国際化学物質規制の全体像 - POPs条約・TSCA・アジア規制と射出成形部品調達における実務ポイント -
シリーズコラム第4回
製造業における化学物質管理といえば、欧州のREACH規則やRoHS指令がまず想起されます。しかし、現代のサプライチェーンにおいては、これら以外にも国際的な条約や各国の独自規制が複雑に絡み合っており、その影響範囲は拡大の一途をたどっています。
これらは、日本国内で製造される部品であっても、最終製品がグローバル市場に流通する限り、決して無関係ではありません。顧客であるセットメーカーは、全世界の規制をクリアするために厳格な管理を求めています。
筆者は前職において、欧州市場向け電気電子機器製品の化学物質管理体制を構築し、全社的な導入を主導しました。その際、単一の規制だけでなく、主要な国際規制を体系的に理解し、実務に落とし込むことの重要性を痛感しました。現在、府中プラではこの経験に基づき、多様な規制要求に対応可能な管理体制を整備しています。
本コラムでは、REACH以外の主要な国際規制の全体像を整理し、それらが部品調達や材料選定にどのような影響を与えるか、そして府中プラがどのようにお客様のリスク低減に貢献するかについて解説します。
POPs条約の基礎と部品調達への影響
まず、国際的な枠組みとして最も強制力が強い「POPs条約」について解説します。
POPs条約の目的と位置づけ
POPs条約(残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約)は、環境中での残留性が高く、生体蓄積性があり、長距離を移動して地球規模で汚染を広げる物質(POPs:Persistent Organic Pollutants)の廃絶・制限を目的とした国際条約です。
REACH規則がある程度のリスク管理を前提としているのに対し、POPs条約は対象物質の「製造・使用・輸出入の原則禁止」を求めています。日本国内では「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」の第一種特定化学物質に指定されることで担保されており、事実上の全廃が求められる極めて厳しい規制です。
成形材料に関係する可能性のあるPOP物質
対象物質は農薬などが中心でしたが、近年では工業用化学物質の追加が相次いでいます。射出成形メーカーとして特に注視すべきは以下の物質群です。
- 特定の難燃剤: 過去に広く使用されていた臭素系難燃剤(デカブロモジフェニルエーテル:DecaBDEやヘキサブロモシクロドデカン:HBCDなど)が指定されています。これらは電気製品の筐体や断熱材に使用されていました。
- PFAS(有機フッ素化合物)の一部: PFOA(ペルフルオロオクタン酸)やPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)などが指定されており、これらは撥水剤や滑剤、難燃助剤などに関連する可能性があります。(※PFAS全体ではなく、条約指定されている特定物質のみが対象)
- 特定の添加剤: 紫外線吸収剤の一部(UV-328など)も監視対象となっています。
これらの物質が条約の附属書に掲載されると、加盟国は法的にその使用を禁止する義務を負います。
お客様の製品開発・材料選定に生じる注意点
POPs条約の対象物質に追加されると、代替材料への切り替えが必須となります。
ここで実務上の課題となるのが「過去の製品」や「再生材」の扱いです。新規に製造される材料については、材料メーカーが迅速に対応し、非含有グレードへの切り替えが進められます。しかし、市場から回収されたプラスチックをリサイクルする再生材(リターン材含む)を使用する場合、過去に製造された製品に含まれていたPOPs物質が混入するリスクが生じます。
お客様が環境配慮設計として再生材の採用を検討される際には、その由来や管理状況について十分な確認が必要です。当社では、材料メーカーと連携し、こうした規制リスクを踏まえた適切な材料選定を支援します。
米国 TSCA(Toxic Substances Control Act)の基礎
次に、世界最大の市場の一つである米国の規制です。
TSCAとREACHの構造的違い
TSCA(有害物質規制法)は、米国の化学物質管理の基本法です。2016年に大幅な改正(Lautenberg法)が行われ、EPA(環境保護庁)の権限が強化されました。
