技術解説

ウルテム™強化グレードで実現する金属代替 - 非晶性PEI×高Tgで切り拓く設計革新

ウルテム™強化グレードで実現する金属代替 - 非晶性PEI×高Tgで切り拓く設計革新

近年、金属部品を樹脂化する動きは、軽量化や加工コスト削減だけでなく、一体成形による構造最適化・設計自由度の拡大という観点からも加速しています。その中核を担う材料として注目されるのが、ウルテム™(PEI樹脂)強化グレードです。高いガラス転移温度(Tg217°C)と非晶性構造による寸法安定性、さらに優れた難燃性と絶縁特性を併せ持ち、金属に近い剛性と安定性を射出成形で実現できる点が最大の強みです。本コラムでは、代表的なグレードを軸に、金属代替の設計思想と適用領域を整理します。 

ウルテム強化グレードの特徴と適用範囲 

ウルテム強化グレードは、非晶性のポリエーテルイミド(PEI)樹脂を母材とし、ガラス繊維やミネラルなどの充填材を配合することで、機械的強度や寸法安定性を飛躍的に高めた材料です。各グレードは充填材の構成によって異なる特性が付与されており、用途に応じて最適な選択が可能です。 

グレード 充填材 特徴 主な用途 
ULTEM™ 強化グレード GF 剛性・耐熱・難燃のバランスに優れる標準グレード ブラケット、筐体、支持構造 
ULTEM™ 強化グレード(高流動) GF 薄肉・複雑形状に適する改良タイプ コネクタ、カバー、ハウジング 
ULTEM™ 強化グレード GF+ミネラル 低CTE・高寸法安定性に特化 精密嵌合、筐体、光学構造体 

卓越した難燃性と耐熱性 

各グレードに共通する基本性能として、難燃剤を添加することなくUL94規格のV-0(グレードによっては5VA)を達成する極めて高い難燃性が挙げられます。また、長期的な熱環境下での使用に耐える指標である相対温度指数(RTI)も約170°Cと高く、高温環境での連続使用においても信頼性を確保します。 

ガラス繊維強化グレード 

ガラス繊維を配合した標準グレードは、剛性、耐熱性、難燃性のバランスに優れています。構造部材や筐体など、基本的な機械的強度が求められる幅広い用途に対応します。その高流動グレードでは、薄肉成形や複雑なリブ構造を持つ部品でも、樹脂が隅々まで均一に行き渡りやすくなります。金属加工では複数の部品に分割せざるを得なかったような複雑な構造を、射出成形で一挙に一体化できる可能性を拓き、設計自由度の向上と工程削減に大きく貢献します。 

寸法性改良グレード 

ガラス繊維とミネラルを組み合わせた寸法性改良グレードは、金属に匹敵する低いCTE(線膨張係数)を実現しています。温度変化による部品の伸縮が抑制されるため、精密な嵌合が求められる部品や、熱による反りが問題となる大型の筐体、光学機器の位置決め部品など、極めて高い寸法精度が要求される領域でその真価を発揮します。 

金属代替でウルテムが発揮する3つのコア性能 

ウルテム強化グレードが金属代替材料として優位性を持つ理由は、単に剛性が高いからだけではありません。「非晶性」という構造的特徴と、PEI樹脂本来の「高機能性」が融合することで生まれる、以下の3つの特性が挙げられます。 

非晶性×高Tgによる寸法再現性 

金属代替において最も重要な要求性能の一つが、設計通りの寸法をいかに忠実に再現し、維持できるかという点です。ウルテムはこの「寸法再現性」において、他の多くの樹脂材料を凌駕します。その理由は、非晶性構造と高いガラス転移温度(Tg)にあります。
結晶性樹脂であるPPSは、溶融状態から冷却される過程で分子が規則正しく配列する「結晶化」という現象を起こします。この結晶化の度合いは、金型温度や冷却速度といった成形条件に大きく左右され、結晶化に伴う体積収縮のばらつきが、製品の寸法精度や反りの原因となります。一方、非晶性のウルテムは冷却時に結晶化を起こさないため、成形条件による収縮率の変動が極めて小さく、複雑な形状の部品であっても、常に安定した高い寸法再現性を示すのです。 

特に、ガラス繊維+ミネラル強化材には、線膨張係数を約2×10⁻⁵/°Cまで低減しているグレードがあります。これはアルミニウム合金のそれに近い値であり、金属部品と組み合わせて使用する際に、温度変化による熱応力の発生を最小限に抑えることも可能です。熱サイクルが繰り返されるような厳しい環境下での嵌合構造や、精密な位置決めが求められる光学系の部品において、この特性は絶大な効果を発揮します。 

