屋外環境に強い射出成形材料は?設計者が知るべき耐候性・耐水性エンプラの選び方

私たちの身の回りには、屋外で活躍する射出成形部品が数多くあります。これらは、太陽光の紫外線、風雨、激しい温度変化といった過酷な環境に常に晒されています。
そのため、美しい外観や機能を長期間維持し、安全性を保つための「長期信頼性」が不可欠です。この信頼性を左右するのが、製品の核となる樹脂材料の選定です。本コラムでは、屋外用途に適した樹脂の選定ポイントを分かりやすく解説します。
屋外用途に求められる主な特性
屋外用途の樹脂部品を成功させる鍵は、複数の要求特性をバランス良く満たす材料を選定することにあります。ここでは、特に重要となる「耐候性」「耐加水分解性」「機械的強度」「成形性」の4つの観点から解説します。
屋外用途に求められる主な特性(耐候性・耐加水分解性)
耐候性とは、屋外の環境要因(紫外線、熱、酸素、水分など)に対する材料の耐久性のことです。中でも最も大きな影響を与えるのが紫外線(UV)です。
紫外線による分子構造の変化と劣化メカニズム
太陽光に含まれる紫外線は非常に高いエネルギーを持っており、プラスチックの主成分であるポリマー(高分子)の化学結合を破壊する力があります。紫外線エネルギーを吸収したポリマーは、分子の鎖が切断されたり(主鎖切断)、新たな化学結合(架橋)が形成されたりします。この分子レベルの変化が、材料全体の劣化、すなわち物性の低下を引き起こします。特に、酸素が存在する環境下では酸化反応が促進され、劣化はさらに加速します。
黄変・変色の影響と対策
紫外線を吸収しやすい構造を持つ樹脂は、劣化の過程で変色団(発色団)を生成し、黄色く変色(黄変)したり、元の色から変化したりします。これは単なる見た目の問題に留まりません。変色は物性低下が表面で進行しているサインであり、同時に表面の光沢が失われ、微細な亀裂(マイクロクラック)が発生し、さらなる劣化を内部へ進行させる原因となります。
<選定・対策のポイント>
この劣化を防ぐためには、2つのアプローチがあります。
紫外線に強い樹脂の選定: そもそも分子構造が紫外線に対して安定している樹脂(後述するASA、PMMAなど)を選択することが最も効果的です。
添加剤による対策: 樹脂に紫外線吸収剤(UVA)や光安定剤(HALS)を配合することで、耐候性を向上させることができます。UVAは紫外線を無害な熱エネルギーに変換し、HALSは紫外線によって発生した劣化因子を捕捉して連鎖的な劣化反応を抑制します。用途やコストに応じて、これらの耐候性向上グレードを選択することが重要です。
湿潤環境や雨水による加水分解のメカニズム
PBT、PETやPC(ポリカーボネート)など、分子構造中にエステル結合やカーボネート結合を持つ樹脂は、水分子の存在下、特に高温環境下で、この結合部分が攻撃されて切断されてしまいます。これが加水分解です。分子の鎖が短くなることで、材料の強度が著しく低下します。
吸水による物性・寸法変化のリスク
加水分解とは別に、樹脂自体が水分を吸収(吸水)することによるリスクもあります。PA(ポリアミド)のように吸水率が高い樹脂は、水分を含むことで柔軟性が増す(強度が低下する)一方で、寸法が膨張します。屋外で精密な寸法精度が求められる部品の場合、この吸水による寸法変化が嵌合不良や反りを引き起こす可能性があるため、注意が必要です。
<選定・対策のポイント>
屋外、特に高温多湿な環境や常に水に触れるような用途では、耐加水分解性に優れた樹脂を選ぶか、あるいは耐加水分解性を向上させた特殊なグレードを選定することが必須となります。設計段階で、使用環境の温度と湿度を正確に把握することが、適切な材料選定の第一歩です。
