技術解説

射出成形部品設計者のための金型完全解説(第2回):形状設計の落とし穴~肉厚と抜き勾配の鉄則~

射出成形部品設計者のための金型完全解説(第2回):形状設計の落とし穴~肉厚と抜き勾配の鉄則~

射出成形は、私たちの身の回りにある多くのプラスチック製品を生み出す上で不可欠な技術です。その心臓部とも言えるのが「金型」であり、この金型の出来栄えが製品の品質、コスト、そして生産性を大きく左右します。部品設計者の皆様が、より良い製品を生み出すためには、金型がどのように機能し、どのような構造を持っているのかを理解し、設計の初期段階からそれを意識することが非常に重要となります。本シリーズ「射出成形部品設計者のための金型完全解説」では、そのための知識を体系的に提供することを目的としています。

第1回では、金型の全体像と製品設計への広範な影響について概観しました。続くこの第2回では、成形品の設計を行う上で、特に金型との関わりが深い基本的な形状要素について、どのように配慮すべきかを具体的に掘り下げて解説します。

成形品設計における金型視点の重要性

射出成形部品の設計は、単に製品の機能や意匠を追求するだけでは完結しません。その設計が、実際に金型で効率よく、かつ安定的に生産できるものであるか、という視点が不可欠です。ここでは、なぜ製品設計の初期段階から金型を意識する必要があるのか、そしてそれが金型製作の容易性やコストにどのように影響するのかを見ていきましょう。

製品設計初期段階からの金型構造の意識

製品の形状が複雑になればなるほど、それを実現するための金型構造もまた複雑になる傾向があります。例えば、製品に「アンダーカット」と呼ばれる、金型が単純に開いただけでは取り出せない凹凸形状が存在する場合、金型にはスライドコアといった特殊な機構を組み込む必要が生じます。このような機構は、金型の部品点数を増やし、構造を複雑化させ、結果として金型製作の難易度とコストを押し上げる要因となります。

もし、製品設計の初期段階で、設計者が「この形状を実現するためには、金型にどのような機構が必要になるだろうか」「もっとシンプルな金型構造で済む代替形状はないだろうか」といった金型構造への意識を持つことができれば、不必要な複雑さを避け、より効率的な生産に繋がる設計を選択できる可能性が高まります。例えば、アンダーカット形状を回避できるデザインに変更したり、製品を複数の部品に分割してそれぞれをシンプルな形状にしたり、といった工夫です。これは、金型メーカーとの打ち合わせをスムーズに進める上でも、設計者自身が金型に関する基本的な知識を持っていることが助けとなります。

金型製作の容易性とコストへの影響

金型は、鋼材を精密に加工して製作されるため、その形状が複雑であったり、高い精度が求められたりするほど、加工時間と手間が増大し、金型コストも上昇します。例えば、非常に深いリブや狭い溝、あるいは微細なシボ模様などは、特殊な加工方法や熟練した技術が必要となる場合があります。また、金型のパーティングライン(金型の分割面)の設定の仕方や、エジェクタピン(製品を突き出すピン)の配置なども、金型構造の複雑さや成形品の品質に影響します。

製品設計者が、金型製作のプロセスや、どのような形状が加工しやすく、どのような形状がコストアップに繋がるのかをある程度理解していれば、設計段階でそれを考慮に入れることができます。「この部分はもう少しRを大きくした方が加工しやすいだろう」「このリブはもう少し浅くても機能を満たせるのではないか」といった小さな配慮の積み重ねが、最終的な金型コストの削減や、製作期間の短縮に貢献するのです。これは、試作段階での手戻りを減らし、量産までのリードタイムを短縮する上でも非常に有効です。

基本的な形状設計のポイント

ここでは、射出成形品の設計において、特に金型との関連で重要となる基本的な形状要素について、具体的な注意点を解説します。これらのポイントを押さえることが、高品質で安定した生産に繋がる第一歩となります。

肉厚設計の最適化:均一性と適正値の追求、ヒケ・ソリへの影響

製品の「肉厚」は、射出成形における最も基本的な設計パラメータの一つであり、金型設計および最終的な成形品質に多大な影響を及ぼします。理想的なのは、製品全体を通じて肉厚を可能な限り均一に保つことです。なぜなら、肉厚が不均一であると、冷却過程で大きな問題が生じるからです。厚肉部分は冷却に時間がかかり、薄肉部分は比較的早く固化します。この冷却速度の差が、製品内部で不均一な収縮を引き起こし、結果として「ヒケ」と呼ばれる表面の凹みや、「ソリ」といった製品全体の変形、さらには内部に応力が残留するといった様々な品質問題の原因となります。特に、製品内で大きな肉厚変化がある場合は、その影響が顕著に現れるため、極力避けるべきです。もし機能上、どうしても肉厚を変化させる必要がある場合でも、その変化が急激にならないよう、徐々に肉厚が遷移するような滑らかな形状にすることが推奨されます。

