技術解説

金型設計が引き起こすシルバーストリーク:ベント構造・ゲート設計の落とし穴

金型設計が引き起こすシルバーストリーク:ベント構造・ゲート設計の落とし穴

これまでの連載で、シルバーストリーク(銀条)の発生メカニズムと、その主な原因が「材料管理」と「成形条件」にあることを解説してきました。しかし、これらの対策を講じてもなお解決しない、あるいは特定の製品でのみ頻発するシルバーストリークが存在します。その根源は、成形品を形作る「金型」そのものの設計に潜んでいることが少なくありません。

府中プラは、多くの成形不良が設計段階で未然に防げると考えています。本コラムではシリーズ第3回として、特に「金型設計」に焦点を当て、排気不良、ゲート設計の不備、そして冷却の不均一性といった要因が、いかにしてシルバーストリークを引き起こすのか、その関係性を深く掘り下げて解説します。

排気不良とガス滞留が引き起こす銀条

射出成形において、溶融樹脂が金型キャビティに充填される際、もともとキャビティ内に存在した空気や、樹脂から発生した揮発ガスは、どこかへ排出されなければなりません。このガスの逃げ道を意図的に設けるのが「エアベント(ガスベント)」と呼ばれる構造です。

樹脂の前に逃げ道をつくる「ベント構造」の基本

金型は、高圧で射出される樹脂が漏れ出さないよう、非常に高い精度で組み合わされています。そのため、もしエアベントがなければ、行き場を失った空気やガスは充填される樹脂によって圧縮されます。この圧縮されたガスは、溶融樹脂の正常な流れを妨げて先端部に乱流を発生させたり、樹脂内に気泡として取り込まれたりします。さらに極端な場合、断熱圧縮によってガスが高温になり、樹脂を燃焼させる「ガス焼け」を引き起こすこともあります。

これらの現象は、シルバーストリークの直接的な原因となります。特に、樹脂が長い距離を流れる長尺製品、肉厚が非常に薄い製品、あるいは複数のゲートから樹脂を充填する製品では、ガスの逃げ道が限定されやすく、排気不良のリスクが高まります。

エアベントは、一般的に製品のパーティングライン(金型の分割面)や、ガスの最終的な充填箇所に設けられます。その設計で重要なのは「深さ」です。深すぎると樹脂が漏れてバリになり、浅すぎるとガスが十分に抜けません。一般的な樹脂の場合、ベントの深さは0.01mmから0.03mm程度という、非常に精密な寸法で管理されます。このわずかな隙間が、気体は通すが粘性の高い溶融樹脂は通さない、という機能を実現するのです。

不十分な排気によるシルバーストリークの実例

エアベントの設計が不適切であったり、メンテナンス不足でベントが潰れたり汚れたりしていると、金型内のガスは効率的に排出されません。その結果、樹脂の流れの最終端、いわゆる「フローフロント」の合流部や製品の隅にガスが閉じ込められます。この閉じ込められたガス(エアトラップ)が、製品表面に「白筋」のようなシルバーストリークとして現れたり、内部に気泡(ボイド)として残留したりするのです。これは、外観不良だけでなく、ウェルドラインの強度低下など、製品の機械的特性にも悪影響を及ぼす典型的な事例です。

ゲート設計の盲点とその影響

ゲートは、溶融樹脂が製品キャビティに流入する入り口であり、その位置や形状は、製品内の樹脂の流れ方を決定づける極めて重要な要素です。

ゲート位置と流れの収束・分岐の関係

ゲートの位置が不適切だと、樹脂の流れが複雑になり、意図しない場所でガスを巻き込んだり、追い込んだりする原因となります。例えば、一つの製品に対して複数のゲート(多点ゲート)を設ける場合、それぞれのゲートから流入した樹脂が合流する箇所では、互いの流れによってガスが閉じ込められやすくなります。これにより、ウェルドラインに沿ってシルバーストリークが同時に発生するという複合的な不良が起こりがちです。

また、複雑な形状の製品では、樹脂の流れが加速したり減速したり、あるいは急に方向を変えたりします。このような流れの乱れは、樹脂内に空気を巻き込むリスクを高め、シルバーストリークの原因となり得ます。ゲートは、できるだけスムーズで均一な充填が実現できる位置に設定することが基本です。

