射出成形品の寸法はなぜバラつくのか?:金属加工とは異なる公差設計の視点

「図面通りに完璧な金型を作ったのだから、出来上がる製品も当然、図面通りの寸法になるはずだ」。金属加工の世界では当たり前のこの感覚は、射出成形の世界では通用しません。図面通りに金型を作っても、出来上がった成形品が設計寸法に収まらない、あるいは生産ロットごとに寸法が微妙に変動することは、決して珍しいことではないのです。
金属加工では想定できないような寸法の変動が、射出成形ではごく当たり前のように起こります。それは、射出成形が「溶かした材料を冷やし固める」という、物理現象を内包した複雑なプロセスだからに他なりません。なぜ、どのようにして寸法のばらつきが生じるのか。そのメカニズムを深く理解することは、トラブルを未然に防ぎ、実現可能な公差を設定するための、極めて重要な前提知識となります。本コラムでは、金属加工との対比を通じて、射出成形における寸法変動の要因を紐解いていきます。
金属加工と射出成形――寸法精度に対する考え方の違い
寸法精度に対する考え方は、金属加工と射出成形では根本的に異なります。この違いを理解することが、射出成形における公差設計の第一歩です。
加工による制御 vs 成形による収縮
金属加工の基本は、工作機械を使って材料の塊から不要な部分を削り取る「除去加工」です。マシニングセンタや旋盤といった加工機は、プログラムされた通りに刃物を動かし、マイクロメートル単位で寸法を制御します。基本的には「加工機の運動精度が製品の寸法精度に直結する」という、比較的直接的で制御しやすい関係にあります。
一方、射出成形は、熱で溶かした樹脂を金型内に射出し、冷やして固める「相変化」を伴う工法です。この「溶融状態」から「固体状態」へ変化する過程で、樹脂は必ず体積が小さくなる「成形収縮」という物理現象を起こします。この収縮こそが、射出成形の寸法を制御する上での最大の難敵です。金属加工が「狙った寸法に削っていく」のに対し、射出成形は「どれだけ縮むかを予測し、それを織り込んで形を作る」という、間接的で不確定要素の多いプロセスなのです。
金型寸法=製品寸法とは限らない成形の難しさ
この「成形収縮」があるため、射出成形では金型の寸法(キャビティ寸法)と、出来上がる製品の寸法は一致しません。製品を目標の寸法に仕上げるためには、あらかじめ収縮する分量を見越して、金型を製品よりも大きく作っておく必要があります。
ここに射出成形の難しさがあります。この「成形収縮率」は、樹脂の種類によって固有の値がある程度決まっていますが、実は一定の数値ではありません。後述する成形条件や製品形状によって、常に変動します。つまり、いくら金型を精密に加工したとしても、実際の収縮率が想定からズレれば、出来上がる製品の寸法は目標から外れてしまいます。「金型の加工精度」と「製品の寸法精度」が必ずしもイコールにならない。これが、金属加工の感覚で射出成形品を設計する際に、多くの設計者が戸惑う最大のポイントです。
成形工程では「設計→量産」で寸法が変わる
射出成形の寸法管理をさらに複雑にするのが、開発から量産に至るプロセスでの寸法の変化です。
設計段階:設計者は、材料メーカーが提供するデータから「標準的な収縮率」を想定して設計します。
トライ段階:実際に金型を製作し、試作品を作ります。多くの場合、設計時の想定通りにはならず、ここから成形条件の調整や金型修正を繰り返して寸法を追い込みます。
量産段階:トライで最適化された条件で量産を開始しますが、生産効率を優先するためにトライ時と条件が微妙に変わり、再び寸法が変動することがあります。
このように、射出成形品の寸法は、一連の生産プロセスを通じて常に変動する可能性を秘めています。設計者は、この変動を「異常」と捉えるのではなく、「そういうものだ」という前提に立ち、ある程度のばらつきを許容できる公差設計を行う必要があります。
寸法変動を引き起こす主な要因
では、具体的にどのような要因が寸法を変動させるのでしょうか。その原因は「材料」、「成形条件」、「環境」の3つに大別できます。
材料特性:結晶性、非結晶性、含有ガラス繊維
使用する樹脂の種類は、寸法ばらつきの大きさを決定づける最も根本的な要因です。
結晶性樹脂(PPS、PA、POMなど):分子が規則正しく整列しながら固まるため、収縮率が非常に大きい(1.0~2.5%程度)のが特徴です。さらに冷却速度によって収縮率が大きく変わるため、ヒケやソリが発生しやすく、寸法がばらつきやすい材料です。
