技術解説

表面抵抗10⁶~10⁹Ωの材料はどれ?導電性・帯電防止エンプラの選定ポイント 

表面抵抗10⁶~10⁹Ωの材料はどれ?導電性・帯電防止エンプラの選定ポイント 

導電性・帯電防止プラスチックは、電子部品の保護、可燃性雰囲気下での防爆対策、精密機器における粉体制御、さらには医療衛生用途に至るまで、現代の製品開発において高いニーズがあります。特に、表面抵抗値が「10⁶〜10⁹Ω」の静電気拡散領域は、電気を瞬時に通す「導電体」と、電気をほとんど通さない「絶縁体」の中間に位置する極めて重要な帯域です。この領域の材料は、静電気をゆっくりと安全に逃がすことで、デリケートな電子部品の破壊や、火花による爆発事故を防ぎます。 
しかし、最適な材料を選定する作業は、単に“電気を通す”性能だけで判断できるほど単純ではありません。導電性を付与するフィラーの種類、母材となる樹脂との相性、機械的物性への影響(剛性、靭性)、そして射出成形時の加工性といった多角的な視点からの評価が不可欠です。本コラムでは、幅広い材料を対象に実用的な選定ポイントと用途への展開を実務目線で解説します。 

抵抗値で分類する帯電防止・導電性材料の基礎 

導電性材料を理解する上で、まず抵抗値の定義とその分類を把握することが第一歩となります。 

表面抵抗・体積固有抵抗とは 

プラスチックの電気的特性を評価する際、主に二つの指標が用いられます。 

表面抵抗(Surface Resistivity, Ω/sq or Ω) 
材料表面の電気の流れにくさを示す値です。二つの電極を材料表面に置いた際の抵抗値を測定します。静電気の拡散性や帯電防止性能を評価する上で最も一般的に使用されます。単位は「Ω/sq(オーム・パー・スクエア)」ですが、実用上は「Ω(オーム)」と表記されることが大半です。 

体積固有抵抗(Volume Resistivity, Ω·cm)
材料内部の電気の流れにくさを示す値です。材料の厚み方向を含めた全体的な導電性を示します。静電気対策では、物体の表面で発生・帯電した静電気をいかに速やかに逃がすかが重要となるため、特に「表面抵抗」が重視されます。 

IEC規格に基づく分類(絶縁体/静電拡散体/導電体) 

静電気対策の国際規格である「IEC 61340-5-1」では、材料を表面抵抗値によって以下の3つに分類しています。 

絶縁体(Insulator): 表面抵抗 > 10¹²Ω
静電気を保持しやすく、帯電しやすい材料。一般的なプラスチックの多くがこれに該当します。 

静電拡散体(Static Dissipative): 10⁵Ω ≤ 表面抵抗 ≤ 10¹²Ω 
静電気をゆっくりと拡散させ、安全に逃がす性質を持つ材料。本コラムで中心的に扱う「10⁶〜10⁹Ω」はこの領域に含まれます。 

導電体(Conductive): 表面抵抗 < 10⁵Ω 
電気を速やかに通す材料。接地(アース)することで、静電気を瞬時に除去できます。 

なぜ“10⁶〜10⁹Ω”が重要なのか? 

この「静電拡散」領域が、多くの産業分野で不可欠とされる背景には、明確な理由があります。 

安全(防爆)対策 
可燃性のガスや溶剤、粉塵が存在する環境では、静電気の火花放電が着火源となり、爆発や火災を引き起こす危険があります。導電体のように電気をあまりに速く通しすぎると、接地された物体との接触時に大きな放電エネルギーが発生しかねません。静電拡散材料は、電荷を穏やかに逃がすことで、火花放電のリスクを最小限に抑えます。 

静電気放電(ESD)対策 
半導体デバイスやICチップなどの電子部品は、数百ボルト程度のわずかな静電気放電でも破壊されてしまいます。導電性の治具やトレーに直接触れると、急激な電流が流れ込み、部品を破損させる可能性があります。10⁶〜10⁹Ωの材料は、接触時の放電電流を抑制し、デリケートな部品を保護するのに最適です。 

粉体吸着防止 
プラスチック成形品は絶縁性が高いため、静電気を帯びやすく、空気中のホコリや製造ライン上の微細な粉体を吸着してしまいます。これは外観不良や機能低下の原因となります。静電拡散性を持たせることで、電荷の帯電を防ぎ、粉体の付着を抑制できるため、製品の清浄度維持や歩留まり向上に貢献します。 

導電性付与の主なアプローチとその特徴 

プラスチックに導電性を付与するには、母材となる樹脂に導電性フィラーや添加剤を練り込むのが一般的です。その手法にはそれぞれ一長一短があります。 

カーボンブラック(CB)/カーボンファイバー(CF)系 

最も広く利用される導電性フィラーがカーボンブラック(CB)です。粒子状の炭素で、比較的低コストで導電性を付与できます。添加量に応じて10²〜10⁸Ω程度の幅広い導電レンジをカバーしますが、機械物性(特に衝撃強度)の低下を招きやすく、また、添加量が多いと材料が脆くなる傾向があります。 
カーボンファイバー(CF)は、繊維状の炭素で、CBよりも少ない添加量で高い導電性(10¹〜10⁵Ω)を発現できます。繊維が樹脂内でネットワークを形成するためです。最大のメリットは、母材の剛性や強度を大幅に向上させる点にあります。一方で、コストはCBより高く、繊維の配向によって成形品の物性や収縮に異方性が生じやすい点に注意が必要です。 

