技術解説

エンプラの“導電性”を考える(前編):射出成形で実現する“電気を通す”機能の基本

エンプラの“導電性”を考える(前編):射出成形で実現する“電気を通す”機能の基本

「プラスチック」と聞くと、多くの方が電気を通さない「絶縁体」としての性質を思い浮かべるのではないでしょうか。実際に、その優れた絶縁性から、電線の被覆材や電気製品の筐体など、私たちの暮らしの様々な場面で活用されています。しかし近年、このプラスチックに「電気を通す」という、一見相反するような機能、すなわち“導電性”を持たせる技術が注目され、その応用範囲が急速に広がっています。

特に、精密化・高機能化が進む電子機器や産業機器の分野では、静電気による製品の破壊や誤動作を防ぐESD(静電気放電)対策や、電磁波による影響を遮断するノイズ対策が不可欠です。また、引火性物質を取り扱う工場などでは、静電気が火種となる爆発事故のリスクも無視できません。こうした社会的ニーズやリスク低減の観点から、プラスチックに導電性を持たせることの重要性が増しているのです。

本コラムでは、2回にわたり、この「導電性プラスチック」と、それを実現する「導電性射出成形」について掘り下げていきます。前編となる今回は、なぜプラスチックに導電性が求められるのか、どのような仕組みで導電性を持たせるのか、そして導電性プラスチックを射出成形する際の基本的な知識について解説します。

なぜ「導電性」が射出成形品で求められるのか

本来、電気を通しにくいプラスチックに、あえて導電性を持たせることには、どのようなメリットがあるのでしょうか。その背景には、現代社会が抱える様々な課題と、技術の進化があります。

静電気・ESD・ノイズ・防爆対策の必要性

私たちの身の回りでは、常に静電気が発生しています。乾燥した日にドアノブで「バチッ」とくる経験は誰しもあるでしょう。この静電気は、人体には軽い不快感で済むかもしれませんが、精密な電子部品にとっては致命的なダメージを与えることがあります。

電子機器分野:スマートフォンやパソコン、医療機器などに使われる半導体デバイスは、わずかな静電気でも破壊されたり、性能が劣化したりする可能性があります。そのため、部品の製造工程、輸送、組付け、そして最終製品に至るまで、ESD対策が厳重に施されます。導電性プラスチックは、これらの部品を保護するトレーやケース、治具などに活用されています。

産業機器分野:工場の自動化ライン(FA)で使われるセンサーや制御基板も、静電気や外部からの電磁ノイズによる誤作動や故障のリスクに晒されています。導電性プラスチックは、これらの機器の筐体や部品に用いられ、安定稼働を支えます。

搬送・包装分野:粉体や液体、可燃性ガスなどを取り扱う現場では、摩擦によって発生した静電気が火花放電を引き起こし、粉塵爆発や火災の原因となることがあります。導電性プラスチック製の容器やパレット、配管部品などは、静電気を安全に逃がすことで、このような重大事故のリスクを低減します。特に防爆対策としての役割は、近年ますます重要視されています。(この防爆用途については、後編で詳しく解説します。)

このように、導電性プラスチックは、目に見えない静電気や電磁波から製品や設備、そして人命を守るために、様々な分野で不可欠な存在となりつつあります。

金属からの置き換えと設計自由度の向上

従来、導電性や静電気対策が求められる部品には、金属材料が使われることが一般的でした。しかし、導電性プラスチックの登場により、金属からの置き換えが進んでいます。その理由は、プラスチックならではの多くのメリットがあるからです。

⓵ 軽量化:プラスチックは金属に比べて比重が小さいため、製品の大幅な軽量化が可能です。これにより、輸送コストの削減や、持ち運びやすさの向上、機器の応答性向上などに貢献します。

② 複雑形状の実現:射出成形は、金型を用いることで複雑な形状の部品を一度に大量生産できる加工方法です。金属では切削や板金、溶接など複数の工程が必要な形状でも、プラスチックなら一体成形できる場合が多く、部品点数の削減やコストダウンにつながります。

③ 設計自由度の向上:金属では難しい三次元的な曲面や薄肉化、リブ構造などを比較的容易に実現できるため、製品デザインの自由度が高まります。これにより、製品の小型化や高機能化、意匠性の向上などが期待できます。

④ その他のメリット:錆びない(耐食性)、(フィラーの種類によっては)ある程度の着色が可能、といった点も金属にはない利点です。

もちろん、導電性のレベルや機械的強度など、全ての面で金属を代替できるわけではありませんが、用途や要求性能に応じて導電性プラスチックを適切に選択することで、従来の金属部品では達成できなかった価値を生み出すことが可能になります。