また、使用する樹脂の種類や特性を考慮して、適切な肉厚の範囲内で設計することも非常に重要です。肉厚が薄すぎると、溶融したプラスチック樹脂が金型キャビティの隅々まで充填される前に固化してしまい、「ショートショット」と呼ばれる充填不足や、「フローマーク」という樹脂の流れ模様が発生しやすくなります。加えて、製品の機械的強度が不足する可能性も考慮しなければなりません。逆に、肉厚が厚すぎると、冷却時間が長くなり成形サイクルタイムが伸びるだけでなく、ヒケがより顕著に発生しやすくなり、使用する材料の量も増えるため材料コストも無駄に増加してしまいます。多くの樹脂メーカーは、それぞれの樹脂に対して推奨する肉厚範囲を技術資料などで提示していますので、それを参考に設計を進めることが基本的なアプローチとなります。もし、製品の機能上、部分的に厚肉が必要となる場合には、ヒケの発生を防ぐためにガスアシスト成形や発泡成形といった特殊な成形法の採用を検討するか、あるいは後述するリブ構造によって強度を補強するなどの工夫が求められることがあります。

抜き勾配の付与:スムーズな離型のための必須条件、金型への影響

「抜き勾配」とは、成形品を金型からスムーズに取り出す目的で、金型の開閉方向に対して平行な製品の側面に設けられる、ごくわずかな傾斜のことを指します。これは、射出成形部品設計における最も基本的な、そして極めて重要なルールの一つと言えるでしょう。なぜなら、プラスチック樹脂は金型内で冷却固化する際に必ず収縮し、特に金型のコア側、つまり凸形状の部分に強く密着しようとする性質があるからです。このため、抜き勾配がない、あるいは不十分な場合、成形品が金型に強く固着してしまい、突き出し時に大きな抵抗が発生することになります。

このような状況は、製品の品質に直接的な悪影響を及ぼします。例えば、製品表面に擦り傷(ドラフトマークと呼ばれることもあります)が生じたり、製品が無理な力で引き抜かれることによって変形したり、最悪の場合にはエジェクタピンが製品を突き破ってしまうといった深刻なトラブルを引き起こしかねません。さらに、金型自体にも過度な負荷がかかることになり、結果として金型部品の摩耗や損傷を早め、金型全体の寿命を縮める原因ともなります。

抜き勾配の角度は、いくつかの要因によって適切値が異なります。具体的には、製品の高さ(深さ)、表面仕上げの状態(例えば、微細なシボ加工が施されているか、鏡面仕上げかなど)、そして使用する樹脂の種類などです。一般的には、最低でも0.5度の抜き勾配が必要とされ、推奨としては1度から3度程度の勾配を設けることが望ましいとされています。特に、表面にシボ加工が施された面や、製品の高さ(深さ)が大きい場合には、より大きな抜き勾配が必要となる点に注意が必要です。設計者は、製品の機能や外観デザインに影響を及ぼさない範囲で、可能な限り大きな抜き勾配を設けることを常に意識する必要があります。金型の構造や製品形状によっては、抜き勾配がなくても離型可能な「無理抜き」という特殊な手法が採用されることもありますが、これは金型への負荷や製品品質への潜在的な影響を慎重に評価した上で、限定的に適用されるべきものです。

まとめ(第2回)

今回は、「射出成形部品設計者のための金型完全解説」シリーズの第2回として、成形品を設計する上で特に金型との関連が深い基本的な形状要素、すなわち肉厚設計と抜き勾配について、その重要性と具体的な考慮点を解説しました。製品設計の初期段階からこれらの金型視点を取り入れることが、後々の金型製作の容易性、コスト、そして最終的な製品品質に大きく貢献します。

次回、第3回では、リブやボス、コーナーRといったさらに細部な形状設計のポイント、そしてアンダーカット形状への対応について詳しく解説していきます。これらの知識を積み重ねることで、より金型に優しく、高品質な製品設計が可能になるはずです。

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