REACH最新動向とPFAS規制 - SVHC拡大が部品調達・材料選定に与える影響 -
シリーズコラム第3回
欧州のREACH規則は、一度制定されたら変更されない静的なルールではありません。新たな科学的知見の蓄積に伴い、管理対象物質や制限内容が絶えず更新され続ける「動的規制」です。特に近年は、高懸念物質(SVHC)の対象範囲が拡大の一途をたどっているほか、有機フッ素化合物(PFAS)に対する包括的な規制案の審議が進んでおり、製造業のサプライチェーン全体に大きな影響を与えています。
筆者は前職において、欧州市場向け機器製品の化学物質管理体制の構築に携わり、全社的な導入と運用を主導しました。その経験から、規制の過渡期における情報収集と迅速な対応がいかに重要であるかを理解しています。
本コラムでは、SVHC拡大とPFAS規制という二つの重要テーマについて最新動向を整理するとともに、これらに対して府中プラがどのような体制を構築し、お客様のリスク低減に貢献しているかをご説明します。
SVHC(高懸念物質)拡大のトレンドと材料選定への影響
REACH規則の中心的な仕組みであるSVHC(高懸念物質)リストは、年2回の更新ごとにその対象範囲を広げています。ここでは、最近の傾向と成形材料への影響について解説します。
SVHC候補リスト拡大の現状
SVHC候補リスト(Candidate List)は、通常毎年1月と6月に追加更新されます。かつては個別の物質が指定されていましたが、近年では化学構造が類似した物質群をまとめて評価する「グループ化」のアプローチが進んでおり、規制網がより細かく、広くなっています。
最近追加されている物質の傾向として、以下のカテゴリーが挙げられます。
- 可塑剤(フタル酸エステル類): 従来から規制対象でしたが、炭素鎖の異なる類似物質や、代替品として使用されていた物質にも規制の手が伸びています。
- ビスフェノール類: ポリカーボネート(PC)やエポキシ樹脂の原料となるビスフェノールA(BPA)だけでなく、その代替物質(ビスフェノールSなど)も内分泌かく乱作用の懸念からSVHCに追加されています。
- UV吸収剤・酸化防止剤などの添加剤: 樹脂の耐久性を高めるためのベンゾトリアゾール系UV吸収剤などが相次いで指定されています。
- 難燃剤: 有機リン系やハロゲン系難燃剤の一部が、難分解性や生体蓄積性を理由に追加されています。
- PFAS関連物質: 難分解性の特性を持つ特定のPFAS(パーフルオロアルキル化合物)もSVHCリスト入りしています。
成形材料で注意すべき“典型カテゴリ”
私たち成形メーカーが特に警戒すべきは、樹脂のベースポリマーそのものよりも、そこに添加される副資材です。
最も注意が必要なのは「着色剤(マスターバッチ)」です。顔料や分散剤として使用される化学物質の中には、微量ながらSVHCに該当するものが存在します。カタログ上は「RoHS対応」と書かれていても、最新のSVHCに対応しているとは限りません。
次に「難燃グレード」です。電気製品向けに必須となる難燃性を付与するための添加剤が、規制強化によりSVHC指定されるケースが増えています。
また、「再生材」を使用する場合、過去に製造された製品に由来する物質が混入している可能性があります。昔の基準では問題なかった添加剤が、現在の基準ではSVHCになっている場合、再生材の使用自体がリスクとなります。
さらに、お客様独自の管理基準にも注意が必要です。法規制としては「0.1wt%未満なら情報伝達のみ」であっても、お客様の基準では「意図的添加禁止」とされているケースが多々あります。
SVHC拡大がサプライチェーンに与える影響
SVHCの拡大は、製品開発のタイムラインに影響を与えます。設計段階では規制対象外だった材料が、量産開始直前や量産中にSVHCに追加され、設計変更や代替材料の検討を余儀なくされるリスクがあります。
また、材料メーカーが規制対応コストを嫌って該当添加剤の使用を中止し、成分を変更する「サイレントチェンジ」が発生することもあります。これにより成形条件の再設定や品質確認が必要になる場合があります。
調査業務においても、chemSHERPAなどのデータ更新頻度が高まり、サプライチェーン全体での事務負担が増大しています。特にEUへ輸出される製品の場合、SCIPデータベースへの登録義務があるため、SVHC情報の伝達ミスは許されません。
PFAS規制(包括制限案)の最新状況と成形材料への影響
現在、化学産業界で最も注目されているのが、PFAS(有機フッ素化合物)に対する包括的な制限案です。
PFAS規制案の全体像(現時点での確定事項と不確定事項)
欧州化学品庁(ECHA)で審議されているPFAS制限案は、特定のPFASだけでなく、炭素とフッ素の結合(–CF₂–や–CF₃)を持つ物質を広く網羅的に規制しようとするものです。この定義によれば、対象となる物質は1万種類以上にのぼると言われています。