金属系フィラー(ステンレス、銀、ニッケル) 

より高い導電性や電磁波シールド性能が求められる場合に使用されます。10⁰〜10²Ωといった極めて低い抵抗値を実現できます。金属であるため比重が大きく、成形品が重くなります。また、ステンレスを除き耐腐食性に劣る場合があり、何よりコストが非常に高価であるため、用途は限定的です。 

導電性ポリマー 

樹脂自体が導電性を持つ特殊なポリマーです。カーボンフィラーを含まないため、発塵が少なくクリーンな環境に適しています。透明性を維持できるタイプもあります。但し、非常に高価であり、多くのエンプラとの相溶性が悪く、機械物性が低いことが課題です。主に電子部品用のコーティング剤として利用されるケースが多く、射出成形材料としての適用は限定的です。 

界面活性剤/帯電防止剤(移行型・非移行型) 

界面活性剤は、樹脂表面の電気抵抗を高めるのではなく、空気中の水分を吸着させて電気を逃がす層を形成するタイプです。 
移行型の帯電防止剤は、成形後、時間とともに樹脂内部から表面に染み出して効果を発揮します。低コストですが、効果が湿度に依存し、洗浄や拭き取りで失われ、経時で効果が薄れるという欠点があります。 
非移行型の帯電防止剤(永久帯電防止剤)は、樹脂と親和性の高いポリマータイプで、表面に移行しません。湿度依存性が低く、効果が持続しますが、コストが高く、導電レベルは10¹⁰〜10¹²Ω程度の帯電防止領域にとどまるのが一般的です。 

材料別:導電・帯電防止グレードの特性と選定視点 

それでは、本題である「表面抵抗10⁶〜10⁹Ωを達成できる具体的な材料」について、特性と選定のポイントを解説します。 

PC/PCアロイ系 

透明性や耐衝撃性に優れるPCは、ICトレーなどで広く使われます。CBやCFを添加することで導電性を付与します。CBグレードは、10⁶〜10⁹Ωの静電拡散領域を狙いやすく、コストと性能のバランスが良い材料です。ICトレーの標準材料の一つです。
CF充填グレードは、10⁴〜10⁶Ωの導電領域が主。剛性が求められる搬送治具などに使われます。PC/ABSアロイにCFを充填し、塗装性を改善したグレードも存在します。 

POM/PBT/PA 

自己潤滑性(摺動性)に優れるこれらの材料は、導電性を付加することで、摺動部に発生する静電気対策が可能になります。CBや特殊フィラーを添加し、10⁶〜10¹⁰Ωの抵抗値を実現します。静電気による粉塵の付着を防ぎたいギア、ローラー、ベアリング、コンベア部品などに最適です。PA(ポリアミド)は吸水による物性・寸法変化に注意が必要です。 

PEEK/PPS 

高耐熱性・耐薬品性を誇るスーパーエンプラです。CFや特殊導電フィラーを充填し、10⁴〜10⁷Ωの導電・静電拡散グレードが存在します。薬品や高温に晒される半導体製造装置の部品や、防爆性が求められる化学プラントの部品に使用されます。PEEKは非常に高価ですが、究極の環境下で信頼性を発揮します。 

TPE(導電性) 

ゴムのような柔軟性とプラスチックの成形性を併せ持つ熱可塑性エラストマー(TPE)です。 
CBや特殊フィラーを配合し、10⁷〜10¹¹Ωの帯電防止・静電拡散グレードがあります。柔軟性を活かして、電子機器のグリップ、保護カバー、クリーンルーム用キャスターのタイヤ、粉体を扱う装置のシール材などに採用されます。 

CF充填ABS 

汎用プラスチックであるABSにCFを充填することで、低コストで導電性を付与した材料です。10⁴〜10⁷Ωの抵抗値が一般的。CFによる剛性向上効果も見込めます。ただし、CFが表面に浮きやすく、外観の粗さが目立ちやすい点が課題です。導電性の安定性も金型設計や成形条件に左右されやすいため、ノウハウが求められます。 

CF充填mPPE(変性PPE 

mPPEは比重が小さく(約1.06)、軽量化に貢献します。CFを充填することで、10⁴〜10⁹Ωの幅広い導電レンジをカバーしつつ、高剛性、優れた寸法安定性、低吸水性を実現します。
難燃剤を配合したハロゲンフリー・UL94 V-0対応グレードも開発されており、EVのバッテリー周辺部品や、精密電子機器の筐体、コネクタなど、安全性と信頼性が両立を求められる用途で採用が拡大しています。 

