PFAS規制の今後を読む ─ EU包括規制と日本・米国の動向予測

「PFAS規制」シリーズコラム第1回
近年、世界中で環境規制が厳しさを増しているPFAS(有機フッ素化合物)の動向は大きな関心事となっています。特に、製品設計に携わる皆様にとって、将来的な規制の方向性を予測し、適切に対応することは喫緊の課題と言えます。本コラムでは、EUにおける包括規制の現状と、日本および米国の動向、サプライチェーンでの対応強化について解説し、設計者が取るべき情報収集・リスク評価の仕組みについて考察します。
EU「Universal PFAS Restriction Proposal」の現状
EUは、PFASに関する最も包括的な規制を提案しており、その動向は世界の規制の方向性を大きく左右すると考えられます。
提案の概要と現状

欧州化学品庁(ECHA)は、2023年2月7日、特定のPFASの使用、製造、上市を制限する広範な提案を公表しました。この提案は、約1万種類のPFASを対象とし、その使用を段階的に制限することを目的としています。提案の背景には、PFASが環境中で分解されにくく、生物蓄積性があり、人や生態系に有害な影響を及ぼす可能性が指摘されていることがあります。
現在、この提案は利害関係者からの意見募集を経て、科学委員会による評価が行われている段階です。科学委員会での評価結果を受けて、欧州委員会が最終的な決定を下すことになります。このプロセスは、通常、数年を要するため、施行時期については複数のシナリオが考えられます。
適用除外の議論
広範な規制提案であるため、特定の用途におけるPFASの代替が困難であるという意見が多数寄せられています。特に、医療機器、半導体製造、航空宇宙産業など、高度な性能が要求される分野では、PFASが不可欠な素材として使用されている場合が多く、代替技術が確立されていない現状があります。
現在、科学委員会では、これらの代替が困難な用途に対する適用除外の可能性について、詳細な議論が行われています。適用除外が認められる場合でも、その期間は限定的である可能性が高く、代替材料の開発や技術革新へのインセンティブとなるでしょう。設計者としては、自社製品に使用されているPFASが、将来的に適用除外の対象となるか否か、また、適用除外が認められた場合の期間について、最新の情報を継続的に収集する必要があります。
施行時期シナリオ
提案の複雑さと利害関係者の多さを考慮すると、EU包括規制の最終的な施行までには、いくつかの段階が想定されます。
シナリオ1:早期施行(2026年以降)
一部のPFASや、代替が比較的容易な用途に限定して、早期に規制が施行される可能性があります。これは、環境への影響が特に懸念されるPFASや、既に代替品が存在する用途に対して迅速な対応を求める声が強いためです。
シナリオ2:段階的施行(2028年以降)
多くの専門家が予測する現実的なシナリオは、段階的な施行です。まず、代替が比較的容易な用途から規制が始まり、その後、技術開発の進捗に応じて、代替が困難な用途への規制が拡大していくでしょう。適用除外期間も、用途や代替技術の進捗状況に応じて異なる可能性があります。
シナリオ3:長期化(2030年以降)
利害関係者間の意見対立が激しい場合や、代替技術の開発に想定以上の時間を要する場合、規制の最終的な施行がさらに長期化する可能性も否定できません。しかし、PFASによる環境汚染への懸念が高まっている現状を考慮すると、全面的な規制の延期は考えにくいでしょう。
設計者としては、最も厳しいシナリオ(早期施行)を想定しつつ、段階的な規制強化に備える姿勢が重要です。
短鎖PFAS(PFHxA等)規制強化の可能性
これまでのPFAS規制は、PFOAやPFOSといった長鎖PFASに焦点が当てられてきました。しかし、近年、短鎖PFASについても環境中での挙動や毒性に関する知見が蓄積され、規制強化の動きが顕著になっています。
短鎖PFASの特性と懸念
短鎖PFASは、長鎖PFASと比較して、生物蓄積性は低いとされていますが、水溶性が高く、地下水や飲料水への移行が容易であることが特徴です。また、従来の浄水処理では除去しにくいという課題も指摘されており、環境中での広範な検出が問題視されています。
EUの提案においても、PFASの定義は広く、短鎖PFASも規制の対象に含まれています。特に、PFHxA(ペルフルオロヘキサン酸)やその塩、関連物質については、その毒性に関する懸念から、個別の規制強化が検討される可能性があります。
各国の動向
EU:ECHAの包括規制提案は、PFAS全体を対象としているため、短鎖PFASもその範疇に含まれます。特に懸念される短鎖PFASについては、個別のリスク評価を経て、早期に規制が強化される可能性があります。
米国:米国環境保護庁(EPA)は、PFASに関する国家戦略を策定しており、長鎖PFASだけでなく、短鎖PFASを含む全PFASに対する規制の検討を進めています。特定の短鎖PFASについて、飲料水基準値の設定や、排出規制の強化が今後予想されます。
日本:日本の化審法(化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律)では、PFASとしてPFOA、PFOSが既に第一種特定化学物質に指定されています。短鎖PFASについては、今後の科学的知見の蓄積と国際的な動向を踏まえ、追加指定の可能性が考えられます。
設計者としては、使用しているPFASが長鎖か短鎖かに関わらず、すべてのPFASに対して代替を検討し、可能な限り使用を削減する方向で製品設計を進めるべきです。
米国EPAや州規制、日本の化審法の動向
EUの包括規制が世界のPFAS規制の方向性をリードする一方で、米国や日本の動向もサプライチェーンに大きな影響を与えます。
米国における規制動向
米国では、連邦政府レベルの規制(EPA)と、州政府レベルの規制が並行して進んでいます。