屋外用途に求められる主な特性(機械的強度・成形性)
屋外部品は、夏場の高温による物性低下(クリープ変形など)や、冬場の低温による脆化(もろくなること)といった温度変化に耐えなければなりません。また、台風時の飛来物、人為的な衝撃、積雪の荷重など、様々な外力に晒されます。そのため、広い温度範囲で安定した機械的強度と、突発的な衝撃に耐える高い耐衝撃性が求められます。
屋外部品には、デザイン性や機能性のために複雑な形状が求められることが少なくありません。薄肉部や厚肉部、リブ構造などが混在する部品を、安定した品質で大量生産するためには、溶融時の流動性が良く、金型内での充填が容易な「成形性」の高い樹脂が有利です。成形性が悪いと、ウェルドラインの強度低下やヒケといった成形不良が発生し、製品の信頼性を損なう原因となります。
選定候補となる樹脂の特徴と屋外用途事例
ここでは、屋外用途で実績のある代表的な樹脂について、その特徴と具体的な用途事例を紹介します。
ASA樹脂 (アクリロニトリル・スチレン・アクリレート)
ABS樹脂の弱点であった耐候性を大幅に改善した樹脂です。ABSがゴム成分にブタジエンゴム(紫外線に弱い二重結合を持つ)を使用するのに対し、ASAはアクリレートゴム(二重結合を持たない)を使用しているため、紫外線や酸化による劣化が起こりにくくなっています。
耐候性: 非常に優れており、長期間の屋外暴露でも色褪せや物性低下が少ないのが最大の特徴です。
耐加水分解性: 吸水率が低く、湿潤環境でも安定した物性を維持します。
屋外用途事例:
– 建材: サイディング、屋外用パネル、雨どい
– 屋外用家具: ガーデンチェア、テーブル、パーゴラ
– 遊具: 公園の遊具、ブランコ、滑り台
– その他: 照明器具ケース(屋外照明、街路灯)、自転車部品(カバー類)、キャンピングギア、ボート部品、ポータブルクーラー
AES樹脂 (アクリロニトリル・EPDM・スチレン)
ASAと同様に、ABSの耐候性を改良した樹脂です。ゴム成分としてEPDM(エチレン・プロピレン・ジエンゴム)を使用しており、ASAに匹敵する高い耐候性を持ちます。
耐候性: EPDMゴムにより、紫外線だけでなく熱酸化に対しても高い安定性を示します。
耐加水分解性: 吸水率が低く、湿潤環境下でも安定しています。
屋外用途事例:
– 建材: 窓枠、サイディング、屋根材
– 屋外電気機器筐体: 太陽光発電関連部品、屋外用スイッチボックス
PMMA(アクリル樹脂)
「アクリルガラス」とも呼ばれ、プラスチックの中でも最高レベルの透明性と耐候性を誇ります。
耐候性: 極めて高く、長期間屋外で使用しても黄変や透明度の低下がほとんどありません。「プラスチックの女王」と称される所以です。
耐加水分解性: 吸水率は比較的低く、高湿度下でも安定しています。
屋外用途事例:
– 看板・ディスプレイ: 屋外向け広告、標識、店舗の看板
– 計器窓: 屋外に設置される計測機器の保護カバー
– その他: 水族館の巨大水槽、建築物の採光窓
PC(ポリカーボネート)
透明プラスチックの中で最高の耐衝撃性を持ち、「防弾プラスチック」としても知られています。
耐候性: 素のままでは長時間の紫外線照射で黄変しやすく、物性も低下します。そのため、屋外用途では表面にUVカット層を共押出成形したシートや、紫外線吸収剤を添加した耐候性グレードが必須となります。
耐加水分解性: 高温多湿環境下では加水分解を起こしやすいため、用途を選びます。特にスチームや熱水に繰り返し晒される環境は避けるべきです。
屋外用途事例:
– 建材: カーポートやアーケードの屋根材、ベランダの囲い、温室、プールフェンス、スカイライト(高い耐衝撃性が活かされます)
