エラストマー(TPE)の射出成形でのポイントと不良対策の基礎知識
TPE(熱可塑性エラストマー)は、ゴムが持つ柔軟な弾性と、プラスチックが持つ射出成形による生産性を併せ持つ画期的な材料です。しかし、硬質プラスチック(ABSやPPなど)の成形に慣れた技術者や設計者であっても、TPEの成形には独特の難しさを感じることが少なくありません。その理由は、TPE特有の「極めて高い流動性」、「ゴム弾性による離型の難しさ」、「種類による吸湿性や熱安定性の違い」などが、成形プロセスに複雑な影響を与えるためです。本コラムでは、バリ、収縮、冷却、乾燥といった基礎的な要素を掘り下げ、軟質樹脂を安定して成形するための実務知識を府中プラの視点から解説します。
TPE射出成形の基本特性を理解する
TPEを成形する際、まず理解しなければならないのは、この材料が「溶融時は水のように流れやすく、固化するとゴムのように粘る」という二面性を持っていることです。この特性が、成形のメリットでもあり、最大のトラブル要因ともなります。
流動性が高く、バリが発生しやすい理由
TPE成形において最も頻発する不具合はバリです。これはTPEの溶融粘度が、一般的な硬質樹脂に比べて非常に低いことに起因します。溶融したTPEは、わずかな圧力で金型の微細な隙間に入り込む性質を持っています。硬質樹脂であれば流れないような、100分の数ミリ程度のPL(パーティングライン)や、突き出しピン(エジェクタピン)と穴のクリアランスであっても、TPEは容易に侵入し、それがバリとなって製品に付着します。
特に、流動性の良いTPS(スチレン系)や低硬度のグレードではこの傾向が顕著です。設計段階ではバリが発生しにくい形状を考慮する必要があり、金型製作段階では硬質樹脂以上に厳しい合わせ精度が求められます。
溶融温度と熱的安定性
TPEは種類によって適正な成形温度帯が大きく異なります。一般的に、TPS(スチレン系)やTPO(オレフィン系)は比較的低い温度(160℃〜200℃程度)で成形されますが、TPU(ウレタン系)やTPEE(ポリエステル系)はエンプラに近い高温(200℃〜240℃程度)を必要とします。ここで注意すべきは熱的安定性です。TPEはゴム成分を含んでいるため、熱履歴に対して敏感なものが多く存在します。設定温度が高すぎたり、シリンダー内での滞留時間が長くなったりすると、樹脂が熱分解を起こし、黄色く変色したり、物性が著しく低下したりします。特にTPSは過熱による劣化が早いため、プロセスウィンドウ(良品が取れる条件範囲)を見極める慎重さが求められます。
収縮と弾性の関係
硬質樹脂の成形において、収縮率はある程度一定の予測がつきますが、TPEの場合は肉厚や製品形状によって収縮率が大きく変動します。軟質材料であるTPEは、金型内で冷却されて固化する際、体積収縮に加えてゴム弾性による復元力のような挙動が働きます。特に肉厚部分は内部に熱を持ちやすく、冷却が遅れるため、表面と内部で収縮差が生じ、大きなヒケやボイド(気泡)、あるいは予期せぬ反りが発生します。
また、TPEE(ポリエステル系)は結晶性樹脂に近い挙動を示すため、他のTPEに比べて成形収縮率が大きく、かつ流動方向と直角方向で収縮率が異なる異方性を持っています。これにより、単純な形状であっても金型設計通りの寸法が出にくいという難しさがあります。
吸湿性(主にTPU)の取り扱い
TPEの中でもTPU(ウレタン系)やTPEEは吸湿性が非常に高い材料です。大気中の水分を吸いやすく、吸湿した状態で成形機に投入すると、シリンダー内で水分が沸騰し、加水分解を起こします。その結果、製品表面にシルバーストリークが発生したり、内部に気泡が生じたりするだけでなく、機械的強度が劇的に低下します。見た目はきれいに成形できていても、簡単に破断してしまうような製品になることもあります。したがって、これらの材料を使用する場合は、成形直前まで除湿乾燥機を用いて徹底的に乾燥させる管理体制が必須となります。
TPEに適した金型設計の考え方
TPEの成形品質の8割は金型で決まると言っても過言ではありません。流動性の良さと離型の難しさという相反する特性をコントロールするための設計思想が必要です。
金型合わせ面の精度
前述の通り、TPEはバリが発生しやすいため、金型の合わせ面(PL面)の精度は極めて重要です。硬質樹脂用の金型では許容されるような微細な隙間や段差も、TPEではバリの原因となります。そのため、金型の加工精度を高めることはもちろん、成形時の圧力で金型が開かないよう、十分な剛性を持たせた設計にする必要があります。