代表的な導電・帯電防止エンプラの特性比較表 

材料分類導電レンジ (Ω)比重外観性コスト代表用途
PC (CB) 10⁶~10⁹ 中 良好 中 ICトレー、電子部品ケース 
POM (CB) 10⁶~10¹⁰ 高 良好 中 ギア、ローラー、摺動部品 
PBT (CF) 10⁵~10⁸ 高 やや粗 中 コネクタ、スイッチ部品 
PPS (CF) 10⁴~10⁷ 高 やや粗 高 耐熱・耐薬品部品、防爆部品 
PEEK (CF) 10⁴~10⁷ 高 やや粗 非常に高 半導体製造装置、航空宇宙部品 
TPE (CB) 10⁷~10¹¹ 中 良好 中~高 グリップ、シール材、キャスター 
ABS (CF) 10⁴~10⁷ 低 粗 低 簡易治具、筐体、カバー 
mPPE (CF) 10⁴~10⁹ 低 やや粗 中~高 精密機器筐体、バッテリー部品 

用途マッチングと設計の考え方 

IC・半導体搬送用トレー 

要求特性: 10⁶〜10⁹Ωの安定した静電拡散性、寸法精度、低発塵性。 
適合材料: PC(CBグレード)、mPPE(CFグレード)が主力です。PCは実績が豊富で、mPPEは軽量性と高剛性から、より薄肉で多段積みに耐えるトレー設計を可能にします。 

粉体接触部品 

要求特性: 静電気による粉体の付着防止、耐摩耗性、形状追従性。 
適合材料: コストを抑えたい簡易的なホッパーやシュートにはABS(CFグレード)が使われます。一方、装置の隙間を埋めるシール材や、柔軟性が求められるチューブには帯電防止TPEが最適です。 

防爆環境 

要求特性: 10⁶Ω以下の導電性、高耐熱性、耐薬品性、機械的強度。 
適合材料: PEEKやPPSのCF充填グレードが第一選択肢となります。コストは高いですが、人命や設備に関わる重要な用途であり、信頼性が最優先されます。 

バッテリーカバー・電装筐体 

要求特性: 軽量化、高剛性、難燃性(UL94 V-0)、寸法安定性、電磁波シールド性。 
適合材料: まさにCF充填mPPEの得意分野です。金属からの代替による軽量化と、厳しい安全基準を両立できるため、EV関連や5G通信機器での採用が急増しています。 

射出成形上の注意点とノウハウ 

導電性グレード、特にCF充填材料を扱うには、特有のノウハウが必要です。 

成形収縮とフィラーの配向性 

CFは樹脂の流れ方向に配向する性質があります。そのため、流れ方向(MD)と直角方向(TD)で成形収縮率が異なり、ソリや変形の原因となります。ゲート位置や数を工夫し、フィラーの配向をコントロールすることが、寸法精度を出す上で極めて重要です。 

導電性グレードの外観粗化とその対策 

CFやCBが成形品の表面に浮き出て、外観不良を発生させることがあります。金型温度を高く設定して樹脂の流動性を高めたり、射出速度や保圧を適切に調整したりすることで、ある程度抑制できます。 

表面処理・印刷・レーザーマーキングとの相性 

導電性材料は表面エネルギーが変化するため、一般的な樹脂と同じ条件では塗装や印刷の密着性が得られない場合があります。専用のプライマー処理や、材料に合わせたインクの選定が必要です。レーザーマーキングは、フィラーの種類によって発色性が異なるため、事前のテストが不可欠です。 

リサイクル性・供給安定性への配慮 

粉砕したリサイクル材を使用すると、CFが短く折れてしまい、導電性や機械的物性が低下するリスクがあります。バージン材の使用が原則です。また、特殊な導電性グレードは受注生産品も多いため、開発段階でメーカーに納期や供給安定性を確認しておくことが重要です。 

まとめ 

帯電防止・導電性エンプラの選定は、表面抵抗値という一つの指標だけで決まるものではありません。母材樹脂が持つ本来の特性(機械物性、耐熱性、耐薬品性)をベースに、導電性フィラーがもたらすメリットとデメリット(剛性向上、衝撃性低下、外観性、コスト)を天秤にかけ、さらには射出成形という生産プロセスまでを見据えた、総合的なバランス設計が求められます。
本コラムで紹介したように、従来のPCやPOMに加え、CF充填ABSやmPPEといった新しい選択肢が、コスト、性能、安全性の面で新たなソリューションを提供し始めています。今後、あらゆる製品の高性能化・高機能化が進む中で、これらの材料は設計者にとって不可欠な武器となるでしょう。本コラムが、皆様の適正な材料選定と、製品の信頼性向上の一助となれば幸いです。 

本コラムの内容は、射出成形における材料選定の参考情報として提供するものであり、特定の設計や製造条件下での性能や適合性を保証するものではありません。本コラムに記載された内容は、作成時点での情報に基づいていますが、その正確性や完全性についていかなる保証も行いません。また、予告なく内容を変更する場合があります。本コラムの情報により発生したいかなる損害(直接的、間接的を問わず)についても、弊社は一切の責任を負いかねます。最終的な材料選定や設計に関する判断は、必ずお客様ご自身で行っていただきますようお願いいたします。具体的な材料選定については、当社までお問い合わせください。 

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