝達し、必要な届出を行うという「情報管理・開示の義務」である点を理解することです。

今後の動向と注意点 

メラミンに関するREACH規制の状況は、今後も変化していく可能性があります。設計者は以下の動向に注意を払う必要があります。

Annex XIV(認可対象物質リスト)入りの可能性と影響

SVHCに指定された物質は、将来的により規制が厳しい「認可対象物質リスト(Annex XIV)」に収載される可能性があります。認可対象物質に指定されると、その物質をEU域内で使用・上市するためには、個別の用途ごとにECHAからの「認可」を取得する必要が生じ、認可が得られない場合は原則として使用できなくなります。メラミンがAnnex XIV入りする具体的な時期は未定ですが、可能性として常に念頭に置き、代替材料の検討や情報収集を継続することが望まれます。

CLP規則やその他の関連法規、業界自主基準の動向

REACH規則だけでなく、化学物質の分類、表示、包装に関するCLP規則(Regulation on Classification, Labelling and Packaging of substances and mixtures)や、特定の製品分野における業界自主基準なども、メラミンの取り扱いに影響を与える可能性があります。例えば、玩具や食品接触材料など、特定の用途ではより厳しい制限が課されることも考えられます。

継続的な規制情報のウォッチと社内体制整備の必要性

化学物質規制は頻繁に更新されるため、ECHAのウェブサイトや業界団体からの情報、専門コンサルタントの助言などを通じて、常に最新情報を入手し続けることが不可欠です。また、これらの情報を社内で共有し、設計変更やサプライヤー管理、顧客対応などに迅速に反映できる体制(例えば、化学物質管理担当者の設置や定期的な教育)を整備することが、長期的なリスク管理の観点から重要となります。

まとめ 

メラミンを含有する可能性のあるPOM製射出成形部品をEUへ輸出する際には、REACH規則への的確な対応が不可欠です。2025年現在、メラミンはSVHCとして特定されており、0.1wt%を超えて含有する成形品には、サプライチェーンを通じた情報伝達義務と、EU域内事業者によるSCIPデータベースへの届出義務が課せられています。これは使用の禁止や制限を意味するものではありませんが、適切な情報管理と開示が強く求められます。

設計者としては、使用材料におけるメラミンの含有状況を正確に把握し、サプライヤーや顧客との連携を密にすることが重要です。さらに、メラミンが将来的に認可対象物質リスト(Annex XIV)に追加される可能性も視野に入れ、代替技術の検討や継続的な規制情報の収集、社内体制の強化といった、先を見据えた対応を進めていくことが、グローバル市場での持続的なビジネス展開において不可欠と言えるでしょう。

本コラムで解説したREACH規則に関する情報は、公開情報および業界動向を基に整理したものです。しかし、規制の適用範囲や具体的な運用解釈は、欧州化学品庁(ECHA)による最新のガイダンスや、EU域内の関係機関の判断により変更される可能性があります。そのため、最終的な規制対応の判断と実務的な措置は、輸出者および輸入者が自らの責任において、関連法規および最新情報を確認のうえ適切に対応する必要があります。特に、成形品中のメラミン含有量の判定、情報伝達義務の履行、SCIPデータベースへの届出などの手続きは、輸出者・輸入者それぞれの立場において異なる対応が求められるため、個別にご確認頂くことが不可欠であることをご理解ください。

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