酸性薬品に強いエンプラはどれ?化学装置・配管部品で失敗しない材料選び

筆者は材料メーカーに長年在籍していましたが、お客様から寄せられる製品不具合や分析依頼のなかでも突出した事案が「クラック」でした。このクラックの発生原因を調査しますと、一定数が成形部品に接触した薬品に関連するものでした。プラスチック部品の設計において、「耐薬品性」は避けて通れない重要なテーマです。これから5回のコラムを通じて、エンプラの耐薬品性について解説したいと思います。
第一回目では「酸」を取り上げます。酸による劣化は、製品の寿命や安全性に直結する深刻な問題を引き起こす可能性があります。本コラムでは、まず酸性薬品とは何かを定義し、それらに対して高い耐性を持つエンプラ・スーパーエンプラの選定ポイントを詳しく解説していきます。
そもそも酸性薬品とは?
まず、今回のテーマである「酸性薬品」が何を指すのかを明確にしておきましょう。ご自身の扱う薬品が該当するか、ぜひご確認ください。
pHで見る「酸性」の定義
水溶液の性質を示す指標にpH(ピーエッチ/水素イオン指数)があります。pHは0から14までの数値で表され、pH7を「中性」とし、それより数値が小さい場合を「酸性」、大きい場合を「アルカリ性」と呼びます。
pHの数値は1違うだけで性質が大きく異なり、pH6の水溶液に比べてpH5の水溶液は酸の強さが10倍、pH4では100倍になります。つまり、pHの数値が低いほど、強い酸性を示すということです。

プラスチック設計で注意すべき代表的な酸性薬品
工業分野でプラスチック部品がさらされる可能性のある代表的な酸性薬品には、以下のようなものがあります。これらは「無機酸」と「有機酸」に大別されます。
代表的な無機酸
- 塩酸 (HCl):金属の洗浄(酸洗)、化学合成、pH調整など幅広い用途。
- 硫酸 (H₂SO₄):肥料の製造、金属精錬、バッテリーの電解液など、最も広く使われる酸の一つ。
- 硝酸 (HNO₃):強い酸化力を持ち、金属の溶解、火薬や染料の原料として使用。
- リン酸 (H₃PO₄):金属の防錆処理、食品添加物、洗剤の原料など。
代表的な有機酸
- 酢酸 (CH₃COOH):食酢の主成分。化学繊維や合成樹脂の原料としても重要。
- ギ酸 (HCOOH):染料や香料の製造、ゴムの凝固剤などに使用。
- クエン酸 (C₆H₈O₇):食品や飲料の酸味料、工業用洗浄剤として使用。
これらの薬品や、これらを含む溶液に部品が接触する可能性がある場合は、本コラムで解説する「耐酸性」の考慮が不可欠です。
なぜ“酸”は樹脂を劣化させるのか?
プラスチックが酸によって劣化する主なメカニズムは、樹脂の分子構造に酸が直接作用する化学反応にあります。
分子鎖を切断する「加水分解」
PET(ポリエステル)やPA(ポリアミド、ナイロン)、PC(ポリカーボネート)といった樹脂は、分子の主鎖に「エステル結合」や「アミド結合」を持っています。これらの結合は、酸が触媒として働くことで水と反応し、より小さな分子に分解されてしまいます。これを「加水分解」と呼びます。分子の鎖が切断されることで樹脂の分子量が低下し、強度や靭性(粘り強さ)が著しく失われ、脆くなってしまいます。
樹脂構造を破壊する「酸化反応」
濃硝酸や熱濃硫酸のような酸化力の強い酸は、樹脂の分子構造そのものを酸化・分解させる作用を持ちます。これにより、樹脂表面が侵食されたり、炭化して黒く変色したり、物性が大きく変化してしまいます。塩酸や希硫酸などの非酸化性の酸であっても、種類や濃度、温度によっては樹脂を膨潤(膨らむこと)させたり、可塑剤などの添加剤を溶出させたりすることで、物性低下を引き起こす原因となります。
酸性薬品にさらされる代表的な用途例
酸性薬品に対する耐性が求められる部品は、様々な産業分野で重要な役割を担っています。
医薬品製造・化学プラントの装置部品
医薬品の製造プロセスでは、反応や洗浄工程で様々な酸が使用されるため、装置の内部品や配管には高い純度と耐酸性が要求されます。また、半導体製造工場や化学プラントの排気ダクトやスクラバー(排ガス洗浄装置)の部品も、腐食性の高い酸性ガスに常にさらされる過酷な環境です。
分析機器・理化学機器の薬液ライン
理化学機器や血液分析装置といった分析機器の内部にある薬液ラインも代表的な用途です。微量なサンプルや酸性の試薬を正確に送液するため、チューブやコネクタ、バルブ部品には、薬品による変質や溶出が極めて少ない材料が求められます。
金属加工を支える酸洗装置部品

