技術解説

PVC(ポリ塩化ビニル)の特性と設計・射出成形でのポイント

PVC(ポリ塩化ビニル)の特性と設計・射出成形でのポイント

PVC(ポリ塩化ビニル:塩ビ)は、五大汎用プラスチックの一つであり、古くからパイプや建材、電線被覆などに広く利用されてきた馴染み深い材料です。優れた難燃性、耐薬品性、電気絶縁性を持ちながら、安価であるという大きなメリットを持っています。 
しかし、射出成形という加工法においては、熱安定性の低さや腐食性ガスの発生といった材料特有の厄介な課題があり、PE(ポリエチレン)やPP(ポリプロピレン)のように「誰でも簡単に成形できる材料」ではありません。 
コラムでは、射出成形用途に限定して、PVCの特性、実務的な使いどころ、そして成形上のシビアな注意点について、府中プラの視点から詳しく整理・解説します。

PVC の種類と基本特性 

硬質PVCと軟質PVCの違い(射出は硬質が中心) 

PVCには、可塑剤を添加して柔軟にした「軟質PVC」と、可塑剤をほとんど含まない「硬質PVC」の2種類が存在します。一般的に目にするホースや電線被覆、シートなどは軟質PVCであり、これらは主に押出成形やカレンダー加工で作られます。 
一方、射出成形で主に使用されるのは「硬質PVC」です。硬質PVCは高い剛性を持ち、継手(つぎて)やバルブ、機器の筐体などの構造部品として利用されます。軟質PVCの射出成形も存在しますが、ゲートカットの難しさや用途の限定性から、射出成形分野においては硬質PVCが主役となります。したがって、本コラムでは主に硬質PVCについて記述します。 

塩素含有による難燃性と耐薬品性 

PVCの最大の特徴は、分子構造中に塩素原子(Cl)を含んでいることです。この塩素の存在により、添加剤を加えなくても「自己消火性」という優れた難燃性を発揮します。火源を離すと自然に火が消えるこの性質は、電気・電子機器や建材用途において極めて重要です。また、塩素原子は化学的な安定性にも寄与しており、酸やアルカリ、塩類などの無機薬品に対して非常に強い耐性を持ちます。 
しかし、この塩素は同時に弱点でもあります。熱や紫外線を受けると脱塩酸反応を起こしやすく、これがPVCの熱安定性の低さ(劣化しやすさ)の原因となります。 

射出成形用PVCの位置付け 

射出成形の現場において、PVCは「代替が難しいニッチな材料」という位置付けです。難燃性、耐薬品性、そして低コストを同時に満たす材料は他になかなか見当たりません。例えば、難燃性を持たせたABSやPPはコストが上がりますし、耐薬品性だけならPPが良いですが難燃性が劣ります。 
その反面、成形加工温度の許容範囲(プロセスウィンドウ)が極めて狭く、金型腐食のリスクもあるため、成形難易度は高い部類に入ります。安易に選定すると量産時に苦労するため、特性を深く理解して採用する必要があります。 

機械特性と設計上の注意点 

剛性・硬度が高く寸法安定性良好 

硬質PVCは、汎用プラスチックの中ではトップクラスの弾性率(剛性)を持っています。常温では非常に硬く、しっかりとした質感があります。また、非晶性樹脂に近い挙動を示すため、成形収縮率が0.2%〜0.6%程度と小さく、寸法安定性に優れています。ヒケや反りも比較的抑えやすいため、勘合精度が求められるケース類やカバー類の外観部品においても、高い寸法精度を実現しやすい材料です。 c

衝撃性は低く脆性破壊リスク 

高い剛性を持つ一方で、耐衝撃性に関してはABS樹脂やPC(ポリカーボネート)に劣ります。特に低温環境下や、鋭利な切欠き(ノッチ)がある形状では、衝撃に対して脆くなりやすく、落下時に割れる「脆性破壊」のリスクがあります。 
設計時には、コーナー部に十分なRを設けて応力集中を防ぐこと、また肉厚を極端に薄くしすぎないことが重要です。耐衝撃性を向上させたグレードもありますが、基本的には「衝撃には強くない」という認識で設計する必要があります。 

