技術解説

射出成形部品の熱応力疲労対策 - クラック・界面剥離を防ぐ樹脂構造設計の実践ガイド

射出成形部品の熱応力疲労対策 - クラック・界面剥離を防ぐ樹脂構造設計の実践ガイド
熱設計と環境信頼性設計シリーズ 第3回 

樹脂材料は、金属と比べて弾性率が低く、温度による膨張・収縮が大きいという特徴を持ちます。そのため、温度が周期的に変化する環境では、部品内部や異種材料との界面に繰り返し応力が生じます。この「熱応力疲労」は、時間の経過とともに内部の微小クラックを進展させ、やがて界面剥離や破断へとつながる原因になります。 
電子機器、医療機器のように、常温から高温を繰り返す用途では、静的強度よりも繰り返し耐久性が信頼性の支配要因になります。熱応力疲労は、解析や強度計算だけでは正確に評価しにくく、形状・拘束・材料のわずかな違いで寿命が大きく変わります。本コラムでは、熱応力疲労を生じさせるメカニズムと、それを抑える構造設計上のポイントを解説します。 

熱応力疲労の発生メカニズム ― “繰り返し温度荷重”が構造を壊す 

温度サイクルによる応力の蓄積 

樹脂は加熱されると膨張し、冷却されると収縮します。単体では問題にならない変形も、他の部品に固定された状態では自由に変形できず、拘束による応力が発生します。この応力は温度の上昇と下降で方向が反転し、繰り返し荷重として内部に蓄積されていきます。
金属インサート、ガラス窓、セラミック基板など膨張率の異なる素材と組み合わせた場合、その界面には常に引張・圧縮の交互応力が発生します。短期的には問題がなくても、数百回〜数千回の温度サイクルを経るうちに、界面の分子結合が緩み、微小クラックが発生します。これが時間依存型の構造劣化、すなわち熱応力疲労です。 

応力集中が生じる形状条件 

熱応力が均一に作用することはありません。形状の不連続部――コーナー部、ボスの根元、肉厚変化、ゲート近傍――では、局所的に応力が集中します。さらに、流動方向と垂直方向で線膨張係数が異なるガラス繊維強化樹脂では、内部にせん断応力が生じ、表層から割れが進行しやすくなります。
このような応力集中は、形状設計で大きく左右されます。Rを設ける、厚肉を避ける、急な段差を緩やかに繋ぐといった基本的な配慮が、疲労寿命を大きく延ばします。見た目には小さな違いでも、実際の応力分布には数倍の差が生じることがあります。設計段階で「どこに応力が集まるか」を想像することが、クラック防止の第一歩です。 

クラック進展のプロセス 

熱応力疲労による破壊は、最初から一気に割れるわけではありません。初期段階では分子鎖のすべりや内部応力緩和によって、表面に微細な白化やクレーズが現れます。この段階で放置すると、繰返し応力によってクレーズが連結し、内部へと亀裂が進行します。
一度発生したクラックは、応力の集中をさらに高め、進展を加速させます。これを止めるには、応力を「逃がす」、「分散させる」構造をあらかじめ設計に織り込むことが不可欠です。疲労破壊は、強度ではなく応力経路の設計で防ぐものだと考えるべきです。 

応力を“分散させる”構造設計 ― クラックを止める形の工夫 

応力の逃げ道を持たせる 

樹脂設計の基本は、応力を一点に集中させないことです。特に角部やボス根元はクラックの起点になりやすいため、Rを設けて連続的に応力を流す形状が重要です。Rの大きさは材料の弾性率や肉厚によって最適値が異なりますが、少なくとも肉厚の0.5倍以上のRを確保すると応力集中係数を大きく下げられます。
また、金属やガラスなど膨張差のある素材を囲む場合、“ゆとり”を持たせた設計が有効です。囲い部を全周で拘束せず、部分的にスリットを設ける、あるいはクリアランスを確保して応力の逃げ場を与えるなど、変形の自由度を残すことが界面破壊を防ぎます。 

材料界面の形状設計 

異種材料の接合部は、熱サイクル環境で最も破損しやすい領域です。接触面を広く取れば強固に固定できそうに見えますが、膨張差が大きい場合は逆効果です。広い界面ほど応力が蓄積し、剥離のリスクが高まります。 
これを防ぐには、界面を全面拘束にせず、応力を分散させる「部分接触構造」にすることが効果的です。たとえば、インサートを点や線で支える、あるいは接合面にテーパーを設けて変形時に逃がすなど、応力経路を設計段階で整理します。 

肉厚とリブの最適化 

厚肉は冷却速度の不均一を生み、内部応力を残しやすくします。これが後の熱サイクルで割れを誘発します。したがって、均一な肉厚設計は疲労対策の基本です。補強リブを配置する際も、強度確保だけでなく、応力の流れ方を考慮する必要があります。主応力方向に沿ったリブ配置は変形を抑えますが、交差リブや急な段差は応力の“滞留点”となり、疲労進展を早めます。リブは「支える」よりも「逃がす」ための構造と捉えることが重要です。 

