エラストマー(TPE)の用途別材料選定と設計でのポイント
製品のソフト化や軽量化への要求が高まる中、ゴムの代替としてTPE(熱可塑性エラストマー)の採用が急速に進んでいます。しかし、TPEはベースとなるポリマーによって特性が大きく異なるため、単に「柔らかい材料」という認識で硬度だけで選定すると、市場での不具合に直結します。TPEは「用途が材質を決める」材料であり、使用環境と機能から逆算した選定が不可欠です。本コラムでは、射出成形における主要な用途であるグリップ、シール材、医療、工業部品の4つのカテゴリーに焦点を当て、最適なTPE材料の見極め方について、府中プラの視点から解説します。
TPEの用途分類と“要求特性の軸”の整理
TPEを選定する第一歩は、その部品が何のために使われるのかを明確に分類することです。用途が異なれば、優先すべき特性の順位が劇的に変わるからです。
TPEが使われる主な用途領域
グリップ・ハンドル用途
電動工具、家電製品、スポーツ用品、筆記具など、人の手が直接触れる部分がこれに該当します。
シール材・ガスケット用途
住宅設備、水回り製品、配管継手、防水ケースなど、水や空気の漏れを防ぐ機能部品です。
医療・介護製品用途
手術器具、呼吸器関連部品、介護用品、ウェアラブルデバイスなど、人体への安全性と衛生が求められる分野です。
産業用途
工場の搬送ローラー、機械の緩衝材、保護カバー、工業用ホースなど、物理的な耐久性が求められる部品群です。
用途ごとに異なる“要求性能の優先順位”
これらの用途分類によって、評価すべき物性の軸は変化します。グリップ用途では、物理的な強度よりも、感触の良さや外観の美しさが最優先されます。シール用途では、何よりも圧縮永久歪(へたりにくさ)と、使用環境への耐性が重要視されます。医療用途では、物性以前に生体適合性と滅菌耐性が絶対条件となります。そして産業用途では、触感や見た目は二の次で、耐摩耗性、耐油性、耐疲労性といったタフさが求められます。このように、用途によって見るべきポイントが全く異なるため、まずは開発中の製品がどのカテゴリーに属するかを定義することが、正しい材料選定のスタートラインとなります。
用途別:最適TPEの選定ガイド
ここでは、前述の4つの用途カテゴリーごとに、具体的な要求特性と、それを満たす最適な材料、そして設計・成形時の注意点について詳述します。
グリップ・ハンドル用途(家電・工具・医療器具・スポーツ用品)
用途例
電動ドリルの持ち手、ドライヤーやアイロンのハンドル、テニスラケットやゴルフクラブのグリップ、歯ブラシのハンドル部分などが挙げられます。
要求特性
ユーザーが製品を使用した瞬間に感じる心地よい触感が品質を決定づけます。具体的には、適度なクッション性と、汗をかいても滑りにくい摩擦特性、そしてベタつきのないサラッとした肌触りです。また、外観部品としての側面も強いため、色調の鮮やかさや、ウェルドラインの目立ちにくさも重要です。さらに、長期間使用しても手垢や皮脂、ハンドクリームなどで変質しない耐薬品性も求められます。
推奨TPE
最も推奨されるのはTPS(スチレン系・特にSEBS)です。ゴム特有の臭いが少なく、ゴムライクな柔軟性とサラッとした触感を両立できます。着色性も非常に良く、鮮やかなパステルカラーから深みのある色まで自由に表現可能です。耐候性に優れるSEBS系を選定すれば、屋外使用のスポーツ用品にも対応できます。
次点でTPU(ウレタン系)が挙げられます。プロ用の電動工具など、ラフに扱われる製品で、落下衝撃やコンクリート面との摩擦に耐える必要がある場合に適しています。TPSより硬めの感触になりますが、表面が削れにくく、長期間美しい外観を維持できます。
設計・成形時の注意点
グリップ感を向上させるために肉厚を極端に厚く設計すると、冷却時間が長くなり、表面にヒケやボイドが発生しやすくなります。また、厚肉部は樹脂内部の熱が抜けにくいため、表面に添加剤がブリードアウトし、不快なベタつきの原因となることがあります。設計上の工夫として、金型表面にシボ加工を施すことが非常に有効です。シボの凹凸により、触感がソフトになり、滑り止め効果が増すとともに、成形時のフローマークやヒケを目立ちにくくする効果もあります。TPSは流動性が非常に高いため、金型の合わせ面の精度が甘いと、微細なバリが発生しやすくなります。人の手が触れる部分でのバリは重大な品質不良となるため、金型精度と成形条件の管理が重要です。
シール材・ガスケット(住宅設備・配管・水回り)
用途例
