PFAS代替の壁 ─ 半導体・流体制御・医療機器のケーススタディ

「PFAS規制」シリーズコラム第2回
府中プラは、PFAS規制が強化される中で、製品設計に携わる皆様が直面するであろう具体的な課題について深く考察しております。特に、PFASがその卓越した特性ゆえに長年使用されてきた高機能分野においては、代替材料への移行が容易ではありません。本コラムでは、半導体製造装置部品、流体制御機器、医療機器の3つのケースを取り上げ、それぞれの分野で想定される代替の「壁」と、それを乗り越えるためのアプローチを「想定シナリオ」として整理します。
半導体製造装置部品
半導体製造プロセスは、微細化と高集積化が進むにつれて、材料への要求が極めて厳しくなっています。PFAS、特にフッ素樹脂は、その優れた耐薬品性、高純度、低アウトガス性から、製造装置の重要な部品に広く使用されてきました。規制強化は、この分野に大きな課題をもたらします。
想定される課題:高純度・耐薬品性・アウトガス性の確保

半導体製造プロセスでは、微量な不純物やパーティクルが製品の歩留まりに致命的な影響を与えるため、使用される材料には極めて高い高純度が求められます。特に、酸、アルカリ、有機溶剤などの多様な薬液が使用されるウェットプロセスにおいて、部品はこれらの薬液に対して優れた耐薬品性を有している必要があります。また、真空プロセスにおいては、材料からのアウトガスが装置内の真空度を低下させ、プロセスに悪影響を与えるため、低アウトガス性も不可欠な特性です。
PFASは、これらの要求を高いレベルで満たすことができる数少ない材料であり、特にテフロン®などのフッ素樹脂は、その不動態性から長年デファクトスタンダードとして用いられてきました。代替材料に求められるのは、PFASに匹敵する、あるいはそれを上回るこれらの特性の確保であり、これは容易な課題ではありません。
想定される代替アプローチ:PEEKやPPS高純度グレードへの移行検討
PFASの代替として、耐熱性、機械的強度、耐薬品性に優れる高性能プラスチックであるPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)やPPS(ポリフェニレンサルファイド)の高純度グレードへの移行が主要なアプローチとして考えられます。
PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)
優れた耐熱性、高い機械的強度、広いpH範囲での耐薬品性、寸法安定性。近年では、半導体用途向けに金属イオンなどの不純物を極限まで低減した高純度グレードが開発されています。フッ素樹脂と比較して、特定の強酸や強アルカリに対する耐性が劣る場合があります。また、アウトガス特性についても、フッ素樹脂と同等レベルを達成するためには、材料選定や加工プロセスの最適化が必要です。半導体製造装置においては、使用される薬液の種類や濃度、温度条件を詳細に分析し、PEEKの耐薬品性が許容範囲内にあるかを確認する必要があります。
PPS(ポリフェニレンサルファイド)
優れた耐薬品性、耐熱性、難燃性、比較的安価。PEEKと同様に、半導体用途向けの高純度グレードが存在します。PEEKと比較して機械的強度や靭性で劣る場合があり、特に高温環境下での物性維持が課題となることがあります。また、耐薬品性もPEEKと同様に、フッ素樹脂には及ばないケースがあります。PEEKと同様に、使用環境に応じた厳密な材料選定が必要です。部品形状の最適化や、繊維強化グレードの活用により、機械的特性の不足を補うことも検討されます。
両材料ともに、高純度グレードの選定に加え、製造プロセスにおけるコンタミネーション管理の徹底が不可欠です。また、最終的な信頼性確保のためには、実環境下での厳格な評価試験が必須となります。
流体制御機器(ポンプ・バルブ・センサー)
