技術解説

油やグリースに強いエンプラは? 耐油性エンプラの基礎と設計上の注意点 

油やグリースに強いエンプラは? 耐油性エンプラの基礎と設計上の注意点 

プラスチック部品の設計において、「油」は比較的に安全な物質と見なされがちです。しかし、その認識は時として重大な製品トラブルを招きます。工業用の潤滑油、作動油、グリース、そして水溶性の切削油に至るまで、多様な油脂類はプラスチックに深刻なダメージを与えるポテンシャルを秘めています。 
耐薬品性シリーズ第4回の本コラムで解説する「耐油性」とは、単に油に溶けないということだけではありません。油脂との接触によって、①膨潤による寸法変化、②化学分解による強度低下、③応力下でのクラック発生、といった複合的な劣化が起こりにくい性質を指します。本稿では、まず工業用油脂を体系的に分類し、その上で各種エンプラの耐油性を化学的メカニズムから紐解き、設計・成形現場で実践すべき注意点までを深く掘り下げていきます。

プラスチック部品設計で考慮すべき「工業用油脂」の体系的分類 

「油に強い」材料を選ぶには、まず敵である「油」の正体を正確に知る必要があります。工業用油脂は、その成り立ちと用途によって、プラスチックへの攻撃性が大きく異なります。 

基油(ベースオイル)による分類:鉱物油 vs 合成油 

工業用油脂の基本特性は、主成分である「基油」によって決まります。 

鉱物油(Mineral Oil)
原油を蒸留・精製して作られる炭化水素の混合物です。安価で汎用性が高いため、多くの潤滑油や作動油のベースとして使用されます。化学的には比較的安定していますが、高温下での酸化劣化や、不純物の影響が懸念される場合があります。 

合成油(Synthetic Oil )
特定の性能を狙って化学的に合成された油です。耐熱性や潤滑性に優れますが、その化学構造によってプラスチックへの影響が大きく異なります。 

– PAO(ポリアルファオレフィン):化学的に安定した炭化水素構造で、多くのプラスチックに対し鉱物油と同様に良好な適合性を示します。 

– エステル系:高い潤滑性を持ちますが、分子内に「エステル結合(-COO-)」を持ちます。これがPCやPBTといった同じくエステル結合を持つプラスチックを化学的に攻撃(加水分解)する原因となり、最も注意が必要な合成油の一つです。 

– PAG(ポリアルキレングリコール):水溶性のものと油溶性のものがあり、高い潤滑性を持ちますが、一部の塗料や樹脂を軟化・溶解させることがあります。 

用途による分類:潤滑油、作動油、そして見落とされがちな「水溶性切削油」 

基油に各種の「添加剤」を加えることで、特定の用途に特化した油脂が作られます。 

– 潤滑油・グリース:ギアや軸受の摩耗を防ぐため、極圧添加剤(硫黄系、リン系など)や摩耗防止剤が含まれます。これらの添加剤が高温下で樹脂と反応し、劣化を引き起こすことがあります。 

– 作動油:油圧システムの動力伝達に使われ、酸化防止剤や防錆剤が含まれます。 

– 水溶性切削油:金属加工で冷却・潤滑に使われる「油」ですが、その実態は「水」に油を分散・溶解させたものです。これには油を水に混ぜるための「界面活性剤(乳化剤)」が多量に含まれており、これがプラスチックの環境応力割れ(ESC)を強力に誘発する大きな要因となります。また、腐敗防止のためにアルカリ性に調整されていることが多く、耐アルカリ性も同時に問われる、極めて過酷な環境です。 

油脂がプラスチックを劣化させる3大メカニズム 

油脂による劣化は、以下の3つの作用が単独または複合的に進行します。 

① 物理的膨潤(Swelling):「似たものは似たものを溶かす」という化学の基本原則に基づき、非極性の油分子が、非晶性樹脂の分子鎖の隙間に侵入して分子間力を弱め、膨らませる現象。寸法変化や強度低下に直結します。 

② 化学的分解(Chemical Degradation):油そのものや添加剤が、プラスチックのポリマー鎖と化学反応を起こして切断する現象。エステル系オイルによるPBTの加水分解が典型例です。 

③ 環境応力割れ(ESC – Environmental Stress Cracking):部品にかかる応力(残留応力+外部応力)と、特定の液体(油、界面活性剤など)が同時に作用することで、材質本来の強度よりはるかに低い応力で亀裂が生じる現象。突然の破壊につながる最も危険な劣化モードです。

油脂にさらされる具体的な産業用途 

上記の知見を踏まえ、具体的な産業用途と求められる耐性を見ていきましょう。 

– 工作機械:マシニングセンタやNC旋盤の摺動面カバー、切削油ノズル、センサーホルダーなど。水溶性切削油(特に界面活性剤とアルカリ性)に常時さらされるため、耐薬品性と耐ESC性が最重要となります。 

