アルカリに負けないエンプラ部品設計とは?高pH環境での劣化と対策

部品の洗浄工程や製造プロセスで広く使用されるアルカリ性薬品は、多くのプラスチック材料にとって過酷な環境となり得ます。特にポリエステル系樹脂などは、アルカリ環境下で急速に劣化が進むことが知られており、安易な材料選定は装置の故障や生産ラインの停止といった重大なトラブルに直結します。耐薬品性シリーズ第2回の本コラムでは、アルカリ性薬品の基礎知識から、耐性を持つエンプラの選定、設計上の注意点までを体系的に解説します。
そもそもアルカリ性薬品とは?
まず、どのような薬品が「アルカリ性」に分類されるのかを確認しましょう。ご使用の環境が該当するかを判断する基準となります。
pHで見る「アルカリ性」の定義
水溶液の性質を示す指標であるpH(ピーエッチ/水素イオン指数)において、pH7が「中性」と定義されます。この中性よりも数値が大きい場合を「アルカリ性」と呼びます。
酸性と同様に、pHの数値が1違うだけで性質は10倍変わります。例えば、pH8の水溶液に比べてpH9の水溶液はアルカリの強さが10倍、pH10では100倍になります。工業用の洗浄液などではpH10を超える強アルカリ性の薬品が使われることも多く、プラスチック材料への影響は非常に大きくなります。

プラスチック設計で注意すべき代表的なアルカリ性薬品
工業分野で注意すべき代表的なアルカリ性薬品には、以下のようなものがあります。
- 水酸化ナトリウム(苛性ソーダ, NaOH):最も代表的な強アルカリ。油脂やタンパク質を強力に分解するため、洗浄剤、めっきの前処理、製紙工業などで広く使用。
- 水酸化カリウム(苛性カリ, KOH):水酸化ナトリウムと同様に強アルカリ性を示し、液体石鹸やアルカリ乾電池の電解液などに使用。
- アンモニア水 (NH₃·H₂O):比較的弱いアルカリ性(弱塩基性)だが、一部の樹脂に影響を与える。化学肥料の原料や試薬として使用。
- 炭酸ナトリウム(炭酸ソーダ, Na₂CO₃):ガラスの原料や食品添加物(かん水)、入浴剤などにも使われる身近なアルカリ。
これらの薬品、あるいはこれらを含む高pHの洗浄液や排水に部品が接触する場合、「耐アルカリ性」を重視した材料選定が必須となります。
アルカリ性環境が樹脂に与える影響とは?
アルカリは、特定の化学構造を持つ樹脂に対して深刻なダメージを与えます。その代表的な劣化メカニズムが「加水分解」です。
酸性環境と同様に、アルカリもまた加水分解を促進する触媒として働きます。特に、エステル結合(-COO-)を持つ樹脂はアルカリの影響を顕著に受けます。この反応は油脂が石鹸になる反応と同じであることから「鹸化(けんか)」とも呼ばれ、不可逆的な分解反応です。
この影響を最も受けやすいのが、ポリエステル系樹脂であるPBT(ポリブチレンテレフタレート)やPET(ポリエチレンテレフタレート)、そして、カーボネート結合(-O-CO-O-)というエステル結合に類似した構造を持つPC(ポリカーボネート)です。これらの樹脂は、高pHの環境下で分子鎖が容易に切断され、強度や靭性が急激に低下し、脆化(もろくなること)してしまいます。
アルカリが使用される代表的な設備例
耐アルカリ性が求められるのは、主に以下のような設備や工程です。