化学プラント、水処理施設、食品製造ラインなど、多岐にわたる産業分野で使用される流体制御機器も、PFAS規制の影響を大きく受ける分野です。特に、液体や気体と直接接触するポンプのケーシング、バルブのシール、センサーの保護カバーなどには、PFASが広く用いられています。
想定課題:摩擦係数低減と耐薬品性を同時に満たす難しさ

流体制御機器において、PFASが重用される理由の一つは、その低い摩擦係数と優れた耐薬品性です。ポンプやバルブの摺動部では、低い摩擦係数が求められます。これにより、スムーズな動作、エネルギー損失の低減、摩耗の抑制が実現されます。PFAS、特にPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)は、あらゆる固体材料の中で最も低い摩擦係数の一つを持ち、自己潤滑性にも優れるため、シール材や軸受として理想的な材料でした。
腐食性の高い流体や、高温・高圧の環境下で使用されることが多く、これらの過酷な条件に耐えうる優れた耐薬品性が不可欠です。PFASは、ほとんどの化学薬品に対して高い耐性を示し、広範な流体に対応できる汎用性を持っていました。
代替材料の選定においては、この「低い摩擦係数」と「優れた耐薬品性」という、しばしば相反する特性を同時に高レベルで満たすことが大きな課題となります。耐薬品性に優れる材料は、一般的に硬度が高く、摩擦係数が大きくなる傾向にあるため、単一の材料でPFASの性能を代替することは困難です。
想定アプローチ: PEEK/PPSの摺動グレード+設計上の工夫
この課題に対するアプローチとしては、PFASに次ぐ高性能プラスチックであるPEEKやPPSの摺動グレードを選定し、さらに設計上の工夫を加えることが考えられます。
摺動グレード
PEEKやPPSは、PTFEやカーボン繊維、グラファイトなどの潤滑剤を配合することで、摺動特性を向上させた摺動グレードが存在します。これにより、摩擦係数を低減し、耐摩耗性を向上させることができます。耐熱性、機械的強度、耐薬品性も優れており、汎用的な代替候補となります。ただし、配合された潤滑剤の種類や量によっては、耐薬品性が低下する可能性があります。また、PTFE単独の摩擦係数には及ばないことが多く、摺動部品としての寿命や性能が課題となる場合があります。
設計上の工夫
外部からの潤滑剤(グリス、オイルなど)の供給を前提とした設計変更が検討されます。ただし、流体の汚染リスクやメンテナンスの容易さを考慮する必要があります。
① 表面処理:摺動部品の表面に低摩擦コーティングを施すことで、摩擦係数を低減し、耐摩耗性を向上させることができます。これにより、基材の耐薬品性を維持しつつ、摺動特性を改善できる可能性があります。
② 構造・形状の最適化:摺動面の接触面積の最適化、面圧の低減、クリアランスの見直しなど、部品の構造や形状を工夫することで、摩擦や摩耗を抑制することが可能です。
③ 複合材料の活用:複数の材料を組み合わせることで、それぞれの材料の利点を活かすアプローチも有効です。例えば、耐薬品性に優れた基材と、低摩擦性を持つ別の材料を組み合わせることで、複合的な性能要求を満たすことが可能になります。
これらのアプローチは、単一の材料でPFASを代替するのではなく、材料と設計の両面からアプローチすることで、流体制御機器におけるPFAS代替の実現を目指すものです。
医療機器(シール・コネクタ)
医療機器は、患者の生命に関わる用途であるため、使用される材料には極めて高い安全性と信頼性が要求されます。PFASは、その生体適合性、滅菌耐性、耐薬品性から、インプラント、カテーテル、注射器のシール、コネクタなど、幅広い医療機器に採用されてきました。
想定課題:滅菌耐性・FDA認証の再取得

医療機器は、使用前に滅菌処理(高圧蒸気滅菌、EOGガス滅菌、放射線滅菌など)を受ける必要があります。この滅菌プロセスに耐え、物性変化や有害物質の溶出がない材料が求められます。PFASはこれらの滅菌方法に対して優れた耐性を持つため、広く採用されてきました。代替材料には、同様の滅菌耐性が不可欠です。