プラスチックに導電性を持たせる基本的な考え方

では、どのようにして絶縁体であるプラスチックに電気を通す性質を与えるのでしょうか。その鍵を握るのが「導電性フィラー」と呼ばれる添加剤です。

絶縁体から導電体へ:導電性付与のメカニズム

プラスチックは、主に炭素と水素からなる長い鎖状の分子で構成されており、電気を運ぶ役割をする自由電子が極めて少ないため、電気を通しにくい性質(絶縁性)を持っています。

ここに、電気を通しやすい性質を持つ微細な粒子や繊維状の物質、すなわち導電性フィラーを混ぜ込みます。フィラーがプラスチック中に分散し、フィラー同士がある程度以上接触したり近接したりすると、フィラーを介して電子が移動できる「導電パス(電気の通り道)」が形成されます。この導電パスが樹脂全体に網目状に広がることで、プラスチック成形品全体が導電性を持つようになるのです。

導電性フィラーの種類と特徴

導電性プラスチックの性能は、使用する導電性フィラーの種類や形状、添加量によって大きく左右されます。代表的なフィラーには以下のようなものがあります。

⓵ カーボン系フィラー

カーボンブラック(CB):最も広く使われる導電性フィラーの一つ。比較的安価で、良好な導電性を付与できます。粒径や構造(ストラクチャー)によって性能が異なります。

カーボンナノチューブ(CNT):非常に細い筒状の炭素材料。少量添加でも高い導電性を発現し、機械的強度の向上も期待できます。ただし、高価で分散が難しいという課題もあります。

グラフェン:炭素原子がシート状に結合した材料。高い導電性と機械的強度、熱伝導性などを持ちますが、CNT同様、コストや分散技術が課題です。

炭素繊維(CF):高い導電性と優れた機械的強度を併せ持つ繊維状のフィラー。軽量高剛性な構造部材にも応用されます。

② 金属系フィラー

金属粉末(銀、ニッケル、銅など):非常に高い導電性を得られますが、高価であったり、酸化しやすかったり、樹脂との密着性が課題となる場合があります。

金属繊維、金属コート繊維:繊維状にすることで、少ない添加量でも導電パスを形成しやすく、柔軟性も付与できます。

これらのフィラーは、それぞれ導電性レベル、コスト、機械的物性への影響、加工性などが異なるため、要求される性能や用途に応じて最適なものを選択する必要があります。

導電性のレベルと求められる性能

導電性プラスチックの「電気の通しやすさ」は、一般的に表面抵抗値(Ω/sq:オーム・パー・スクエア)や体積抵抗値(Ω·cm:オーム・センチメートル)といった指標で評価されます。この抵抗値のレベルによって、期待される機能や主な用途が異なります。

⓵ 帯電防止領域(Surface Resistivity: 10⁹~10¹² Ω/sq 程度)

静電気の蓄積を緩やかに防ぎ、ホコリの付着などを抑制します。OA機器のトレイ、クリーンルーム内の部材、フィルム包装材など。

② 静電拡散領域(ESD領域)(Surface Resistivity: 10⁵~10⁹ Ω/sq 程度)

帯電した電荷を比較的速やかに、かつ制御された形で拡散・漏洩させ、静電気放電(ESD)による電子部品の破壊を防ぎます。半導体用ICトレー、電子部品搬送ケース、作業台マット、工具のグリップなど。

③ 導電領域(Surface Resistivity: 10⁵ Ω/sq 未満)

電荷を極めて速やかに逃がし、電位を均一に保ちます。電磁波シールド材、防爆エリアで使用される部品、センサー電極など。

どの程度の導電性が必要かは、対象物の種類、使用環境、そしてどのようなリスクを回避したいかによって決まります。過剰な導電性はコストアップにつながるだけでなく、場合によってはショートなど新たな問題を引き起こす可能性もあるため、適切な導電性レベルの選定が重要です。

導電導電性プラスチックの成形における基礎知識性プラスチックの性能を最大限に引き出すためには、材料選定だけでなく、射出成形プロセスにおいても特別な配慮が必要です。導電性フィラーの存在は、成形性や成形品の品質に様々な影響を与えるためです。

導電性フィラーの分散状態が成形品の性能に与える影響

導電性を安定して発現させるためには、導電性フィラーが樹脂中に均一に分散していることが極めて重要です。フィラーが部分的に凝集していたり、偏って存在していたりすると、期待した導電性が得られないだけでなく、製品の場所によって導電性にムラが生じたり、機械的強度が低下したりする原因となります。特にカーボンナノチューブや微細なカーボンブラックのようなナノフィラーは、ファンデルワールス力などにより凝集しやすく、均一に分散させるには高度な混練技術が必要と言われています。