- 工業用洗浄装置:金属部品や電子部品の脱脂洗浄には、高温の強アルカリ性洗浄液が使用されます。この装置内のノズル、搬送用の治具、センサーホルダーなどには高い耐アルカリ性が不可欠です。
- めっき工程:めっきの前処理である脱脂工程で強アルカリが使用されるため、薬液槽の部品や搬送用ラック、バレル(回転容器)などに耐性材料が求められます。
- 食品・飲料製造機器:食品製造ラインでは、CIP(定置洗浄)システムで水酸化ナトリウム溶液などが使われます。配管のバルブやシール材、充填機の部品などは、食品衛生法への適合と同時に、高温のアルカリ洗浄に耐える必要があります。
- 排水処理装置:工場から排出される様々な薬品が混ざり合った排水は、pH調整のためにアルカリ性に傾くことがあります。この排水ラインのポンプ部品や配管、センサー部品などは、予測しづらい薬品環境に耐える性能が求められます。
アルカリ耐性のある代表的エンプラと留意点
アルカリ環境、特に高温・高濃度の条件下では、慎重な材料選定が求められます。ここでは耐性のある材料と、逆に避けるべき材料を解説します。
アルカリに強い代表的な材料
- PPS(ポリフェニレンサルファイド):非常に安定した化学構造を持ち、耐酸性だけでなく耐アルカリ性にも極めて優れています。高温の強アルカリ環境でも物性低下が少なく、化学プラントのポンプやバルブなど、最も過酷な環境で信頼性の高い選択肢となります。
- PEEK(ポリエーテルエーテルケトン):PPSと同様に最高レベルの耐薬品性を誇り、高温のアルカリ性薬品に対しても優れた耐性を示します。機械的強度や耐摩耗性も高いため、洗浄装置の軸受やギアなど、摺動性が求められる部品にも適しています。
- PEI(ポリエーテルイミド):広い温度範囲で安定した物性を持つ非晶性のスーパーエンプラです。耐熱水性や耐薬品性に優れ、多くのアルカリ性薬品に対して良好な耐性を示します。電気的特性も良いため、めっき工程で使用されるコネクタや治具に採用されます。
- PA6T(特殊ポリアミド/一部グレード):一般的なポリアミド(ナイロン)はアルカリに比較的強いとされますが、吸水による寸法変化や強度低下が課題です。一方、PA6Tのような特殊ナイロン(ポリアミド)は、低吸水性と高い耐熱性を持ち、アルカリ環境下での安定性が向上しています。ただし、グレードにより性能が異なるため確認が必要です。
- PP(ポリプロピレン):汎用樹脂の中では、耐アルカリ性に優れ、コストパフォーマンスが高い材料です。常温のアルカリ環境であれば多くの用途で使用可能です。ただし、耐熱性や機械的強度はエンプラに劣るため、高温環境や高い負荷がかかる部品には不向きです。
アルカリ環境で避けるべき材料
- PBT、PET(ポリエステル系樹脂):前述の通り、エステル結合がアルカリによって容易に加水分解されるため、使用は原則として避けるべきです。
- PC(ポリカーボネート):カーボネート結合が加水分解を起こし、白化やクラック、強度低下を招きます。透明性を活かしたい場合でも、アルカリ環境での使用は非常に危険です。
- PES(ポリエーテルサルホン):一般的に耐薬品性に優れる材料ですが、高温の強アルカリ環境下では加水分解を起こしやすく、劣化が進行するケースが報告されています。特に応力がかかる部位での使用には注意が必要です。
材料選定時の盲点:高温×アルカリの複合劣化
材料選定で最も注意すべきなのが、「温度」と「アルカリ」の複合的な影響です。材料メーカーが提供する耐薬品性データは、多くが室温(23℃)での評価に基づいています。しかし、実際の使用環境は80℃を超える高温であることも珍しくありません。
化学反応は、一般的に温度が10℃上昇すると速度が2~3倍になると言われています。つまり、室温では問題ないとされる材料でも、80℃の環境では劣化速度が数十倍にもなり、短時間でボロボロになってしまう可能性があるのです。
特に、高温のアルカリ性洗浄液中で応力がかかっている部品は、加水分解による材質自体の脆化と、環境応力割れ(ESC)が同時に進行し、予測不能なタイミングで破壊に至るという最悪のケースを招きます。設計段階で「室温のデータでOK」と安易に判断するのは、非常に大きなリスクを伴うことを認識しなければなりません。
まとめ
アルカリ環境下での部品設計を成功させるには、以下の点を心掛けることが重要です。
まず、洗浄工程などで複数の薬品にさらされる可能性がある場合は、最も厳しい条件(最も高いpH、最も高い温度)を基準に材料を選定するのが基本です。
次に、材料メーカーが提供する耐薬品性チャートを鵜呑みにせず、その評価条件(薬品濃度、温度、浸漬時間)を必ず確認してください。評価条件が実使用環境と異なる場合は、そのデータを参考にすること自体がリスクになります。
最終的に、どの材料が最適か判断に迷う場合、あるいは高温・高濃度といった厳しい条件下での使用を検討されている場合は、ぜひ府中プラにご相談ください。過去のトラブル事例や成形ノウハウに基づき、材料の選定から応力集中を避ける設計提案、そして最適な成形まで、府中プラが一貫してサポートいたします。
関連コラム
>>酸性薬品に強いエンプラはどれ?化学装置・配管部品で失敗しない材料選び
>>有機溶剤に強いエンプラはどれ?膨潤・クラックを防ぐエンプラの選び方