技術解説

低アウトガス・低イオン性エンプラの選び方 ― 半導体・分析機器のクリーン設計に効く材料特性 第1回

低アウトガス・低イオン性エンプラの選び方 ― 半導体・分析機器のクリーン設計に効く材料特性 第1回
シリーズコラム第1回

半導体製造装置や分析機器の分野では、樹脂部品に求められる「クリーン性」が年々高度化しています。これらの装置では、パーティクルや金属摩耗粉だけでなく、樹脂から発生するアウトガスや、抽出されるイオン性不純物が歩留まりや定量精度を大きく左右します。特に、ウェットプロセスラインの流路部品や、分析機器のセル・マニホールド、真空環境内の支持体などは、樹脂由来の揮発成分・溶出物によってプロセスが汚染されるリスクを常に抱えています。 
金属やガラスに比べ、エンプラは軽量・成形自由度・耐薬品性などの大きな利点があります。しかし同時に、高分子特有の微量揮発成分や、添加剤・触媒残渣によるイオン溶出といった固有の課題があります。このコラムでは、クリーン用途で問題となるアウトガス・イオン性汚染の基礎を整理しつつ、半導体・分析機器のクリーン設計で重要となるエンプラ選定の考え方を解説します。

クリーン用途で問題となるアウトガス・イオン性汚染とは 

樹脂からの汚染は大きく「アウトガス」と「イオン性不純物」に分けられます。これらは発生メカニズムも対策も異なるため、まずは両者の特徴を明確に把握する必要があります。 

アウトガスとは何か 

アウトガスとは、樹脂中に残留する低分子量成分(モノマー、オリゴマー、可塑剤、潤滑剤、揮発性添加剤など)が、温度上昇や真空環境により気化して放出される現象です。特に敏感なのは以下の用途です。 

  • 真空装置内部:アウトガスによりベース圧が悪化し、表面処理や薄膜形成に影響 
  • 光学・分析用途:揮発成分がレンズ・セルに吸着し、ノイズやブランク上昇を招く 
  • センサー部材:有機揮発物が電極表面や反応部に吸着し、感度低下を起こす 

アウトガス量は、材料の分子構造、添加剤の種類、成形時の熱劣化や残留ガスの有無などによって大きく変化します。 

イオン性汚染とは何か 

イオン溶出は、材料内部に微量存在する金属イオン(Na⁺、K⁺、Ca²⁺、Cl⁻、SO₄²⁻など)が、水や薬液と接触することで抽出される現象です。特に以下のプロセスで問題になります。 

  • 半導体ウェットプロセス 
     イオンが基板表面に吸着し、欠陥・腐食・電気的特性の乱れを誘発 
  • 分析・医療機器の流路部品 
     ブランクの上昇、偽ピーク、バックグラウンド上昇など定量精度を低下 
  • 高純度薬液配管系 
     抽出イオンが薬液を汚染し、工程品質を乱す 

イオン溶出は、樹脂そのものの構造だけでなく、触媒残渣、難燃剤、フィラー、耐候安定剤など「添加剤の種類」に大きく依存します。 

要求クリーン度を“用途別”に切り分ける 

樹脂のクリーン性は、使用される環境によって必要なレベルが異なります。材料を選ぶ前に、まず以下の3つの軸で要求レベルを分類します。 

設置環境(外装~真空まで) 

同じ材料でも、置かれる環境によってアウトガスの発生量は大きく変わります。 

 (1).クリーンルーム内の外装部品 
   →微粒子は重要だが、アウトガス要求は比較的緩い 

 (2).薬液・純水と接触する流路部品 
   →イオン溶出の抑制が最重要 

 (3).高温領域(80〜150℃)で使用される樹脂部品 
   →熱劣化とアウトガスが問題 

 (4).真空・減圧環境 
   →極めて低アウトガスが必須 

どの環境で使うのかを明確にしなければ、材料を正しく比較できません。 

装置・デバイス側の仕様をどう読むか 

クリーン用途では、仕様書・評価基準に以下がよく登場します。 

  • 「TGA 300℃で重量減少〇〇%以下」 
  • 「イオン溶出合計〇〇ppb以下」 
  • 「ICP-MSで金属イオン〇〇ppb以下」 
  • 「ベーキング〇〇℃×〇h後のアウトガス量△△以下」 

このデータは材料データシートだけでは判断できないことが多く、実際の部品形状・洗浄条件・滞留時間まで影響を受けます。そのため、仕様の読み違いを防ぐ意味でも、材料比較は必ず「同一評価条件」で行う必要があります。 

樹脂構造と汚染特性の関係を理解する 

材料選定の第一歩は、樹脂構造がアウトガス・イオン性にどのように影響するかを理解することです。 

吸水性とイオン溶出の関係 

吸水性の高い樹脂(PA、PBTなど)は、水を媒介としてイオンが移動しやすく、濡れた環境では溶出量が増加します。一方、COC/COPやフッ素樹脂は吸水率が極めて低く、イオン移動が起こりにくい構造を持っています。ただし、「吸水率が低い=低イオン性」ではありません。材料中の触媒残渣・添加剤が多ければイオン溶出は発生します。ポイントは、吸水率と不純物量の両方を見ることです。 

結晶性樹脂と非晶性樹脂の違い 

結晶性樹脂(PEEK、PPS、PAなど)は分子配列が強固で低分子が出にくい一方、非晶性樹脂(COC/COP、PC、PEIなど)は密度が均一で添加剤依存性が大きい傾向があります。アウトガス低減を重視する場合は、「結晶性樹脂は分解しにくいが成形条件に敏感」、「非晶性樹脂は分子構造は安定だが添加剤管理が重要」、という特徴を踏まえて選定する必要があります。 

