設計で活かす 射出成形の工程理解 ― 可塑化から離型までの基礎知識

「設計で活かす」シリーズコラム第1回
本シリーズコラムは、射出成形部品の設計・開発に携わる皆様、特に設計者の皆様に向けて執筆しています。射出成形は、現代のものづくりにおいて不可欠な技術ですが、そのプロセスは単に生産現場の課題として捉えられがちです。しかし、府中プラは、射出成形の基本原理を深く理解することが、皆様の設計の質を飛躍的に高めると確信しています。
「なぜこの形状では金型コストが高くなるのか?」、「この材料を選んだ場合、量産時にどのような課題が想定されるのか?」、「設計変更がサイクルタイムにどう影響し、最終製品コストにどう響くのか?」——こうした疑問に対する答えは、射出成形プロセスの全体像に隠されています。本シリーズの目的は、机上の知識に留まらず、実際の生産現場で何が起こるのかを設計の視点から解説し、開発初期段階から量産性とコスト効率を両立させるための洞察と実践的なヒントを提供することです。
本コラム(第1回)では、射出成形の基本的な「可塑化」、「射出」、「保圧」、「冷却」、「離型」という主要工程を俯瞰的に解説し、それぞれの工程が製品の品質や量産性にどのように影響するかを深掘りしていきます。
材料投入と可塑化:プラスチックが溶融する準備段階
射出成形は、原料であるペレット状のプラスチックが溶融する準備段階から始まります。この工程は、製品の品質を左右する第一歩です。
ペレットから溶融への道のり
成形機上部のホッパーに投入されたペレットは、加熱シリンダー内のスクリューによって前方へ搬送されます。スクリューの回転による摩擦熱とシリンダーヒーターからの熱が加わることで、ペレットは徐々に溶け、流動性を持つ溶融樹脂へと変化します。この変化を「可塑化」と呼びます。固体のプラスチックに熱エネルギーを与え、金型内で形作れる状態にするプロセスです。
可塑化が設計者に与える意味
可塑化工程は、成形品の品質に大きく影響します。樹脂が均一に溶融しなければ、成形品に外観不良や強度ムラが生じる可能性があります。設計者は、材料選定の際に、その材料が効率良く溶融し、均一な状態を保てるかという観点から、材料の流動性や熱安定性を考慮する必要があります。適切な材料特性を持つ樹脂を選ぶことは、成形サイクルタイムの短縮や品質の安定化に貢献します。
射出(充填):製品の形が生まれる瞬間
可塑化が完了し、溶融樹脂がスクリュー先端に溜まったら、次はいよいよ製品の形を作る「射出」工程です。これは成形サイクルの中で最も動的であり、製品形状の形成に直接関わる重要なフェーズです。
溶融樹脂が金型キャビティを満たす
計量された樹脂を金型に送り込むため、スクリューが前進し、シリンダー先端の溶融樹脂を成形機のノズルを通じて金型の「キャビティ」へと一気に押し込みます。この動作が「射出」であり、金型内の空洞を溶融樹脂で充填します。溶融樹脂は高い圧力下で充填され、圧力が不足すれば未充填、過剰であればバリが発生する可能性があります。この工程の目的は、キャビティを正確かつ均一に満たすことです。
射出が設計者に与える意味
射出工程での溶融樹脂の挙動は、製品形状に大きく影響されます。薄肉部や細長いリブ構造、複雑な曲面を持つ箇所は、樹脂が流れにくく、射出圧力が十分に到達しにくい傾向があります。設計者は、樹脂の流れやすさを考慮し、肉厚を極端に薄くしすぎない、急激な肉厚変化を避ける、適切なゲート位置を設定するといった工夫が必要です。また、使用材料の流動性を把握し、製品形状と成形機の射出能力を総合的に考慮することで、理想的な充填を実現するための設計が求められます。
保圧:製品の密度と精度を高める秘訣
射出後、金型キャビティに充填された樹脂が冷却・固化する間に収縮するため、スクリューはわずかに前進を続け、圧力をかけ続けます。これが「保圧」です。保圧によって、収縮分の樹脂が追加で供給され、製品のヒケやボイドを防ぎ、寸法精度を向上させます。保圧の圧力や時間、切り替えタイミングは、成形品の品質に直結するため、精密な制御が求められます。
収縮との戦い:樹脂を追加で押し込み続ける
