技術解説

ノンハロ難燃グレードの最新動向と選定の実務ポイント 

ノンハロ難燃グレードの最新動向と選定の実務ポイント 

製品の安全性確保において、難燃性プラスチックの採用は不可欠となっています。近年、環境規制の強化を背景として、「ノンハロゲン(ノンハロ)」難燃グレードへの関心が高まっていますが、その導入には成形性や物性に関するさまざまな課題が伴います。本コラムでは、ノンハロ難燃グレードの最新動向を概観するとともに、材料選定および製品設計の実務的なポイントについて体系的に解説いたします。読者の皆様が安全かつ環境に配慮した製品開発を推進するための一助となれば幸いです。 

なぜ今、ノンハロ化が求められるのか? — 規制と市場がもたらした必然的シフト 

ノンハロ難燃グレードへの移行は、単なる一過性のトレンドではありません。環境と安全への懸念が法規制を生み、それが市場全体の潮流へと発展した、必然的な技術シフトです。
その歴史を紐解くと、かつて難燃材料の主役であったハロゲン系難燃剤が抱える2つの深刻な課題に行き着きます。一つは、不完全燃焼時にダイオキシン類などの極めて毒性の高い有害物質を生成するリスク。もう一つは、特定の臭素系難燃剤が環境中に長く残留し、生物の体内に蓄積する「残留性有機汚染物質(POPs)」としての問題です。 

この流れを決定づけたのが、2006年に欧州(EU)で施行されたRoHS指令でした。この規制は、電気・電子機器における特定の有害な臭素系難燃剤(PBB、PBDE)の使用を禁止し、代替技術への切り替えを世界中のメーカーに迫りました。欧州市場への対応が必須であるグローバル企業にとって、これは事実上の世界標準となったのです。
現在、この動きはさらに加速し、主に3つの世界的潮流となってノンハロ化を後押ししています。 

① 環境規制の継続的な強化 

RoHS指令を皮切りに、REACH規則やPFAS(有機フッ素化合物)規制など、ハロゲン化合物全般への規制強化が進んでいます。これはもはや一部の地域ルールではなく、グローバルに事業を展開する上での必須要件です。 

② サステナビリティへの貢献と企業戦略 

規制対応という守りの姿勢だけでなく、企業のCSR(社会的責任)を果たす上でノンハロ化は重要な要素です。AppleやDellといった大手IT企業が規制以上に厳しい「ハロゲンフリー」を宣言したように、環境配慮は強力なブランド戦略となり、サプライチェーン全体を動かす力を持っています。 

③ 安全基準の高度化 

火災時の安全性に対する要求も年々高まっています。特に、煙が充満すると危険なデータセンターやクリーンルーム、人が密集する施設などでは、発煙量が少ないノンハロ材料が優先的に採用される傾向が強まっています。 

このように、ノンハロ化は環境・安全への配慮という原点から、法規制、そして市場全体の要請へと発展した、現代の製品開発における不可逆な流れなのです。 

ノンハロ難燃グレードとは 

「ハロゲンフリー」や「ノンハロ」という言葉は日常的に使われますが、工業製品においては明確な定義が存在します。代表的な基準が、電子回路基板に関する国際規格IEC 61249-2-21です。 

  • 臭素(Br)含有量:900ppm以下 
  • 塩素(Cl)含有量:900ppm以下 
  • ハロゲン(臭素+塩素)総含有量:1500ppm以下 

この基準を満たす材料が、一般的に「ハロゲンフリー」と定義されます。では、ハロゲンの代わりに何を使って難燃性を付与しているのでしょうか。主流は「リン系」と「無機系」の2つです。 

主なノンハロ難燃剤の種類とメカニズム 

リン系難燃剤 

赤リン、有機リン酸エステル、ポリリン酸エステルなどの難燃剤です。燃焼時に脱水・炭化を促進し、表面に断熱・酸素遮断効果のある炭化層(チャー)を形成する「固相効果」が主体です。これにより、可燃性ガスの発生を抑制します。汎用樹脂からスーパーエンプラまで幅広く適用可能ですが、種類によっては吸湿性が高く、加水分解による物性低下や金型腐食に注意が必要です。 

無機系難燃剤 

水酸化アルミニウム、水酸化マグネシウム、窒素化合物(メラミンシアヌレートなど)などの難燃剤です。燃焼時に結晶水や分解ガス(水、窒素ガスなど)を放出し、可燃性ガスの濃度を希釈したり、燃焼熱を奪ったりする「気相効果」「吸熱効果」が主体です。発煙量が少なく、比較的安価な点がメリットですが、難燃効果を得るために多量に添加する必要があり、機械特性や成形性が低下しやすいという課題があります。 

