技術解説

設計で活かす 射出成形機の原理の応用 ― 冷却時間・型締力・コスト設計の視点

設計で活かす 射出成形機の原理の応用 ― 冷却時間・型締力・コスト設計の視点
「設計で活かす」シリーズコラム第3回

これまでのコラムで解説した射出成形のサイクルと成形機の動作原理は、単なる現場の知識ではなく、設計段階での判断材料として非常に有効です。冷却時間がなぜ成形サイクルを支配するのか、製品の投影面積がなぜ成形機の選定に直結するのかといった原理を理解していれば、設計の選択肢が広がり、量産性や品質、そしてコストを最適化するための新たな視点が得られます。本コラムでは、設計者が動作原理を知ることで得られる具体的な視点を整理し、それが実際の設計判断にいかに応用できるかを見ていきます。 

サイクルタイムと設計の関係:生産性のカギを握る 

射出成形の動作原理を理解することは、まず「サイクルタイム」の短縮に向けた設計の可能性を広げます。サイクルタイムは生産効率とコストに直結するため、設計者はその最適化に大きく貢献できます。 

成形サイクルにおける冷却の支配性 

射出成形サイクルは「射出 → 保圧 → 冷却 → 離型」で構成され、この中で「冷却」が最も時間を支配することが一般的です。溶融樹脂が金型内で完全に固まり、自立可能な強度を持つまでには一定の時間が必要であり、特に製品の肉厚が厚いほど冷却時間は大幅に延長されます。これはサイクルタイム全体を決定づける主要因となります。 

設計者に与える意味:強度と生産性のバランス 

冷却時間がサイクルタイムを支配するという原理を理解している設計者は、製品の強度と生産性の間で最適なバランスを見つけるための視点を得られます。例えば、高い強度が必要な場合、単純に肉厚を厚くするのではなく、全体肉厚を維持または薄くしつつ、荷重がかかる箇所に「リブ」や「ボス」といった補強構造を戦略的に配置する「リブ設計」を検討できます。これにより、必要な強度を確保しつつ、冷却時間を短縮し、生産効率を向上させることが可能になります。設計者は、製品の機能を満たすだけでなく、量産性まで考慮に入れた、洗練された設計アプローチへと繋がる判断を下せるようになります。 

設備容量と部品設計:成形機の限界を知る 

成形機の動作原理を理解することは、設計者が製品サイズや形状を検討する際に、その製品をどの規模の成形機で生産できるかという「設備容量」の視点を持つことにも繋がります。 

投影面積と型締力、そしてショット容量の制約 

成形機の「型締ユニット」は、射出時に金型にかかる強大な圧力に耐えるための「型締力」を発生させます。この型締力は製品の「投影面積」に比例して必要量が増加するため、投影面積が大きい製品ほど、より大きな型締力を持つ成形機が必要となります。また、成形機には一度に金型に射出できる溶融樹脂の最大量を示す「ショット容量」という制約もあり、これが不足すると大型製品は成形できません。 

設計者に与える意味:一体成形か、分割組立か 

これらの設備容量に関する制約を理解している設計者は、特に大きな部品を設計する際に重要な判断を下すことができます。非常に大きなプラスチック部品を「一体成形」する場合、巨大な型締力を持つ大型成形機と、それに伴う高額な設備費用や金型費用が必要となります。一方で、部品を複数の小さな部品に「分割して組み立てる」設計にすれば、より小型の成形機で生産が可能となり、設備費や金型費を抑えられます。設計者は、一体成形と分割組立それぞれのメリット・デメリットを、設備費、金型費、組み立てコスト、そして供給安定性といった多角的な視点から評価し、最適な生産方法と部品設計を検討できるようになります。 

動作原理が示すコストへの影響:見えないコストを可視化する 

射出成形機の動作原理を理解することは、製品の製造コストがどのように発生するのかを深く洞察する視点を提供します。これにより、設計段階でコストに直結する要素を意識し、効率的な設計を行うことが可能になります。 

