【改正食品衛生法の基礎】射出成形部品の設計で押さえるべきポイントとは? 知っておきたい法律の話と材料選定のヒント

食品製造装置の性能向上やコスト効率の追求はもちろん重要ですが、近年、特に「食の安全」に対する社会的な関心は高まる一方です。その中で、装置に使われるプラスチック部品、特に射出成形部品の役割と責任はますます大きくなっています。
2020年6月に施行された改正食品衛生法は、まさにこの「食の安全」をより高いレベルで確保するためのものです。特に、プラスチック製器具・容器包装の原材料に関する「ポジティブリスト制度」は、設計者の皆様の材料選定に直接関わる大きな変更点です。そして、この制度の猶予期間とも言える経過措置期間が、2025年5月末に終了を迎えます。
「法律の話は難しくて…」「具体的に何をすればいいの?」そうお感じになるかもしれません。このコラムでは、射出成形部品の設計で押さえておくべき改正食品衛生法のポイントを、できるだけ分かりやすく解説します。もし、この記事を読んでも「うちのケースではどうだろう?」といったご不明点や、具体的な射出成形材料の選定でお困りのことがございましたら、どうぞお気軽に当社までご相談ください。
改正食品衛生法の概要:何が変わり、なぜ設計者が知るべきなのか?
今回の食品衛生法改正は、単なる規制強化というだけでなく、食品用器具・容器包装の安全に対する考え方を国際標準に近づける、大きなパラダイムシフトと言えます。設計者の皆様にとっても、他人事ではない重要なポイントがいくつも含まれています。
改正の主なポイント:安全性と国際調和がキーワード
今回の改正で特に注目すべきは、主に以下の3点です。
① ポジティブリスト制度の導入: これまで「使ってはいけない物質」を示すネガティブリストが中心でしたが、これからは「安全性が評価され、使用が認められた物質」だけをリスト化し、それ以外の使用を原則禁止するポジティブリスト制度が合成樹脂に導入されました。従来は、例えば部品(パーツ)単位で食品衛生法の規格基準への適合性を確認することで足り、必ずしも原材料レベルでの国による個別評価・登録を経た物質のみを使用するという厳格な運用ではありませんでした。しかし、今回の改正により、食品に接触するプラスチック製の器具・容器包装に使用できる原材料(ベースポリマーおよび添加剤)は、原則として国が安全性を評価しポジティブリストに収載したものに限られることになった点が、最も大きな変更点です。
② 製造管理基準(GMP)への適合義務化: 安全な製品を安定的に製造するための管理体制(GMP:Good Manufacturing Practice)の整備が、一部の材質を製造する事業者に求められるようになりました。これは、最終製品の品質だけでなく、製造プロセス全体の信頼性を高めるためです。
③ 事業者間の情報伝達の義務化: 原材料メーカーから部品メーカー、そして最終製品メーカーへと、サプライチェーン全体で必要な情報を適切に伝達する責任が明確になりました。これにより、各段階での安全確認がより確実に行われるようになります。
これらの改正は、食品用器具・容器包装の安全性を科学的根拠に基づいて一層強化し、また、国際的な規制との整合性を図ることで、製品の輸出入における障壁を低減する目的もあります。
ポジティブリスト制度の導入:原則「使えるものリスト」へ
ポジティブリスト制度は、前述の通り、今回の法改正における最も大きな変更点の一つです。従来のネガティブリスト方式(使用してはいけない物質をリスト化)では、リストに載っていない未知の物質が使われるリスクがありました。対してポジティブリスト制度は、「安全性が確認された物質の中から選ぶ」ことを基本とするため、より積極的に安全性を確保する仕組みと言えます。「原則として国が安全性を評価した物質のみ使用可能」と聞くと、厳しくなったと感じるかもしれません。しかし、これは、設計者の皆様にとっては、使用する樹脂材料(ベースポリマーだけでなく、添加剤も含む)がこのポジティブリストに収載されているかを確認することが、材料選定の絶対条件の一つとなったことを意味します。
製造用器具・容器包装の届出制(対象限定):サプライヤー選定の視点
ポジティブリスト制度の対象となる合成樹脂製の器具・容器包装を製造・輸入する事業者は、事前に厚生労働大臣への届出が必要です。これは主に材料メーカーの義務であり、設計者の皆様が直接行う手続きではありません。しかし、設計した部品を製造委託する際、その委託先が適切に届出を行っているか、あるいはその材料を供給するメーカーが法制度を理解し対応しているかは、信頼できるパートナーを選ぶ上で重要な確認事項となります。
事業者責任の明確化:設計者も「当事者」
この改正では、食品用器具・容器包装の安全性を確保するための「事業者」の責務がより明確にされました。ここでいう「事業者」には、材料メーカー、成形加工メーカーだけでなく、それらを使用する食品関連機器メーカー、そしてその設計に携わる皆様も含まれると考えるべきです。適切な材料を選定する責任、設計段階で意図しない化学物質の溶出リスクを低減する配慮など、設計者として果たすべき役割は小さくありません。万が一、製品に起因する健康被害が発生した場合、その責任が問われる可能性も否定できません。
適用対象(器具、容器包装、食品接触材料):どこまでが対象?
