技術解説

射出成形で公差を実現するために:材料・金型・設計で整える精度管理の実践 

射出成形で公差を実現するために:材料・金型・設計で整える精度管理の実践 

図面に公差を指定することと、それが製造現場で再現できることは全く別の問題です。公差設計は設計者だけの領域ではなく、金型や成形の専門家との連携を前提とした“共同作業”であるべきです。本コラムでは、このシリーズの締めくくりとして、実現可能な公差をいかに設計し、製造プロセス全体でそれをどう実現していくか、という実践的なアプローチを解説します。 

実現可能な公差グレードと参考規格 

公差設計の第一歩は、射出成形という工法における「現実」を知ることから始まります。金属加工と同じ感覚で公差を設定すると、それは実現不可能な目標となり、後工程に混乱とコスト増をもたらすだけです。 

射出成形品における現実的な公差範囲 

まず結論から言うと、一般的な射出成形部品(非強化のABS、PP、PCなど)において、特別な管理を行わずに達成できる寸法公差は数十ミリ程度の寸法で±0.1mmから±0.3mm程度が現実的なラインです。これは、JIS規格でいう「中級」から「粗級」に相当します。もちろん、小型で単純な形状の部品であれば±0.05mmといった「精級」レベルの公差も不可能ではありませんが、そのためには材料選定から金型構造、成形条件まで、極めて高度な管理が求められます。
設計者は、この「標準的な精度レベル」を念頭に置く必要があります。「この部品に求められる機能は、標準的な公差範囲で実現できるか?」を常に自問し、もしそれ以上の精度が必要なのであれば、なぜ必要なのか、そしてそのためにどれだけのコストアップを許容できるのかを明確にしなければなりません。 

JIS B 0405/ISO 20457のグレード活用法 

個々の寸法に公差を指示する代わりに、図面に一括で公差を適用する「一般公差」は便利な手法です。この際に基準となるのが工業規格です。日本では、金属加工品も含めて広く「JIS B 0405(普通寸法公差)」が使われます。この規格は精度の厳しい順に「精級(f)」「中級(m)」「粗級(c)」「極粗級(v)」の4つの等級を定めており、図面の注記に「一般公差:JIS B 0405-m」と記載すれば、個別に指示のない寸法はすべて中級公差が適用される、という共通言語になります。
しかし、より射出成形の実態に即した規格として、「ISO 20457(プラスチック成形品の寸法公差)」、およびこれを基にした「JIS K 7219」が存在することも知っておくべきです。この規格は、プラスチックの収縮挙動の複雑さを考慮し、より多くの公差等級を設けています。材料の種類や生産の安定度に応じて、よりきめ細かく公差レベルを指定できるため、特に海外のサプライヤーとやり取りする際には、こちらの規格を共通言語とすることが有効です。
これらの規格は、単に等級を選ぶためのツールではありません。金型メーカーや成形工場に対し、「我々がこの製品に期待する精度レベルは、この等級である」という設計者の意思を明確に伝えるための、極めて重要なコミュニケーションツールなのです。 

一般公差に頼りきりにならない“意図ある設定”の重要性 

一般公差は便利ですが、それに頼りすぎると思考停止に陥る危険性があります。図面の注記に「一般公差:中級」と書くだけで、個々の寸法の重要性を吟味しなくなるのは、設計者として最も避けるべき姿勢です。
例えば、ある製品に「嵌合する部分」「摺動する部分」「外観として見える部分」「内部のどうでもいいリブ」があったとします。これらすべてに同じ「中級」の公差が適用されるのは、明らかに不合理です。嵌合部には厳しい個別の公差が必要かもしれませんし、内部のリブは「極粗級」で十分かもしれません。
優れた公差設計とは、製品の機能とコストを天秤にかけ、すべての寸法に意図と意味を持せることです。「なぜ、この寸法にはこの公差が必要なのか?」を説明できない公差は、過剰品質か、あるいは品質不足のリスクを孕んでいます。一般公差はあくまで「特に機能上重要でない部分」の拠り所とし、重要な寸法には必ず個別の公差を、その根拠とともに設定する。この「意図ある設定」こそが、後工程での無駄なコストやトラブルを未然に防ぐ鍵となります。 

公差を支える要素:材料・金型・成形条件 

図面上の公差は、それを実現するための物理的な裏付けがあって初めて意味を持ちます。公差の実現性は、「材料」、「金型」、「成形条件」という三位一体の要素によって支えられています。 

材料選定と寸法安定性 

寸法精度は、使用する樹脂の特性に大きく左右されます。前回のコラムで述べたように、結晶性樹脂は収縮率が大きく、非結晶性樹脂は比較的小さいという大原則があります。高精度が求められる部品には、収縮が安定している非結晶性樹脂や、さらに寸法安定性に優れたスーパーエンプラを選定するのが定石です。
特に注意が必要なのが、強度向上のために添加されるGF(ガラス繊維)です。GFは樹脂の流れ方向に配向し、収縮の異方性を引き起こします。これがソリの最大の原因です。GF含有樹脂を使う場合は、この異方性を前提とした設計が不可欠です。例えば、溶融樹脂の入り口である「ゲート」の位置をどこに設定するかで、繊維の配向パターンは大きく変わります。CAE解析などを活用して繊維配向を予測し、ソリが問題にならないゲート位置を探るなど、設計段階から製造プロセスに踏み込んだ検討が求められます。 