サイクルタイムと設備投資のコスト要因 

射出成形におけるコストは、材料費、金型費、成形費(設備費、人件費、電力費など)に大別されます。このうち成形費には、成形機の動作原理が大きく影響します。冷却時間が長くなれば、同じ時間で生産できる製品の数が減るため、1個あたりの成形費が増加します。これは「長い冷却時間=サイクル数減少=成形費増加」という関係にあります。また、製品の投影面積が大きく、型締力の大きい設備を選ぶ場合、設備自体の購入費用が高額になり、これは「型締力の大きい設備を選ぶ=設備費用の上昇」に直結します。 

設計者に与える意味:コスト試算の裏付け 

設計者は、製品のコスト試算を行う際に、この動作原理に基づく知識を重要な裏付けとすることができます。単に漠然とした感覚ではなく、「どの動作が時間や設備負荷を支配しているか」という具体的な根拠を持って議論できるようになります。例えば、肉厚の見直しによって冷却時間が短縮されれば、1日あたりの生産個数が増加し、成形費が削減できるといった具体的な試算が可能になります。これにより、コスト試算の精度を高め、開発初期からコスト構造を意識した設計を行うための強力な武器となります。結果として、試作段階での手戻りを削減し、量産立ち上げの短縮、そして製品コストの最適化へと繋がるのです。 

材料選定に活かす視点:カタログ値の先を読む 

射出成形の動作原理を理解することは、製品設計において不可欠な「材料選定」のプロセスにも新たな視点をもたらします。単に材料メーカーのカタログに記載された数値を比較するだけでなく、その材料が実際の成形サイクルや成形機の動作にどのように影響するかを想像できるようになります。 

動作原理が示す材料特性の重要性 

成形機の各動作は、プラスチック材料のさまざまな特性と密接に関連しています。射出・充填工程では溶融樹脂の「流動性」が金型への充填しやすさを左右します。可塑化工程や冷却工程では「融点」、「熱安定性」、「熱伝導率」、「収縮率」といった熱特性が、シリンダー温度や冷却時間、製品の寸法安定性に直接影響します。離型時には製品の「柔軟性」や「強度」が離型抵抗や破損のリスクに関わります。 

設計者に与える意味:成形サイクルに結びつけて材料を評価 

動作原理を理解している設計者は、材料選定の際に、単に「強度が高いから」という理由だけでなく、成形サイクルや成形機の動作に結びつけて材料を評価できるようになります。例えば、流動性が高い材料が薄肉部品に適しているのは、射出圧力を低く抑えられ、未充填のリスクを減らせるためであると具体的に理解できます。また、耐熱性が高い材料を選定することで、製品の使用環境での信頼性は向上するものの、高い溶融温度や長い冷却時間を必要とし、サイクルタイムや電力消費量が増加する可能性があるといった影響までを考慮できるようになります。このように、成形プロセスの全体像の中で材料の特性を評価することで、製品の機能、品質、そして製造コストと生産性のバランスが取れた最適な材料選定が可能となります。 

まとめ 

射出成形の動作原理を理解することは、設計者の皆様にとって、製品開発のあらゆる段階で「形状」、「材料」、「コスト」に関するより的確な判断を下すための、不可欠な視点となります。冷却時間の支配性や設備容量の制約を理解することで、強度と生産性を両立させる設計や、適切な設備選定が可能になります。また、動作原理がコストにどう影響するかを理解することで、トータルコストを意識した設計を行うことができます。設計者が成形機の動作や成形サイクルを深く理解することで、開発の初期段階から量産性、製造性、そしてコスト効率を織り込んだ製品設計が可能になります。これは、試作段階での手戻り削減、量産立ち上げの短縮、そして製品コストの最適化という、多くのメリットをもたらします。 

関連コラム

関連情報