添加剤・充填材の影響は非常に大きい 

難燃剤、滑剤、着色剤、GFフィラーなどは、アウトガス・イオン溶出の主要因になります。特に、高純度グレードと一般グレードでは、 

  • 金属触媒残渣 
  • 低分子揮発分 
  • 微量無機物 

の含有量が桁違いです。クリーン用途では、「無添加」、「高純度」、「低抽出イオン」などの特殊グレードが定番となる理由がここにあります。 

クリーン用途で活躍する代表的エンプラ 

クリーン性を重視する設計では、単に「耐薬品性が高い」、「耐熱性がある」といった一般的な特性ではなく、材料が本来持つ純度の高さと、添加剤を極限まで排除した特殊グレードの有無が非常に重要になります。ここでは、半導体装置・分析機器でよく用いられる代表的な材料を、その特性と注意点を交えて解説します。 

フッ素樹脂(PFA・PTFE・ETFE・PVDF) 

クリーン用途の“王道”と言えるのがフッ素樹脂系です。特に PFA や PTFE は、半導体のウェットプロセス、薬液配管、バルブ、継手、ディフューザー、ケミカルマニホールドなどで多数の実績があります。 

<特徴> 

  • 極めて低いアウトガス量(真空でも安定) 
  • 抽出イオン量が極めて低い(数ppbレベル) 
  • 高い耐薬品性(酸・アルカリ・有機溶剤にほぼ不活性) 
  • 吸水率がほぼゼロで、汚染の移動が起こりにくい 

これらの特性から、薬液純度の維持が重要な工程で最有力となります。 

<注意点> 

  • 成形性が難しく、寸法精度は一般エンプラより劣る 
  • クリープ変形が大きく、機械強度は高くない 
  • 高価であり、構造部材としては限定的 
  • バリや収縮の管理が難しいため、金型設計の工夫が必須 

高純度薬液ラインを扱う企業の多くが、まずPFAを基準として材料比較を行う理由は、この圧倒的な低汚染性能にあります。 

PEEK/PPS 

フッ素樹脂ほどの低汚染性能は持たないものの、高温下でも低アウトガスを維持できる材料として、PEEKやPPSは極めて重要と位置付けられます。 

<特徴> 

  • 200℃以上の連続使用環境で安定(真空治具などで有効) 
  • 機械強度・寸法安定性が非常に高く、構造部材向け 
  • 摩耗性にも優れ、摺動部として使用可能 
  • ガラス繊維なしでも十分な剛性が得られる 

半導体装置の機構部品、真空治具、分析機の高温部など、耐熱+低汚染性+高強度が同時に求められる用途で活躍します。 

<注意点> 

  • 通常グレードでは金属イオン残渣が多く、純水抽出で溶出する 
  • GF(ガラス繊維)入りはイオン溶出が大幅に増えるため、基本的に不可 
  • 成形温度が高く、熱劣化がアウトガスの原因になることもある 

半導体・分析用途では、「高純度グレード(低イオン仕様)」が用意されているメーカーを選ぶことが重要です。 

COC/COP(環状オレフィン系樹脂) 

分析機器・医療機器の成形流路、マニホールド、光学セルなどで使用される、近年注目の材料です。 

<特徴> 

  • 超低吸水率(0.01%以下)でイオン移動がほぼ起こらない 
  • 抽出イオン量が低く、分析機器のブランク値を抑えやすい 
  • 成形性が良く、微細流路加工が可能 
  • 透明性が高く、光学セルや検出部に向いている 

薬液セル、マイクロ流路、HPLC部材、光学系など、多様な分析用途で採用されています。 

<注意点> 

  • 耐熱性は中程度(HDT 70〜130℃程度) 
  • 有機溶剤に弱いグレードがある 
  • 紫外線で劣化しやすいため、外装用途には不向き 

特に分析機器では、COC/COPは「PFAほどではないが、安定して低イオン」という評価で、用途に応じて最適化されています。 

サルフォン系エンプラ(PPSU・PES・PSU) 

耐熱・耐薬品・透明性をバランスよく備えた材料で、近年は半導体・医療・分析の三領域で利用が増えています。 

<特徴> 

  • 高温水蒸気・薬液に強い 
  • PPSUは特に耐熱性が高く、オートクレーブ可能 
  • 成形性・寸法安定性がよく、部品精度が出しやすい 
  • 透明性があり、流路観察しやすい(PES/PSU系) 

イオン溶出はフッ素樹脂やCOC/COPほど低くありませんが、高温の洗浄・滅菌を伴う環境で繰り返し使用できる利点があります。 

<注意点> 

  • 金属イオンの残渣が残る場合があるため、分析用途では評価が必須 
  • 薬液によっては白化・応力割れが発生する 
  • 純度に差のあるグレードが多い 

温度・薬液・耐久性のバランスから、「PFAでは強度不足だが、PEEKではオーバースペック」という領域を埋める材料として重宝されています。 

材料選定の“3軸フレーム” 

クリーン用途で材料を選ぶ際は、 
① 使用温度 
② 接触する薬液・純水 
③ 要求クリーン度(アウトガス/イオン溶出) 
の3軸で整理すると、選択肢が明確になります。 

要求特性 主な用途例 推奨材料 
高温 × 低アウトガス 真空治具、加熱部品 PEEK、PPS 
超低イオン × 高純度薬液 配管、継手、流路 PFA、PTFE、ETFE 
微細流路 × 分析用途 マニホールド、セル COC/COP、PPSU 
耐薬品 × 強度バランス ケミカル部品 PVDF、ETFE、PPSU 
透明 × 低イオン 光学セル COC/COP、PES 

このように、材料特性を要求仕様とマッピングすることで、過不足のない材料選定が可能になります。 

シリーズコラム第2回につづく 

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