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吸水性と加水分解性はどう違う?設計者が混同しやすい“水に弱い”の2つの側面をやさしく解説 

吸水性と加水分解性はどう違う?設計者が混同しやすい“水に弱い”の2つの側面をやさしく解説 

「水に弱いエンプラ」と聞いたとき、吸水して寸法が狂う現象と、加水分解して劣化する現象を明確に区別できている設計者は、意外と少ないかもしれません。実際には、この2つは全く異なるメカニズムで進行する現象であり、それぞれ対策や適切な材料選定も大きく変わってきます。本コラムでは、エンプラにおける吸水性と加水分解性の違いを原理から整理し、用途別のリスク判断や材料選定の考え方を、実務に即した視点で解説します。この知識は、製品の品質と長期信頼性を確保する上で不可欠なものとなるでしょう。 

「吸水性」とは? — 水分が原因の寸法・物性変化 

吸水性とは、プラスチック材料が周囲の水分を物理的に取り込む性質を指します。特に、分子構造内に水と親和性の高い「極性基」を持つ高分子で顕著に見られます。その代表格が、ポリアミド(PA)、通称ナイロンです。
ナイロンの分子鎖にはアミド結合(-CONH-)という極性基が存在します。この部分は水分子(H₂O)と水素結合を形成しやすく、いわば磁石のように水分子を引き寄せます。樹脂の内部に侵入した水分子は、高分子同士が密に詰まっていた分子鎖の間に入り込み、その距離を押し広げます。この分子レベルでの間隔の拡大が、マクロな視点では材料全体の体積膨張、すなわち「寸法変化(膨潤)」として現れるのです。この吸水がもたらす影響は多岐にわたります。 

寸法変化・反り 

最も直接的で分かりやすい影響です。特に、薄肉の部品や、片面だけが湿気に晒されるような環境では、不均一な吸水によって反りや歪みが発生し、嵌合不良や外観不良の原因となります。 

機械物性の変化 

吸水した水分子は、分子鎖の動きを滑らかにする「可塑剤」のような働きをします。これにより、分子鎖が動きやすくなるため、材料の剛性(弾性率)は低下します。一方で、衝撃に対する粘り強さ(靭性)は向上する傾向があります。強度が一時的に向上するように見えるケースがあるのはこのためで、これは材料が劣化したわけではなく、物性が変化した結果です。

電気特性の低下 

水は電気を通しやすいため、絶縁材料として使用されるプラスチックが吸水すると、体積抵抗率や絶縁破壊電圧といった電気特性が低下する可能性があります。
重要なのは、吸水によるこれらの変化が、基本的には「物理的な現象」であるという点です。したがって、材料を乾燥させれば、侵入した水分子が放出され、寸法や物性は元の状態に近くまで回復します。この「可逆性」が、後述する加水分解との決定的な違いです。吸水性は、主に常温・高湿環境や温湿度サイクルに晒される部品において、寸法精度や安定性が求められる場合に管理すべき重要な特性となります。 

「加水分解性」とは? — 水分が引き起こす分子の“化学的劣化” 

加水分解性とは、水分子がプラスチックのポリマー主鎖と化学反応を起こし、分子鎖そのものを切断してしまう現象を指します。これは単なる物性変化ではなく、材料を構成する高分子が低分子化していく「化学的な劣化」であり、極めて深刻な問題を引き起こします。
この現象は、分子構造内に加水分解しやすい結合を持つエンプラで特に問題となります。代表的なものに、エステル結合を持つPET(ポリエチレンテレフタレート)やPBT(ポリブチレンテレフタレート)、カーボネート結合を持つPC(ポリカーボネート)、あるいはスルホン結合を持つPES(ポリエーテルサルホン)や、エーテル結合とケトン結合を持つPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)などがあります。これらの結合は、特定の条件下で水分子の攻撃を受け、分解されてしまうのです。 

加水分解が進行する上で最も重要な因子は「温度」です。常温の水に長時間浸漬しても加水分解はほとんど進みませんが、高温下、特に80℃を超えるような温水、蒸気、高湿環境に長期間暴露されると、反応は劇的に加速します。熱エネルギーが化学反応の活性化エネルギーとなり、水分子によるポリマー主鎖の切断を促進するのです。加水分解による影響は、吸水とは比較にならないほど深刻です。 

