射出成形部品の環境信頼性設計 - 熱衝撃・湿熱・UV劣化に強い構造設計の考え方
熱設計と環境信頼性設計シリーズ 第5回
樹脂部品が使われる現場環境は、温度、湿度、紫外線、化学物質など、さまざまなストレスが同時に作用します。設計時には静的強度や寸法精度に目が向きがちですが、実際に長期劣化を支配するのは、こうした環境ストレスの積み重ねです。
特に電子機器や屋外装置では、短期間で温度が急変する熱衝撃、高湿度での加水分解、UV照射による表面劣化などが複合的に起こり、成形品の変形・割れ・脆化を引き起こします。それでも多くの現場では、これらを試験段階で評価するだけで、設計段階の判断基準にまで落とし込めていないのが実情です。
本コラムでは、環境ストレスのうち「熱衝撃」、「湿熱」、「UV劣化」の三要素を取り上げ、試験データや観察結果をどう設計判断に活かすかを整理します。目的は、単に“試験に通す”設計ではなく、“環境を織り込む”設計思考への転換です。
環境ストレスが構造を変える ― 時間と温度の相乗効果
熱衝撃による構造疲労
−40℃から+85℃といった急激な温度変化を繰り返すと、樹脂内部に膨張と収縮が周期的に発生します。これにより、材料内部では繰返し応力が生じ、金属やガラスとの接合部ではせん断応力が蓄積します。短時間で応力方向が反転するため、一般的な疲労よりも進行が早く、クラックや界面剥離の起点となります。
特に注意すべきは、異材接合部や厚肉部です。樹脂と金属では線膨張係数が10倍以上異なるため、温度サイクルが繰り返されると界面にせん断力が集中します。構造的に膨張差を吸収できるよう、固定点を限定し、スリットやフローティング構造を設けて“動ける余裕”を確保することが、熱衝撃への最も有効な対策です。
湿熱環境による吸水劣化
高温高湿環境では、水分が樹脂内部に侵入し、分子鎖が切断されて加水分解が進行します。この現象は外観からは分かりにくいものの、靭性が低下し、割れや白化の原因となります。特にPAやPBT、PCなどのエンプラは、吸水による寸法変化も無視できません。
密閉構造で完全に湿気を遮断しようとしても、樹脂自体が吸湿するため限界があります。したがって、湿気を“遮る”よりも“逃がす”設計が現実的です。通気孔を設ける、厚肉部を避ける、リブを連続させて応力を分散させるなど、構造で吸水後の変形を和らげる工夫が求められます。湿熱対策は「密閉」ではなく「緩和」の発想が鍵です。
紫外線による表面劣化
屋外環境や透過材のように光を受ける部品では、紫外線による劣化が避けられません。UVは樹脂表面の分子鎖を切断し、光酸化反応を進行させます。その結果、表層が脆化して細かなクラックが生じ、黄変が発生します。
設計者が意識すべきは、“光が届く範囲で劣化が進む”という特性です。材料選定だけに頼らず、形状で光の到達を抑えることも効果的です。たとえば、遮光リブを設ける、段差形状で陰影をつくる、透明材を直接露出させないなど、形そのものでUVを制御することができます。UV対策は“素材”よりも“構造”で補う設計が有効です。
試験データを“読む”設計者の視点 ― 数値を傾向値として扱う
規格試験の本来の意味
熱衝撃試験や湿熱試験、UV照射試験などの信頼性試験は、品質保証のための検証手段として位置づけられています。しかし、設計者にとっては環境ストレスが構造に与える影響を観察するための実験でもあります。
重要なのは、試験の合否よりも、どの条件でどの部位に損傷が生じたかという「反応の傾向」を読むことです。熱衝撃で割れた箇所がリブの付け根であれば、形状の急変点が問題です。湿熱で白化が生じたなら、応力集中と吸水が重なった可能性があります。試験は設計を検証するための“観察の機会”として活かすべきです。
定量値よりも“劣化の傾向”を見る
信頼性試験の温度差や湿度、照射時間はあくまで加速条件であり、実環境をそのまま再現するものではありません。したがって、試験結果を絶対値として判断するのではなく、「どの条件で劣化が始まったか」「どんな形状で弱点が現れたか」という傾向値として扱うことが重要です。
