日本の化学物質規制(化審法・化管法)の基礎と射出成形メーカーの実務ポイント
シリーズコラム第5回
製造業における化学物質管理と聞くと、欧州のREACH規則やRoHS指令といったグローバル規制に目が向きがちです。しかし、日本国内で事業を営む以上、国内法への適合はコンプライアンスの基本です。特に「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」と「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(化管法/PRTR法)」は、製造現場の実務に深く関わっています。
これらは単に化学メーカーが守るべき法律ではありません。私たち成形メーカーにとっても、材料選定や工程管理、そしてお客様への情報提供において無視できない要件となっています。
筆者は前職において、欧州市場向け機器製品の化学物質管理体制の構築に加え、国内法(化審法・安衛法・消防法など)への対応を含む全社的な管理システムの導入を主導しました。その経験から、国内規制と国際規制は別物ではなく、相互に関連し合っていることを理解しています。
本コラムでは、日本の主要規制である化審法と化管法について、射出成形メーカーの視点から整理し、お客様の部品調達やリスク管理にどうつながるかを解説します。
化審法(Chemical Substances Control Law:CSCL)の基礎
化審法は、化学物質による環境汚染を防止し、人の健康や生態系への被害を防ぐことを目的とした法律です。成形メーカー自身が国へ新規化学物質の届け出を行うケースは稀ですが、「材料選定」と「顧客調査」の局面で正確な理解が求められます。
化審法の目的と構造
化審法は、化学物質をその性状(分解性・蓄積性・毒性)に応じて分類し、製造・輸入・使用を管理する仕組みです。
大枠として、以下の分類を理解しておく必要があります。
- 第一種特定化学物質: 難分解性、高蓄積性、長期毒性を持つ物質です。POPs条約の対象物質とほぼ連動しており、原則として製造・輸入・使用が禁止されています(例:一部のPFAS、過去の難燃剤など)。
- 第二種特定化学物質: 毒性はあるものの蓄積性は低い物質です。製造・輸入予定数量の届け出が必要で、技術上の指針に従う義務があります。
- 監視化学物質: 難分解性・高蓄積性がある疑いのある物質です。環境残留リスクがあるため監視対象となります。
- 新規化学物質: 新たに製造・輸入される物質で、事前の審査が必要です。
射出成形の分野では、ポリマーそのものよりも、そこに添加される難燃剤、可塑剤、安定剤などの添加剤が、これらの規制区分に該当する可能性があります。
成形メーカーが押さえるべき化審法の観点
基本的な届け出や輸入通関時の対応は材料メーカーや商社が担いますが、だからといって成形メーカーが“知らなくてよい”わけではありません。成形メーカーにも、次のような確認責任が生じます。第一に、使用する材料に「第一種特定化学物質」が含まれていないことの確認です。これは事実上の使用禁止確認です。第二に、「第二種特定化学物質」の使用量把握です。大量に使用する場合や、特定の用途で使用する場合に管理が求められることがあります。第三に、開発品などで「新規化学物質」を含む材料を採用する場合のリスク判断です。登録が完了していない物質を使用することはコンプライアンス違反になるため、材料メーカーへの確認が必須です。特に着色剤(マスターバッチ)や特殊な機能性添加剤は、成分が複雑であり、化審法上の分類を厳密に確認する必要があります。
お客様の調達基準との関係
多くのお客様(セットメーカー)は、グリーン調達基準書において「化審法第一種特定化学物質」を「使用禁止物質」ランクに指定しています。これは法令順守の観点から当然の措置です。また、医療機器、インフラ設備、EV関連などの一部のお客様では、「第二種特定化学物質」や「監視化学物質」についても、含有の有無や含有量の申告を求められるケースがあります。
成形メーカーは、材料メーカーからSDS(安全データシート)やchemSHERPAを入手し、該当する化学物質の化審法上のステータスを確認した上で、お客様へ正確に回答する役割を担います。
化管法(PRTR法)の基礎
化管法(特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律)は、一般にPRTR法とも呼ばれます。これは「製品に含まれる物質」だけでなく、「製造工程で環境に排出される物質」も管理対象となるため、成形現場の工程管理に直結します。
化管法の目的とPRTR制度
PRTR(Pollutant Release and Transfer Register:化学物質排出移動量届出制度)は、有害性のある化学物質が、どこから、どれくらい環境(大気・水・土壌)へ排出されたか、あるいは廃棄物として移動したかを把握・集計・公表する仕組みです。
対象となる「第一種指定化学物質」は約470物質あり、年間取扱量が一定(通常1トン)以上などの条件を満たす事業者は、行政への排出量報告が義務付けられます。
射出成形メーカーの場合、単一物質での取扱量が報告義務の閾値を超えるケースは限られますが、洗浄剤、溶剤、接着剤、そして一部の添加剤が対象物質である可能性には常に注意が必要です。
成形工場で問題になりやすい領域
成形工場においてPRTR制度の対象となり得るのは、主に以下の物質群です。