金型内で冷え固まる樹脂は体積が収縮します。保圧は、この収縮を補うためにキャビティ内の樹脂に継続的に圧力を加える動作です。これにより、製品のヒケや空隙を防ぎ、最終的な密度と寸法精度を高めます。
保圧が設計者に与える意味
保圧工程は、製品の内部品質と外観に深く関わります。特に肉厚が大きい製品は内部が冷えにくく、保圧が不足すると内部ボイドや深いヒケが発生するリスクが高まります。設計者は、機能・強度を維持しつつ肉厚差を小さくする設計を心がけ、保圧による品質安定化に貢献できます。また、精密な寸法精度が求められる部品では、保圧条件が非常に重要となります。肉厚設計や使用材料の収縮特性を理解し、成形条件との相互作用を考慮した設計を行うことが不可欠です。
冷却:品質と生産効率を左右する時間
保圧工程の後、金型内に充填された樹脂が製品として安定するまで固めるのが「冷却」工程です。これは成形サイクルの中で最も時間を要することが多く、製品の品質、生産効率、そしてコストに大きく影響する重要なフェーズです。
金型内での固化と構造形成
冷却工程では、金型内部の冷却水配管によって冷却された金型に接することで、樹脂は熱を奪われ固化します。この過程で、製品の機械的強度、寸法安定性、外観品質といった物性が最終的に決定されます。冷却が不十分なまま製品を取り出すと、変形や反り、歪みが発生する原因となります。冷却時間はサイクルタイムの大部分を占めるため、生産効率に直結します。
冷却が設計者に与える意味
冷却工程は製品設計において非常に重要な意味を持ちます。特に肉厚が厚いほど、樹脂が冷え固まるまでに時間がかかり、これがサイクルタイムの延長、ひいては生産コスト増加に直結します。設計者は、機能・強度を確保しつつ、リブやボスなどの補強構造を効果的に配置し、肉厚を均一かつ薄くする工夫が求められます。また、使用材料の熱特性(融点、熱伝導率など)も冷却時間に影響するため、材料選定時にも考慮が必要です。冷却が不均一だと、製品内で収縮率に差が生じ、反りや歪みに繋がることもあります。
離型:製品の完成と次なるサイクルへの準備
冷却が完了し、製品が金型内で十分に固まったら、金型から製品を取り出す「離型」工程へと進みます。これは成形サイクルにおける最終ステップであり、トラブルは製品不良や生産停止に直結するため、非常に重要ですし、製品の外観や品質に影響を与えます。
金型からの取り出し:エジェクタピンの役割
金型が開くと、キャビティ内にあった成形品が露出します。製品は金型面に密着しているため、通常は金型内部に設けられたエジェクタピンが前進して製品を押し出し、金型から剥がします。取り出された成形品は次の工程へと送られます。離型は比較的短時間で完了しますが、製品が損傷なく取り出されるためには、金型設計と成形条件の適切な設定が不可欠です。
離型が設計者に与える意味
離型工程での問題は、製品の損傷やサイクルタイムの延長に繋がります。特に製品の壁面に設けるわずかな傾斜である「抜き勾配(ドラフト角)」が不足していると、製品が金型に張り付き、エジェクタピン痕や変形、破損の原因となります。通常、0.5度~1度以上の抜き勾配が推奨されます。また、金型が開く方向に対し引っかかりとなる「アンダーカット」がある場合、スライドコアなどの特殊な金型機構が必要となり、金型コストが増加します。設計者は、抜き勾配やアンダーカットの有無、エジェクタピンの配置を意識した設計を行うことで、離型性を確保する必要があります。
まとめ
射出成形は「可塑化 → 射出 → 保圧 → 冷却 → 離型」という一連のサイクルで成り立っています。各工程は明確な目的を持ち、それぞれが製品の品質、寸法精度、そして量産性に深く関わっています。設計者がこれらの工程の意味と、ご自身の設計が各工程に与える影響を理解することは極めて重要です。材料選定から製品形状の細部に至るまで、設計段階での一つ一つの判断が、成形現場でのトラブル、生産効率、そして最終的な製品コストに直接影響を与えます。各工程の特性を深く理解し、それを設計に反映させることで、量産性や品質を最大化できる「良い製品」を生み出すことができます。