スクリュデザイン、シリンダー温度、射出速度、保圧といった成形条件は、樹脂の溶融粘度やせん断力を介してフィラーの分散状態に影響を与えます。ウェルドライン部ではフィラーの配向が乱れ、導電性が低下しやすいなど、製品形状も考慮した条件設定が求められます。

当社では、長年の経験とノウハウに基づき、材料特性に応じた最適な混練・成形条件を見極め、安定した品質の導電性成形品を提供いたします。

射出成形での導電性材料取り扱いの特徴

導電性フィラーを添加した材料は、一般的なプラスチック材料と比較して、取り扱いに注意すべき点がいくつかあります。

⓵ 流動性:フィラーの添加は、一般的に溶融樹脂の粘度を上昇させ、流動性を低下させます。これにより、薄肉品や複雑形状品ではショートショット(充填不足)やヒケが発生しやすくなります。金型設計においては、ゲート位置やサイズ、ランナー径などを適切に設定し、充填しやすさを考慮する必要があります。

② 外観・色調:カーボン系フィラーを使用する場合、成形品の色調は黒色系が基本となります。また、フィラーの種類や量、成形条件によっては、フィラーが成形品表面に浮き出したり、スワールマーク(流れ模様)が現れたりすることがあり、外観品質が重視される製品では課題となることがあります。

③ 寸法精度:繊維状フィラー(炭素繊維など)は、溶融樹脂の流れ方向に配向しやすい性質があります。この配向によって、成形品の収縮に異方性(方向によって収縮率が異なる)が生じ、ソリや変形の原因となることがあります。高精度な寸法が要求される部品では、金型設計や成形条件の精密なコントロールが不可欠です。

④ 金型摩耗:カーボン繊維や一部の金属系フィラー、ガラス繊維を併用した材料などは硬質であるため、金型(特にゲート部やキャビティ表面)を摩耗させやすい傾向があります。金型材料の選定や適切な表面処理(窒化処理、硬質クロムめっきなど)を施すことで、金型寿命を延ばす対策が重要です。

導電性と他の物性(強度、耐久性、コスト)とのバランス

導電性を付与するためにフィラーを添加すると、導電性以外の物性にも影響が及びます。

⓵ 機械的強度:炭素繊維のように強度向上に寄与するフィラーもありますが、一般的にフィラー添加量が増えると、母材樹脂の靭性(粘り強さ)が低下し、衝撃に弱くなる傾向があります。また、フィラーと樹脂の界面接着性が低いと、強度が発現しにくい場合もあります。

② 耐久性:耐候性や耐薬品性なども、母材樹脂だけでなくフィラーの種類や表面状態によって変化する可能性があります。

③ コスト:導電性フィラー、特に高性能なカーボンナノチューブや金属系フィラーは高価なものが多く、材料コストの上昇は避けられません。また、流動性の低下による成形サイクルの延長や、金型メンテナンス頻度の増加なども、トータルコストに影響します。

製品に求められる導電性レベルを確保しつつ、必要な機械的強度、耐久性、そして許容されるコストの範囲内で、最適な材料と成形方法を選定することが、導電性プラスチック活用の鍵となります。これには、材料メーカーとの連携に加え、当社のような成形メーカーの知見と経験が不可欠です。

導電性射出成形品の活用シーンと今後の展望

ここまで、導電性プラスチックの基本的な考え方と、射出成形におけるポイントを解説してきました。コラム前編では概要に留めますが、導電性射出成形品は、具体的に以下のようなシーンで活躍しています。

– ESD対策部品:ICトレー、コネクタハウジング、電子機器筐体

– 電磁波シールド部品:通信機器筐体、医療機器部品、車載センサーカバー

– 防爆・安全対策部品:燃料系部品、化学プラント用部品、静電気対策が必要な搬送容器

これらの用途はほんの一例であり、技術の進歩とともに、その応用範囲はますます広がっています。今後の技術動向としては、より少ないフィラー添加量で高い導電性を得るためのフィラー開発や分散技術の向上、複雑形状への対応力強化、軽量化の追求、そして環境負荷低減に配慮した材料開発などが期待されます。

まとめ

本コラム前編では、射出成形品における「導電性」の必要性、プラスチックに導電性を持たせる基本的な仕組み、そして導電性プラスチックを射出成形する上での基礎知識について解説しました。絶縁体であるプラスチックに電気を通す機能を持たせることで、静電気対策やノイズ対策、さらには防爆といった、現代社会の多様なニーズに応えることが可能になります。しかし、その実現には、材料選定から成形プロセスに至るまで、多くの知見とノウハウが必要です。

次回コラム後編では、本稿の最後に少し触れた導電性射出成形品の具体的な活用事例を詳しくご紹介するとともに、今後の技術動向や設計自由度の広がりについて展望します。特に、近年その重要性が高まっている「防爆用途」における導電性プラスチックの役割についても深掘りしていく予定です。

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