金属部品の表面処理工程である「酸洗」に使われる装置の配管やノズル、製品を固定する治具なども、高温の酸に直接触れるため、極めて高い耐酸性を持つプラスチック材料が活躍しています。これらの用途では、長期間にわたって強度や寸法精度を維持できる信頼性が重要となります。
酸性薬品に強い材料とは?失敗しないための選定ポイント
酸性環境下では、汎用プラスチックではなく、エンプラやスーパーエンプラからの選定が基本となります。ここでは代表的な材料と選定のポイントをご紹介します。
優れた安定性を持つ「PPS(ポリフェニレンサルファイド)」
PPSは、ベンゼン環と硫黄が交互に結合した非常に安定した化学構造を持つ結晶性のスーパーエンプラです。200℃以下でPPSを溶解させる溶剤はないと言われるほど、多くの薬品に高い耐性を誇ります。塩酸、硫酸、リン酸といった非酸化性の酸に対しては、高温・高濃度環境でもほとんど影響を受けません。ただし、濃硝酸や熱濃硫酸のような強い酸化力を持つ酸には侵される可能性があるため注意が必要です。
射出成形可能なフッ素樹脂「PVDF(ポリフッ化ビニリデン)」
フッ素系樹脂は耐薬品性の代名詞です。中でもPTFEは、ほぼ全ての薬品に侵されない究極の耐性を持ちますが、溶融成形ができず、用途が限られます。そこで注目されるのが、同じフッ素系でありながら射出成形が可能なPVDFです。PVDFはPTFEに匹敵するレベルではありませんが、多くの酸性薬品に優れた耐性を持ち、特にハロゲン(塩素、臭素など)を含む薬品に強い特長があります。強度と耐薬品性の両立が求められる配管部品やフィルターハウジングなどで重宝されています。
過酷な環境に応える「PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)」
PEEKは、耐熱性、機械的強度、耐薬品性の全てにおいて最高レベルの性能を持つスーパーエンプラです。ほとんどの酸に対してPPS同等以上の高い耐性を示し、PPSが苦手とする高温の熱水やスチーム環境でも加水分解を起こしにくいのが大きな強みです。医療機器の滅菌処理や、高温の酸性流体が流れる化学プラントなど、最も過酷な環境でその真価を発揮します。ただし、PEEKも濃硫酸には溶解するという弱点があるため、使用薬品の確認は必須です。
その他の有力な選択肢(PPSU、LCP)
非晶性樹脂のPPSU(ポリフェニルサルホン)は、優れた耐熱水性と耐スチーム性を持ち、酸やアルカリにも良好な耐性を示します。特に医療分野で多用される酸性の消毒液や洗浄液に安定しており、繰り返し滅菌が必要な医療器具に適しています。
また、LCP(液晶ポリマー)は、薄肉でも高い強度と寸法精度を実現できる材料です。耐薬品性も非常に高く、ほとんどの酸性薬品に耐性があるため、微細で複雑な形状が求められるコネクタやセンサー部品で活躍しています。
選定時に注意が必要な材料(PESなど)
同じ系統の樹脂でも、種類によって耐性が異なる場合があります。例えばPES(ポリエーテルサルホン)は、一般的に耐薬品性に優れるサルホン系樹脂ですが、高温の酸、特に酸化性の酸に対してはPPSUほど強くありません。データシート上は耐性ありとされても、実使用条件によっては劣化が進むことがあるため、事前の評価がより重要になります。
酸性環境での注意点と劣化兆候
適切な材料を選定しても、使い方を誤ればトラブルは防げません。特に注意すべき点と、劣化のサインについて解説します。
薬品と応力が引き起こす「環境応力割れ(ESC)」
これは、成形品にかかる応力(外部からの荷重や、成形時の内部に残る残留応力)と、特定の薬品環境が組み合わさることで、本来の強度よりはるかに低い応力で亀裂や破壊に至る現象です。データ上は耐性がある薬品でも、部品に応力がかかっている部分から微細なクラックが発生し、破損につながることがあります。
見逃してはいけない劣化のサイン(表面荒れ、クラック、寸法変化)
トラブルを未然に防ぐには、劣化の兆候を早期に発見することが重要です。
- 初期兆候: 部品表面の光沢低下、変色、ざらつき(表面荒れ)
- 中期兆候: 微細なひび割れ(マイクロクラック)の発生
- 末期兆候: 薬品の浸透による膨潤、寸法変化、反り
トラブルを未然に防ぐ設計上の配慮
環境応力割れのリスクを低減するため、設計段階での配慮が不可欠です。応力集中を引き起こす鋭い角(シャープエッジ)や肉厚の急激な変化は避け、角部に適切なR(丸み)を設ける、リブの付け根を滑らかにする、肉厚を均一にするといった対策が製品の耐久性を大きく向上させます。また、成形条件の最適化による残留応力の低減も、府中プラのような成形メーカーの重要な役割です。
まとめ
酸性薬品環境でのプラスチック部品選定は、単純な薬品耐性データだけでは判断できず、部品にかかる応力、使用温度、薬品濃度、接触時間といった複合的な要因を考慮することが成功の鍵です。特に、応力集中を避ける設計上の配慮は、製品の寿命を左右します。
どの材料が最適か判断に迷う場合や、より厳しい条件での使用を検討されている場合は、ぜひ府中プラにご相談ください。材料選定から最適な成形まで、一貫してサポートいたします。
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