米国EPAの国家戦略:EPAは、PFASによる汚染を削減し、公衆衛生を保護するための包括的なロードマップを策定しています。これには、飲料水基準の設定、排出規制、汚染サイトの特定と浄化、新規PFASのレビュー強化などが含まれます。特に、飲料水中のPFOAとPFOSに関するMCL(最大汚染物質レベル)の設定は、2024年の最終化が予定されており、他のPFASについても同様の動きが予想されます。
州規制の拡大:カリフォルニア州、ニューヨーク州、メイン州など、多くの州が独自のPFAS規制を導入しています。これらの州規制は、特定の製品群(例えば、食品包装材、化粧品、消防用泡消火剤など)におけるPFASの使用を禁止したり、PFASの開示義務を課したりするものが多く、企業にとって複雑な対応を要求します。
これらの州規制は、連邦規制に先行して導入されることが多く、サプライチェーン全体に影響を及ぼす可能性があります。設計者は、製品が販売される可能性のある各州の規制動向を詳細に把握する必要があります。
日本の化審法の動向
日本の化審法は、化学物質の製造、輸入、使用を規制し、人や環境へのリスクを管理することを目的としています。
PFOA・PFOSの指定:化審法では、PFOAとその塩、PFOA関連物質、PFOSとその塩、PFOS関連物質が既に第一種特定化学物質に指定されており、原則として製造・輸入・使用が禁止されています。
追加指定の可能性:EUや米国における包括的なPFAS規制の動向、および国内での環境中PFAS検出事例の増加を踏まえ、今後、化審法において、特定の短鎖PFASやその他のPFASが追加指定される可能性が考えられます。特に、国際的な枠組みであるストックホルム条約での検討状況も、日本の規制動向に影響を与える要因となります。
既存化学物質の審査:化審法では、既存化学物質についてもリスク評価が行われており、その結果に基づいて、必要に応じて規制が強化されることがあります。PFAS全体に対する包括的なデータ収集と評価が進むことで、将来的な規制対象物質の拡大につながる可能性があります。
サプライチェーンで要求されるchemSHERPA/SCIP対応強化
PFAS規制の強化は、サプライチェーン全体にわたる情報伝達と管理の重要性を高めます。特に、chemSHERPAとSCIPデータベースへの対応は、今後ますます重要になるでしょう。

chemSHERPAによる情報伝達の重要性
chemSHERPAは、製品含有化学物質情報をサプライチェーン全体で効率的に伝達するための共通フォーマットです。PFAS規制が強化されるにつれて、chemSHERPAを用いたPFAS含有情報の開示要求が、川下の企業から川上のサプライヤーへと拡大していくことが予想されます。
PFAS含有の確認:設計者は、自社製品に使用されているすべての部品や材料について、PFASの含有状況を正確に把握する必要があります。これには、サプライヤーへの問い合わせや、chemSHERPAデータシートの入手が不可欠です。
サプライヤーへの要求:自社がサプライヤーの立場にある場合、顧客からのPFAS含有情報の開示要求に対して、迅速かつ正確に対応できる体制を構築する必要があります。chemSHERPAデータを作成・提供できる能力は、今後の取引において重要な競争力となるでしょう。
データ管理の効率化:PFASの種類が多岐にわたり、規制対象物質が拡大する中で、手作業による情報管理は非効率的であり、ミスの原因となります。chemSHERPAのような標準化されたツールを活用することで、情報伝達の効率化と正確性の向上が図れます。
SCIPデータベースへの登録義務