改正法の規制対象となるのは、食品に直接触れるスプーンや皿のような「器具」、食品を入れる袋やトレイといった「容器包装」だけではありません。それらの「原材料」、いわゆる「食品接触材料(Food Contact Materials, FCM)」も含まれます。食品製造装置の部品で言えば、例えば原料ホッパーの内面、練り込みスクリュー、搬送ベルト、充填ノズルなど、食品が直接触れる部分は当然対象です。さらに、洗浄液が触れる部分や、近接していて蒸気などが間接的に食品に影響を与える可能性がある部品も、慎重な検討が必要です。「これは対象になるのだろうか?」と迷う場合は、安全サイドで考えるか、専門家にご相談いただくのが賢明です。
ポジティブリスト制度とは:設計者が押さえるべきポイント
既存材(PC、PA、PBT、PPなど)の登録状況

多くの汎用プラスチックやエンジニアリングプラスチック(PC、PA、PBTなど)の基本ポリマーはポジティブリストに収載されています。しかし、重要なのは、同じ種類のポリマーでも、使用されている「添加剤」がリストに適合しているか否かです。グレードによって添加剤は異なるため、材料メーカーからの確認が必須です。PEI(ポリエーテルイミド)樹脂のようなスーパーエンプラも、食品用途向けグレードが提供されており、これらも日本のPL制度への適合確認が必要です。
経過措置期間の終了と設計者が特に注意すべきこと
ポジティブリスト制度への円滑な移行のため、2020年6月1日の制度施行から5年間の経過措置期間が設けられています。
経過措置期間の終了日
この経過措置期間は、2025年5月31日をもって終了します。
経過措置期間終了後の影響
2025年6月1日以降は、原則としてポジティブリストに収載されていない物質を原材料とする合成樹脂製の器具・容器包装は、製造、輸入、販売、営業目的での使用が禁止されます。
これは、現在ご使用中の部品や製品であっても、使用されているプラスチック材料(基本ポリマーまたは添加剤)がPL非適合である場合、継続的な製造・販売が法的に困難になることを意味します。
設計者として今すぐ確認・対応すべきこと
この期限が迫る中、設計者の皆様には以下の対応が急務となります。
① 使用材料のPL適合性再確認: 現在設計に関わっている、あるいは既存製品で使用している射出成形部品の材料(基本ポリマーだけでなく、着色剤や各種添加剤を含む)が、最新のポジティブリストに適合しているかを、材料メーカーや成形メーカーを通じて改めて詳細に確認してください。
② 新規設計時の前提: これから設計する部品については、必ずPL適合材料であることを前提として材料選定を進めてください。FDA(米国食品医薬品局)規格やその他の国際規格に準拠している材料であっても、日本のPL制度への適合性は別途確認が必要です。
③ 情報収集とサプライヤー連携の強化: 材料メーカーから最新の適合証明書や関連情報を積極的に入手し、記録・管理してください。また、成形メーカーとの連携を密にし、PL制度への対応状況(トレーサビリティ、汚染防止策など)を確認することも重要です。
④ 代替材料の早期検討: 万が一、現在使用中の材料がPL非適合である、または適合性に疑義がある場合は、速やかに代替材料の検討と評価を開始する必要があります。材料変更は性能評価や金型調整などを伴う場合があるため、早期の着手が不可欠です。もし、この確認作業や代替材料の選定でお困りの場合は、ぜひ当社にご相談ください。最適な材料をご提案できるかもしれません。
設計・材料選定で注意すべきポイント:安全な製品設計のために
他規制との関係(EU:FCM、米国:FDAとの整合)
日本のポジティブリスト制度は、EUのFCM規則((EU) No 10/2011など)や米国のFDA(食品医薬品局)規制とも関連性があります。輸出入を考慮する場合、これらの国際的な規制との整合性も視野に入れる必要があります。日本のPLは、これらの規制を参考にしつつ、独自のリストとなっています。国際的に広く使用される材料も、各国・地域の規制への適合が求められる点にご注意ください。
射出成形メーカーとしての対応と役割 ~信頼できるパートナーを見つけるために~
弊社の取り組み:設計者の皆様の「困った」をサポートします。
当社では、この改正食品衛生法、特にポジティブリスト制度へのお客様(設計者・購買者の皆様)のスムーズな対応をサポート致します。
① PL適合材料の情報提供: 各材料メーカーと連携し、最新のポジティブリスト適合情報や適合証明書の入手に努め、お客様からの問い合わせに迅速に対応できる体制を整えています。
② 材料選定コンサルティング: 「どの材料を選べばいいかわからない」「今の材料が使えるか不安」といったご相談に対し、長年の射出成形ノウハウと材料知識を活かし、用途や要求性能、そしてもちろんPL適合性を踏まえた最適な材料をご提案します。
③ 小ロット試作・評価サポート: 新しい材料への切り替えには、試作や性能評価が欠かせません。当社では、小ロットからの試作対応や、必要に応じた評価試験のサポートも可能です。
④ 製造プロセスの管理徹底: 成形機や金型の洗浄・パージ手順を標準化しており、異材混入や汚染リスクを防止する製造管理を実践しています。
射出成形材料に関する法規制対応は、時に複雑で判断に迷うこともあるかと存じます。そんな時は、どうぞお一人で悩まず、お気軽に当社へお声がけください。皆様の製品開発をサポートさせていただきます。
まとめ
改正食品衛生法、そして目前に迫るポジティブリスト制度の経過措置期間終了(2025年5月末)は、食品製造装置の射出成形部品の設計者様にとって、避けては通れない実務上の大きなチャレンジです。しかし、これは見方を変えれば、より安全で信頼性の高い製品を生み出すための機会でもあります。
後工程での手戻りや、最悪の場合の製品供給停止といった事態を避けるためにも、設計の初期段階からの法規理解と、サプライチェーン全体での情報共有・確認が不可欠です。「まだ時間がある」と思っていると、あっという間に期限は来てしまいます。
当社は、射出成形メーカーとして、設計者の皆様が安心して製品開発に取り組めるよう、材料選定から製造に至るまで、全力でサポートさせていただきます。改正食品衛生法に関するご不明点、射出成形材料に関するお悩み、どんな些細なことでも結構です。ぜひ、お気軽にご相談ください。共に、安全で高品質な食品製造装置づくりに貢献してまいりましょう。