特に製品の肉厚が薄い部分や、複雑な形状の合わせ目では、金型製作時の「すり合わせ」作業を念入りに行い、隙間を極限までなくすことが高品質な成形の前提条件となります。
ゲート位置と樹脂流動のコントロール
流動性が高いTPEは、ゲートを通過した直後の樹脂の勢いが強く、金型内で噴流(ジェッティング)を起こしやすい傾向があります。これが製品表面に蛇行した模様(フローマーク)として残ることがあります。これを防ぐためには、ゲート位置を工夫し、樹脂が金型の壁やコアピンに一度当たってから広がるような構造にするか、ゲートサイズを適切に調整して流速をコントロールする必要があります。
また、TPEはウェルドラインの強度が弱くなりやすいため、力がかかる部分や外観重要面にウェルドが来ないよう、流動解析を用いてゲート位置を最適化することが重要です。
冷却設計と温度ムラ
弾性材料であるTPEは、金型内での冷却ムラが製品の変形に直結します。早く冷えた部分は早く固まって収縮が止まりますが、熱が残っている部分は収縮が続きます。この収縮差が製品を歪ませます。特にTPEは熱伝導率が低いため、肉厚部はなかなか冷えません。
金型設計においては、製品全体を均一に冷却できるよう、冷却回路の配置を工夫する必要があります。特に熱がこもりやすいコア側の冷却を強化することが、サイクルタイムの短縮と寸法精度の向上につながります。
離型性の確保
TPE成形の難所の一つが「離型)」です。ゴムのように柔らかいため、金型から押し出す際にエジェクタピンが製品にめり込んでしまったり、製品が座屈して変形してしまったりすることがあります。また、金型表面に密着して張り付くこともあります。
対策として、抜き勾配を硬質樹脂よりも大きめに設定することが基本です。さらに、突き出し面積を確保するために太いピンを使用したりします。
また、製品と金型との間に空気を送り込んで張り付きを解消する「エアー突き出し」を併用することも、軟質部品の変形を防ぐ有効な手段です。
成形条件設定の基本指針
金型が完成しても、成形条件が適切でなければ良品は得られません。TPE特有の挙動に合わせた条件設定の勘所を解説します。
樹脂温度とシリンダー滞留
樹脂温度の設定は、メーカー推奨範囲の中で、可能な限り低めに設定することからスタートするのが基本です。温度を上げれば流動性は良くなりますが、同時にバリのリスクが高まり、ガス発生による焼けや材料劣化の懸念も増大します。
また、成形機のサイズ選定も重要です。製品重量に対して成形機の容量が大きすぎると、シリンダー内で樹脂が長時間熱にさらされる「滞留」が発生し、材料が劣化します。TPEは熱履歴に弱いため、適正なショットサイズの成形機を選定し、滞留時間を最小限に抑える配慮が必要です。
射出速度の考え方
TPEは流動性が高いため、高速で射出すると金型の隅々まで充填しやすい反面、せん断発熱によるガス焼けや、バリの発生を招きます。逆に遅すぎると、フローマークや充填不足(ショートショット)が発生します。基本的には、ゲート通過時はやや遅くしてジェッティングを防ぎ、その後は速度を上げて充填し、最後は減速してバリを防ぐという「多段制御」を行うのが一般的です。製品形状やゲート方式に合わせて、最適な速度プロファイルを見つけることが重要です。
保圧と充填のコントロール
硬質樹脂ではヒケを防ぐために高い保圧をかけますが、TPEの場合、過剰な保圧は製品をパンパンに膨らませてしまい、離型不良や寸法過多の原因となります。また、柔らかいためにゲートシールまでの時間が長く、保圧時間が長くなりがちです。
TPEの成形では、充填(射出)段階で製品の95%〜98%程度まで形を作り、残りを低めの保圧で整えるというイメージで設定することが多いです。バリを出さずにヒケを抑える、絶妙な圧力バランスが求められます。
冷却時間の最適化
TPEは金型内で完全に冷却させないと、取り出し後に変形したり、後収縮で寸法が縮んだりします。特に肉厚製品の場合、表面は固まっていても内部はまだ溶融状態ということがあり、取り出し後に内側からの熱で再溶融し、変形することがあります。生産性を上げるために冷却時間を短くしたいところですが、TPEに関しては「十分に冷やす」ことが品質安定の鍵です。金型温度調節機を用いて効率的に熱を奪い、製品が変形しない硬さになるまで金型内に留めておく必要があります。
品質不良とその対策
ここでは、TPE成形で実際によく遭遇する不良現象と、その具体的な対策について整理します。
バリ
TPE成形で最も多いトラブルです。製品の縁やPL面に薄い膜状の樹脂がはみ出します。
原因としては、樹脂温度や射出圧力が高すぎて流動性が良すぎる場合や、金型の型締力が不足している場合、あるいは金型自体の精度不足(合わせ面の隙間)が考えられます。