設計者の役割は、数値を比較することではなく、試験で得られた劣化パターンを設計上の指針に翻訳することにあります。たとえば、同じ材料でも肉厚差や拘束条件によって破損モードが異なる。こうした傾向を読み解く力が、環境信頼性設計の基礎です。
設計に反映する3つの実践アプローチ
熱衝撃対策 ― 追従性と柔軟性の確保
温度変化に追従できる構造を設けることが、熱衝撃への最も確実な防御策です。固定点を少なくし、樹脂が自由に膨張・収縮できる余裕を与えます。スリットを設けて変形を吸収する、ボス周辺にリリーフを設けて応力を分散させるなど、設計段階での“逃がし構造”が効果的です。
また、異材接合部では、接着や溶着で全面固定せず、部分的な支持にとどめることも有効です。全体を一体化させるほど熱歪みが集中し、クラックを誘発しやすくなります。熱に“耐える”のではなく、“付き合う”構造設計こそが長期信頼性を支えます。
湿熱対策 ― 通気と排湿の設計
湿熱環境では、完全な密閉よりも通気設計が安定性を高めます。水分を閉じ込めると内部で膨張・収縮が繰り返され、樹脂が疲労してしまうためです。
設計段階では、通気孔や隙間を適度に設け、湿気の滞留を防ぎます。また、ボス根元やリブ交点には水切り形状を持たせると、結露や毛細管現象による吸湿を軽減できます。さらに、内部部品と外装の間に空気層を挟むことで、湿気の拡散経路を制御できます。
湿熱は“防ぐ”よりも“逃がす”という発想に立ち、構造で環境変化を受け流す設計が求められます。
UV対策 ― 光を遮る形状と素材選定
紫外線劣化に対しては、材料選定だけでなく、形状と色の設計が決定的に影響します。耐候グレードを使用しても、表面が常に直射光にさらされていれば劣化は避けられません。
そこで有効なのが、「光を届かせない設計」です。段差をつけて陰影を作る、リブや庇を設けて照射角度を変えるなど、光の入射経路を形状で制御します。また、黒系やグレー系の顔料を用いると、光吸収が表面で分散し、光酸化反応の進行を遅らせることができます。
紫外線は“見えない構造負荷”です。表面の劣化を抑えるには、材料・形状・色の三要素を組み合わせた多層的な設計が効果的です。
信頼性試験の“結果で終わらせない”ために
試験結果を設計データとして再利用する
信頼性試験のデータは、合否を判断するためだけのものではありません。試験で得られた破損位置や劣化傾向を設計図面上にマッピングし、“どの部位が環境に脆弱か”を可視化します。これを次の製品開発に反映させれば、試験データは単なる評価結果から、貴重な知見となります。また、現場で得られた温度・湿度条件をCADやCAE上で再現し、設計段階で再評価するサイクルを作ることも有効です。設計と評価を切り離さず、循環させることが信頼性設計の成熟につながります。
加速試験と実環境のギャップを埋める
加速試験は、あくまで寿命を短期間で再現するための便宜的手法です。実際の使用環境とは異なるため、過剰に安全側に倒れる設計になりがちです。
設計者は試験条件の意味を理解し、「どの試験が実際の使用条件に近いか」を判断する必要があります。たとえば、屋外用カバーであっても、常に直射光を受けるわけではない。実環境データを収集し、加速倍率を現実に合わせて修正することで、信頼性とコストのバランスを最適化できます。
信頼性を“数値ではなく構造”で語る
環境信頼性を示す最も説得力のある手段は、試験データではなく構造そのものです。どのような形状と材料の組み合わせが、どの環境に耐えられるかを説明できることが、真の信頼性設計です。
試験結果を基準にするのではなく、結果を設計に還元して新たな基準を作る。数値の背後にあるメカニズムを理解し、構造で解決策を描ける設計者こそが、環境信頼性を“語る”ことができます。
まとめ
環境信頼性設計とは、試験をこなすことでも、数値を満たすことでもありません。環境変化そのものを設計条件として捉え、構造の中に“受け流す仕組み”を組み込むことです。
熱衝撃・湿熱・UVといった外的ストレスは避けることができませんが、それを前提に設計すれば、製品は確実に強くなります。
解析や数値に頼るのではなく、現象を観察し、構造で応答する。環境を“敵”ではなく“設計パラメータ”として扱う視点が、真に壊れにくい製品を生み出します。