風呂・キッチンの配管パッキン、防水コネクタのOリング、浄水器の止水ゴム、食洗機のドアガスケットなどが該当します。
要求特性
シール材にとって最も重要な特性は圧縮永久歪です。これは、一定時間圧縮された後に、荷重を取り除いたときどれだけ元の厚みに戻るかを示す指標です。この数値が小さいほどへたりにくいことを意味し、長期的な止水性能を維持できます。また、水、熱湯、塩素系漂白剤、洗剤などに常時接触する環境で使用されるため、加水分解や薬品による膨潤・劣化が起きないことが必須条件です。
推奨TPE
高温環境下や高い信頼性が求められる場合はTPEE(ポリエステル系)が最適です。ゴム弾性に優れ、特に高温域での圧縮永久歪が小さいため、信頼性の高いシール材として機能します。耐熱性が高く、熱湯がかかる環境でも物性が低下しにくい強みがあります。
常温付近での止水用途やコストを重視する場合はTPS(スチレン系)が適しています。低温環境でも柔軟性を失わないため、寒冷地で使用される住宅設備などではTPEEよりも有利な場合があります。ただし、高温でのヘタリには注意が必要です。
設計・成形時の注意点
シール材の設計では、応力が一点に集中しない形状にすることが重要です。角のある形状ではなく、丸みを帯びた形状にすることで、均一にシール圧がかかるようにします。成形においては、冷却ムラが寸法精度や変形に直結します。円形のパッキンが楕円に変形してしまうとシール機能を果たせません。均一な冷却ができる金型構造が必要です。特にTPEEは結晶性樹脂に近い挙動を示すため、成形収縮率が大きく、かつ流れ方向と直角方向で収縮差が出やすい材料です。事前の流動解析や試作による金型寸法の補正が不可欠です。
医療・介護用途(衛生性・安全性が最優先)
用途例
手術器具の滑り止めグリップ、酸素マスクや人工呼吸器のフェイスシール、シリンジのガスケット、車椅子のクッション材、ウェアラブル端末のバンドなどがあります。
要求特性
何よりも安全性が最優先です。ISO 10993などの生体適合性試験に合格していること、皮膚刺激性がないこと、可塑剤やモノマーの溶出がないことが求められます。また、製品のライフサイクルに応じて滅菌耐性が必要です。オートクレーブ(高温高圧蒸気滅菌)、EOG(エチレンオキサイドガス)、ガンマ線滅菌など、どの滅菌方法が採用されるかによって、耐えうる材料が限定されます。さらに、消毒用アルコールや次亜塩素酸ナトリウムでの頻繁な清拭に耐える耐薬品性も必要です。
推奨TPE
肌への接触が優しく、安全性が高いため、マスクやウェアラブル機器の肌接触部にはTPS(医療グレード)が最適です。多くの医療グレードが展開されており、採用実績も豊富です。薬品による劣化が少ないため、繰り返しの消毒が必要な部品にはTPU(医療グレード)が適しています。引裂強度が強いため、薄膜部品でも破れにくいです。オートクレーブ滅菌のような、121℃以上の高温環境に繰り返しさらされるリユース部品では、高い耐熱性を持つTPEEが選ばれます。
設計・成形時の注意点
医療用途では異物混入は許されません。成形機や周辺設備の清掃管理、クリーンな環境での成形が求められます。TPUを使用する場合、吸湿による加水分解を防ぐための予備乾燥が極めて重要です。水分を含んだまま成形すると、発泡による外観不良だけでなく、物性が低下して使用中に破損するリスクがあります。また、医療グレードのTPEは一般グレードに比べて添加剤が制限されている場合があり、成形時の熱安定性が低いことがあります。滞留時間を短くする、低めの温度設定にするなどの条件調整が必要です。
工業用途(耐摩耗・耐薬品・耐久性が必要なケース)
用途例
物流ラインの搬送ローラー、自動機の緩衝材(ストッパー)、油圧ホースの保護カバー、キャスターのタイヤ、工業用パッキンなどがあります。
要求特性
壊れないこと、長持ちすることが求められます。コンクリートや金属と擦れ合う耐摩耗性、機械油や切削液、グリスが付着しても劣化しない耐油性・耐薬品性、そして繰り返しの圧縮や曲げに耐える耐疲労性が必要です。
推奨TPE
耐摩耗性の王者と言える材料がTPU(ウレタン系)です。工業用途では最も信頼性が高く、ゴムや他の樹脂と比較しても圧倒的に削れにくく、油類に対しても優れた耐性を示します。キャスターやローラー、保護カバーにはTPUが最適です。
高荷重がかかる部品や、摩擦熱が発生する環境、あるいは金属部品の代替として剛性が必要な場合はTPEE(ポリエステル系)が適しています。曲げ疲労特性に優れているため、屈曲を繰り返す蛇腹形状のブーツなどにも使用されます。