SCIP(Substances of Concern In articles as such or in complex objects (Products))データベースは、EU市場に上市される製品中の高懸念物質に関する情報をECHAに登録する義務です。PFASがSVHCに指定された場合、その含有情報がSCIPデータベースに登録されることになります。
SVHCとしてのPFAS:EU包括規制提案の議論が進む中で、特定のPFASがSVHCに指定される可能性は十分にあります。SVHCに指定された場合、その含有製品はSCIPデータベースへの登録が義務付けられます。
登録情報の詳細:SCIPデータベースには、SVHCの名称、含有濃度、製品中の場所、安全な使用に関する情報などを登録する必要があります。この情報は、製品のリサイクルや廃棄に携わる企業、および消費者に提供されることで、より安全な製品のライフサイクル管理を促進します。
サプライチェーン連携の強化:SCIPデータベースへの登録には、サプライチェーン全体での連携が不可欠です。部品や材料に含有されるSVHC情報を川上から川下へと正確に伝達する仕組みがなければ、最終製品の製造者が登録義務を果たすことは困難です。
設計者は、将来的にPFASがSVHCに指定される可能性を考慮し、SCIPデータベースへの登録要件を理解するとともに、サプライチェーン全体での情報共有体制を強化する必要があります。
設計者が取るべき情報収集・リスク評価の仕組み
PFAS規制の複雑さと変化の速さに対応するためには、体系的な情報収集とリスク評価の仕組みを構築することが不可欠です。
最新情報の継続的な収集
規制当局のウェブサイトのモニタリング:ECHA、米国EPA、日本の環境省・経済産業省などの公式ウェブサイトを定期的に確認し、PFASに関する最新の規制動向、公開文書、意見募集などをチェックします。
業界団体への参加:所属する業界団体が開催するセミナーやワークショップに参加し、同業他社の対応状況や専門家の見解を把握します。業界団体を通じて、規制当局への意見提出を行うことも重要です。
専門コンサルタントの活用:PFAS規制に関する専門知識を持つコンサルタントと連携し、複雑な規制の解釈や、自社製品への影響評価に関するアドバイスを受けます。
製品含有PFASの特定と管理
サプライチェーン調査の実施:自社製品に使用されているすべての部品、材料、添加剤について、サプライヤーにPFASの含有状況を問い合わせ、chemSHERPAデータシートや製品安全データシート(SDS)を入手します。
含有PFASリストの作成:特定されたPFASについて、その化学名、CAS番号、使用目的、含有濃度、サプライヤー情報などをまとめたリストを作成し、データベースで一元的に管理します。
分析試験の活用:サプライヤーからの情報が不確かな場合や、リスクが高いと判断される場合は、外部の分析機関に依頼して、製品中のPFAS含有量を測定します。
リスク評価と代替検討のプロセス
製品リスク評価:自社製品に使用されているPFASが、将来の規制対象となる可能性や、代替可能性の有無を評価します。規制強化が予測されるPFASや、代替が比較的容易な用途から優先的にリスク評価を行います。
代替材料・技術の探索:PFASを使用している用途について、代替が可能な材料や技術を積極的に探索します。これには、既存の代替品の情報収集だけでなく、研究開発部門と連携し、新たな代替技術の開発に取り組むことも含まれます。
代替品の性能評価と検証:代替材料・技術が見つかった場合、その性能、安全性、コスト、供給安定性などを総合的に評価し、製品への適用可能性を検証します。代替品の導入は、製品の性能や品質に影響を与える可能性があるため、慎重な検討が必要です。
ロードマップの策定:PFASの使用削減および代替に関する長期的なロードマップを策定し、段階的な目標設定と進捗管理を行います。
まとめ
府中プラは、EUの包括的なPFAS規制提案が、世界のPFAS規制の方向性を決定づける重要な動きであると捉えております。短鎖PFASを含む規制強化の可能性、米国や日本の動向、そしてchemSHERPAやSCIP対応の重要性を認識し、設計者の皆様には、継続的な情報収集、製品含有PFASの特定と管理、体系的なリスク評価と代替検討のプロセスを構築することを強く推奨いたします。将来の規制動向を先読みし、適切な対応をとることで、企業の競争力を維持し、持続可能な製品開発を推進できると考えています。