薄肉・一体成形による工程統合 

金属部品のコストは、材料費そのものよりも、切削、曲げ、溶接、研磨、組立といった後加工の工程費が大部分を占めるケースが少なくありません。ウルテム強化グレード、特に高流動グレードは、これらの工程を射出成形によって統合し、トータルコストを削減する能力を備えています。結果として、試作〜量産立上げにおけるバラツキ起因の手戻りも抑制でき、立上げリードタイム短縮に寄与します。
その優れた流動性は、金属では実現が難しい薄肉リブや複雑なボス形状を、一度の射出で成形することを可能にします。これにより、従来は複数の金属部品をネジや溶接で組み合わせていたユニットを、単一の樹脂部品として一体化する設計が実現できます。部品点数が削減されることで、組立工程が不要になるだけでなく、在庫管理コストの削減や製品自体の軽量化にも繋がります。 

結晶性のPPSも流動性は良好ですが、ウェルド強度が低下しやすいという課題を抱えています。ウルテムは非晶性であるためウェルド部の強度低下が比較的少なく、薄肉で複雑な形状であっても構造部材としての信頼性を維持しやすいという利点があります。この特性が、機械加工、溶接、組立といった工程の統合を強力に後押しします。 

以下の比較は、金属代替を検討する設計プロセスにおいて重要となる“寸法再現性”と“熱特性”の観点に基づいた主要項目です。 

参考:PPSとの主要特性比較(設計判断のための比較データ) 

評価項目 ウルテム(PEI強化系) PPS(GF系) 特筆すべき点 
構造 非晶性 結晶性 寸法再現性はPEIが優れる 
Tg 約217℃ 約90℃ 高温使用ではPEIが安定 
CTE(膨張係数) 低く等方的 高く異方性あり 金属との嵌合適性はPEIが高い 
一体成形 高流動・ウェルド強度維持 ウェルド脆化傾向 複雑部品の樹脂化はPEIが有利 
難燃性 無添加でV-0/5VA V-0  
耐薬品性 一般的に良好 酸・アルカリに強い 流体接触部はPPSも選択肢 

絶縁性・耐環境性 

ウルテムは、PEI樹脂が本来持つ複数の優れた特性を素材単体で実現します。
まずは、優れた電気絶縁性です。金属は導電体であるため、絶縁が必要な箇所では絶縁シートを挟んだり、表面に絶縁コーティングを施したりする必要があります。ウルテムはそれ自体が優れた絶縁体であり、かつ非磁性であるため、これらの追加処理を一切不要にします。第二に、高い耐環境性です。加水分解や高温酸化に対する耐性が高く、長期間の使用においても物性の劣化や外観の変化が少ないです。これにより、製品ライフサイクル全体を通じた高い信頼性を確保します。これらの複合的な性能が、設計の簡素化と部品の多機能化を同時に実現します。 

ウルテム採用で効果が最大化する4つのケース 

ウルテム強化グレードは、単に金属の代替を目的とするのではなく、「設計を合理化し、部品性能を長期安定させる」ための材料として活用することで、最大の効果を発揮します。以下の4つのケースは、とくにウルテムの特性が経済性と性能の両面で優位に働く代表例です。 

二次加工・組立工程が多い部品 

切削、溶接、タップ加工など複数の工程を経る金属部品は、加工コストと組立時間が膨らみがちです。ウルテムは高い流動性と強度を併せ持つため、複雑形状の一体成形が可能であり、工程統合によるコスト削減効果が最も顕著に現れます。 

高精度の嵌合や薄肉構造が要求される部品 

非晶性構造と低CTEによる寸法安定性により、薄肉リブやミクロンレベルの嵌合精度が必要な部品でも、射出成形で安定した寸法を維持できます。金属加工のような個別調整を必要とせず、射出成形という“量産工程そのもの”で精度を確保できる点が、製造コストと品質安定性の両面で決定的な優位となります。 

難燃性・絶縁性・非磁性が不可欠な電装・内部構造部品 

ウルテムは素材そのものでUL規格をクリアし、高い絶縁性・非磁性を備えています。これにより、金属で必要とされる絶縁確保のための追加部品や二次加工が不要となり、部品点数の削減と信頼性の向上が同時に実現します。絶縁・難燃の後付けを前提としないため、品質監査と保全の運用もシンプルになります。 

高温環境や長期使用で性能維持が求められる部品 

Tgが約217℃と高く、熱酸化や加水分解にも強いため、100℃を超える環境や長期の熱サイクル下でも寸法変化や物性劣化が小さいことが特徴です。光学機器や精密測定装置など、性能変化が製品寿命に直結する部品に適しています。 

まとめ 

ウルテム強化グレードは、非晶性PEI樹脂が持つ高剛性、高耐熱、高寸法安定性という基本性能を極限まで高め、金属代替を「加工合理化と設計自由度の拡大」という視点から実現するキーマテリアルです。結晶性のPPSと比較して、より精密で、高温下で安定し、難燃性に優れ、複雑な形状の一体成形が求められる領域でそのポテンシャルを最大限に発揮します。高精度・高信頼の筐体や嵌合部品を量産設計する設計者にとって、ウルテムは“置換材料”ではなく“構造を再設計するための中核材料”と言えるでしょう。金属代替を検討されている部品がございましたら、お気軽に府中プラまでご相談ください。 

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