界面剥離を防ぐ設計 ― 熱膨張差を“受け流す”発想 

異材間の拘束を避ける 

樹脂部品が金属やガラスなど膨張率の異なる素材と接合される場合、温度変化のたびに界面には引張・圧縮の繰り返し応力が作用します。特にインサート成形部や一体化構造では、この応力が集中しやすく、微小な剥離やクラックが時間とともに進行します。
設計の基本は、これを「抑え込む」のではなく「逃がす」ことです。金属を全周で拘束するよりも、点や線で支える構造とし、樹脂側の変形余裕を確保します。スリットを設けて変位を吸収させる、フローティング構造で締結部を浮かせるといった方法も有効です。拘束を減らすほど、熱サイクルによる応力の反転を柔らかく受け止められます。
また、組立構造では、固定点を過剰に増やすと熱歪みの逃げ場がなくなります。部品を複数点で締結する場合、基準点と追従点を明確に分け、「すべてを固定しない」設計を心がけることで、界面剥離を大幅に抑えられます。 

界面材の選定と緩衝設計 

熱膨張差を吸収するには、界面に弾性体や粘弾性層を介在させるのが効果的です。たとえば、ガスケットや接着剤にシリコーン、ウレタンなどを用いれば、弾性変形で応力を吸収し、界面の負担を減らせます。逆に、エポキシなど剛性の高い接着剤は、初期強度は高いものの繰返し熱応力に弱く、長期信頼性を損なうことがあります。
また、接合面形状を平面ではなくテーパーや波状にすることで、剥離方向に応力が集中しにくくなります。剥離破壊は常に界面端部から始まるため、形状的に端部の応力勾配を緩やかにしておくことが、寿命を延ばす鍵です。設計段階で“どこから割れるか”を予想し、その起点を設けない構造を作る――それが熱疲労を防ぐ設計の基本姿勢です。 

接合部の温度制御 

界面剥離のもう一つの要因は、局所的な温度上昇です。発熱体や電子部品近傍に位置する接合部は、全体温度よりも数十度高くなる場合があります。局所的な温度差は、応力集中と材料劣化を同時に進行させるため、放熱経路の確保や絶縁スペーサーの挿入など、熱設計との両立が欠かせません。 
熱設計と構造設計を分業的に扱うのではなく、「界面温度を一定以下に保つこと」を共通目標として設計初期から統合的に検討することが、実務上の最善策です。 

設計段階での予測と検証 ― 熱疲労寿命を延ばす実践手法 

加速試験データの活用 

熱応力疲労は長期現象であり、実使用条件での評価には膨大な時間がかかります。そのため、設計段階では加速試験のデータを有効活用します。たとえば、−40℃〜+85℃の温度サイクル試験や温湿度試験から、破損が起こる温度差・サイクル数を把握し、これを構造の安全率設定に反映します。 
重要なのは、単に「壊れたかどうか」ではなく、「どの位置で、どんなクラックが、何サイクルで出たか」を記録することです。その情報が設計上の改良点を導き、次の製品設計の寿命見積もり精度を高めます。 

材料データと解析の連携 

熱疲労を予測する上で、材料の物性データは欠かせません。樹脂メーカーが公表するカタログ値は静的試験の結果であり、温度サイクル下の疲労挙動までは反映されていません。社内評価をもとに、「樹脂種別×温度×応力サイクル数」に対応するデータを取ることで、設計初期から寿命予測の精度を高めることができます。
CAE解析と組み合わせれば、特定領域における応力振幅や繰返しエネルギーの蓄積を可視化できます。これを実測と照合することで、解析と現実の差を埋めることができます。 

観察とフィードバックの重要性 

試作段階で生じた微小クラックや界面剥離は、設計上の“答え”を示しています。破面観察を行うことで、応力の起点、進展方向、破壊形態が把握でき、熱応力疲労か機械応力かを明確に区別できます。 
実際に温度分布を観察し、クラック位置との相関を確認することも有効です。こうした観察結果を設計段階にフィードバックすれば、次の開発では早期にリスクを回避できます。 
熱疲労の防止は、解析や理論だけでは不十分です。現場での観察・検証を通じて「熱と構造の関係」を体感的に理解することが、最も確実な改善手段です。 

まとめ 

熱応力疲労は、見えない応力が長期にわたり構造内部を傷つけていく静かな破壊現象です。これを防ぐには、強度を上げるのではなく、応力を分散し、界面を守る設計へと発想を転換する必要があります。 
クラックや剥離は、熱を「押さえ込む」構造で起きます。逆に、熱による動きを受け入れる構造は長期的に安定します。 
膨張差を逃がす形状、応力を吸収する材料、温度を均す構造――その積み重ねが、製品全体の信頼性を底上げします。熱は避けられませんが、設計で制御することはできます。設計者の視点で“動く構造を許す”ことが、熱疲労を防ぐ有効な対策であると考えています。 

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