欧州のREACH規則が「企業による登録」をベースにしているのに対し、TSCAは「EPAによるリスク評価と命令」が中心となるアプローチをとります。特に重要なのは、EPAがリスクがあると判断した場合、即座に厳しい規制(製造禁止や含有禁止)を課すことができる点です。REACHのSVHCが「情報伝達」を主眼とするのに対し、TSCAの規制物質(特にPBT5物質など)は、成形品に含まれる場合でも「含有禁止」等の措置が取られることがあり、ビジネスへの直接的な影響力が大きいのが特徴です。
成形材料に影響する可能性のあるTSCA規制対象
TSCAにおいて成形メーカーが特に注意すべき事例として、2021年に規制が強化された「PBT5物質」があります。
この中には、プラスチックやゴムの難燃剤・可塑剤として使用されるPIP(3:1)(リン酸トリス(イソプロピルフェニル))が含まれていました。この物質は汎用性が高く、電子部品や配線材料、成形品の添加剤として広く流通していたため、サプライチェーンに大きな混乱をもたらしました。
このように、特定の機能性添加剤がTSCAの規制対象となることで、北米向け製品に使用できない事態が発生します。また、現在議論されているPFASに関する報告義務なども、TSCAの枠組みの中で進められています。
北米向けサプライチェーンにおける注意点
最終製品が北米へ輸出される場合、お客様から「TSCA PBT5物質不使用」などの適合証明を求められるケースが増えています。
これに対応するためには、使用している材料がTSCAの最新規制に適合しているかを材料メーカーに確認する必要があります。材料メーカーも規制動向に合わせて仕様の更新を行う場合があるため、常に最新の技術資料やSDS(安全データシート)、不使用証明書を入手しておくことが重要です。府中プラでは、北米向け案件に対しても的確な情報提供が行えるよう、情報収集体制を整えています。
アジア主要国の化学物質規制(成形メーカー視点の必要最小限)
生産拠点であり巨大市場でもあるアジア各国の規制も急速に整備されています。
中国
中国では「中国RoHS(電器電子製品有害物質使用制限管理弁法)」が施行されており、EU RoHSと同様に 6物質+フタル酸類4物質 が管理対象となっています。
電気電子製品には、規制値に適合する場合の「チェックマーク」表示、および 規制物質を含む場合の「環境保護使用期限(EFUP)マーク」表示 が義務付けられています。また、「新化学物質環境管理登記弁法」によって新規化学物質の登録管理が強化されており、成形メーカーに関係する規制としては RoHS 対応に加え、VOC(揮発性有機化合物)に関する要求などが挙げられます。
韓国(K-REACH)
韓国では「化学物質の登録及び評価等に関する法律(化評法、通称K-REACH)」が施行されています。EU REACHをモデルにしており、化学物質の登録義務や、重点管理物質(SVHCに相当)の指定があります。成形品に含まれる重点管理物質についても申告義務が生じる場合があり、EU向けと同様の情報管理が求められます。
K-REACHでは、一定量以上(申告対象量=1t/年など)を扱う場合は登録・申告が義務化されており、EU REACHよりも企業に求められる手続きが厳格な場面があります。
台湾
台湾では「毒性及び懸念化学物質管理法」に基づき管理が行われています。こちらも国際的な動向に沿って規制物質の追加が行われており、台湾へ輸出する製品については現地の規制リストとの照合が必要です。
台湾では「CNS RoHS」によりEU RoHSと同等の6物質+フタル酸類4物質の管理が求められ、電子機器向けではEU基準に近い情報管理が必要です。
その他の地域
タイ、ベトナム、インドネシアなどの東南アジア諸国でも、EU REACHやRoHSを参考にした法整備(通称:アジア版REACH、アジア版RoHS)が進んでいます。
共通して言えるトレンドは、欧州の管理枠組みがグローバルスタンダードとして浸透しつつある点です。そのため、EU REACHに対応できる情報基盤があれば、アジア各国の規制調査にも応用が利くケースが多いですが、国ごとの微細な差異(対象物質や閾値の違い)には注意が必要です。
国際規制が材料選定・部品調達に与える“実務的な影響”
これら多岐にわたる国際規制は、成形メーカーの実務にどのような影響を与えるのでしょうか。材料メーカーとの関係性を含めて整理します。