設計・成形時の注意点
TPUは、成形前の乾燥管理が品質の全てを握ると言っても過言ではありません。乾燥不足による物性低下は、見た目では分かりにくい場合もあり、市場での早期破損につながります。徹底した水分管理が必要です。TPEEは、肉厚製品において冷却時間が長くかかります。冷却不足で取り出すと、変形や内部ボイドの原因となります。また、剛性が高いため、無理なアンダーカット形状は製品や金型を破損させるリスクがあります。工業部品では、想定される荷重や衝撃を設計段階で見積もり、TPEの弾性限度を超えない形状設計を行うことが重要です。
用途 × 材料のマッピング
これまでの内容を総括し、用途から材料を導き出すための指針を整理します。
用途別の最適TPEまとめ
グリップや触感重視の場合は、第一選択がTPS(SEBS系)です。最高の触感とデザイン性、コストバランスが得られます。より高耐久なプロ仕様を求める場合はTPUを選定します。
シール材や止水重視の場合は、高温・高信頼性が必要ならTPEEが有力です。優れた反発弾性と耐熱性でヘタリを防ぎます。汎用的な低温域やコスト重視ならTPSを選びます。
医療や安全性重視の場合は、肌接触や使い捨て用途ならTPS(医療グレード)、耐久性や耐薬性、リユースが必要ならTPUまたはTPEEを選定します。
工業や耐久性重視の場合は、耐摩耗性や耐油性が必要ならTPU、高荷重や耐熱性が必要ならTPEEを選択します。
選定の基準軸
材料を選ぶ際は、以下の優先順位で絞り込みを行います。
第一に耐熱性です。使用温度が80℃を超える場合はTPEEが有力候補となります。
第二に耐薬品性・耐油性です。油や溶剤に触れる環境であればTPUかTPEEを選び、TPSは避けるべきです。
第三に耐摩耗性です。擦れる環境であればTPU一択となります。
第四に柔軟性・触感です。柔らかさと手触りが必要な場合はTPSを選びます。
第五に形状です。肉厚か薄肉かによって、ヒケやボイド対策、流動性の確認が必要となります。
TPE選定で発生しやすい“誤選定”パターン
TPEの選定において、設計者が陥りやすいミスとその対策を、実務的な視点から紹介します。
硬度だけで選んでしまう
最も多い失敗です。「硬度A70のゴムを使っていたから、TPEもA70で」と指定すると、期待とは全く違う物性の製品ができあがります。TPSのA70は柔らかく感じますが、TPEEのA70はプラスチックのように硬く感じます。硬度はあくまで目安とし、必ず材質(ベースポリマー)を指定してください。
TPSを使うべきところにTPUを選んでしまう(またはその逆)
「丈夫そうだから」という理由で、家電のソフトグリップにTPUを採用した結果、硬すぎて手触りが悪く、滑りやすいというクレームになることがあります。逆に、工場のローラーに「安いから」とTPSを採用し、すぐに摩耗してボロボロになるケースもあります。適材適所の原則を忘れないでください。
成形条件の違いを無視して材料を変更してしまう
試作段階で「TPSでは強度が足りないからTPUに変更しよう」となった場合、金型はそのままでも、成形条件や設備対応は大きく変わります。TPUには除湿乾燥機が必須であり、TPSよりも高い射出圧力が必要になる場合があります。材料変更は設備や工程にも影響を与えることを認識しておく必要があります。
TPEEの収縮を甘く見て寸法誤差が発生
TPEEは他のエラストマーに比べて成形収縮率が大きく、特に流動方向と直角方向で収縮率が異なります。TPS用に設計された金型でTPEEを成形すると、寸法が小さくなりすぎて嵌合できない、あるいは大きく反ってしまうというトラブルが頻発します。TPEEを採用する場合は、専用の金型設計が必要です。
まとめ
TPEは「ゴムの代わり」として一括りにされがちですが、実際には用途ごとに適した材料が完全に異なる、非常に奥深い材料群です。適切な材料を選定すれば、製品の付加価値を高め、ゴムでは実現できなかった生産性と機能性を両立させることができます。府中プラでは、長年にわたり多様な産業機器、医療機器、家電製品向けにTPE部品の成形を行ってきました。豊富な実績に基づき、お客様の製品用途や使用環境に最適なTPEグレードの選定から、軟質材料特有の金型設計、そして安定した量産成形まで、一貫した技術支援を提供いたします。どのエラストマーを使えばいいか分からない、ゴムからの置き換えを検討しているといった課題をお持ちの際は、ぜひ早い段階で府中プラへご相談ください。