非結晶性樹脂(PC、mPPE、ABSなど):分子がランダムなまま固まるため、収縮率は比較的小さく(0.3~0.8%)、安定しています。寸法精度を出しやすい反面、内部に応力が残りやすいという弱点があります。
ガラス繊維(GF)含有樹脂:強度向上のためガラス繊維を添加した材料ですが、繊維が樹脂の流れ方向に並ぶため、流れの方向と直角方向で収縮率が異なる「異方性」が生じます。これがソリの最大の原因となり、寸法管理を非常に難しくします。
成形条件:温度、圧力、保圧、冷却、型温の影響
金型や材料が同じでも、成形時の条件設定ひとつで寸法は大きく変動します。
温度(樹脂温度・金型温度):樹脂の流動性や冷却後の収縮量に影響します。
圧力(射出圧力・保圧):樹脂を金型にしっかり詰め込み、収縮を補うための力です。特に、充填後に圧力をかけ続ける「保圧」の調整は、寸法安定化の鍵を握ります。
冷却時間:製品が固まるまでの時間。短縮しすぎると、離型後の変形や寸法ばらつきの原因となります。
これらの条件は相互に関連しており、製造現場では最適なバランス点を見つける「条件出し」という緻密な調整が行われます。
湿度、吸水、経時変化による寸法ドリフト
成形品の寸法は、作った後も変化し続けます。PA(ポリアミド)のように吸湿性の高い樹脂は、空気中の水分を吸収して膨張します。乾燥状態と吸水後では寸法が大きく異なり、精密な嵌合部では致命的な問題となり得ます。成形後に内部の残留応力が解放されることで、時間をかけてわずかに寸法が変化する後収縮という現象もあります。
射出成形特有のばらつき事例と対処の考え方
これらの変動要因を理解した上で、設計者が直面しがちな事例とその対処法を簡潔に見ていきましょう。
過剰な公差指定が招く歩留まり悪化
金属加工の感覚で、安易に厳しい公差(例:±0.05mm)を指定してしまうケースです。この公差を保証するには成形条件を極めて狭い範囲で管理する必要があり、わずかな環境変化や材料ロット差で不良品が多発します。結果として歩留まりが悪化し、検査コストも増大、製品単価が跳ね上がります。こうした場合、まず「その機能に、本当にその精度が必要か?」を徹底的に見直すことです。多くのケースでは、公差は緩和できます。どうしても厳しい精度が避けられない場合は、寸法安定性の高い材料への変更や、切削による後加工の追加など、工法レベルでの対策を検討します。
金属嵌合部での寸法不良トラブル
高精度な金属部品と、寸法がばらつきやすい樹脂部品を組み合わせる際のトラブルです。樹脂部品の寸法が成形ばらつきに加え、使用環境での吸水膨張や温度変化でも変動することです。トライ時に問題なくても、市場で樹脂が膨張し、嵌合がきつくなったり、入らなくなったりするトラブルは典型例です。こうした場合、樹脂特有の寸法変動を吸収できるだけの「クリアランス」を意図的に設けることが鉄則です。最悪のケースを想定し、あらゆる変動要因を考慮した余裕のある設計が求められます。
検査結果と図面の“ズレ”の要因分析
成形品の寸法が公差から外れた際、その原因を短絡的に結論づけてしまうケースです。原因が金型や成形条件だけとは限らないことです。製品の固定方法が不適切で測定時にたわんだり、図面のデータム(基準)設定が現実的でなかったりすると、正確な値は得られません。ズレが生じた場合、金型や成形条件だけでなく、測定方法の妥当性(測定器、固定方法)、測定環境(温度、湿度)、そして図面の妥当性(データム設定)まで含めて、多角的に原因を分析することです。これが本質的な解決につながります。
まとめ
射出成形における寸法のばらつきは、避けることのできない「宿命」ともいえる現象です。金属加工のように、原因と結果が直結した単純な世界ではなく、材料物性、成形プロセス、環境要因が複雑に絡み合った結果として、寸法は常に変動します。
重要なのは、このばらつきを「悪」として根絶しようとするのではなく、「成形品の特性」として受け入れ、それを設計段階でいかに賢く織り込むかです。図面上だけで完璧な精度を追求するのではなく、量産における「再現性」や「安定性」を重視する視点が求められます。
なぜ寸法がばらつくのかを理解し、その変動を許容できるマージンを公差やクリアランスに持たせること。それこそが、射出成形における公差設計の本質であり、品質とコストを両立させる、真に優れた設計につながる道なのです。