対策としては、まず成形条件で射出圧力と保圧を下げる、射出速度を落とす、樹脂温度を下げるなどの調整を行います。それでも直らない場合は、成形機の型締力を上げるか、金型を修正して合わせ面を調整します。
フローマーク・表面ムラ
ゲート付近を中心に、レコード盤のような縞模様や、曇ったようなムラが発生する現象です。主な原因は、樹脂温度や金型温度が低すぎて樹脂がスムーズに流れていないことや、射出速度が不適切なことです。対策としては、金型温度を上げて樹脂の固化を遅らせる、射出速度を調整する(一般的には速くするが、ジェッティングの場合は遅くする)、ノズル温度を上げるなどが有効です。また、ゲート位置を変更して樹脂の流れ方を変えることも根本的な解決策となります。
気泡・白化(主にTPU)
製品内部に空洞ができたり、表面に銀色の筋が出たりする現象です。TPUの場合、最大の原因は乾燥不足による水分の影響です。水分がガス化して発泡しています。対策は、除湿乾燥機の設定温度と時間を見直し、徹底的に乾燥させることです。また、乾燥していても発生する場合は、巻き込み空気やガスが原因の可能性があるため、射出速度を落とす、背圧を上げて可塑化中にガスを抜くなどの調整を行います。
変形・後収縮
成形品が反ったり、ねじれたり、想定よりも小さく縮んだりする現象です。
原因は、冷却不足による取り出し後の変形や、冷却ムラによる内部応力の残留、あるいはTPEEなどの結晶性による収縮率の見込み違いです。対策としては、冷却時間を長くする、金型温度を下げて均一にする、保圧時間を延ばして収縮分を補填するなどが挙げられます。金型設計レベルでの対策としては、肉厚を均一にする、リブを入れて剛性を上げるなどが有効です。
TPEの材料変更時に起こりやすいトラブル
TPEは種類が多く、同じ「エラストマー」という名称でも特性が全く異なるため、材料変更には大きなリスクが伴います。
同じ硬度でも物性が大きく違う問題
「現在の材料が入手困難になったので、同じ硬度A60の別メーカー品に変えたい」というケースはよくあります。しかし、硬度が同じでも、ベース樹脂や配合が異なれば、流動性(MFR)、収縮率、弾性率、引裂強度などが異なります。そのまま金型と条件を流用して成形すると、バリだらけになったり、ショートしたり、寸法が入らなかったりといったトラブルが頻発します。材料変更の際は、必ず物性表を詳細に比較し、試作を行って条件を再設定する必要があります。
TPSからTPU、TPUからTPEEへの変更時の落とし穴
ベース樹脂が異なる変更(例:スチレン系からウレタン系へ)を行う場合、金型の流用はほぼ不可能です。TPSは収縮率が小さく低温成形ですが、TPUは乾燥が必要で成形温度が高く、バリが出やすいです。TPEEは収縮率が大きく高温成形が必要です。
これらの違いにより、TPS用の金型でTPEEを成形すると、製品が小さくなりすぎて寸法公差から外れるだけでなく、離型できずに金型破損を招く恐れもあります。材質変更を伴う場合は、金型の改造や新造が必要になるケースが多いことを認識しておくべきです。
色ムラ・外観不良
TPEには透明、半透明、不透明(白・黒)などのグレードがあります。例えば、透明なTPSから不透明なTPSへ変更する場合、着色剤の配合比率を変えないと、発色が全く異なるものになります。また、ベース樹脂自体が持つ色味(黄色みなど)の違いも、淡い色に着色する際には影響します。外観部品における材料変更では、必ず限度見本を作成して色調確認を行うプロセスが不可欠です。
まとめ
TPEの射出成形は、硬質樹脂の成形技術をベースにしつつも、軟質材料特有の「流動性」「弾性」「熱的特性」を深く理解し、それに対応した金型設計と成形条件の最適化を行うことで初めて安定します。
「バリが出るのは仕方がない」、「寸法がばらつくのはエラストマーだから」と諦めるのではなく、金型精度を高め、乾燥や温度管理を徹底することで、精密かつ高品質な製品を製造することは十分に可能です。
府中プラでは、長年にわたり多様なTPE材料を用いた射出成形に携わり、数多くのトラブルシューティングを経験してきました。材料選定の段階から、バリや変形を抑制する金型設計の提案、そして量産時の安定成形まで、実務に基づいた確かな技術でサポートいたします。TPE部品の立ち上げや品質改善でお困りの際は、ぜひ府中プラへご相談ください。レードの選定から、軟質材特有の金型設計、そして量産成形まで、一貫してサポートいたします。軟質部品の開発でお困りの際は、ぜひ府中プラへご相談ください。