機械強度の恒久的な低下 

長いポリマー鎖によって保たれていた強度が、分子鎖の切断によって根本から失われます。引張強度や曲げ強度が著しく低下し、もはや構造部材としての役割を果たせなくなります。 

脆化とクラック発生 

分子量が低下することで、材料の粘り強さが失われ、脆くなります。わずかな応力や衝撃で容易に亀裂(クラック)が入り、最終的には破断に至ります。 

物性の不可逆的な劣化 

一度切断されてしまった分子鎖は、たとえ材料を乾燥させても元に戻ることはありません。ひとたび加水分解をしてしまった材料は、部品設計時に想定したパフォーマンスを発揮することは困難となり、廃棄するしかなくなります。 

加水分解は、製品の寿命を直接的に左右する致命的な劣化モードです。特に、給湯機器、スチーム洗浄される医療機器、高温高湿下で稼働する機械部品などでは、材料選定の初期段階でこのリスクを最優先に考慮する必要があります。 

吸水性 vs 加水分解性:見落とされがちな“違い”の整理 

ここまで解説してきた吸水性と加水分解性の違いを、改めて整理してみましょう。設計者がこの2つを混同すると、材料選定で致命的な判断ミスを犯す可能性があります。以下の表で、両者の違いを見比べてください。 

観点     吸水性 加水分解性 
原因 水分の物理的な吸着・侵入 水分との化学反応(加水分解) 
影響 寸法膨張、剛性低下、反り、靭性向上 分子切断による強度劣化、脆化、破断 
時間スケール 比較的速い(数時間~数日) 環境に依存し、比較的遅い(数日~数年) 
温度依存性 湿度の影響が大きい 温度が高いほど進行が著しく加速 
可逆性 可逆的(乾燥でほぼ回復) 不可逆的(回復しない) 
代表的な材料 PA (ナイロン), 変性PPO (mPPE), ABS など PBT, PC, PET, PES, PEEK など 

この表から読み取れる最も重要な違いは、「可逆性」です。 

吸水性は、寸法変化という厄介な問題を引き起こしますが、それはあくまで物理的な状態変化です。乾燥させれば元に戻るため、設計段階で吸水による寸法変化率を予測し、クリアランス(隙間)を確保するなどの対策を織り込むことで対応可能な場合があります。
一方、加水分解性は、材料そのものが化学的に壊れていく現象です。一度劣化が始まると止めることはできず、元にも戻りません。これは、製品の「寿命」に直結する問題であり、設計で吸収できる範囲を超えています。したがって、加水分解が懸念される環境では、そもそも加水分解しにくい材料を選ぶという根本的な対策が必須となります。この違いを理解することが、適切な材料選定の第一歩です。 

“水に弱い”材料をどう見分け、どう使い分けるか 

「水に弱い」という曖昧な言葉を分解し、吸水性と加水分解性の観点から材料を見極めることが、設計者には求められます。ここでは、具体的な材料を例に、その使い分けの考え方を解説します。 

ケース1:吸水性は高いが、加水分解には比較的強い材料(例:PA66) 

PA66は、吸水率が非常に高いことで知られています。飽和吸水率は8%を超えることもあり、設計者はこの寸法変化に常に注意を払わなければなりません。例えば、精密な嵌合が要求される筐体部品にPA66を使用すると、湿度の変化で反りや膨張が生じ、組み立てられなくなったり、防水性が損なわれたりする可能性があります。このため、寸法安定性が最優先される用途には不向きです。

しかし、PA66のアミド結合は比較的安定しており、80℃程度の温水環境であれば、加水分解による致命的な強度低下は起こりにくい特性を持っています。したがって、多少の寸法変化が許容でき、強度や靭性が求められるギアや摺動部品、あるいはエンジンルーム内のクランプなどでは、その優れた機械特性を活かすことができます。 
つまり、吸水性の問題は「寸法管理」で対応できるかが判断基準となります。 

ケース2:吸水率は低いが、加水分解には弱い材料(例:PBT) 

PBTは、吸水率が0.1%以下と非常に低く、寸法安定性に優れています。この特性から、コネクタやスイッチなどの精密電気・電子部品に多用されます。常温環境下では、水に対する耐性は非常に高いと言えるでしょう。 
しかし、PBTの主鎖にあるエステル結合は、高温の水分に非常に弱いという致命的な弱点を抱えています。もし、吸水率が低いからという理由だけでPBTを給湯配管の部品や温水ポンプのインペラに採用してしまうと、どうなるでしょうか。初期性能は問題ありませんが、長期間の使用により内部で加水分解が進行し、ある日突然、脆性破壊を起こして亀裂や破断に至る危険性が極めて高いのです。 
つまり、加水分解性の問題は「製品寿命の短縮」や「突然の破損」に直結するため、選定には細心の注意が必要です。 