各ゲート方式と銀条リスク

ゲートには様々な方式があり、それぞれにメリット・デメリットが存在します。

サイドゲート

製品の側面に設置する最も一般的なゲートです。設計の自由度が高いですが、ゲート断面積が小さいとせん断発熱によるシルバーストリークのリスクがあります。

ピンポイントゲート

製品表面に微小なゲート跡しか残らないため外観上は有利ですが、ゲート径が非常に小さいため、せん断発熱のリスクが最も高い方式の一つです。ガスの逃げ道を考慮したゲート位置の選定が不可欠です。

フィルムゲート/ファンゲート

幅広のゲートで、板状の製品に対して均一な流れを作りやすいのが特徴です。せん断発熱は抑えられますが、ゲート位置と反対側の端部にガスが追い込まれやすいため、その位置に適切なエアベントを設けることが重要になります。

このように、ゲートの方式と位置は、ガスが最終的にどこへ追いやられるかを決定づけます。したがって、ゲート設計とエアベント設計は、必ずセットで考えなければならない、と府中プラは考えます。

金型冷却の不均一がもたらす表面欠陥

金型の温度管理も、シルバーストリークに影響を及ぼす見過ごせない要素です。金型内の冷却回路の設計が不適切で、温度にムラが生じると、様々な問題を引き起こします。

金型内に局所的な高温部(ホットスポット)が存在すると、その部分に接触した樹脂は、たとえバレル設定温度が適正であっても熱分解を起こし、ガスを発生させる可能性があります。また、樹脂に含まれる揮発成分が、一度は金型表面で冷やされて凝縮し、その後に別の高温の樹脂が流れてくることで再気化し、シルバーストリークとなるケースもあります。

特に、製品の角(エッジ部)や、冷却回路から遠い部分は冷却が遅れがちで、温度が高くなりやすい傾向があります。ソリ対策と同様に、シルバーストリーク対策においても、製品形状に合わせて冷却回路を最適に配置し、金型全体の温度分布を可能な限り均一に保つことが、安定した品質を得るための重要なポイントとなります。

設計時のチェックリストとCAE活用のすすめ

金型設計段階でシルバーストリークを予防するためには、体系的なチェックが有効です。府中プラでは、以下のような項目を重要視しています。

排気設計: 樹脂の最終充填箇所はどこか?その位置に十分な能力を持つエアベントは計画されているか?

ゲート設計: ゲート位置は均一な充填を実現できるか?剪断発熱のリスクは高くないか?ゲート方式は製品形状と樹脂材料に適しているか?

冷却設計: 冷却回路は製品全体を均一に冷却できるか?局所的なホットスポットは存在しないか?

これらの項目を人の経験や勘だけで判断するには限界があります。そこで大きな力を発揮するのが、CAEによる流動解析シミュレーションです。Moldflowに代表される解析ソフトウェアを用いることで、金型を実際に製作する前に、コンピュータ上で樹脂の充填パターン、圧力分布、温度変化、そしてガスの滞留箇所などを予測(見える化)することが可能です。

このシミュレーション結果に基づき、設計段階でゲート位置やエアベントの最適化を行うことで、後工程での手戻りやトラブルを大幅に削減できます。金型設計者と成形技術者が、こうした客観的なデータを基に連携し、問題を共有することが、高品質なものづくりには不可欠です。

まとめ

シルバーストリークは、成形条件や材料管理の問題として表面化することが多いですが、その根本原因は、金型の「目に見えない設計不備」に静かに潜んでいるケースが少なくありません。特に、ガスの逃げ道を確保する「エアベント構造」、樹脂の流れを司る「ゲート設計」、そして樹脂の挙動を安定させる「冷却バランス」は、シルバーストリークの発生を予防する上で三位一体の重要な鍵となります。

金型が完成してからこれらの問題を修正するには、多大なコストと時間が必要となります。府中プラは、設計の初期段階で適切な対策を講じ、必要に応じてシミュレーション技術を活用することで、将来発生しうるトラブルの多くは回避できると確信しています。上流工程での緻密な作り込みこそが、最終的な品質と生産性を左右するのです。

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