技術解説

REACH規則の基礎 ― 成形メーカーが押さえるべき国際規制の全貌 ―

REACH規則の基礎 ― 成形メーカーが押さえるべき国際規制の全貌 ―

シリーズコラム第2回

製造業における化学物質管理を語る上で、避けて通れないのが欧州の「REACH規則」です。これは世界で最も影響力が大きく、かつ複雑な規制の一つです。日本国内の成形メーカーであっても、最終製品が欧州へ輸出されるサプライチェーンにある限り、この規制と無関係ではいられません。

特に射出成形メーカーにとって、REACH規則は単なる「禁止物質リスト」の確認作業にとどまりません。高懸念物質(SVHC)と呼ばれる管理対象物質が含まれている場合、その情報を顧客へ伝達する義務が発生します。これは品質管理や材料選定の根幹に関わる問題です。

筆者は前職において、欧州市場向け機器製品の化学物質管理体制の構築に携わり、全社的な導入を主導しました。その経験から言えることは、REACH規則への対応において情報収集が重要であるということです。本コラムでは、実務の細部に踏み込む前に、成形メーカーが経営レベルおよび現場レベルで理解しておくべきREACH規則の基礎構造と、私たちが担うべき責任の全貌について整理します。

なお、府中プラでは、法令遵守を前提としたうえで、各顧客が定める化学物質管理方針を第一に尊重し、それに沿った管理を行うことを基本方針としています。

REACH規則とは何か(基本構造の整理)

まずはREACH規則の全体像と、成形メーカーがどの立ち位置にあるのかを明確にします。

REACHの目的と成立背景

REACH規則(Registration, Evaluation, Authorization and Restriction of Chemicals)は、2007年に施行されたEUの化学物質規制です。「登録」「評価」「認可」「制限」の頭文字をとったものです。
この規制の最大の特徴は、化学物質の安全性を立証する責任を、行政(国)から産業界(企業)へ移転させた点にあります。「No Data, No Market(データなければ市場なし)」という原則の下、化学物質を製造・輸入する企業は、その安全性データをEU当局へ登録しなければなりません。
EUがこれほど厳しい規制を導入した背景には、人の健康と環境保護に対する極めて高い意識があります。従来の規制では管理しきれなかった化学物質による潜在的なリスクを最小化するため、サプライチェーン全体を巻き込んだ管理システムが構築されました。

成形メーカーが対象となるのは“成形品(article)”

REACH規則を理解する上で最も重要なのが、「物質(Substance)」、「混合物(Mixture)」、「成形品(Article)」の区別です。
化学メーカーが製造するポリマーや添加剤は「物質」あるいは「混合物」に該当します。一方、府中プラのような成形メーカーが製造するプラスチック部品は、特定の形状・デザインによって機能が決まるため、「成形品(Article)」と定義されます。

一般的に、成形メーカーには化学物質そのものの「登録」義務はありません。私たちが負う主な義務は、「成形品に含まれる高懸念物質(SVHC)の情報提供」です。つまり、成形プロセスを経て最終的に固形物となった製品の中に、管理すべき物質がどの程度残っているかを把握し、顧客へ伝えることが求められます。

下流ユーザーとしての責任

成形メーカーは、化学物質のサプライチェーンにおいて「下流ユーザー」に位置づけられます。ここで発生する具体的な義務の一つが、成形品中のSVHC含有濃度が0.1重量パーセント(wt%)を超える場合の情報伝達です。
この0.1%という閾値を超えた場合、納入先に対して物質名や安全使用に関する情報を提供しなければなりません。また、EUの廃棄物枠組み指令に基づき、SVHCを含有する成形品情報は「SCIPデータベース」への登録が必要となり、顧客であるセットメーカーはそのためのデータを成形メーカーに求めてきます。
「材料メーカーが何も言わなかったから知らなかった」という言い訳は通用しません。自社が成形した製品に何が含まれているかを知り、適切に開示する責任は、成形メーカー自身にあるのです。

REACHの主要構成要素を理解する

REACHには多くのリストやカテゴリーが存在しますが、成形メーカーが注視すべきは以下の3要素です。

SVHC(高懸念物質):REACHの中心概念

SVHC(Substances of Very High Concern)は、発がん性、変異原性、生殖毒性、あるいは環境中で分解されにくい性質を持つ物質です。
これらは「認可対象候補物質リスト(Candidate List)」として公表され、年2回(通常6月と1月)追加更新されます。現在では240物質以上がリストアップされています。重要なのは、このリストが常に増え続けるという点です。半年前には問題なかった材料が、リスト更新によって突然「SVHC含有製品」に変わるリスクがあります。そのため、常に最新のリストに基づいた調査が必要です。

Annex XIV(認可)— 使用が強く制限される物質

SVHCの中で特にリスクが高いと判断された物質は、REACH規則の附属書XIV(Annex XIV)に収載され、「認可対象物質」となります。
これに指定されると、「日没日(Sunset Date)」以降は、EU委員会から特別な認可を受けない限り、EU域内での製造や使用が禁止されます。
成形メーカーへの直接的な影響は限定的ですが、材料メーカーが「認可申請にかかるコストが見合わない」と判断し、該当物質の製造を中止するケースがあります。その結果、ある日突然材料が入手できなくなる、あるいは成分が変更されるといった影響を受ける可能性があります。