このように、「ナイロンは水に弱い」、「PBTは水に強い」といった単純な覚え方は非常に危険です。ナイロンは「吸水による寸法変化に弱いが、加水分解には比較的強い」、PBTは「吸水には強いが、高温水による加水分解に極めて弱い」と、正確に理解する必要があります。
材料カタログに記載されている「耐水性」「耐湿性」といった言葉にも注意が必要です。この言葉が吸水性について述べているのか、加水分解性について述べているのか、あるいはその両方なのかを、データシートの試験条件(温度、時間など)から慎重に見極めるリテラシーが設計者には求められます。 

用途別:どちらの“水への弱さ”が問題になるか? 

最後に、具体的な製品・用途ごとに、吸水性と加水分解性のどちらがよりクリティカルな問題となるかを見ていきましょう。 

電気筐体(屋外設置) 

主たるリスク:吸水性
屋外に設置される筐体は、降雨や昼夜の温度差による結露で常に湿気に晒されます。ここで問題となるのは、材料の吸水による「反り」や「寸法変化」です。特に、カバーと本体の嵌合部で隙間が生じると、防水性能が低下し、内部の電子回路を破壊する原因となります。加水分解は常温環境ではほとんど進行しないため、リスクは低いと言えます。 

医療機器(オートクレーブ滅菌)部品 

主たるリスク:加水分解性
オートクレーブ滅菌は、121℃〜134℃の高温高圧蒸気に晒す、非常に過酷なプロセスです。この環境では、PCやPBT、標準的なPAなどは急速に加水分解を起こし、数回から数十回の滅菌サイクルでボロボロになってしまいます。ここでは、スーパーエンプラであるPEEK、PES、PEI、PSUといった耐加水分解性に優れた材料の選定が必須となります。 

水周りで使用されるプラスチックギア 

主たるリスク:吸水性
常温の水中で使用されるギアの場合、加水分解のリスクは低いですが、吸水による寸法変化が性能を大きく左右します。歯面が吸水で膨張すると、ギア同士のかみ合いがきつくなり(バックラッシの減少)、異音や摩耗、トルク増大の原因となります。ここでは、POM(ポリアセタール)や低吸水グレードのPAなど、吸水率の低い材料が好まれます。 

温水配管・ポンプ部品 

主たるリスク:加水分解性
給湯器の配管や循環ポンプの部品は、60℃〜90℃の温水に常時接触します。これは、PBTやPCにとって最も苦手な環境です。初期の寸法安定性が良くても、長期的な加水分解による脆化・破断リスクが非常に高いため、採用は避けるべきです。代替として、耐加水分解性に優れるPPS(ポリフェニレンサルファイド)やmPPE(変性ポリフェニレンエーテル)などが選ばれます。 

10年以上の長期信頼性が要求される部品 

主たるリスク:加水分解性
インフラ関連機器や自動車部品など、10年以上の長期寿命が求められる場合、たとえ常温環境であっても、わずかな加水分解が時間をかけて蓄積し、強度低下につながる可能性があります。このような設計では、そもそも化学的に安定で加水分解しにくい化学構造を持つLCP(液晶ポリマー)、PPS、mPPEなどを初期段階から候補に入れることが、長期信頼性を確保する上で賢明な判断と言えるでしょう。 

まとめ 

「水に弱い」という一言の裏には、吸水による物理的な寸法・物性変化と、加水分解による化学的な分子劣化という、全く性質の異なる2つの現象が存在します。吸水性は主に寸法精度の問題であり設計で対応できる場合がある一方、加水分解性は製品寿命を左右する不可逆的な劣化であり、材料選定そのもので回避すべきリスクです。
府中プラとしては、設計者の皆様に、この2つの現象を混同したまま材料選定を行うことの危険性を強くお伝えしたいと思います。製品が使用される環境の「湿度」、「温度」、「時間軸」を正確に把握し、どちらの“水への弱さ”が支配的になるかを見極めること。本コラムで示したこの視点こそが、高品質で信頼性の高い製品を生み出すための、確かな材料判断につながるのです。 

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