長期荷重には弱くクリープに注意 

PVCは常温での強度は高いですが、長時間一定の荷重がかかり続けると徐々に変形する「クリープ現象」には注意が必要です。特に温度が上がると剛性が低下しやすいため、高温環境下でバネ圧がかかる部品や、常に強い力がかかるスナップフィット、タッピンねじのボス部分などでは、経時変化による割れや緩みが発生する可能性があります。治具や構造部品として使用する場合は、許容応力を低めに見積もるなどの配慮が必要です。 

耐薬品性・耐環境性 

水系薬品への高い耐性 

PVCは、塩酸、硫酸、硝酸といった強酸や、水酸化ナトリウムなどの強アルカリ、さらには各種塩類水溶液に対して、汎用プラスチックの中で最も優れた耐性を持つ材料の一つです。吸水率も低いため、水処理機器のバルブ、ポンプ部品、薬液タンクの配管継手、分析機器のトレイなど、水や薬品に常時接触する部品でその真価を発揮します。金属では腐食してしまう環境でも、PVCならば長期使用に耐えうることが多いです。 

有機溶剤には弱い 

無機薬品には無類の強さを誇りますが、有機溶剤に対しては弱点があります。 
特に、アセトンやMEKなどのケトン類、酢酸エチルなどのエステル類、トルエンなどの芳香族炭化水素には容易に膨潤・溶解します。これらの溶剤が付着すると、表面が軟化したり、応力腐食割れ(ストレスクラッキング)を引き起こしたりします。 
したがって、塗装や接着剤の使用には制限があり、洗浄工程での溶剤選定にも注意が必要です。 

紫外線・屋外用途は添加剤次第 

PVC単体では、紫外線によって分子鎖の切断(脱塩酸)が進み、変色(黄変・黒化)や強度の低下が起こります。そのため、何も対策をしていないグレードは屋外用途には不向きです。しかし、適切な安定剤や紫外線吸収剤を配合した「耐候性グレード」であれば、建材(雨樋やサッシ)で使われているように、屋外でも長期間の使用が可能になります。屋外で使用する部品の場合は、必ず耐候処方が施されたグレードを選定する必要があります。 

熱的特性と射出成形への影響 

熱分解しやすく温度幅が狭い 

射出成形においてPVCが最も難しいとされる理由は、その「熱安定性の低さ」にあります。多くの樹脂は温度を上げれば流動性が良くなりますが、PVCの場合、設定温度を上げすぎるとすぐに熱分解が始まります。分解すると塩化水素(HCl)ガスが発生し、樹脂自体が黄変・炭化するだけでなく、金型や成形機を腐食させます。 
成形加工温度と分解温度が非常に近接しており、成形可能な温度範囲が極めて狭いです。わずかな温度オーバーや、シリンダ内での滞留時間の延長が、致命的な不良につながります。 

耐熱性は中程度(HDT 70〜90℃) 

硬質PVCの荷重たわみ温度(HDT)は、グレードによりますが概ね60℃〜80℃程度です。汎用樹脂としては標準的ですが、決して耐熱性が高いわけではありません。70℃を超えるような環境では軟化が進み、変形のリスクが高まります。熱湯がかかる用途や、発熱するモーター周辺の部品などには不向きです。耐熱性が不足する場合は、耐熱性PVCグレードを検討するか、他のエンプラへの変更が必要です。 

滞留管理の重要性 

前述の通り、PVCは熱履歴に敏感です。成形機のシリンダ内で溶融状態のまま長時間滞留すると、設定温度が適正であっても熱分解が進行します。したがって、成形機のサイズ選定(ショット容量に対する製品重量の比率)が極めて重要です。小さすぎる製品を大きな成形機で成形すると、滞留時間が長くなり、焦げや黒点が発生します。また、成形中断時には速やかにパージ(排出)を行い、温度を下げるか、他材料に置換するなどの厳格な管理が求められます。 

射出成形性と金型設計のポイント 

流動性は良好だが温度条件がシビア 

硬質PVCは、適切な温度域であれば比較的良好な流動性を示します。しかし、流動性を上げようとして安易に樹脂温度を上げたり、射出速度を速くしすぎたりすることは危険です。高速射出による「せん断発熱」だけで樹脂が局所的に分解温度に達し、「ガス焼け」や「焦げ」を引き起こすことがあります。 
スクリュー形状も重要で、PVC専用の低圧縮比スクリューや、耐腐食コーティングされたスクリューの使用が推奨されます。 