また、医療機器に使用される材料は、生体適合性や安全性に関する厳しい基準を満たし、FDA(米国食品医薬品局)などの規制当局の承認(認証)を得る必要があります。PFASを含む材料で認証を取得している医療機器の場合、代替材料への変更は、一から材料の生体適合性試験、安全性試験、滅菌バリデーションなどを実施し、再度FDA認証を取得することを意味します。このプロセスは、膨大な時間、コスト、労力を要し、製品の上市スケジュールに大きな影響を与えます。
想定アプローチ:UHMWPEの検討
UHMWPE(超高分子量ポリエチレン)は、優れた生体適合性、耐摩耗性、耐衝撃性、耐薬品性を有し、特に人工関節の摺動面など、長期にわたる体内使用実績があります。また、放射線滅菌やEOGガス滅菌に対する耐性も高く、医療機器材料としての実績も豊富です。比較的低い摩擦係数も持ち合わせます。
耐熱性はPFASに劣るため、オートクレーブには不向きな場合があります。また、PFASほどの広範な耐薬品性は持たず、特定の有機溶剤や強酸・強アルカリに対しては注意が必要です。
UHMWPEは、既に多くの医療機器で実績があるため、新規材料と比較してFDA認証取得のハードルは低い可能性があります。しかし、それでも用途変更やプロセス変更に伴う再評価は必須であり、十分な時間的余裕とリソースを確保する必要があります。
まとめ
PFAS代替における「壁」は、用途によって大きく異なります。設計者は、以下の視点から「優先度の付け方」と「代替戦略の選択基準」を明確にする必要があります。
優先度の付け方
1. 規制のリスク度:
- 法的義務:現行または将来的に法的に使用が禁止されるPFASを含む用途を最優先とします。
- 市場の要求:顧客からのPFASフリー要求や、市場競争力維持のために代替が急務となる用途を次に優先します。
- 環境・社会からの要請:環境負荷低減や企業イメージ向上に資する代替を検討します。
2. PFASの代替可能性:
- 代替容易性:既に代替材料が存在し、性能やコスト面での影響が小さい用途を優先します。
- 技術的困難度:代替が極めて困難で、研究開発に時間を要する用途については、長期的な戦略を立て、計画的に取り組む必要があります。
3. 製品への影響度:
- 安全性・信頼性:医療機器や半導体製造装置のように、PFAS代替が製品の安全性や信頼性に直接影響を与える用途は、慎重かつ優先的に検討します。
- コスト・納期:代替に伴うコスト増大や開発期間の延長が、製品の競争力に与える影響を考慮します。
代替戦略の選択基準
1. 特性の適合性:代替材料が、PFASと同等またはそれ以上の性能(耐薬品性、耐熱性、機械的強度、摩擦係数、高純度、生体適合性など)を満たせるかを最重要視します。単一特性だけでなく、複数特性のバランスが重要です。
2. 信頼性と実績:特に、半導体や医療機器など、高い信頼性が求められる分野では、代替材料に十分な実績があるか、あるいは厳格な評価試験によって信頼性が確保できるかを基準とします。
3. サプライチェーンの安定性:代替材料の安定供給が可能か、複数のサプライヤーが存在するか、将来的な価格変動リスクはどうかなどを考慮します。
4. 認証・規制対応:医療機器におけるFDA認証や、食品接触材料における規制など、代替材料が関連する認証や規制に適合しているかを確認します。再認証のコストや期間も重要な判断基準です。
5. 加工性・コスト:代替材料の加工性(成形性、切削性など)や、最終製品としてのコスト競争力を維持できるかを考慮します。
府中プラは、これらの優先度と選択基準に基づき、設計者の皆様がPFAS代替の「壁」を乗り越え、持続可能な製品開発を進められるよう、最適なソリューションを提供してまいります。