代表的なノンハロ難燃グレードの実用例 

ここでは、スーパーエンプラ系も含め、代表的なノンハロ難燃グレードとその特徴、用途例を具体的に見ていきましょう。 

材料 難燃剤系 特徴 用途例 
PC/ABS 有機リン系 優れた耐衝撃性と加工性のバランス、良好な着色性。コストパフォーマンスに優れる。リン系難燃剤による耐加水分解性や耐薬品性には注意が必要。 OA機器・家電製品の筐体、バッテリーパックケース、ACアダプター 
PC/PBT 有機リン系 高い難燃性(UL94 V-0)、優れた耐衝撃性、耐薬品性。特に高CTIグレードは、絶縁破壊に強く、小型化・高電圧化する部品に適する。 産業機器用電源コネクタ、太陽光発電用接続箱、OA機器内部部品 
PA6T/PA9T リン系、無機系など 高い耐熱性を持ち、リフローはんだ実装(SMT)に対応可能。低吸水性で寸法安定性に優れる。ガラス繊維強化による高強度化も可能。 SMT対応高耐熱コネクタ、パワー半導体モジュール部品、高耐熱スイッチ 
PPS 自己消火性(+難燃剤) 樹脂自体が燃えにくい自己消火性を持つため、ノンハロ難燃化が比較的容易。極めて高い耐熱性・耐薬品性・寸法安定性を誇る。 医療・分析装置の筐体/内部部品、ポンプ部品、半導体製造装置関連部品 
LCP(液晶ポリマー) 自己消火性 PPS同様、自己消火性が高く、薄肉でのUL94 V-0を達成。超高流動性で、微細・薄肉・複雑形状の成形に最適。低誘電特性にも優れる。 スマートフォン用極小コネクタ、高周波対応部品、光ピックアップ部品 

※CTI:比較トラッキング指数。絶縁材料表面の耐トラッキング性(漏電のしにくさ)を示す指標。数値が高いほど高性能。 

ノンハロ難燃グレード選定と設計・製造の実務ポイント 

ノンハロ難燃グレードは、ハロゲン系とは異なるデリケートな側面を持ちます。そのポテンシャルを最大限に引き出すには、材料の課題を深く理解し、設計から成形、品質管理まで一貫したノウハウが不可欠です。 

ポイント① 成形条件の最適化:材料の「声」を聞く 

ノンハロ難燃グレードは、成形条件に敏感です。特に、PAやPCベースの材料は吸湿しやすく、徹底した予備乾燥が必須です。水分が残ったまま成形すると、加水分解による強度低下や外観不良(シルバーなど)を招きます。また、難燃剤の熱分解を防ぐため、シリンダー温度は推奨範囲を守り、成形機内での樹脂の滞留時間を最小限に抑えることが重要です。 

ポイント② 設計上の注意点:成形性・強度を補う工夫 

難燃剤の添加は樹脂の流動性を低下させ、機械特性を損なう傾向があります。この課題を、製品設計の段階でカバーすることが成功のカギです。流動性が低い材料で薄肉製品を成形する場合、ショートショット(充填不足)を防ぐため、肉厚をわずかに増したり、充填を助けるランナー・ゲート設計を工夫したりする必要があります。また、ウェルドラインが発生しやすい箇所の強度低下を考慮し、リブやボスで補強する、コーナー部に応力集中を避けるRを設けるといった設計が有効です。 

ポイント③ 金型選定とメンテナンス:ガスと腐食への備え 

ノンハロ難燃剤、特にリン系は、分解すると腐食性ガスを発生させることがあります。このガスは金型を傷めるため、キャビティやコアには耐腐食性の高いステンレス系鋼材を選定したり、表面処理を施したりすることが推奨されます。また、発生したガスを効率的に金型外へ排出するためのガスベント(ガス抜き)の設計は極めて重要で、不適切なベントはガス焼けや充填不良の直接的な原因となります。 

ポイント④ 品質管理:見えない劣化と変化を管理する 

成形後の製品表面に難燃剤が白い粉のように析出する「ブリードアウト」は、外観不良や接触不良の原因となります。成形直後だけでなく、一定期間保管した後の製品表面も確認する基準を設けることが望ましいです。また、外観だけでは判断できない内部的な物性劣化を管理するため、定期的に成形品から試験片を切り出して機械特性を評価し、成形プロセスの安定性を担保することも重要です。 

まとめ 

ノンハロ難燃グレードへの移行は、環境規制や市場の要求に応えるための重要な選択肢です。かつて課題とされた成形性や機械特性は、材料技術の進歩により大幅に改善され、スーパーエンプラにまでその選択肢は広がっています。 
しかし、そのポテンシャルを引き出すには、材料の特性を深く理解し、製品設計、金型、成形条件までを一体で最適化する「バランス設計」が不可欠です。 
どの材料が自社の製品に最適なのか、設計段階で何に注意すべきか。そのようなお悩みをお持ちでしたら、ぜひ当社にご相談ください。長年の経験と豊富な知識に基づき、ノンハロ難燃グレードの最適な選定から部品設計の技術支援まで、お客様の製品開発を強力にサポートいたします。 

出典:国際電気標準会議(IEC) 61249-2-21 電子回路基板のハロゲンフリー基準 

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