– 屋外照明器具カバー: 街路灯、防犯灯(耐衝撃性と耐熱性が求められます)
mPPE(変性ポリフェニレンエーテル)
PPE(ポリフェニレンエーテル)にPSなどをブレンドして成形性を改善した樹脂です。エンプラの中でも特に耐加水分解性に優れています。
耐候性: 良好な耐候性を持ちます。分子内の芳香環構造が安定性に寄与しています。
耐加水分解性: 吸水率が極めて低く、高温多湿環境や水中でも物性変化がほとんどないのが最大の特徴です。
屋外用途事例:
– 太陽光発電関連部材: ジャンクションボックス、パネル支持部材
– 屋外電気機器筐体: 通信基地局の部品、各種センサーハウジング
– 水回り機器: 屋外給水設備、ポンプ部品、配管部品
PBT(ポリブチレンテレフタレート)
気特性、耐薬品性に優れるエンプラです。
耐候性: 標準グレードの耐候性は高くありませんが、ガラス繊維で強化し、紫外線安定剤を添加したグレードは屋外用途に適します。
耐加水分解性: 標準グレードは高温多湿下で加水分解を起こしやすいため、屋外用途では耐加水分解性を改良したグレードの選定が一般的です。
屋外用途事例:
– 屋外電気機器: コネクター、スイッチケース、リレーボックス
シロキサン共重合PC
PCの分子鎖に、耐候性や撥水性に優れるシロキサンを組み込んだ特殊なポリカーボネートです。あまりよく知られた材料ではないかもしれませんが、その物性バランスの良さから当社ではよくお勧めしているエンプラです。
耐候性: 一般的なPCと比較して、耐紫外線性、特に耐黄変性が大幅に向上しています。低温での耐衝撃性も良好です。
耐加水分解性: 一般的なPCよりも良好です。
屋外用途事例:
– 米国での郵便ポスト: 厳しい気候変動に耐え、長年の使用に耐える耐候性と耐衝撃性が評価され採用されています。
– 屋外照明器具カバー: 高い信頼性が求められるLED街路灯のカバーなど。
まとめ
屋外用途の射出成型部品の材料選定は、製品の寿命と価値を決定づける重要なプロセスです。最後に、選定にあたってのポイントをまとめます。
特性のバランスを考える: 屋外用途では、耐候性、耐加水分解性、機械的強度(耐衝撃性、耐熱性)、成形性、そしてコストといった複数の要素を総合的に評価し、バランスの取れた材料を選ぶことが重要です。どの特性を最も優先すべきか、製品の要求仕様を明確にすることから始めましょう。
樹脂ごとの特性を深く理解する: 本コラムで紹介したように、それぞれの樹脂には得意・不得意があります。例えば、「衝撃に強いから」と安易にPCを選ぶと紫外線で黄変するリスクがあり、「安価だから」と汎用樹脂を選ぶと数年で劣化してしまう可能性があります。用途と環境条件に応じて、最適な樹脂を見極める知識が不可欠です。
グレードの活用を積極的に検討する: 同じ樹脂でも、UV安定剤を添加した「耐候グレード」や、加水分解しにくい「耐加水分解グレード」、ガラス繊維で強化した「高強度グレード」など、様々なグレードが存在します。標準グレードで要求を満たせない場合は、これらの特殊グレードを検討することで、最適なソリューションが見つかることが多々あります。
実環境での評価を怠らない: カタログデータやシミュレーションはあくまで参考値です。最終的には、実際の使用環境を模擬した促進耐候性試験(キセノンウェザーメーターなど)や、実製品を用いた屋外暴露試験を行い、長期的な信頼性を確認することが、製品の品質を保証する上で極めて重要です。
このコラムが、皆様の製品開発における樹脂選定の一助となり、より信頼性の高い、優れた屋外用製品を生み出すきっかけとなれば幸いです。