この規制案の特徴は、従来のPFOAやPFOSといった特定の有害物質だけでなく、フッ素樹脂(PTFE、PVDF、FKMなど)などのポリマーまでもが対象範囲に含まれている点です。
ただし、現時点(2025年現在)では、具体的な規制開始時期や、最終的な対象範囲、用途別の除外規定(代替不可能な用途への猶予期間など)は確定していません。産業界からのパブリックコメントを受けて審議が続いており、内容は流動的です。そのため、現段階で過度に悲観する必要もありませんが、決して楽観視もできない状況です。
PFASが射出成形用途に影響しうる領域
射出成形の分野において、PFAS規制案が影響を及ぼす可能性があるのは以下の領域です。
- 滑剤・離型剤: 成形性を向上させるための添加剤や、金型用の離型剤にフッ素系化合物が含まれている場合があります。
- 帯電防止剤: 一部の高性能な帯電防止剤にPFAS構造を持つものがあります。
- 難燃剤の一部: ドリッピング防止剤(燃焼時の滴下防止)としてPTFEの微粉末が添加されることがあり、これは規制案の対象となり得ます。
- フッ素系エラストマー: パッキンやシール材として使用されるフッ素ゴムも対象候補です。
- PTFE摺動グレード: ギアや軸受けなどの摺動部品に用いられるPTFE添加グレードの樹脂も、規制の行方次第で影響を受けます。
お客様側に生じる可能性のある課題
規制の内容が確定していないこと自体が、お客様にとって大きな課題となっています。
「この材料を使い続けてよいのか」、「代替材を探すべきか」という判断が難しく、設計段階での迷いが生じます。また、医療機器や半導体製造装置など、高い信頼性が求められる分野のお客様は、規制発効を見越して先行的に「PFASフリー」の方針を打ち出すケースが増えています。
これにより、成形メーカーに対する調査要求項目が増加し、「意図的添加の有無」だけでなく「不純物としての混入リスク」や「製造プロセスでの使用有無」まで問われる場面が出てきています。
当社の化学物質管理体制:SVHC・PFASリスクへの対応方針と、お客様への提供価値
府中プラでは、こうした変化の激しい規制環境において、お客様に安心して部品調達を行っていただくため、独自の管理体制を構築しています。
材料メーカー・着色剤メーカーとの連携強化
特にリスクの高い着色剤や添加剤については、サプライヤーとの連携を密にしています。
大手の樹脂メーカーだけでなく、マスターバッチメーカーや添加剤メーカーに対しても、定期的に化学物質情報の更新を求め、chemSHERPAなどのデータ入手を行います。また、材料変更(4M変更)の連絡があった際には、直ちに成分への影響を確認するフローを確立しています。
顧客ごとの独自基準への確実な適合
私たちは、法令遵守は最低限のラインであり、ゴールはお客様の要求事項を満たすことであると認識しています。お客様によって「管理対象物質」の定義や閾値は異なります。例えば、PFASについて「全廃」を目指すお客様もいれば、「規制確定まで静観」とするお客様もいます。
当社は、これらの方針の違いを正しく理解し、各社の指定フォーマット(chemSHERPA、不使用証明書、独自調査票など)に合わせて、正確かつ迅速に回答します。画一的な対応ではなく、個別のお客様のコンプライアンス方針に寄り添った対応を行います。
PFAS規制に関する不確実性への対応
PFAS問題に関しては、情報が錯綜しがちですが、当社は冷静かつ現実的な対応をとっています。
現時点では、PFAS含有の有無について「全て禁止」や「全て問題なし」と安易に断定することはしません。材料メーカーからの公式見解、最新の審議状況、そしてお客様の方針に基づき、その都度最善の判断を行います。
もしお客様がPFASフリー化を希望される場合は、材料メーカーと協力し、代替材料の候補選定や、成形トライアルによる評価にも積極的に協力します。
当社の取り組みがお客様にもたらす価値
府中プラの化学物質管理体制を活用いただくことで、お客様には以下のメリットを提供できると考えています。
- 規制強化による手戻りリスクの低減: 最新規制を反映した材料選定により、量産後の設計変更リスクを減らします。
- 調達業務の効率化: 複雑な調査業務や証明書取得を当社が確実に行うことで、お客様の調達・品質保証部門の負担を軽減します。
- コンプライアンスの強化: サプライチェーンの末端まで管理が行き届いていることを証明でき、最終製品の信頼性向上に寄与します。
まとめ
SVHCの対象拡大とPFAS規制案の行方は、電子・精密・機械業界にとって、今後10年を見据えた最重要テーマの一つです。これらは単なる環境問題ではなく、製品の設計や製造プロセスそのものを変える可能性があります。
府中プラは、単に成形品を作るだけでなく、こうした規制リスクを適切にコントロールし、お客様の管理方針に適合した「安心できる部品」を供給し続けます。
次回は、REACH規則以外の重要な国際規制である「POPs条約」や米国の「TSCA」、そしてアジア諸国の規制動向について俯瞰し、グローバル調達における注意点を整理します。