– 各種ポンプ・コンプレッサー:ギアポンプの歯車やベーンポンプのベーン、コンプレッサーのシールリングなど。高温の潤滑油・作動油(鉱物油または合成油)に浸され、耐熱性、耐摩耗性、そして油の添加剤への耐性が問われます。 

– FA機器・搬送装置:ロボットアームの減速機ギアや、コンベアの軸受部など。高性能グリース(合成油ベースの場合も多い)が長期にわたり塗布されるため、ベースオイルと増ちょう剤の両方に対する化学的安定性が求められます。 

– 射出成形機・油圧プレス:油圧シリンダーのパッキンやピストンリング、作動油タンクの油面計など。高温の作動油(主に鉱物油)に対する長期的な耐性と、圧力変動下での寸法安定性が重要です。 

耐油性のメカニズムと主要エンプラの詳細比較 

材料 耐油性メカニズムと評価 適した用途 注意点 
PPS 剛直な芳香環が緻密に詰まった結晶構造が、油分子の侵入を物理的にブロック。化学的にも極めて安定しており、鉱物油、合成油、水溶性切削油のいずれにも最高レベルの耐性を示す。 工作機械のセンサー部品、ポンプのインペラ、高温グリース環境の軸受 ガラス繊維強化グレードは摺動相手材を摩耗させることがある。 
PEEK PPS以上に強固な化学構造と高い結晶性を持つ。200℃を超える高温油中でも物性低下が極めて少なく、機械的強度も維持する。耐薬品性の頂点。 高性能コンプレッサーのバルブプレート、半導体製造装置の真空ポンプ部品など、最高信頼性が求められる箇所 コストが最も高い。 
PA6, PA66 分子主鎖の炭化水素部分が非極性の鉱物油と親和性が低く、良好な耐性を示す。 比較的負荷の低いギア、ローラー、作動油タンク部品 アミド結合が吸水を引き起こし、寸法変化と強度低下を招く。水溶性切削油のように水と油が混在する環境は最も苦手。 
PEI, PES, PSU 非晶性樹脂の中では分子構造が剛直で比較的良好な耐油性を示す。 作動油のサイトグラス(油量確認窓)、透明性が要求される流路部品 結晶性樹脂には劣る。エステル系合成油や界面活性剤を含む水溶性切削油はESCのリスクがあり、応力がかかる構造部品には不向き。 
【要注意】
PC, PBT 
主鎖に化学的攻撃を受けやすいエステル結合/カーボネート結合を持つ。 原則として油、特にエステル系合成油やアルカリ性の水溶性切削油に接触する構造部品には推奨されない。 エステル系合成油による加水分解、水溶性切削油の界面活性剤によるESCのリスクが極めて高い。 

設計・成形現場における「耐油性」確保の実践的アプローチ 

材料選定はスタートラインに過ぎません。真の耐油性は、設計と成形で作り込まれます。 

– ウェルドラインの強度低下を織り込んだ設計:樹脂の合流点であるウェルドラインは、油環境下で著しく強度が低下します。重要な応力がかかる箇所にウェルドラインが来ないようなゲート位置の設計が不可欠です。 

– 応力集中を徹底的に排除する形状設計:ESCの起点は必ず応力集中部です。鋭角なコーナーをなくし、可能な限り大きなRを設けることは、耐油性設計の鉄則です。 

– アニーリング処理による残留応力の解放:成形後の部品をガラス転移点以下の温度で熱処理(アニーリング)することで、成形時に内部に発生した残留応力を大幅に低減できます。これにより、ESCに対する耐性を劇的に向上させることができ、特に精密な摺動部品や圧入部品には必須の工程です。 

まとめ 

「油だから大丈夫」という安易な判断は、産業機械の信頼性を損なう大きなリスクです。特に、添加剤を含む合成油や、界面活性剤を多用する水溶性切削油は、多くのプラスチックにとって極めて過酷な環境となり得ます。
成功の鍵は、使用される油脂の「正体」(基油、添加剤、pHなど)を正確に把握し、耐油性・耐熱性・摺動性・コストの複雑なトレードオフを考慮して、最適な材料を選定することです。その上で、応力集中を避ける設計と、残留応力を管理する成形技術を組み合わせることで、初めて長期的な信頼性が確保されます。
どの材料が最適か、あるいはアニーリング条件の設定など、専門的な判断に迷われる場合は、ぜひ府中プラにご相談ください。実環境と製品要求に基づいた最適なソリューションを、材料選定から成形まで一貫して提供いたします。 

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