規制強化に伴う材料仕様の見直し需要
規制物質が新たに追加されると、材料メーカーはコンプライアンス遵守のために、該当物質を含まない処方への変更(グレードの切り替えや統合)を行うことがあります。
これはサプライチェーン全体のリスクを下げるための前向きな活動ですが、成形メーカーとしては、成形条件の微調整や、顧客への変更申請(4M変更申請)といった実務が発生します。
重要なのは、材料メーカーからの変更通知を迅速にキャッチし、お客様へ正確に伝えることです。当社では、材料メーカーとの連携を強化し、こうした仕様変更がお客様の生産計画に支障をきたさないよう、早期の情報共有と評価対応に努めています。
再生材や添加剤使用時の確認ポイント
前述の通り、POPs条約などで過去に使用されていた添加剤が規制されると、再生材の利用には高度な管理が求められます。また、特定の機能(難燃、帯電防止、耐候など)を持たせるための添加剤は、規制の影響を受けやすいカテゴリーです。
管理が複雑化する中で、調査プロセスの精度が以前にも増して重要になっています。単に「再生材を使用しています」というだけでなく、「どの規制物質を含まないことを確認しているか」という根拠資料の整備が必要です。これには、リサイクル材メーカーやコンパウンドメーカーの協力が不可欠です。
国際規制の違いにより顧客の調査要求が増える背景
お客様であるセットメーカーは、製品を世界中に展開しているため、EU、米国、アジアそれぞれの規制に対応しなければなりません。その結果、成形メーカーへの調査依頼も「REACH SVHC調査」だけでなく、「TSCA PBT5物質調査」、「POPs条約対象物質調査」、「各国RoHS調査」と多岐にわたります。
それぞれの規制で対象物質や閾値、判断基準が異なるため、顧客は多国間規制を意識して部品調査を強化しています。成形メーカーは、単に部品を作るだけでなく、こうしたグローバルなコンプライアンス業務を支援するパートナーとしての役割を期待されています。
府中プラがお客様に提供する価値
複雑化する国際規制に対し、府中プラはお客様に安心できる部品供給と情報提供を行います。
JAMPガイドラインを基盤とした文書体系
当社では、JAMP(アーティクルマネジメント推進協議会)の管理ガイドラインに基づき、化学物質管理の仕組みを体系化しています。これにより、特定の法規制だけでなく、国際的なサプライチェーン管理の標準に対応できる基盤を持っています。情報の入手、確認、保管、伝達のプロセスを標準化することで、抜け漏れのない管理を実現しています。
顧客ごとの管理方針を尊重した化学物質管理
法規制はあくまで最低限の基準です。実際には、多くのお客様が法規制よりも厳しい独自の管理基準(グリーン調達基準)を設けています。
当社は、法令順守を前提としつつ、各お客様の管理方針を第一に尊重します。「法律で禁止されていないから使う」のではなく、「お客様が懸念されているから管理する」という姿勢で対応します。TSCAやPOPs条約への対応も含め、お客様ごとの指定フォーマットや調査要領に柔軟に対応します。
材料メーカーと協力して変化に対応
化学物質管理は一社では完結しません。当社は材料メーカーや着色剤メーカーを、対立する相手ではなく、共にリスクを管理する重要なパートナーとして位置づけています。
規制情報のアップデートや仕様変更の際には、メーカーと緊密に連携し、正確な情報を迅速に入手します。また、お客様からの技術的な質問に対しても、メーカーの知見を借りながら的確な回答を用意します。この「協働」の姿勢こそが、サプライチェーン全体の信頼性を高める鍵であると考えています。
まとめ
POPs条約、TSCA、そしてアジア各国の規制は、EUのREACH規制と同様に、国際サプライチェーンにおいて無視できない要素です。これらは相互に関連しながら、より厳格な管理を求める方向へ進んでいます。国内の成形メーカーであっても、グローバルな視点での材料管理と情報収集能力が必須となります。
府中プラは、筆者の経験に基づく国際規制への深い理解と、JAMPガイドラインに沿った管理体制、そして材料メーカーとの強固なパートナーシップを活かし、お客様の調達・設計リスクを低減します。単なる部品供給にとどまらず、グローバルな規制対応を支える頼れるパートナーとして貢献します。