ガス抜き(ベント)と金型腐食対策 

成形中に微量でも発生する腐食性ガス(HCl)は、金型を錆びさせ、寿命を著しく縮めます。金型鋼材には、通常の炭素鋼ではなく、耐食性に優れたステンレス鋼(STAVAXなど)を使用するか、硬質クロムメッキやニッケルメッキ処理を施すことが必須です。 
また、ガスを金型外へスムーズに排出するための「ガスベント(ガス抜き)」の設置も重要です。ガスが型内に留まると、製品のショートショットやガス焼けの原因となるだけでなく、その部分から金型腐食が進行します。 

射出特有の不良対策(焦げ・黒点・ガス焼け) 

PVC成形で最も多い不良は、熱分解に由来する「焦げ(変色)」や「黒点」です。これを防ぐには、前述の滞留防止に加え、ゲート位置やランナー設計の最適化が必要です。樹脂がスムーズに流れ、淀みが発生しないような流路設計が求められます。 
また、スプルーやランナーを太めに設計し、圧力損失を減らすことで、無理な高圧・高速充填を避ける工夫も有効です。成形条件の設定においては、「低めの温度、低めの回転数、適切な背圧」で、樹脂に過度な熱とせん断を与えないことが基本となります。 

射出成形での用途 

分析機器・計測機器の筐体・ケース 

優れた耐薬品性と難燃性、そして良好な寸法安定性を活かし、実験室や工場で使用されるpH計、導電率計などのハンディ計測器のケースに採用されます。薬品がかかっても劣化せず、電子部品を保護する難燃性があるため、最適な材料選定と言えます。 

治具・ホルダー類(軽負荷) 

メッキ工場や半導体製造ラインなど、酸やアルカリを使用する工程での搬送用トレイ、治具、基板ホルダーなどに使用されます。金属では腐食してしまう環境下で、PVCの高い耐薬品性が役立ちます。ただし、高温槽に浸漬する場合は耐熱温度の確認が必要です。 

水処理・環境機器の内部部品 

浄水器や排水処理装置の内部で使用される継手、ストレーナー(フィルター枠)、バルブボディなどに使用されます。水に対して腐食せず、かつ長期間水没していても寸法変化や物性低下が少ないため、水関連機器では定番の材料です。 

上位材料への置換判断基準 

耐熱性が不足する場合 

使用環境温度が高く、PVCでは変形してしまう場合は、PBT(ポリブチレンテレフタレート)やPA(ポリアミド/ナイロン)への変更を検討します。特にPBTは耐薬品性も良好で、電気特性にも優れるため、電気部品や筐体での有力な代替候補となります。 

衝撃性が不足する場合 

PVCの脆さが問題となる場合、例えば落下衝撃に耐える必要があるハンディターミナルなどでは、ABS樹脂やPC(ポリカーボネート)、あるいはPC/ABSアロイへの置換を行います。ただし、これらの材料に変更すると耐薬品性(特に溶剤耐性)が低下する場合があるため、使用環境との兼ね合いで判断します。難燃性が必要な場合は、難燃グレードを選定する必要があります。 

成形難易度(歩留まり)が課題の場合 

PVCは成形時のガス発生や焦げにより、歩留まりが悪化しやすい材料です。コストダウンや生産安定性を目的として代替する場合は、PP(ポリプロピレン)や難燃ABSを検討します。PPは耐薬品性に優れ、安価で成形しやすいですが、剛性や難燃性(難燃剤添加が必要)で劣る場合があります。 
高い寸法精度と耐薬品性の両方が必須であれば、POM(ポリアセタール)も候補になりますが、POMも成形難易度がやや高く、コストが上がります。 

まとめ 

PVCは、独自の分子構造により、優れた難燃性、卓越した耐薬品性、そして低コストを併せ持つ、特定の用途においては極めて有用な材料です。分析機器や水処理関連の部品では、代替困難な重要な地位を占めています。しかし、射出成形においては「熱安定性の低さ」と「腐食性ガスの発生」という大きな課題があり、適切な金型仕様の選定、シビアな温度管理、そして滞留を防ぐ運用ノウハウが不可欠です。
府中プラでは、PVCの特性を熟知し、専用の成形環境と金型技術を駆使して、安定した品質の射出成形品を提供しています。耐薬品性や難燃性が必要な製品開発において、PVCの採用を検討されている場合、あるいはPVC成形のトラブルでお困りの場合は、ぜひ府中プラへご相談ください。材料選定から量産まで、実務に即した最適なソリューションを提供いたします。 

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