金型構造と精度限界 

金型は、公差を実現するための「器」です。その構造自体が、達成可能な精度の限界を決定づけます。 

分割面と入子:金型は、製品を取り出すために必ず複数のパーツに分割されます。この分割面(PL)をまたぐ寸法は、金型の合わせズレの影響を直接受けるため、公差を厳しく設定するのは困難です。重要な寸法や基準面は、できるだけPLをまたがないように、同一の金型ブロック内で完結させるのが設計の鉄則です。また、複雑な形状部や修正が想定される箇所を別パーツ(入子)で作ることもありますが、この入子の合わせ目もPLと同様に段差やズレの要因となり得ます。 

スライドコアや傾斜コア:アンダーカット形状を成形するために、スライドコアなどの可動機構が用いられます。これらは金型内で摺動するため、必ず微小なクリアランスが存在します。この隙間が、そのまま製品寸法のばらつきにつながるため、スライド機構で成形される部分の公差は、固定部よりも緩やかに設定する必要があります。
金型構造の制約を理解せず、無理な公差を図面に描くことは、金型メーカーを困らせるだけでなく、達成不可能な目標に対して無駄なコストを費やすことにつながります。 

成形条件の管理とばらつき最小化 

金型と材料が同じでも、成形条件(樹脂温度、金型温度、射出圧力、保圧、冷却時間など)が変われば、製品の寸法は大きく変動します。これらの条件を最適化し、安定させることが、量産における寸法ばらつきを最小化する鍵となります。
この「条件出し」は主に成形工場の仕事ですが、設計者もその重要性を理解しておくべきです。例えば、「サイクルタイムを短縮してコストを下げたい」という要求は、冷却時間を削ることにつながり、寸法ばらつきの増大やソリの悪化を招く可能性があります。設計者は、コストと品質がトレードオフの関係にあることを認識し、製造現場と対話しながら、製品として許容できるバランス点を見出す姿勢が求められます。 

設計段階で行うべき公差実現の工夫 

公差を実現するための努力は、製造現場だけに委ねられるものではありません。むしろ、設計段階での工夫こそが、最も効果的かつ低コストで問題を解決する手段となり得ます。 

高精度を前提にしない設計構造 

最も賢明なアプローチは、そもそも高い寸法精度を必要としない設計を目指すことです。部品のばらつきを力ずくで抑え込むのではなく、ばらつきがあっても機能が成立する「吸収機構」を設計に盛り込むのです。 

クリアランスと逃げ:部品同士が嵌合する箇所では、想定される最大・最小の寸法ばらつきを考慮し、十分なクリアランス(隙間)を設けるのが基本です。位置決めに使うボスと穴であれば、片方を長穴にすることで、取り付け位置のズレを吸収できます。 

弾性変形の活用:スナップフィットのように、樹脂の弾性変形を利用して勘合させる構造は、ある程度の寸法ばらつきを吸収してくれます。 

フローティング構造:一方の部品を完全に固定せず、ある範囲で動けるように(フローティングさせて)取り付けることで、相互の位置ズレを許容する設計も有効です。 

公差を厳しくして部品単体の精度を上げるよりも、ばらつきを許容する設計を取り入れるほうが、はるかに低コストで安定した品質を実現できます。 

公差と型修正の計画的運用 

「金型は一発では決まらない」―これは射出成形における不変の真理です。成形収縮率の予測は難しく、トライ成形の結果、目標寸法からズレることは日常茶飯事です。この現実を前提とし、金型修正をあらかじめ計画に織り込むことが、開発をスムーズに進めるための重要な戦略となります。 
その代表的な手法が「捨て代(すてしろ)設計」です。これは、嵌合部など寸法がクリティカルな箇所について、あえて金型を「製品が肉厚になる側(嵌合がきつくなる側)」に作っておくアプローチです。金型は、削って寸法を広げることは比較的容易ですが、肉盛りして寸法を狭めるのは手間とコストがかかります。そこで、トライ成形品を測定し、その結果に基づいて金型を少しずつ削り、目標寸法に追い込んでいくのです。
この計画的なアプローチにより、手戻りのリスクを最小限に抑え、確実かつ効率的に目標公差を実現できます。設計者は、金型メーカーとの打ち合わせ段階で「この部分は捨て代でお願いします」と伝えることで、後工程の円滑化に貢献できるのです。 

機能と精度の優先順位付け 

最後に、そして最も重要なのが、機能に基づいた公差のメリハリ付けです。「全部の寸法に±0.05mm」といった図面は、設計者の思考停止の証であり、製造現場にとっては悪夢でしかありません。それは、機能的にどうでもいい部分にまで過剰な管理コストをかけさせる一方で、本当に重要な部分がどこなのかというメッセージを曖昧にしてしまいます。
優れた設計者は、製品の機能を分解し、どの部分が「生命線」なのかを明確に理解しています。 

最重要箇所:組み立ての基準となる面、摺動部、シール面、精密な嵌合部など。ここには、寸法公差だけでなく、平面度や同軸度といった幾何公差も用いて、必要な精度を明確に指示します。 

重要箇所:外観意匠面、一般的な嵌合部など。一般公差の精級~中級レベルを個別に指示します。 

その他:強度部材のリブや、内部の見えない部分など。一般公差の粗級を適用するか、公差指示自体を省略しても問題ない場合もあります。 

このように、機能的な重要度に応じて公差のレベルを使い分けること。この「優先順位付け」こそが、品質とコストを両立させる公差設計の神髄です。 

まとめ 

射出成形における公差設計とは、単に図面に数値を書き込む作業ではありません。それは、材料、金型、成形、そして金型修正まで、製造の全工程を見据えた総合的なマネジメント活動です。精密な製品を作るには、精密な図面以上に、精密な「段取り」が重要となります。
設計、金型、成形が連携してこそ、図面上の公差は初めて“実現”されます。理想値を示すだけでなく、それを可能にする仕組みづくりを構想すること。それこそが、これからの射出成形設計者に求められる本質的な役割なのです。 

関連情報