- 洗浄剤: 金型洗浄や脱脂に使用するアルコール系・炭化水素系洗浄剤の中に、キシレンやトルエンなどの指定化学物質が含まれている場合があります。
- 表面処理溶剤: 塗装や印刷などの二次加工を行う場合、使用するインクや溶剤に含まれる有機溶剤が対象となることが一般的です。
- 添加剤: 難燃剤(アンチモン化合物など)や可塑剤(フタル酸エステル類など)、安定剤の一部が指定化学物質に該当します。
成形ライン単体では大気への排出などが少ないため、行政への報告義務までは発生しないことが多いですが、お客様からの調査票では「PRTR該非判定」や「含有量」を求められるため、法的な理解と物質の特定は必須です。
PRTR法が顧客要求に及ぼす影響
近年、企業の環境経営(ESG経営)への関心が高まり、お客様のグリーン調達基準に「PRTR指定化学物質の把握と削減」が含まれることが増えています。
特に大手電機メーカーや精密機器メーカーは、部品サプライヤーに対し、製品への含有有無だけでなく、「製造工程での使用有無」の確認を義務化する傾向にあります。
成形メーカーは、chemSHERPAやSDSに記載されたPRTR情報を読み解き、自社の工程で使用している副資材の情報と照らし合わせて回答する役割を担います。「報告義務がないから関係ない」ではなく、「管理対象物質として把握しているか」が問われます。
化審法・化管法が成形メーカーの実務に与える影響
これらの国内法は、具体的な実務においてどのようなアクションを求めているのでしょうか。
材料選定のチェックポイント
樹脂のベースポリマー(PPやABSなど)そのものは、化審法や化管法のリスクが比較的低い場合が多いですが、リスクの中心はやはり添加剤と着色剤です。
材料選定時には以下の項目を確認します。
- 化審法分類(第一種特定化学物質ではないか、監視化学物質が含まれていないか)
- PRTR該非(使用する添加剤が指定化学物質に該当するか)
- 材料メーカーの技術資料やSDSが最新の法改正に対応して更新されているか
また、再生材を使用する場合、由来となる廃プラスチックに、現在の化審法で禁止されている物質(過去の難燃剤など)が含まれているリスクがあるため、慎重な確認が必要です。
顧客調査票への対応
お客様からの化学物質調査依頼において、国内法関連でよくある質問は以下の通りです。
- 「化審法第一種特定化学物質を含有していないか?」
- 「化審法第二種特定化学物質を含有している場合、その物質名と含有量は?」
- 「PRTR第一種指定化学物質の含有量(含有率)は?」
これらに回答するためには、成形メーカー独自で分析するのではなく、材料メーカーから提供される情報を正確に統合し、お客様の指定フォーマット(chemSHERPA等)に合わせてデータを作成する能力が必要です。
工程における管理ポイント
成形工程においては、製品に含まれる物質だけでなく、プロセスで使用する化学品の管理も重要です。特に成形機のメンテナンスで使用するスプレーや洗浄剤については、PRTR対象物質を含まない代替品への切り替えを検討するなど、環境負荷低減の活動が求められます。また、塗装や印刷などの二次加工を協力会社へ外注している場合、協力会社での溶剤使用状況を把握し、サプライチェーン全体でのPRTR管理情報をお客様へ提供することが求められる場合もあります。
府中プラが提供する価値(国内規制対応)
府中プラでは、これら国内法に対しても確実なコンプライアンス体制を構築し、お客様に安心を提供しています。
JAMPガイドラインに基づく体系的管理
当社ではJAMPガイドラインに基づき、REACHやRoHSといった国際規制だけでなく、化審法・化管法の分類情報も管理文書体系の中に組み込んでいます。
入手した材料情報はデータベース化されており、お客様からの「化審法ステータス」や「PRTR該非」に関する問い合わせに対し、SDSやchemSHERPAデータを基に迅速かつ正確に回答できる体制を整えています。
顧客ごとの独自基準への柔軟な対応
法規制への適合は最低限のラインです。当社は、お客様ごとの独自基準を優先して管理します。例えば、「法的には使用可能な第二種特定化学物質だが、お客様の社内基準では使用禁止」というケースや、「PRTR対象物質の使用を全廃したい」というお客様の方針がある場合、それに合致した材料選定や工程設計を提案します。
法令OKだからといって安易に使用せず、お客様の管理方針に寄り添った対応を徹底します。
材料メーカーとの協働体制
各種仕入メーカーと定期的に情報交換を行い、化審法や化管法の改正情報についてコミュニケーションをしています。特にPRTR制度における指定化学物質の変更や、化審法における監視化学物質の指定状況など、最新の動向を材料メーカーと協力して確認することで、サプライチェーン全体の透明性を高め、お客様のリスクを最小化します。
まとめ
日本国内法である化審法と化管法は、成形メーカーにとって「材料選定」「顧客対応」「工程管理」に直結する重要な基盤です。これらは環境汚染防止という社会的な要請に応えるものであり、企業の社会的責任(CSR)そのものです。
欧州のREACH規則などの国際規制を押さえることはもちろん重要ですが、足元の国内規制を確実に理解し運用することで、初めて強固な化学物質管理体制が完成します。
府中プラは、体系的な管理体制と豊富な実務経験に基づき、国内法も含めた包括的な化学物質管理を実現しています。お客様の開発・調達リスクを低減するパートナーとして、引き続き信頼性の高い部品供給に努めます。