Annex XVII(制限)— 用途ごとの禁止・制限

附属書XVII(Annex XVII)は、製造、上市、使用が制限される物質のリストです。これは「制限物質」と呼ばれます。
ここでは、物質ごとに「どのような用途での使用を禁止するか」や「許容される最大濃度」が具体的に定められています。成形品に関連するものでは、特定のアゾ染料、フタル酸エステル類、鉛などが該当します。これらは条件を満たさない限り、EU市場に出すこと自体が違法となります。SVHCが「情報伝達」を主眼とするのに対し、制限物質は「使用禁止」に近い強力な措置であることを理解しておく必要があります。

成形メーカーが押さえるべきREACHの実務ポイント(基礎レベル)

これらの規制構造を踏まえ、成形メーカーは実務において以下のポイントを押さえる必要があります。ただし、実務の現場では「法規制さえ守ればよい」というわけではありません。多くの顧客は、将来のリスクを見越して法規制よりも厳しい独自の管理基準を設けています。当社では、こうした各顧客の方針を第一に尊重し、それに沿った管理を徹底することを基本姿勢としています。その上で、以下の実務ポイントが重要になります。

材料選定時のチェック

材料選定の段階でリスクを排除することが最も効率的です。
樹脂ペレットだけでなく、着色剤(マスターバッチ)や機能性添加剤(難燃剤、帯電防止剤など)にSVHCが含まれていないかを確認します。特に着色剤や添加剤は高濃度で配合されることがあり、成形品全体で見ても0.1wt%を超える可能性があります。
また、再生材を使用する場合は注意が必要です。由来が不明確な再生材には、過去に製造された製品に由来する規制物質が混入しているリスク(レガシー物質問題)があるため、新品材以上に慎重な確認が求められます。

情報入手の基本(chemSHERPA等)

材料メーカーから正確な情報を入手するためには、業界標準のツールを活用します。日本では「chemSHERPA(ケムシェルパ)」が主流です。
chemSHERPAには成形品向けの「chemSHERPA-AI」と化学品向けの「chemSHERPA-CI」がありますが、成形メーカーはCIを入手してAIを作成する、あるいはAIを入手して統合するといった処理を行います。
ここで注意すべきは、SDS(安全データシート)だけでは不十分な場合があることです。SDSは主に労働安全衛生の観点で作成されており、REACH規則のSVHC情報(特に含有量が低い場合)が網羅されていないことがあります。必ずREACH対応を明記した不使用証明書やchemSHERPAデータを要求します。

REACHとRoHSの違いを混同しない

現場でよくある混乱が、REACH規則とRoHS指令の混同です。
RoHS指令は電気電子機器を対象に特定10物質の使用を制限(原則禁止)するものです。一方、REACH規則は全化学物質を対象とし、SVHCであれば使用可能です(ただし情報伝達義務あり)。
顧客からの調査依頼ではこれらがセットで来ることが多いため混同しがちですが、閾値の考え方(RoHSは均質材料、REACHは成形品全体)も異なるため、明確に区別して管理する必要があります。

筆者の経験から見るREACHの本質

前職で欧州向け機器製品の管理体制を構築した際、私が痛感したのは「変化への対応力」の重要性です。

欧州市場向け製品開発で直面した課題

開発段階では適合していた製品が、量産中にSVHCリストが更新されたことで「含有製品」になってしまった経験があります。また、サプライヤーがコストダウンのために添加剤を変更し、それが原因で規制物質が意図せず混入してしまう「サイレントチェンジ」のリスクにも直面しました。
顧客からの問い合わせに対し、「たぶん入っていないと思います」という曖昧な回答は、欧州ビジネスにおいては許されません。YesかNoか、入っているなら何が何ppm入っているのか、即座に明確な回答が求められます。

企業としての仕組みが必要な理由

REACHのSVHCリストは半年ごとに更新され、制限物質も随時追加されます。これを一人の担当者の知識や記憶だけで管理するのは不可能です。
担当者が変わっても、常に最新の規制情報をキャッチアップし、自社の使用材料と照合できる「仕組み」が必要です。第1回で触れたJAMPガイドラインに基づく文書体系は、まさにこの変化に対応するための基盤となります。

成形メーカーが取るべき現実的な対応スタンス

成形メーカーがすべての化学物質の性状を化学者レベルで理解する必要はありません。重要なのは「リスクを体系的に管理すること」です。
どのサプライヤーの、どのグレードに、どの物質が含まれているか。その情報は最新か。このトレーサビリティを確保することに注力すべきです。過度に専門的な化学知識に踏み込むよりも、情報のパイプラインを太く、正確に保つことが、結果としてコンプライアンス遵守につながります。

また、顧客によっては、REACH規則でまだ規制されていない物質であっても、将来の規制化を見越して先行的に管理対象とする場合があります。単に「今の法律では問題ない」と主張するのではなく、こうした顧客ごとの先進的な管理方針を深く理解し、それに寄り添った対応を行うことこそが、成形メーカーにとっての「現実的かつ誠実な対応スタンス」であると考えます。

まとめ

REACH規則は世界で最も包括的かつ厳格な化学物質規制です。成形メーカーにとっては、「SVHC(情報伝達)」、「Annex XIV(認可)」、「Annex XVII(制限)」の3要素が重要となります。
私たちは化学物質を作っているわけではありませんが、製品という形で化学物質を市場に送り出す最終ゲートキーパーの一端を担っています。材料選定、情報入手、そして顧客対応の3つを軸に、システマチックな管理体制を構築することが求められます。

次回は、REACH規則の最新動向として、近年注目を集めている「マイクロプラスチック規制」や「PFAS(有機フッ素化合物)規制」など、成形メーカーのビジネスに直結する新たな動きについて解説します。

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